表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
犯罪者の鉄塔  作者: 天草一樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/14

第八章:議論

 着替えを済ませた彰子とともに、四階から六階のメンバーにも涼森の提案を伝えていく。結果、全員無事な姿で眩暈の塔六階に集結した。

 ちなみに四階は藤林、五階は志島、六階は荒瀬の部屋となっていた。

 全員が終結した時点で、涼森がこの提案に関する詳細を説明し始めた。

「もう既に簡単な説明は済ませましたが、要するに皆さんの安否確認のために、朝に一度全員で会うようにしようというお話です。まあ、金光の宣言していた三日目まではあと一日ですし、余計な心配の気もしますが、念には念を入れておいた方がよいかと。それで、朝集まる時間と場所に関してなのですが、八時ごろに一階のホールに集合というのはどうでしょうか?」

 涼森がそう言って全員を見回すと、志島が顔をしかめながら口を開いた。

「涼森とか言ったか。お前、一体何を企んでる」

「企んでる、というのはどういうことでしょうか?」

「しらばっくれるな。そもそもお前自身が俺たちに部屋から出ずにじっとしているように命令したはずだ。にもかかわらず、今度は俺たちを部屋から出そうとしている。何か裏があると勘ぐるのは当たり前のことだと思うがな」

「志島さん、いくらなんでも考えすぎですよ。涼森さんは僕たちの心配をしてわざわざこの提案を持ち掛けてきたんです。疑うなんて失礼ですよ」

 荒瀬が涼森を擁護しようと口を挟む。志島は荒瀬に対して冷たい視線を投げかけると、吐き捨てるように言った。

「どうしたらそんな楽観的でいられるのか理解に苦しむな。あの書置きが事実かどうかはともかく、こうして俺たち六人を監禁したやつが、このまま何も行動を起こさずにいると本気で思ってるのか?」

「だからこそです」

 志島が言い切るのと同時に、涼森が話を引き継ぐようにして話し出す。

「私もこのまま何も起こらないで終わるとは考えていません。だからこそ、できることはやっておきたいのです。部屋から出ないように提案したのは私ですから、もしそこに穴があるのなら、きちんとふさいでおきたいのです」

「ふん。なら聞くが、朝に全員で集まることのどこに利点がある。この案はそもそも誰かが殺されないようにするためではなく、殺された後を想定しての行動だ。もし本当に誰も殺されないようにしたいなら、全員で一か所に集まってお互いを監視すればいいだろ。ま、無理だと思うがな」

 涼森は志島の反論に対して、一切動揺の色を見せず、あらかじめ反論されることを想定しているかのように淀みなく答える。

「全員で一か所に集まることを受け入れてくれないであろうことは、最初から分かっています。もし本当に人殺しがいるなら、心理的に考えても一緒に集まっていたくありませんし、人殺しがいないのならそもそも集まる必要もありませんから。それに……」

 いったん言葉を切り、涼森は彰子の方をチラ見する。

 彰子自身は自分が見られた意味を理解していないようだが、他のメンバーが納得するには十分な行為だった。

「まあ彰子と一緒の空間で三日間を過ごすのは、実際かなり疲れるだろうからねぇ」

 小声でぼそりと呟いた俺の独り言だったが、妙に自分の悪口には耳ざとい彰子はこの独り言も聞き取ったらしく、殺意のこもった視線を俺に向けてきた。

 それはともかく、涼森は話を続ける。

「実際、私の案は志島さんが言ったように、誰かが殺されることを前提としたものです。ただ、皆さんも分かっていることと思いますが、この塔にて何かをやろうと考えている人物がいたとしても、その目的は私たち全員の殺害ではありません。もし殺す気なら私たちを誘拐するときにこの塔になんて運ばず、そのまま殺せばよかったんですから」

 涼森の言いたいことを察知したのか、慌てた様子で荒瀬が口を挟む。

「ちょ、ちょっと待ってください! まさかとは思いますが、涼森さんはここで誰かが死んでも仕方ないと考えてるんですか?」

「はい、そうです。犯人(仮)が誰かを殺そうと考えているなら、それを無理に止める必要はないかと」

「そ、そんな……」

 この言葉には、荒瀬だけでなく藤林も衝撃を受けたらしい。小さな体を震わせながら、涼森に詰め寄っていった。

「待ちたまえ、私の命はそんじょそこらの命よりもずっと重いんだ! 万が一にも犯人の狙いが私であったら、いったいどれだけ人類に大きな損失が出ると思ってるんだ!」

 随分大げさなことを言うおっさんだな、と俺が傍観者気分で観察する中、藤林に詰め寄られている涼森は涼やかな声音で諭した。

「落ち着いてください、あくまでこれは可能性の話です。単に私たちをここに監禁している間に、外の世界で何らかの計画を起こしているのかもしれません。何も起こらずとも、人類の希望である藤林さんが三日間も仕事に励むことができないんです。もしかしたら犯人の狙いはそれかもしれません」

 藤林のほざいた大言壮語を利用し、皮肉交じりの反論を返す。藤林が一瞬口ごもったのを見逃さず、涼森が言葉を続ける。

「それに部屋の中にいればうかつに犯人(仮)も手出しはできないはずです。私が既に部屋から出ないようにくぎを刺しているわけですから、それを破って誰かの部屋を訪れるなんて、自分が犯人(仮)であると自白しているようなものです」

 じゃあ涼森さんが犯人(仮)で決定だな。俺は心の中で一人静かに頷いた。

「ですから、誰かが訪ねてきたときだけ警戒すればいいんですよ。ここの部屋にはどういうわけか鍵はついていませんが、幸い内開きです。扉の前にベッドでも置いておけば勝手に侵入される心配もないでしょうしね」

「う、うむ。言われてみればそれもそうか。醜態をさらしてしまってすまなかったな」

 自室に閉じこもっていれば無事であるということを思い出したらしい藤林は、落ち着きを取り戻し普段の尊大な態度へと戻った。

 話が一段落したところで、再び志島が口を開く。

「そろそろ話を元に戻したいがいいか? 結局お前は誰か死人が出たとき、それを生き残ったやつらが気付けるようにしたい、と言いたいのだろう? だがいまいちそれによる利点が分からないな。そもそも犯人が指定した期限まであと一日しかないんだ。仮に今日の夜にだれかが殺され、次の日の朝に残ったやつがその死体を発見したとして、何ができる? お前が言っていたように、俺たち全員を殺すつもりはその殺人犯にないはずだ。つまり、誰かが死んでいるのを確認したところで俺たちにすることなど何もない。ただ出られるようになるのを待ち、後は警察に任せるだけだ」

「それはどうでしょうか?」

 涼森は意味ありげな視線を志島に向ける。涼森の視線を受け、志島の眉間にしわが寄り、ただでさえ細い目がより細められる。

「どういう意味だ」

「私が言わずともご自分で分かっていると思いますが。彰子さんはともかく、志島さん、荒瀬さん、藤林さんのお三方は十分に不自然な行動をとっているんですよ」

「不自然な行動だと?」

「はい。誰一人としてこの塔から脱出できるかどうか試していないことです」

「ちっ……」

 志島がばつが悪そうに顔を背ける。荒瀬と藤林の二人も気まずそうに視線を泳がしている。

 一人状況を全く理解していない彰子が、不審そうな顔をして三人を見つめる。

「何、一体どういうこと? だってこの塔から出られる唯一の扉は開かないんでしょう? だったら脱出なんてできるわけないじゃない」

「それはそうですけど、出口が他にないのか探したり、何とか壁を壊せないかと試すのが一般人の考えではないでしょうか? まあこの塔の壁はどうやらすべて鉄でできているみたいですし、どうせ壊せないと考えて試さないというのはあるかもしれません。でも、彼ら三人はそもそも入り口の扉が開くかどうかさえ試していないんですよ。突然こんな場所に誘拐されたわけですし、すぐにここから出られるとは思わないまでも、出口の扉が開くかどうかぐらいはさすがに試すでしょう。そして開かないと分かった後、しばらくの間パニック状態になったっておかしくない。にもかかわらず、金光の名前を出した途端、この状況に納得したかのように落ち着いて、今後の話し合いに応じてくれました。あなた達がこの状況に対して何か心当たりがあることくらいは分かりますよ」

 最後は志島達を見ながら言う。

 少し声を震わせながらも荒瀬が言い返す。

「そ、それを言うならあなたや日暮さんにも当てはまりますよね」

「ええ。でも私たちは最初に言ったと思いますが、金光とは多種因縁があり、こうして監禁されることぐらいは予想済みでしたから」

(いや、俺はこんなへんてこな塔に監禁されることなんて全く予想していなかったんだが)

 という日暮の心の声は誰にも伝わらず、サクサクと涼森が話を続けていく。

「常識的に考えてこんな場所に監禁されることを受け入れる人なんていません。もしいるとしたら、何らかの弱みを握られていて、受け入れざる負えない人物だけでしょう」

 荒瀬達三人は何も答えられず、黙って涼森の言葉を聞いている。それを肯定と受け取った涼森は、満足そうに小さく頷いた。

「ではあなた達三人は金光に脅されている。このことと、この塔には殺人犯がいる、いや、私たちのうちの誰かを殺そうとしている人物がいる。この二つを事実として仮定してみてください。そうすると、ある一つの結論にたどり着くと思うんです。この状況は、私たちの中の誰かが、後々警察に捕まることなく人を殺せるように作られた舞台だ、という結論に」

 志島が少しいらだった様子で言葉を吐き出す。

「どうしてそんな結論になるのかよく分からないな。それに、仮にその結論が正しいとしても、どうして朝誰かが死んでいないかを確認することが有効的なものになるんだ? 結局俺たちにできることは何もないだろ」

 涼森はほとんど感情の浮かんでいない無表情を志島に向ける。

「いいえ、私の仮説が正しければこれは必須事項になるんです。いいですか、警察に捕まるのを覚悟しているならば、こんな場所で殺人を起こす必要なんてないんですよ。普通に相手が油断している隙を見計らってナイフで刺す、これで十分なんですから。でも殺人の舞台としてこの眩暈の塔が選ばれた。要するに、犯人(仮)はこの場所ならば、自分が後々警察に捕まることなく殺人を犯せると考えているということです。このことが意味するのは、私たちのうちの誰かが死んだ場合、その人は不運な事故で死んだか、犯人(仮)以外の誰かが殺したかに見せかけられているということ。もし誰かが殺されていた際、私たちが一切捜査をせずにこの塔を出てしまったら、後で殺人犯の汚名を着せられることになるかもしれないんです。それを防ぐためには、殺人が起こったことをきちんと知っておき、自分たちなりに捜査をする必要がある、そう私は考えているんです」

 涼森が話すのをやめても、すぐには誰も何も言えず黙ったままだった。

 涼森の話は、そもそもこの塔で殺人を起こそうとしている人物がいることを前提としたものである。志島や涼森は絶対に殺人が起こると確信しているようだが、俺を含めて荒瀬や藤林はそこまでのことは考えていないだろう。正直、涼森の話に対して頭が追いつかないというのが実情である。

 ただ、今の話の流れから、少なからず涼森の提案に従ったほうがいいという雰囲気が形成されていた。

 しばらくすると、沈黙を打ち払うかのように、涼森が先程までに比べて幾分明るい声で話し出した。

「少し言葉が過ぎてしまったかもしれませんね。そもそも殺人が起こるとは限りませんし、あまり気にする必要はないんですけど。ただ、万が一殺人が起こった場合に備えて、今回の私の提案を呑んでくれるとありがたいのですが、いかがでしょうか?」

 全員の顔を見回しながら涼森が言う。

 先の涼森の話に反論の余地を見つけられなかったらしく、志島も苦々しそうに顔をゆがめているだけで何も言わない。荒瀬や藤林も戸惑い顔ながらも文句は口にせず、彰子にいたっては眠そうに何度も目をこすっている。

 ほとんど結論が出たのを感じた俺は、話を終わらせるために口を開いた。

「皆涼森さんの提案には賛成、ってことでよさそうだね。俺も特に反論はないからそれで構わないし。じゃあ、そろそろ部屋に戻ろうか。あんまりここでダラダラしてると、最初に俺たちで決めた考えに背くことになりそうだしね。まあ、明日の朝になるまでは誰かが来てもドアを開けずに、部屋に引きこもっているだけでいいんだ。難しいことはない。というわけで、俺はまだ少し眠いから一足先に部屋に帰らせてもらうよ。おやすみなさい」

 これ以上話し合いが起こらないよう、俺は早々に部屋へ引き揚げる。さすがに一人減った状態でまだ話し合いを続けることもないだろう。

 俺は静寂が支配する階段を一人、ゆっくりと下りて行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ