ルカテリーナ=バークレイという|麗人《あにうえ》2
しばらくすると、兄上に投げ飛ばされ動転していた男達も、正気を取り戻し、今も自分達を無視して蔑ろにする女魔法剣士に、憎悪を漲らせ反撃を始めた。
「おい、そこの女魔法剣士、失礼だろう!」
「オーティスの王妃に仕えようが、そんな事は関係ない。他国の貴族である俺達に対する無礼な振舞い、許さぬぞ」
そうだそうだと他の者も声を揃えて同調する。
兄上は一応振り向いて、ぴーちくぱーちく文句を垂れ流している男達を一通り見回したが、大した事ではないと判断したのか、知らんぷりを決め込んでフローラとの話を再開した。
「フローラも可哀想にね。あ、フローラって呼んでも構わないかしら? 同じ魔法剣士だし、年も同じくらいでしょう? 親近感が湧くのよねー。それにフローラってすごくいい名前だわ。あなたにピッタリ! 私の事は、んーとそうね、ルカテリーナでは長いから、ルカって呼んで」
!!
俺はとりあえず兄上に全てを任せて、自分をフローラに売り込んでくれるのをひたすら待っていた。
でも、・・・ルカってルカって、フローラに愛称で呼ばせるなんて、酷いよ!!
『ちょっと待って、兄上!! フローラは俺の番いなんだぞ!!』
「おい、お前、俺達を無視するつもりか!」
「貴様、許さんぞ!」
『それ以上仲良くすんな!!』
「おい、聞いているのか!」
『兄上! 聞いてる?!』
「私もね、おんなじなのよ! 両親にね、」
「おい!」
『兄上!!』
「うるさいぞ! フローラとの会話に集中出来ないだろうが!」
俺はポケットの上からグーで殴られた。
周りの連中は女の声とは思えないドスのきいた兄上の恫喝に怯み、黙り込む。
「で、どこまで話したっけ? そうそう、両親が早く結婚しろって口うるさくってね、オーティスに居ないなら他で探して来いって国を追い出されちゃったのよ。酷い話でしょう? でも、私よりフローラの方がもっと酷いわね。侯爵様ったら、もうちょっとマシな人選出来なかったのかしら。貴族とは思えないほど下品で馬鹿な男達、女性蔑視の高慢な野心家ども、選べって言われても無理な話よね」
「「なんだと!」」 「「おい!」」
兄上の挑発にまんまとのせられた、下品で馬鹿な類の男の一人が、兄上の胸ぐらを掴み上げる。
「本当に馬鹿ねぇ。相手の力量も測れないくせに手を出しちゃうんだから。こちらとしては好都合だけど、うふっ」
あ、オルランド侯爵が騒ぎに気付いて、こちらにやって来た。
それに気付いた兄上は胸ぐらを掴む手を簡単に外して捻り上げ、痛がる男を突き離すと、やって来た侯爵の目の前で、片膝をつき礼を取って挨拶をする。
「お騒がせして申し訳ありません。お初にお目にかかります。私はオーティス国王妃殿下が配下、ルカテリーナ=バークレイと申す者でございます。同じ女性の魔法剣士であるフローラ嬢の噂を聞きつけて、御挨拶申し上げたくて参りました。ところが、御挨拶を申し上げようとフローラ嬢に近付けば、この者達がフローラ嬢を侮辱しているではありませんか。同じ女魔法剣士として、仲間を貶められて、黙ってはいられません。侯爵様、どうかこの者達を成敗する事をお許しください」
「おい、何を言う!」 「侯爵殿、私は侮辱など、とんでもありません」
「いいえ、はっきりと言ってました。落ちぶれた侯爵家のくせにとか、老いぼれが死ねば俺の天下だとか」
「はぁ?!」「え!?」
「そ、そんなこと言うはずがないだろう!」 「侯爵殿、その者は嘘をついております!」
「嘘? 言ってない? なら、私ったら心の声を聞いちゃったのね」
「「「「 え!? 」」」」
「時々区別がつかなくなるの。思いが強かったりすると叫んでいるように聞こえるから」
兄上は周りをぐるりと見回して、思わせぶりにクスッと笑った。
「な、何だ! 何が可笑しい! 心が読めるなんて、やっぱり嘘なんだろう!」
婿候補達は、嘘だと言いながらも、兄上の挙動を戦々恐々として窺っている。
「嘘じゃないわよ? ただ、皆さん全然見当違いな妄想ばっかりしてるから、可笑しくって。侯爵様が御年を召していらっしゃるからって、期待を膨らませてるみたいだけど・・・残念だけど侯爵様は魔力が高いから、三、四十年はお元気よ? 同じ理由でフローラも生命力が高いわ。だから、もし婿に入ったら、あなた達の方が逆に高い魔力に当てられて早死にするんじゃないかしら」
兄上の呪詛のような未来を聞かされて、目の前の四人以外にもフローラを狙っていた男達はぎょっとしたみたいだ。
「あ、違う違う、あなた達はフローラを侮辱した罪で私が成敗するんだった」
兄上は、今思い出したというように、大仰な身振りで鞘から剣を抜き取り、にっこり笑う。
「ひっ、あ、あの、侯爵殿、私は急用を思い出したので、これで失礼します」
「ああ、私もです」「私も」
「私は急に腹痛が・・・お先に失礼」
男達は一斉に暇乞いを始め、転げるようにその場を去って行く。
「あ、ちょっと待って・・・」
そして、あれよあれよという間に、侯爵の引き止めも虚しく、他の男達も言い訳をしながら帰って行ったのだった。