怪我の功名1
フローラを傷つけた奴らには、逆睡眠魔法をかけてやった。
しばらくはどんなに眠くても寝られないだろう。
本当は一週間くらい続けて苦しめてやりたいくらいだが、あまりやり過ぎてフローラが疑われても困るからな。
フローラは酷く落ち込んでいた。
このところ落ち着いていた魔力もまたピリつき始めて、俺は何とか宥めてやりたくて、治癒魔法をかけてやったが、気休め程度の効果しかなかった。
刺々しい魔力がフローラの身のうちで暴れて、自分自身を傷付けている。
フローラがこんなに苦しんでいるのに、俺は何もしてやれないのか?
俺は番いなんだぞ。余りに不甲斐ないではないか! 何とかしろ、俺!
ベッドで身を縮め、痛みにじっと堪えているフローラを見ていて、ふと魔素の多いレノルドなら暴発しているところだなと思った。
ん? レノルド? レノルド・・・暴発・・・、レノルドというワードが俺の頭に引っかかる。
そうだ暴露本! 父上の切ない恋物語!
あれに重要なヒントが隠されてた気がする!
ああもう、随分前に読んだきりだから、細かな内容は忘れてしまったな。
ああ、何だったかな。思い出せ、思い出せ、俺!
暴露本、俺達兄弟はあの読み物をこう呼んでいる。
あれのせいで、家族である父親と母親のハズい恋物語を、全国民に事細かく知られる結果となったのだ。
父上と母上の出会いからずっと、行動を共にしてきた当時父上の従者をしていた、ディーン学校長の作である。
校長が子供達に字の勉強をさせるために書いた、子供向けの物語だったけれど、大人にも大ウケだった。
とにかく父上の切ない健気な求愛に、やっと母上が応えた時には全国民が拍手喝采で喜んで、その時既にもう父上との間に何人も子供をもうけていた母上に、よくぞ竜王様の愛を受け入れてくれたと、こぞってお礼を言いにやって来たという。
俺は一冊に刊行されたものを読んだが、当初は週刊で、大人も子供も、発刊日を待ち望んで読んでいたみたいだ。
校長の思惑通り、子供達は字を覚え、副産物として、最強の魔法使いである母上に憧れを抱く者が増えて、魔法の勉強にも一生懸命取り組むようになったとか。
思い出した! 魔力の注入だ!
あの中で、父上は母上に何度も自分の魔力を分け与えていた。
それは、母上を助けるためだったり、マーキングであったり、自分を意識させるための手管だったり、様々な意味を持ってなされていたけど、それは番いだからこその行為、竜族が最上級の愛情を相手に伝えるための行為だ。
俺の中で、竜族の本能が目覚めて行く。
何故、今まで気付かなかったのか、不思議なくらいだ。
俺はもう確信していた。俺の魔力は必ずフローラの助けになる。
番いの繋がりとは、そういうものなのだ。
眠るフローラに、念のため睡眠魔法をかけた。
途中で起きて、ゴネられたら困る。
頭の隅の方に、卑怯者と言う母上の怒った顔が見える気がしたが、無視した。
卑怯者で結構! 何とでも言え、俺にはフローラの安寧の方が重要だ。
フローラのプックリとした柔らかい唇にそっと己のそれを押し当てた。
うん、フローラはピクリとも動かない。
舐めて、吸って、絡めて、啄んで、ずっと触れたくて堪らなかったフローラの甘い唇を、思う存分堪能する。
愛しく思う気持ちが高じて、顎に、鼻の頭に、柔らかい頬にも口付けを落とす。
柔らかな身体を抱き締めて、首筋に顔を埋めるとフローラの甘い香りが鼻をくすぐった。
フローラの全てを奪いたい気持ちが頭をもたげるが、さすがにそれは我慢した。
口内を蹂躙するだけにとどめておく。
そろそろ、本題に入るか。
フローラの口を開け深く口付け、ゆっくりと魔力を流し込んでやれば、俺の魔力にすぐさまフローラの魔力が絡み付いてきた。
やはりな、俺の番いはフローラに間違いない。
推測は確信に変わった。
乾いたスポンジが水を吸うように、フローラの身体はどんどん俺の魔力を吸い取っていく。
フローラの身体が俺の魔力で満たされた時には、俺の方が空っぽになってしまった。
魔力は底をついたが、俺は充足感に満たされていた。
俺の気を放つフローラを見れば、自然に顔がニヤついてくる。
俺は急激に空腹感を覚えた。
獲物を狩りに行くか。
俺は竜になり、夜の闇に紛れ込んだ。




