危機1
あれから、魔族は沈黙している。
たまに、気配を感じたという報告が上がるくらいで、目立った動きはなく、ポルトの人々はおそるおそるという感じだが、普段の生活を営み始めていた。
当初は極秘に動いていた母上だったけれど、協力関係を築いた方が得策と踏んだのか早々に王家と話をつけ、今では多くの仲間がポルトに潜入し、魔族の動向を探っている。
そんな緊張状態の局面にありながら、俺はというと、浮かれていた。
想いが通じ合ったフローラとの関係は順調に深まっている。
昼間はパトロールという名のデートに出掛け、隙あらばフローラを路地に引き込んでいちゃいちゃしたり、夜はじっくり、最後まではまださせて貰えないけど、フローラの身体を隅々まで堪能するという日々にすっかり溺れていた。
その日もいつもと同じように朝からフローラと共にパトロールに出掛け、昼食のために一旦寄宿舎に戻る。
食堂に向かう途中で、俺は隊長に呼ばれ、そこでフローラと別れた。
隊長の話はすぐに終わり、俺は、当然食事中だろうと思って、食堂に入ってフローラの姿を探す。
あれ? 同じ班の連中はいるのに、フローラだけがいない。
「フローラは?」
談笑しているグレンに尋ねた。
「ん? 入れ違いか? お前が呼んでるって食堂に呼びに来た奴と一緒に出て行ったぞ?」
!!
「・・・そいつは誰だ」
「誰だっけ? なあ、フローラを呼びに来た奴って誰だっけ?」
嫌な予感がする。
顔から血の気が引き、全身から冷汗が噴き出した。
「ハル、おい、大丈夫か!?」
寄宿舎の中は皆がいるから大丈夫だと勝手に思い込んでいた。
ああ、どうして、俺は一時でも目を離してしまったんだ!! くそっ!!
後悔している暇はないぞ、フローラを取り戻さなければ!
俺は直ぐにお揃いの指輪の石に意識を集中し、どうか間違いであってくれと願いながら、フローラの位置を探った。
フローラは北の方角に向けて高速で移動中だった。
フローラが俺に黙って一人で行くとは思えないから、認めたくはないが、やはり攫われたと考えて間違いないだろう。
「母上、申し訳ありません。俺の失態です。フローラが魔族に捕らわれました。俺はフローラを追います」
俺は後を追いながら、通信具で家族に連絡を入れた。
魔族は頭がイカれている。
目的が何なのか、何がしたいのかよく分からない現状で、今後の展開を推測する事は難しい。
むざむざやられるつもりはないが、どうなるかは分からない。
「兄上、姉上、今までありがとう! お世話になりました! 父上、お願いがあります。俺がもし竜族やこの世界に迷惑をかけるような事態になったら、どうか俺を殺して下さい」
砂漠を越えた辺りで、空中を飛行している三人組の後ろ姿を捉えた。
相手に気付かれないように、フローラだけを異空間に転移させたかったが、成功しなかった。
チッ、やはり、駄目か。
俺の存在にも気付かれて、厚い結界を張られた。
フローラが首にさげているお揃いの指輪の石との共鳴がぷつりと途切れる。
転移して三人組の前に出た。
「やぁ、随分早くて驚いたよ。こんなに早く追いつかれるとは思っていなかったから、さっきは正直危なかった。でも、まぁ、ちょうど良かったよ、こいつを餌にして、どうせお前をおびき出すつもりだったんだ」
真ん中の年若い男がぐったりしたフローラを横抱きにしたまま、俺に軽い口調で話しかける。
ぐらぐらと煮えたぎるような憎悪が男に湧き上がる。
「フローラに何をした! フローラを返せ!」
「おっと、危ない危ない」
転移して取り返そうとしても、瞬時にかわされてしまう。
「動くな! こいつを縊り殺すぞ」
そいつは首に片手を食い込ませ、俺に見せつけるようにフローラを持ち上げた。
フローラの顔が苦悶に歪む。
「やめろ!! やめてくれ!! 頼む!!」
「おい、これをそいつに。暴れられると面倒だ」
その男の指示で、仲間のローブの男二人が俺の両脇にやって来て、男が手渡した金属の輪を首にはめる。
はめた途端、俺は力が抜けて空中で身体を維持出来なくなり、落ちそうになるところを両脇から抱えられた。
「驚いたかい? 俺が昔、竜狩りの時に作った魔法を無効化する首輪だ。竜族の力はよく知っているからね、封じさせてもらうよ」




