魔獣の襲撃7
中央広場に戻ってみれば、ブルの退治も終わって、隊員達は魔石を手にとって珍しそうに眺めたり、自分達の武勇伝を自慢しあったりしていた。
フローラとマティアスは救護班に交じって、隅の方で怪我人の応急手当てをしている。
一見する限り、酷い被害は受けていないみたいだ。良かった。
「レオンくん!」
フローラは俺に気付くとすぐさまこっちに向かって駆けて来て、腕を広げれば飛び込んだ。
「無事で・・・良かったっ! 本当にっ、良かっ・・・たっ!」
そして、涙をいっぱい溜めた大きな瞳で俺をじっと見つめる。
「ああ、フローラも」
瞳から堪えていた俺のための綺麗な雫がフローラの頬を伝う。
「あれっ? 嬉しいのに、なんで涙が、っはは、おかしいね」
俺は黙って愛しいフローラを抱き締めた。
フローラの声に隊員達が俺の存在に気付き、近寄って来る。
隊長からは、ブルは全て退治し、隊員は軽傷の怪我人が出たものの皆無事だと聞かされた。
お互いの無事を喜び、武勇を讃え合う。皆、自信に満ちた笑顔で輝いている。
自分達の力で街守り切ったという事実が隊員全員の誇りとなっているのだろう。
ところが、突然その和やかな雰囲気を壊す警鐘の鐘が一斉に北の方角から鳴った。
一瞬にして、その場に緊張が走る。
!?
どういうことだ!? 俺の結界網には何も引かかっていないぞ!?
すぐさま、確かめるために空高く上昇し、魔獣の群れを探す。
だがそれらしいものは何も確認出来ない。
だが、鐘は鳴り続いている。何故だ?
「魔獣はいない。だが、何かが起こっているのだろう。ちょっと見て来る」
母上や兄上からも特に連絡は入っていない。だが、嫌な予感がした。
「レオンくん、私も行く!! 私も連れて行って!!」
フローラが同行を申し出た。
状況の分からない今、同行させるのも置いていくのも不安なら、傍に居た方がずっといい。
フローラに頷いて見せ、マティアスに声を掛けた。
「マティアス、お前も付いて来い!」
フローラを抱き寄せ、空に向かって浮き上がる。
「ハル! 俺達も地上から北に向かう。向こうで合流しよう!」
俺は隊長に頷き、隊員に号令を出している隊長の声を下に聞きながら、北へ飛んだ。
何だ、これは! 俺もフローラも絶句した。
結界の網にも掛らず、上空からの視認も出来なかったはずだ。
サイズが小さ過ぎる。
大きいものでも手の平ほどの、それは、砂漠に住むこの街の者にとっては馴染みのある百足だった。
死に至る程の猛毒ではないが毒を持ち、噛みつかれれば腫れて熱が出る。
ただ、その数が異常だった。至る所を這い回っている。
そして、今なお街を囲う壁をぞろぞろと越えてくるのを見れば、街の中の蟲の数はますます増えていると言っていい。
侵入を果たした百足は、道を這い、街の壁という壁に張り付いて、まるで狙った獲物がそこにいるかのように建物に群がっている。
湧いて出る百足と格闘している隊員や街の住人の姿が、至る所で見えた。
どうする!!?
火魔法を使うか? 住人達は松明を持って、百足を火で焼いていた。
隊員達は剣で突き刺したり、真っ二つにしたりしているが、数が多過ぎて焼け石に水のように感じられる。
とにかく、これ以上数を増やすわけにはいかない。
フローラやマティアスと共に、街を囲う壁に這い上がってくる百足を火魔法で焼いていくが、焼かれた百足は落ちてもまた次のものが這い上がってくる。きりがない。
結界を張るか?
だが、こんな小さな蟲を阻むには空間自体を閉じるようなものでないといけないぞ。
今の俺の魔力では無理だ。
ならば、どうする!?
隊長達が遅れて到着し、皆もやはり驚いて絶句している。
とにかく、侵入してくる百足の数を減らそうと、隊長は隊員を壁に沿って並ばせ松明で焼かせた。
だが、この百足どもは壁からの侵入が困難と分かると、今度は地面を潜って街に侵入を始めた。
「なんなんだ、この百足は!!」
「痛てっ!! くそっ! 噛まれたっ」
そして、この百足も魔獣と同じ、人間に対して明白な敵意を持って街を襲撃しているのだ。
「一体どれだけいるんだ・・・」
終わりのない戦いに、隊員達の疲労の色も濃くなってきている。
「まるで何かに操られているみたいだ」
隊員の一人が呟いた。
そうだ、その通りなのだ。
魔族に操られているのだ。これは、百足の意思ではない。
ふと、気付いた。そうか、百足の意思を取り戻せばいいのだ。
そうすれば、わざわざ俺達が始末しなくても、自ら砂漠に戻って行くのではないだろうか。
百足も魔獣と同じと考えるなら、邪心を植え付けられているのだ。
邪心を浄化してやればどうだろう。俺は近くの百足に浄化魔法を試してみた。
すると、その百足は他のものとは違う動きを見せる。
効果はあった。
だが、問題はこの辺り一帯の百足を相手にしなければならないことだ。
今の俺に出来るだろうか。いや、やるしかない。
俺は上空に上がると辺り一帯に降り注ぐよう浄化魔法を放った。
そして、浄化を嫌がって逃げないように、上から薄い膜のような結界のベールをかぶせる。
魔力の乏しい今、圧倒的な力で押し切るような魔法を使う事は出来ない。
母上直伝の少ない魔力で最大限の効果を得る省エネ複合魔法、こんなところで役に立つとは思わなかった。
俺達兄弟はハーフとはいえ、黒竜の血を引く。
魔力は膨大であり余っているのに、ケチケチ魔法を習う意味が分からなくて、俺は母上に食ってかかったことがある。
ハハ、本当に母上には敵わないや。
帰ったら、勝手に飛び出した事や、課題をサボったり反抗していた事も謝って、ちゃんとお礼を言おう。
もう、そろそろいいかな。
結界のベールを外せば、百足の大群はぞろぞろと潮が引くように北に向かって移動を始めた。
フー、なんとか追っ払えたな。
やれやれと地上に降り立つと、くらりとめまいがした。
何とか踏ん張って耐えたものの、気分がだんだん悪くなってくる。
やべ・・・、と思った瞬間、目の前が暗転した。




