エピローグ2
初めて会った時は贄の巫女であった。
我は荒ぶる神と呼ばれておるが、荒ぶりたくて荒ぶっておるわけではない。
力が身の内に溜まってくると、勝手に暴発するのだ。
だから、なるべく山の中でじっとしておるが、我慢できなくなると爆発する。
その巫女はその身の内に我を鎮める力を持っていた。
我の声も聞く事が出来た。
頭も良かった。
力が溜まってきたら、海に島を浮かべるといいと巫女は言った。
我らは楽しく暮らした。
やがて巫女は年老いて、死ぬ間際に、絶対に生まれ変わってくるから、それまで大人しく待ってるのよと言った。
だから我は大人しく待った。
巫女に教えられたように、島を浮かべて待った。
次は王女だった。
山にやって来て、ここで我と暮らしたいが、王女という立場からそれが出来ない。
だから、我に山から出て王宮へ一緒について来いと言った。
我に否はなかった。
王女と王宮で楽しく暮らした。
やがて、王女は年老いて、また我に生れ変わってくるまで大人しく待つように言い置いて死んだ。
大人しく待てと言われたけど、大嵐を起こしてしまった。
次は、魔法使いだった。
山にやって来て、山で暮らすのはつまらないから、一緒に旅に出ようと言った。
我に否はなかった。
魔法使いと一緒なら、どこにいたって楽しいに違いない。
でも、楽しい時はあっという間に終わってしまう。
魔法使いは、また我に大人しく待つように言う。
我は、大人しく待てない、待つのは嫌だと言った。
魔法使いが死んだら、大暴れしてやると魔法使いを脅した。
魔法使いがいないこの世界なんて、もう壊してしまってもいいんだと訴えた。
すると魔法使いは、壊してしまったら、生れ変わる事も出来なくて、二度と会えなくなってしまう。
我に会えなくなるのは嫌だと泣いた。
我も会えなくなるのは嫌だから、我慢して待ってると言うと、魔法使いは安心して眠りについた。
悲しくて、寂しくて、暴れるつもりはなかったけれど、大雨が降って、大洪水を起こしてしまった。
魔法使いが知ったら、我を叱るだろうけど、死んで我をひとりにするのが悪いのだ。
次は貧しい農民の娘だった。
深いけがを負って、山に着いた時には、虫の息だった。
せっかく生れ変わったのに、ごめんねと農民の子は我に謝って死んだ。
あっという間の事だった。
農民の娘の魂が霧散していく。
我は霧散していく魂の欠片を集めて肉体に戻そうとしたが、欠片は跡形もなく消えてしまった。
農民の娘はいくさに巻き込まれて、けがを負って死んだ。
農民の娘は我に大人しく待つように言わなかった。
我は、いくさを起こした人間達に雷を落とした。
いくつもいくつも落とした。
それでも怒りは収まらず、あちこちの山が火を噴き、多くの街が灰に飲み込まれた。
農民の娘は死んだ。
他の人間も皆死ねばよい。
寂しくて、農民の子が生れ変わるのを待てなかった。
この世界を創った我なら、農民の子もきっと作れる。
器は出来たが、いつまで経ってもいのちは宿らなかった。
我は山を出た。
待っていては、また会う前に死んでしまうかも知れない。
農民の子の魂の気配を捜して、彷徨った。
今度も農民の子だった。
母親の腹にいる時から、我には分かっていた。
でも、農民の子は赤ん坊から幼子になっても、我が分からないようだった。
人間は脆弱ですぐに死んでしまうから、常に気を付けていなければいけない。
我は、農民の子について回って、害を為す者を懲らしめた。
農民の子が山に捨てられた。
我が復讐しに行こうとすると、農民の子が我を止める。
農民の子が我に話しかけてくれたのは、それが初めてだったから、我は驚いた。
やっと我を思い出してくれたのだ。
我は喜んだ。
ところが、農民の子は我に、我が何者で、どうして自分に纏わりついて悪いことばかりするのだと怒った。
我は、ただ農民の子を守りたかっただけだと答えた。
農民の子は、ため息を吐いて、あっちへ行けと言った。
言われた通り、少し離れる。
すると、もっとあっちへ行けと言う。
仕方がないので、もう少し離れる。
農民の子は、またため息を吐いて、今度は自分が歩いて行ってしまう。
我は追いかけた。
付いて来るなと言われたけれど、山の中には危険がいっぱいだ。
我が追いかけると、農民の子は逃げる、追いかける、逃げるを繰り返しながら、我はだんだん嬉しくなってくる。
また、この山の中で二人楽しく暮らせばいい。
我は、獣から守ってやれるし、食べ物も与えてやれる。温かい寝床も用意してやろう。
ところが、農民の子は、一日中膝を抱えて座り込んでいる。
我が話しかけても、心を閉ざして何も答えてくれない。
それでも我は、一生懸命話しかけた。
これまでの事を話して聞かせた。
我が荒ぶる神であった事、農民の子が我を鎮めてくれるお陰で、我は暴れないでいられる事、巫女だった時の事、王女だった時の事、魔法使いだった時の事を話して聞かせた。
楽しい思い出ばかりなのに、何故か雨が降った。
農民の子は、そんな事は知らないし、私には関係ない迷惑な話だと言った。
そして、我のせいで、村の人達に嫌われ、親に捨てられたのだと泣いて我を責めた。
我は、また農民の子と楽しく暮らしたかっただけで、悲しませるつもりはなかった。
我は、済まなかったと謝った。




