魔獣の襲撃1
※隊長視点
ハルが言っていた通りのことが現実に起こった。
いや、現実はもっと凄惨なものだった。
「第2警備隊が全滅?」
北部大隊本部からの伝令が執務室に飛び込んで来た。
人払いをした後に、伝令から告げられた報告内容に頭が真っ白になる。
「警備隊だけではありません。街の被害も甚大で、住人もどれだけ生き残っているか・・・」
第2警備隊が駐屯するクリムの街は、この東の街キシリアからは一番遠い西側に位置する。
「だが、あそこには魔法使いがいるだろう? 仮に魔獣が襲ってきたとしても、魔法で守るなり始末するなり何とか出来たはず・・・だろう?」
十数年前、隣国の魔法使いによって魔法の脅威に晒された我が国は、軍備増強のため魔法使いの育成に力を入れてきた。
「魔法使いは何をしていたのだ!」
俺は人払いをするほどの極秘内容であったのに、そんな事は悔しさについぞ忘れて、机に拳を叩き付け、辺りに響き渡るような大声で怒鳴っていた。
国はそんな時の為に魔法使い達に大金をつぎ込んでいるのだぞ。
全滅・・・
『この国の魔法使いなど、ものの役にも立たんぞ。いたら大惨事だ』
ハルの言葉が頭の中に蘇る。
「馬ほどもあるシルバーウルフのボスは火魔法や風魔法を操る魔獣で、魔法使いは応戦しましたが、最終的には頭を食い千切られ、絶命したそうです。街へなだれ込んだ魔獣の群れに警備隊は為すすべもなく蹂躙されるがままでした。一番近い第1警備隊が救援に駆け付けた時には、魔獣の群れは既に姿を消し、焼け焦げた街の残骸と大勢の人間の死体だけが残されていたということです」
伝令が出て行くと、俺は一人頭を抱えて机に突っ伏した。
「フローラ、ハルを呼んでくれ」
俺はとにかくハルの意見を聞きたくて、ハルと特に親しくしているフローラとグレンを執務室に呼び出した。
「隊長、残念ながらレオンくんは気が向いた時にふらりとやって来るんです。約束もしておりませんし、こちらからは連絡の取りようがありません。今日は朝に来てしまっているので、もう来ないでしょうし。また、明日、顔を見せた時に、隊長が呼んでいた事を伝えておきます」
フローラののんびりした口調に俺は苛立った。
椅子から立ち上がり、机を叩いて、フローラを叱りつけた。
「それでは遅い! 今すぐ呼べ!!」
俺の剣幕に、二人とも驚いている。
「済まん。だが、事は緊急を要する。頼む、フローラ」
俺の尋常でない様子に、何かを感じたのであろうグレンが、フローラに口添えをしてくれる。
「フローラ、ちょっと名前を呼んでみろ。多分出て来るんじゃないかな? ほら、あいつ、ストーカーだから、きっと近くでお前の様子を窺っているに決まってる」
「えぇー?」
「そうだな、いい考えだ。フローラ、呼べ! 今すぐ呼べ!」
「えぇー、ここでですか?」
もじもじし始めたフローラにまたしてもイラッとして怒鳴り付けた。
「早くしろ!」
「は、はいっ! わ、分かりました!」
しかし、こいつもかなり印象が変わったな。
常にピリついて他人に侮られまいと神経を張り詰めていたのに、随分と柔らかい雰囲気を纏うようになったもんだ。
ハルとも仲良くしているらしいしな。
ハルは年下だが、年の割には大人びているし、頼り甲斐のある奴だから、フローラも案外満更ではないのかも知れん。
「えっと、れ、レオンくーん、出て来てくれませんかー? レオンくーん、隊長が話したいって言ってるのー。お願い、出て来てぇー」
フローラが恥ずかしげにか細い声で辺りを見回して呼び掛ける。
そんな小さな声では聞こえんだろう!と檄を飛ばそうとした時、
「何だ」
ハルが目の前にいきなり姿を現した。
「「「ぎゃっ」」」
三人とも飛び上がって驚いた。いや、呼んだのは、俺達だけど!
何なんだコイツは! ホントに出たぞ!
マジに、グレンの言った通り、フローラを隠れて覗いていたとしか思えない!!
だが、不思議に気味が悪いよりも、いっそ清々しいくらいのストーカーぶりだなと感心してしまう。
「驚かすなよ! 早過ぎだろ!」
「呼んでおいてその言い草は何だ」
「やっぱりお前、どこかに隠れて覗い」
「無駄話はいらん! 何だと聞いている」
一通り話を終えると、ハルは目を閉じて黙り込んでしまった。
逆に、グレンとフローラはなんで?どうして?と半ばパニック状態で、俺にうるさく訊ねてくる。
俺の方が聞きたい。一体どうしてこんな事が起きているのか。
俺は今までポルト各地に駐屯してきたが、魔獣の襲撃など見た事も聞いた事もない。
襲撃・・・まさか、また隣国が?
「絶望的だな」
!!
ハルのその一言に俺は力が抜けて立っていられなくなり、崩れるように椅子に腰かける。
やはりハルでもどうにもならないか。
いくらハルが優秀な魔法使いといえども、一人でこの街全部を守り切るなど不可能だ。
当たり前じゃないか! これが真っ当な答えなのだ!
むしろ、ハルが正直に言ってくれてスッキリしたはずだ。
ガッカリしている自分自身に言い聞かせる。
だが、俺はこの不遜な常人でないハルなら何とか出来るのではないか、何か良い方法を提示してくれるのではないかと、一縷の望みを賭けていたのだ。
「正直に言えば、俺はこんな危険な場所にフローラを置いておきたくない。さっさとフローラを連れておさらばしたいところだ」
「そうだな。お前はレノルドの人間だ。ポルトを守る義務はない。だが、フローラはそうはいかん。個人的には、逃がしてやりたい気もするがな」
フローラはポルトの人間に憎まれて、ずっと辛い思いをしてきたのだ。
警備隊に入隊して、ポルトに忠誠を尽くしポルトの為に働いていても、それは変わらない。
「ならば、俺はここでフローラを守るしかない」
ハルはフローラに向き直り、困った表情をしながらも、愛情のこもった眼差しを向けた。
「俺はフローラさえ無事なら、別段誰が死のうと構わない。だが、フローラは違う。フローラは、生き残ったとしても、キシリアの街が全滅したらきっと幸せじゃない。そうだろう? フローラ」
「ハル! 俺が死んでもいいって言うのか!」
「レオンくん・・・」
「俺達仲間だろ?」
「フローラ、ならば、俺に街を守ってくれと願え! 愛しい番いであるフローラの願いならば、きっと叶えよう!」
「俺も願うぞ!」
脇でグレンが喚いていたが、手を取り見つめ合っている二人には聞こえていないみたいだった。
俺はフローラの願いでもグレンの願いでも何でもいい。
ハルがその気になってくれた事に希望を見いだしたのだった。




