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第七章:提案

 眩暈の塔における二日目。現在朝七時。

 俺は朝食に何を食べようかと、冷蔵庫の中をあさっていた。

「ピザもいいな……、いや、ここはチャーハンか。うーん、どっちも朝から食べるには適してないかな。ここは無難にエッグトーストとか。待て、どうやって目玉焼きを作るんだ? 今ここには電子レンジと電気ポット、それにトースターくらいしかない。これでは目玉焼きは作れない。く、俺は一体どうしたら」

 すると突然ドアをたたく音が聞こえてきた。

 俺が音につられてドアを見ると、ガチャリと音がしてドアが開き、涼森が入ってきた。

「おはようございます」

「……おはよう、涼森さん」

 笑顔で朝の挨拶をする涼森に対し、俺は一切の感情を切り捨てた無表情で対する。

 涼森は俺が冷蔵庫の前にいるのを見て、何をしようとしていたかを察したらしい。いつもの無表情に戻ると、悩める子羊(俺)にアドバイスをしてきた。

「朝食で悩んでるんですね。私は白いご飯にお味噌汁、焼き魚にしました。どれも美味しかったですし、迷ってるならどうでしょうか。たぶんこの部屋の冷蔵庫にも入っていると思いますけど」

「じゃあ、うん、それにする」

 俺は涼森の言った通りの献立を再現していく。すべての料理が作り(温め)終わった段階で、ようやく涼森に疑問をぶつけた。

「それで、涼森さんは何しに来たの。昨日部屋から出ないって話、二回もしたと思うんだけど。涼森さんて約束は守らない派の人間なの? それとも天邪鬼なの?」

「約束は破るためにある。名言だと思いませんか?」

 まったく悪びれた様子の無い涼森を見て、俺はいろいろと悲しみを感じた。

「俺、涼森さんの性格を誤解してたかもしれない。まあ性格を知るほど長い付き合いじゃないけど」

 涼森は俺の言葉を無視し、目の前にある朝食の品々を見ながら言った。

「早く食べないと、お味噌汁が冷めてしまいますよ」

「……いただきます」

 それから約十分ほど、俺が黙って飯を食べ続ける時間が続いた。涼森はその間何も言わず、黙って部屋の中を眺めていた。

 朝食を食べ終わり、皿を片付けようとしたところで、ふと俺は気づいた。

「なあ、この皿ってどこで洗えばいいんだ? この部屋は流し台がついてないんだが」

「私はそのまま放置しておきましたよ。皿はまだたくさんありますし、わざわざ洗う必要も感じなかったので。どうしても洗いたいならお風呂場で洗えばいいんじゃないですか」

「それは、嫌だな」

 確かに監禁されている身のうえ、一生をここで過ごすわけではないのだからあまり洗う必要もないか。そう考え、皿を机の端に重ねておいておいた。

 一通りの片づけが終わり、俺が一息ついていると、涼森が不思議そうに問いかけてきた。

「そういえば、どうして日暮さん着替えてないんですか? 箪笥の中に着替えがいろいろと入っていると思うんですが、見てないのですか?」

 俺は黙って箪笥を指さす。涼森が怪訝な面持ちで箪笥へと近づいていき中を除くと、驚きの声を上げた。

「これは、何というか……」

「俺はそんなものは着たくない」

 箪笥の中には服ではなく着ぐるみが入っていた。カエルの着ぐるみや、ゴジラの着ぐるみ。その他もはや何なのかよく分からないような謎の着ぐるみだけが収納されている。

 仮装パーティーでもないのに(というか仮装パーティーでも着ないが)わざわざ着ぐるみを普段着として使いたくはない。

 涼森の服装は極めてカジュアルな何の変哲もない服であることから、俺個人を対象とした嫌がらせの可能性が高い。

 俺は箪笥を閉じ、いたって真面目な顔で涼森に話を促す。

「それで、またしても約束を破って俺の部屋まで来た理由をいい加減教えてくれないか。まさか俺の朝食の献立を決めるために来たわけじゃないだろ」

「カエルの着ぐるみなんて日暮さんにぴったりだと思うんですが、着ないんですか?」

 俺は涼森の言葉を無視して、じっと涼森を見つめ続ける。冗談の通じない人ですね、と呟いた後、涼森はようやく本題に入ってくれた。

「実はですね、今朝目が覚めたときにふと思いついたんですよ。私たちはこんな状況下でも夜になったらねるわけです。だとしたら、もし犯人(仮)が動くとしたら夜なのではないかと。そこでですね、万が一自分以外の誰かが夜の間に死んでいたら困るので、朝には全員で顔合わせぐらいはしたほうがいいかなと思ったんです」

「なんかいろいろと突っ込みどころの多い発言な気がするけど、まあ、今はいいや。それで、今涼森さん以外がこの場にいないってことは、これから他の人にも今の話をしていくから俺についてこいって言いたいのかな」

「はい。察しがよくて助かります」

 俺は嫌そうに顔をしかめながらも、首を縦に振った。

「了解。涼森さんとこうして行動するのは前回の記憶が蘇って、なんだかすごく嫌な予感がするんだけど、確かに気になるしね」

 俺が了解するのを確認すると、では行きましょうか、と言い涼森はさっそく歩き出した。

 俺は涼森の後ろをついていきながら、これから六階まで階段を上らないといけない事実に気づき、早くもげんなりしていた。

 二階は涼森の部屋の階であり、特に立ち止まることなく三階へ。

 三階へ着くと、さっそく涼森は唯一ある客室の扉をたたき、仲にいる人物に出てくるように呼び掛けた。

 たいして待つこともなく、すぐに扉が開き、中からパジャマ姿の彰子が出てきた。髪の毛もぼさぼさで、目もしょぼしょぼしており、寝起きであることが一目瞭然である。

 睡眠を妨げられたからか、機嫌の悪そうな声で聞いてきた。

「こんな朝早くから一体何の用? 私まだ眠いんだけど」

 俺が来訪理由を言う前に、涼森が口を開く。

「実は日暮さんが彰子さんに惚れてしまったらしく、夜這いをしに来たんです」

「は? あんたが私に夜這い? とりあえず百回死んでから出直してきなさいよ。あんたごときが私に釣り合うわけないでしょ」

 じゃあお休み。そう言って彰子は扉を閉めようとする。俺は何とか扉の隙間に足を挟み込み、扉が閉まるのを阻止する。

 俺の行動を誤解したらしい彰子は、苛立ったように俺の足を踏みつけながら文句を言う。

「何、まだ何か言いたいことがあんの。女々しい男は女にもてないわよ。まあその顔じゃあどのみちモテるわけないでしょうけど」

 俺はいろいろと言いたいことを飲み込んで、できるだけ穏やかな口調になるよう心掛けながら彰子に言った。

「いろいろと誤解があるみたいだけど、俺は別に夜這いをしに来たわけじゃなくて、皆の安否確認をしに来たんだ」

「は? なんで安否確認なんてする必要があるのよ」

「一階の張り紙に書いてあったでしょ。この塔の中には人殺しがいるんだ。もしかしたら誰かがその被害に遭ってるかもしれないと心配になってね」

 彰子はようやく俺の足を踏むのをやめ、扉を完全に開いた。

 これ以上涼森に余計な口は挟ませまいと、俺は早口になりつつ彰子に涼森の考えたことを説明する。

 一通り俺の説明を聞き終えた彰子の第一声は、

「ふーん」

 と心底興味なさそうなものだった。

「あんまり怖がってないんだね、こんな状況下なのに」

 彰子のあまりに超然(?)とした態度に疑問を隠せず、つい言葉が漏れた。

 彰子は腕を組み、堂々とした態度で告げる。

「そんなの当たり前じゃない。だってあんたの考えでは私たちの中に人殺しがいるって話でしょ。でも、この塔の中にいる人間で私を殺そうとするような馬鹿はいないわよ」

 その自信はどこから来るのでしょうか? 俺の疑問には一切気づかない彰子さん。堂々とした態度を崩さずさらに話を続ける。

「あ、でも、一人心配なやつがいたわね」

「それは俺のことでしょうか?」

 控えめながらも発言すると、

「は、あんたなんかが私を殺せるわけないじゃない。あんたみたいな間抜け面に殺せるのは蚊かゴキブリ程度よ」

 一蹴された。

 さすがに俺に対する評価が低すぎないか。と悲しくなってきたが、今はそれよりも優先して聞くべきことがある。

「でも俺じゃないとしたら誰が? 涼森さんとか?」

「違うわよ。私が言ってんのは志島のことよ。噂によると、あいつ以前傷害事件を起こしたことがあるらしいの。普段はクールぶって暴力とかしなさそうな奴だけど、なんかの拍子に暴走するタイプの奴らしいからね。もしかしたらこの閉鎖状況に耐え切れなくなって、暴れ始めるんじゃないかしら」

 火のない所に煙は立たぬ。あまり暴力沙汰を犯すような奴には見えなかったが、そういう噂があるなら一応は心にとめておいた方がいいかもしれない。

 俺が下を向いて考えていると、彰子は俺を押しのけて部屋から出てきた。

「上の階の奴らにも同じ話するんでしょ。だったら速く行って終わらせるよ」

 そう言って彰子が四階へと向かって歩き始める。

 俺はその後を慌てて追いかけながら、彰子に呼び掛けた。

「彰子さん、せめてパジャマは着替えてから上に行きましょう! さすがにその格好で行くのはまずいかと」

 彰子は立ち止まると自分の格好を見下ろし、くるりと回転して戻ってくる。

 そして俺の目の前まで来ると、俺の顔面めがけて全力で平手打ちをくらわせた。

「なんでもっと早く言わないのよ!」

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