魔物の神3
森の上に出てみれば一人の男がいた。
レフティかと期待したが、そもそもレフティなら結界を解く必要がない。
「結界を解いたのはお前か?」
では、あのガキが言っていた竜王なのか? いや、違う。竜族特有の魔力を感じない。
男は返事をせず、突然踵を返す。
「捕まえろ」
俺の結界を解いた男だ、何者なのか知りたい。
僕の二人に命令をして、男の後を追った。
ところが、男はのらりくらりと二人の攻撃をかわし、いつまで経っても埒があかない。
役に立たず共め。
俺はつむじ風の中に男を閉じ込め、捕らえようとして風魔法を放つ。
ところが、つむじ風は男に届く前に途中で威力を失い消失してしまった。
「貴様、一体何者だ!?」
俺達と同じ能力を持つ者が存在するとは思わなかった。
長い時の流れの中でそのような者には未だかつて会った事がない。
男は俺の問いには答えず、また逃げる。
追う、逃げるをしばらく繰り返し、ふと気付く。
おびき出されている?
俺が追うのを止め、引き返そうとすると、男が初めて口をきいた。
「待て。ライティ」
なんだと。
「何故、俺の名を知っている」
俺に男の見覚えはない。
そもそもが僕以外の人間の男など、深く関わったためしがない。
まして、名など・・・
一人居た。
俺達に深く関係した男が一人。だが、容姿が全く違う。
しかし、考えられるのは、二人しかいない。
「レフティなのか?」
レフティなら、何故こんな真似をするのか。
「それとも、・・・ルシオか」
レフティが拾って来た魔法使いの男。
あの時、レフティが居なくなったのと同時にこの男も姿を消した。
レフティは男と番いになれるだろうかと俺に聞いたのだ。
俺の前から姿を消した後、竜族のように交合し、魔力を分け与えたのかも知れない。
「両方と言ったら?」
「両方だと?! どういうことだ!」
「彼女は俺の中にいる。俺は、彼女からおぞましい記憶と力を受け継いだ。俺とあなたは同等のもの、これ以上好き勝手はさせない。あなたを倒す事は出来なくとも、力を削ぐ事は出来る。その後の事は竜族に任せるさ」
そう言うと、ルシオは攻撃を仕掛けて来た。
攻撃をいなしながら、邪魔なルシオをどうすべきか考える。
レフティの力を持つなら、闘っても無意味なだけ。
レフティ、下等な人間と同化して、俺の邪魔をすることがお前の望みなのか!?
人間の言いなりになって、虚しさから救済されたとでも?!
じきに竜王が仲間の竜族を連れてやって来る。愉しい宴をお前達に邪魔させてなるものか。
俺は二人の僕を盾に、転移した。
空を覆い尽くすほどの竜の群れに興奮が止まらなかった。
大昔でも、一度にこれほどの竜は見た事がない。
ははっ、サイコーだ!!
「行け! いいぞ! 最高だ! 思った通りだ。やっぱり竜王は迫力が違うな、魔力も桁外れだ。欲しいな。あれをどうにかして、捕らえたいが・・・」
目の前の砂漠一帯において、竜と俺が竜の魔石で作り上げた百足の怪物との激闘が、あちらこちらで繰り広げられている。
中でも一番目を惹くのは、やはり黒竜王だった。
「残念だけど、それは無理よ。私がそうさせないもの」
突然、女が現れて、持っていた魔法封じの首輪を破壊された。
「お前、いつの間に! 誰だ?!」
すぐさま女から距離を取り、問い質す。
「竜王の番いよ。人間の魔法使いなの」
驚いた。
俺は望みのモノを知らず知らずのうちに呼び寄せてしまったらしい。
「ハハ、こりゃあいい! ちょうどお前について考えていたところなんだ。会えて嬉しいよ」
竜王はもう手に入ったも同然だ。笑いが込み上げる。
竜族の致命的な弱点が、番いという存在。
最強の竜王といえども、その縛りから逃れる事は出来ない。
「ふふ、そううまくいくかしら? 私がわざわざ挨拶をしに来たとでも?」
「首輪を一つ壊したくらいでいい気になるなよ、下等な人間風情が」
「そうね。神のような存在のあなたからみれば、人間はちっぽけで下等な生物なのかも知れない。でも、その下等な生物の人間が、あなたを殺すと言ったら? 不死のあなたを葬る方法を発見したと言ったら、どう?」
「なんだと!?」
「恐怖する? それとも、永遠の時から解放されて嬉しい? 生きているのがつまらないんでしょう?」
下等な人間のその生意気な口ぶりに、怒りが暴発した。
しまった、女を殺してしまったか。
焦ったのは一瞬で、女は再び目の前に現れ、俺に向かって言った。
「あなたを哀れに思うわ。だけど、人間や竜族に残虐な行為を繰り返すあなたを赦すわけにはいかない。人間であり、そして当代竜王の番いである私が、二つの種族を代表してあなたを成敗します」
くくっ、この女、俺を成敗するだと?! 笑わせるじゃないか、人間の分際で。
竜王の番いともなると、はは、威勢だけは立派なものだ。
「でも、その前に聞きたいのだけど、あなたの片割れはどこにいるの? あなたが危ないっていうのに、どうして助けに来ないの? ねぇ、あなた、呼んでくれないかしら? 捜すのは、大変なのよ」
荒唐無稽な宣言には呆れるばかりだし、人を食ったような女のおしゃべりに付き合うのは、もううんざりだった。
「そう。寂しくないように兄妹仲良く一緒に葬ってあげようと思ったのだけど、残念だわ」
俺が黙っていると、無言を返事ととったようで、女は勝手な事を言い始める。
「はは、残念なのはお前だ。首輪はあれ一つじゃない。お前を捕らえて、竜王を俺のペットにしてやるよ」
言うと同時に、女のところに転移し、羽交い締めにしたつもりだった。
腕の中に取り込んだはずが、女の姿はどこにもない。
「学習しないわね。長い時を生きてるんだから、もっと賢いかと思ったけど」
気配を探っていると、すぐ後ろで女の声がした。
驚いて振り向けば、その瞬間、再び消える。
近くにいるはずの女の気配がさっぱり読めない。こんな事は初めてだ。
再び女が姿を現す。手に一輪の白い花を持っている。
「ねぇ、あなた、この花の名前を知ってる? プルアメリアの花よ。この砂漠に生えていたのを摘んだの。大陸中にあまねく分布し、砂漠においてさえ自生する生命力の強い花、」
「何の話だ」
会話を続けながら、神経を集中させて、女の周囲を探る。
女は結界すら張っていなかった。
「つまり、あなたを結ぶ相手にこの花を選んだの」
魔法を使っている様子もない。
俺は、再び転移し、捕まえようと試みたが失敗する。
おかしい。どういうことだ?
「ちょっと、聞いてる?! そんなふうに傲慢だから、進歩がないのよ。訳も分からないまま消滅したいの? 説明してあげてるんだから、ちゃんと聞きなさいよ」
数多の人間の知識を集積しているこの俺に説明する? 面白い女だ。
女に興味を覚えた。
なぜ捕まえられないのか、聞けば教えてくれるだろうか?
「あなたにとっては、ちっぽけ過ぎて気が付かないのでしょうけど、どんなに小さな生物の中にだってちゃんと魂があるのよ? 私はこのプルアメリアの花を摘み、あなたの魂とこの花の魂を結んだの。あなたはアルに夢中で気が付かなかったみたいだけど」
女の話は全く理解出来なかった。
魂を結ぶ? 何の事だ?
「そして、今、こうして花の時を元に戻してやれば、摘まれた花に留まっていた花の魂は霧散し、それに引っ張られてあなたの魂も霧散するわ」
時を元に戻す? 霧散する?
おい、女、ちゃんと説明しろ!
知りたいと思った。
・・・知りたい? 何を?
なんだ?
分からない。何も分からない。
ただ、萎れていく花に吸い込まれるような心地だけがした。




