ルシオの独白2
「レ・・・オン、どう・・・いう・・・こと?」
全てが一本に繋がった。
魔力は血と深く関わりがあるから、血縁者の魔力は似通うものだ。
俺はマティアスの魔力を初めて感じた時、フローラと同じ匂いのようなものを感じていたし、マティアスのフローラに対する態度からも怪しいと疑っていたが、マティアスの周到な隠蔽に確証を得られないでいた。
「フローラ、マティアスは、お前の父親だ。何らかの事情で、魔族を身体に宿す事になって、戻るに戻れなくなったんだろう。でも、フローラの置かれている状況を知って、放っておけなかった。それで、姿を変え正体を隠し、陰ながらフローラを守っていたのさ。マティアス、俺の推測は間違っているか?」
「・・・・・・」
「嘘よ。マティアスが、卑劣な裏切り者なわけない! アイツは街を焼き尽くして、大勢のポルトの人間を殺したのよ!! 隣国の女に夢中になって、お母様を裏切って、国を売ったのよ!!」
「違う!! 違うんだ、フローラ!! 私はエレナを裏切ってなどいない!!」
「やめてよ、マティアス。そんなのおかしいよ。マティアスがお父様なわけない。お父様のせいで、私が周りの人達からどんな目で見られてきたのか、どんな扱いを受けてきたのか、マティアスは知ってるでしょう? お父様だっていうなら、隣で平気な顔して知らんぷり出来るはずないじゃない!」
「平気じゃなかったよ。罪悪感で押し潰されそうだった。でも、どうしようもなかった。フローラ、済まなかった。私のせいで、辛い思いをさせる結果になって、本当に申し訳ないと思っている。本当に済まなかった。フローラ、赦してくれとは言わない。ただ、私はエレナとフローラをどこにいても、ずっと愛していたよ、それだけは信じて欲しい」
「い、いまさら、今更、勝手な事言わないでよ。それなら、どうして、何も言わずに家を出て行ったりしたの!? どうして、ポルトを裏切るような真似をしたの!? 理由があるなら、はっきり言いなさいよ!! お母様は、皆から非難されてもずっとずっとお父様を信じて待っていたのよ! 私だって!! 私だって、ずっと待ってた!! どうしてなの!? 黙ってないで、ちゃんと言ってよ!!」
マティアスの襟を掴んで食ってかかるフローラをマティアスから引き剥がし抱き締めると、フローラは俺の腕の中で泣き崩れた。
フローラの心の叫びを聞いても、マティアスは青ざめた顔を俯けて、済まないと繰り返すばかりだった。
一体どんな事情があるというのか。
「マティアスと言ったかしら、あなたの中に魔族がいるというなら、当然放置するわけにはいかないわ。あなたの望み通り殺すにしても、事情は聞かないとねぇ。場所を変えましょう」
腕の中でフローラが、母上の殺すという言葉に反応してビクリと身体を動かした。
先祖の魔石の回収や、閉じられていた隣国の調査等、事後処理は兄弟に任せ、母上と父上、そしてルカウス兄上と俺とフローラ、マティアスの六人は、国境に様子を見に来ていた隊長を|拾って《》・・・、第5警備隊の寄宿舎に場所を移した。
マティアスが内密にしたいと言うので、隊長の部屋において、マティアスの事情というものを聞くことになった。
マティアスの口は重かった。
しかし、黙り込んで不誠実な態度を見せていては、母上の協力が得られないと覚悟を決めたようで、国の機密事項が含まれますので、どうかご内密にお願いしますと頭を下げて、最初から話し始める。
「ポルトはご存知の通り、魔法を使用するのが難しい土地柄です。我々ポルトの王宮魔法使いは上級魔法を使う度に、輸入している高価な魔石をいくつも消費します。それを憂えた王が、極秘に一部の魔法使いに、隣国での魔石の入手を命じました。実は隣国とは、秘密裏に海岸部において昔から魔石の取引をしております。なので、隣国に魔獣がいることは分かっていました。魔石は狩ったものに権利がありますから、他国で入手しても法的には問題はありません。ただ、ポルトには言い伝えがありますから、公には出来ず、この事を知っている者は選ばれた若い魔法使い六名と国の中枢だけです。私達は魔物の神を起こさないよう砂漠を避け、海岸部から入国し、こっそり近場で魔獣を倒し魔石を手に入れたら、さっさと帰ろうと計画を立てておりました。私達は若く、何も分かっていなかった。己の力を過信し、魔獣に関しても安易に考えていた我々は、森に入るやいなや魔獣に取り囲まれ、全滅、私だけは重傷を負い死ぬところをレフティに拾われ、奇跡的に命を取りとめたのです」
悲痛な面持ちでそこまで話すと、マティアスはふーと大きく息を吐いた。
「レフティは世間知らずな少女でしたので、私は幼い頃から神殿に仕えている巫女だと思っていました。あどけない表情は、娘のフローラを思い起こさせ、私はフローラが喜んだ事をレフティにもしてやりました。私にとっては命の恩人ですから、レフティが望む事は何でもしてやりました。些細な事です。手遊びやかくれんぼの相手をしたり、物語を聞かせ、花で首飾りを作ってやったりしました。そうして過ごすうちに、私の体力も回復し帰国をしようとすると、レフティがこう言ったのです。帰る場所が無くなれば、あなたは帰らないでずっとここに居てくれるわよねって。その時初めて、私は自分がとんでもない思い違いをしていた事に気がついたのです。ポルトを滅ぼしに行くというレフティに、もう帰りたいとは言わないから止めてくれと懇願しましたが、私の手を振り切ってライティと僕を連れて行ってしまった。後を追ってポルトに着いてみれば、北の街は焼け野原に。私は急いで王都の家に向かい、目にしたのはエレナに対峙する私とレフティでした」
「全く、悪趣味なあの魔族らしいよ」
アイツは、裏切られたと思った人間がどんな顔をするのか、その反応を見て愉しむのだ。
「私の登場にエレナは驚いていましたけど、これで納得がいったという顔をしておりました。エレナを害そうとしている事は明白でしたから、私はエレナの前に立ちはだかり、二人に向き合いました。その直後、私の姿をしたライティが私達に向かって魔法を放ち、それは起こりました。レフティが私の前に飛び出し、魔法は三人を貫いたのです。衝撃から立ち直った私はとにかく逃げなければと、エレナを抱き転移しました。昔の私なら魔石が無ければとても出来ないような魔法も、レフティに助けてもらってからというもの、簡単に為せるようになっておりました。今から思えば、重傷の私を助けるために、レフティが自分の魔力を分け与えていたのかも知れません」
「なるほど。もともとあなたの身体とは親和性があったわけね」
「転移した先でエレナを介抱しましたが、既に事切れた後でした。しかし、すぐに自分の身の内の異変に気付きました。私の中にエレナの存在ともう一つ、レフティの存在を感じます。私は先ほどの魔法によって、私の中に二人が入り込んでしまったのだと、理解しました。私はエレナの亡骸を屋敷のベッドに戻し、私自身は死ぬつもりでした。レフティが目覚めてしまったら、どんな事態になるか分かりません。しかし、何をしようが死ぬ事は叶いませんでした。身体をばらばらにしても、数年経つと元の状態に戻って、目覚めるのです。私は、レフティの力と記憶を引き継いだ事に気付きました。私はレフティが目覚めないよう魔法と記憶を封印し、その後は、ハルの言った通りです。二人は今でもこの身の内に存在しますが、両者共に意思のようなものは感じません。眠っているような感じです。とは言え、この先目覚めないとは限りません。何か起こってからでは遅いのです。私は早急に死ぬべきなのです。心配だったフローラには、大切な娘を任せるに値する立派な伴侶が見付かりました。もう、私に心残りはございません。どうか、よろしくお願い申し上げます」
涙を流して話すマティアスに、母上は頷いて見せた。




