第六章:訪問
「扉を開け放したままにするなんて不用心ですよ」
話し合いもまとまり、各自部屋に戻ってから数分後、なぜか涼森が俺の部屋にやってきた。
俺はベッドから身を起こして、涼森を見る。
「何しに来たんだ? というか、涼森さんだよね、部屋から出ないで三日間自室待機しようって言ったのは。真っ先に破っちゃっていいの?」
「水臭いこと言わないでください。私と日暮さんの仲じゃないですか。殺される心配がない相手のもとに行くのに、理由なんていりませんよ」
何だか無茶苦茶なことを言っているような。まあ、来てしまったものはしょうがない。俺は気分を入れ替えて改めて涼森に聞いた。
「だけど、何の用もなく来たわけじゃないよね。一体何をしに来たのかな」
涼森は笑顔で答える。
「夜這いです」
「今は夜じゃないよ」
俺は笑わずに目覚まし時計を指す。
涼森は依然笑顔のまま、透き通るような声で言う。
「冗談ですからそんな怖い顔をしないでくださいよ。それに、こんな風に拒絶されると私も少し傷ついてしまいます。私ってそんなに魅力がないですか?」
「不健康そうな雰囲気を除けば美人じゃないこともないけど、こんな状況下で夜這いに来るような性格の女は好きじゃないよ」
「こんな状況下だからこそだと思いますが。まあその話は今度にしましょうか。実際、少し相談したいことがあってきたんです」
涼森は真面目な面持ちになって言う。俺が近くにある椅子に座るよう促すと、涼森は椅子に座り、話を続けた。
「今回の件が金光の差し金であることは、疑いありませんよね」
「それはそうだろ。俺を呼び出したのは金光なんだから。今回の件に金光が関わっていないわけはないわな」
「はい、私も同じ考えです。では、金光がこんなことをした目的は何だと思いますか?」
「この塔の中に彰子がいるからなぁ。今回も彰子を殺すのが目的だと思うけど。俺や涼森さんはそのついでかな?」
「確かに、彰子さんを殺すのが目的の可能性は十分にあります。そうなると、先程会った三人のうちの誰かが、彰子さんを殺す役割を課せられているということになるのでしょうか」
「もしくは三人全員が、っていう可能性もあると思うけど。まあまだ何とも言えないね。いくら脅されてるからって、そう簡単に人を殺すことを許容できるとは思えないし」
足を揺らしながら、涼森は天井を見上げて考え始める。
俺も何も話さずに、そんな涼森の様子を眺めていた。
しばらくして、涼森が諦めたように顔を振りながら口を開いた。
「今考えても特に何も思いつきませんね。そもそも、私たちをここに連れてきただけで殺さなかったということから、誰が人殺し役をやるのか知りませんが、警察に捕まるつもりはない、ということでしょう。何らかのトリックを用いて、事故に見せかけて殺すつもりかもしれませんね。そうすると私たちはその事故を目撃した証人、といった役回りでしょうか。日暮さんはどう思います?」
俺は涼森とは対照的に、淡泊に答え返す。
「さあね。俺たちがただの証人として集められたとは思えないけど、何も事件の起こっていないこの状況じゃ何とも言えないさ」
「そうですよね……。でも、もし私の考えがあっていたなら、各自部屋を出ないでじっとしているように提案したのは間違いではないですよね。こうすれば、下手に動くことはできませんから、仮に殺人を起こしてもいざ警察が介入した際にすぐばれることになってしまいますし」
「でもこうやって約束を守らずに部屋移動する人も出てくるかもしれないからなぁ」
俺はそう言って、涼森に対して非難の視線を向ける。涼森はバツが悪そうに肩をすくめると、椅子から立ち上がって扉の近くに寄って行った。
涼森は扉の前に立つと、心配そうな顔をしながら俺を見つめてきた。
「ここの扉、開けっ放しにしてるんですね」
「ああ、この塔の中で事件が起こるとしたら、おそらくこの塔独自の『動くホール』を利用したものになるだろうからね。俺がこの部屋からホールを動かすレバーを見張っていれば、犯人(仮)は計画を実行できないはずだ」
「そうですね……。でも、私は心配です。万が一犯人(仮)があなたのことを目障りに思って、殺人対象に入れてしまったら……。なにせ、どんな方法で犯人(仮)が殺人を行おうとしているのかは分かりませんから。それに、目撃者は一人いれば十分でしょうし」
俺は青ざめたような顔色の涼森を見つめ返しながら、ゆっくりと聞き返した。
「じゃあ、涼森さんはこの部屋の扉は閉じておいた方がいいと思うの? 俺自身の保身のために?」
「はい。この扉を開けておくことは犯人にとって、犠牲者を増やすか減らすかだけのものにしかなりません。そもそも犯人がレバーを使わないつもりならば、やっぱりこの扉を開けておくことに意味はありません。どうしてもレバーを使わせたくないのであれば、全員で一階に三日間集まり続けるしかないと思います」
俺は首を横に振る。
「涼森さん。自分でも無理だと思ってることを言わないでよ。彰子さんがそんなことを承認するとは思えないし、そもそもこれからここで殺人が起きるなんて考えてるのは俺たち二人と犯人(仮)だけなんだ」
依然心配そうな表情で俺を見続ける涼森。
俺はため息をつきながら、渋々涼森の言葉にうなずいた。
「分かったよ。涼森さんの言う通り、扉は閉めておく。まあ俺も自分の命が一番だしね」
それを聞くと、涼森はにっこりと笑顔を浮かべて俺に頭を下げた。
「有り難うございます。これで未来の犠牲者を減らすことができました。それでは、今日から三日間暇だとは思いますが、辛抱して自室待機を貫いてくださいね。では、お邪魔しました」
「涼森さんこそ、自分の言ったことはちゃんと守りなよ」
涼森の背に向けて俺はそう呼びかける。涼森は部屋から出た後、軽く頭を下げ、扉を閉めた。
俺は涼森が出て行った後も、しばらくの間扉を見つめていた。
「……ここの扉、鍵がついてないんだよなぁ。安全性を考えるだけなら、扉を開けてようが開けてまいが一緒なんだけど」
俺の呟きに答える声は、当然ない。
わけもなく周囲を見回してみるが、何も面白そうなものはない。
俺は部屋の電気を消すと、そのままベッドに横になり、寝た。