緑の瞳の子
フローラが産んだのは、竜ではなく緑の瞳を持つ人間の男の赤ん坊だった。
あの窮地に助けに来てくれたチビは、コイツ、弟ではなく俺の息子だった。
『お前さ、生まれる前の事、覚えているか? あの時は、サンキューな。助かったよ』
『うーん、ぼくじしんはあんまりよくおぼえていないけど、きっと、ぼくのせいぞんほんのうがはたらいたんですね!』
「おじい様、ありがとうございました。幼い頃の私にとって、おじい様の存在はずっと心の支えでした。おじい様の苦悩は、きっとおばあ様が消し去って下さいます」
「おばあさま、お世話になりました。おばあさまが仰られたように、私の人生は決して竜族に劣るものではありませんでした。私は、私を理解し愛し支えてくれる妻子を得て、人間の一生を精一杯生きました。悔いはございません」
幼い頃から頭が良く、物事をとことん追求するフェルナンは、親よりも、同じような気質を持つ母上や、状況は真逆であるものの、周りと異なる寿命を持つという同じ苦悩を抱えているルシオに懐いた。
おそらく、竜族の妹が生まれて、家族の中では疎外感を感じざるを得なかったのだと思う。
フェルナンは、竜王国が抱える悲しい歪みそのものだった。
人間の赤ん坊が生まれた時、俺を含めた家族全員が、頭では分かってはいても喜びと同時に悲しみに襲われた。
寿命の異なる者同士が家族として共に暮らすということは、愛するがゆえに、心に大きな負担をかける。
先に逝く者の心にも、見送る側の心にも。
フローラは、人間の子を持つ竜族の家族と同様、フェルナンに竜族の番いを見つけようと必死だった。
『父上、妹はりゅう族で生まれたのに、どうして僕だけにんげんなの? 僕がなまいきで、悪い子だから? いい子にしてたら、僕もりゅう族になれる?』
『俺には時間がないんです。俺は、父上のようにサボって、無責任で薄情な人間になりたくありませんから』
『ここは、竜王国ではなく、オルランド家の領地なのですから、オルランド家の者が責任を持ってすべきです。というわけで、父上、校舎と寄宿舎を建設したいので、東側の山を潰して来て貰えますか?』
『上級魔法は父上の担当ですから、よろしくお願いしますね』
『ポルトの南部が干ばつで困っているようなので、ちょっと飛んで行って雨を降らせて来て下さい』
フェルナンとの思い出が走馬灯のように駆け巡る。
竜族と縁のない人間は、人間同士のコミュニティーを持ち、短命な人間の生を懸命に生きる。
だが、フェルナンのように竜族の中に置かれた人間は、竜族にも、人間のコミュニティーにも属せず、疎外感から自暴自棄になったり、精神的な病にかかったりして、幸せな生を送れる者は少なかった。
自分と同じ境遇に置かれた子供達救済のために、フェルナンはオルランド家の領地に学校を創立し、親代わりとなって自立を促した。
「母上、泣かないで下さい」
「父上、生意気な事ばかり言ってすみませんでした」
「ああ、本当に・・・お前はいつも、いつも、父親の俺を父親とも思わず・・・こき・・・使いやがって。・・・でも、まあいいさ、お前がした事は、立派だった。息子のお前を、・・・誇りに、思うよ」
俺は、流れ出る涙を無視して、何とか言葉を繋いだ。
皆に最後の挨拶を済ませたフェルナンは、先に逝った妻子に会うのが楽しみですと言って、静かに息を引き取った。
しっかり者のフェルナンらしい最期だった。
『僕は幸せだったよ、本当に。だから、泣かないで。みんな、ありがとう、さようなら』
叡智をたたえる緑の瞳を持ったチビすけフェルナンの声が聞こえた気がした。
あれからこの世界の状況は目まぐるしい変化を遂げた。
『魔素の消滅!? 母上、どういうこと!?』
『魔素を消費して大陸を作り続けている魔族がいるの。その者を探し出して止めなければ、この世界から魔法は消え去るわ』
『これでやっと、ルシオを人間に戻してやれる。フェルナンとの約束は守った。これで、もういい』
『アルフォンスという名前なの』
『竜族は、半分が肉体、半分が魔素で出来ているから、もし魔素が消失してしまったとしても、人間としてなら生き延びる事は可能よ。それも選択肢の一つではあるけれど、竜族として生き延びたいならば、竜王国をこの世界から切り離すしかないのよ』
どれほど月日が流れようとも、フェルナンとの思い出は色褪せることなく俺達の心に残っている。
『フェルナンは、私やルシオにばかり懐いていたように見えただろうけど、あの子はあなた達が大好きだったのよ。あなた達はどうしてもあの子に負い目を感じてしまうでしょう? 聡いあの子はそれを敏感に感じ取ってしまうの。あなたに対して憎まれ口ばかり叩いていたのは、あの子なりの愛情表現だったのよ』
フェルナンに会えるかな。
それとももう、生まれ変わってしまっただろうか。
『アルフォンス、済まないな。母上とこの竜の谷を頼む』
『はい、兄上。お任せ下さい、それが私の役目ですから』
もうすぐ、懐かしい面々に会える。




