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第五章:鉄塔

 当たり前といえば当たり前のことだ。普通は突然こんな場所に運ばれていれば、まず状況を理解することを最優先するはずなんだが、

「彰子がいると全体的に調子が狂うんだよなぁ」

「なんか今私に対して文句言わなかった?」

 俺の独り言を聞き逃さず、彰子が鋭い視線を投げかけてくる。俺はヘラリと笑い返し、志島に向き直った。

「俺たちも詳しいことは理解しているとは言えないんだ。とりあえず、あそこに貼ってある張り紙を見てもらえないかな。質問はその後で、ってことで」

 俺はそういうと、彰子らを張り紙の前まで連れて行った。

 張り紙に書かれている内容を読んだ四人は、当然不満の声をあげだした。

「ちょっと、なんで私が眩暈の塔で三日間も過ごさないとなんないのよ!」

「全くだ。いくら世間では休日とはいえ、私にはやらなければならない仕事が山積しているんだ。こんなところで油を売っているひまなどないぞ」

「困りますね。僕もいろいろと予定があったのに」

「……」

 彰子、荒瀬、藤林の三人が各々文句を言っている中、志島だけは冷めた目で張り紙を睨んでいる。すると、志島は俺と涼森の方を向き、話しかけてきた。

「お前らはどうしてそんなに落ち着いているんだ? もう既にこの文を読み、今の状況を理解しているのだろう」

 俺が口を開く前に、涼森が言い返した。

「別に難しい話ではありません。以前にも似たように監禁されたことがあるからというのと、私たちを監禁した人物に目星がついているからです」

 藤林が身を乗り出して涼森に迫る。

「私をこんなところに閉じ込めた不届き者が誰か知っているのか! そいつはいったい誰なんだ!」

 涼森は、藤林の勢いに気おされることもなく、淡々と答える。

「金光権蔵さんです。彰子さんの叔父にあたる人物ですよ。名前ぐらいは知っているんじゃありませんか?」

 金光の名を聞き、今まで強気だった藤林の勢いが一気にしぼんだようだ。舌打ちをしながら何やらぶつぶつと独り言を言い始めた。ふと荒瀬と志島の方を見ると、二人も何か納得したかのような表情を取っていた。

 藤林が静かになったのを契機に、再び志島が質問してきた。

「以前にも監禁されたことがある、か。まあその真偽はともかく、金光権蔵がこの件の犯人であることの、確たる証拠はあるのか?」

「証拠というほどのものではありませんが、ここにいる私と日暮さんの二人は、金光に呼び出された場所で待っていたところを、突然何者かに襲われ、ここに運び込まれたんです。ですから、金光が犯人であると考えるのが最も妥当といえるのじゃないでしょうか? それに、私と日暮さんとで共通の知り合いといえば、金光ぐらいのものですから」

 俺が金光に呼び出されたこととか、まだ涼森さんには言ってないはずなんだけどなぁ。まあ事実だし、簡単に想像がつくことだろうから別にいいんだけど。などと考えつつ、俺は無表情のまま語り続ける涼森の横顔を見ていた。

 俺が涼森を見ていることに気づいたからか、涼森は一瞬俺の方に視線を向け、なぜかにこやかに微笑んできた。

 志島は涼森の説明でとりあえず納得したらしい。顎に手を当てて、何やら考え始めたようだ。

 志島が黙ると、誰も俺と涼森に質問を求めてくるものがいなくなったので、俺は先程気になったことを質問し返した。

「彰子さん、さっき変なこと言ってなかった? なんか眩暈がどうとか」

 彰子はあからさまに嫌そうな顔を俺に向けつつも、きちんと質問に答えてくれた。

「別に変なことは言ってないわよ。ただ眩暈の塔なんかで、三日間も過ごすなんて御免だわって言っただけよ」

「そうそう、その『眩暈の塔』ってどういう意味。もしかして今俺たちが監禁されてるこの建物の名前のこと?」

「ええそうよ。この建物の名前のこと。まあ私がそう呼んでるだけで本当の名称は知らないけどね。パパやパパのお友達は、『錯視の塔』とか、『幾何学模様の塔』とか、『エレベーター塔』とか呼んでたわね」

「またそのまんまの名前ばっかだな……」

 俺は建物を見回しながら言う。赤と黒を利用した幾何学模様で覆われた建物。俺が起きた部屋は普通の部屋だったが、本当に変な建物だ。

「それで、最後に言った『エレベータ―塔』っていうのはどういう意味なの? 見た感じエレベーター要素はどこにもないけど。というか、この建物について知ってるんだったら、詳しく話してもらいたいんだけど」

 俺がそう聞くと、彰子は不敵な笑みを浮かべながら、高圧的な態度で言ってきた。

「何か教えてほしいことがあるんだったら、もう少し言い方に気を遣うべきじゃないかしら。ほら、まず言うべき言葉があるでしょ」

 ……彰子さんは状況を理解しているんだろうか? 俺たちは今現在この眩暈の塔に閉じ込められている。それも金光の書置きが真実なら殺人者付きで。にもかかわらず自分は絶対無事だと考えているような態度。馬鹿なのか器が大きいのか(きっと馬鹿なんだろう)。

 内心の気持ちを悟られないよう、俺は彰子のご要望通り、笑顔でお願いの言葉を放った。

「彰子さん、無知蒙昧なる私にこの塔について知っていることを教えていただけないでしょうか。どうかお願いします」

 彰子は優越感を前面に押し出したような笑顔を向けながら、いつも通り誇らしげに語りだした。

「そうね、まずはこの塔の形から教えて差し上げようかしら。いい、一言で言うならこの『眩暈の塔』はドーナツ、いえ、縦に長いからバームクーヘン、そうバームクーヘンのような塔なのよ」

「バームクーヘン? それってどういう意味なんだ」

 彰子は馬鹿にしたような視線を俺に投げかける。

「ふふん、こんなことも分からないなんて、あなたやっぱり頭悪いわね」

「バームクーヘンのような塔って言われて分かる奴なんていないと思うけど……」

 俺の呟きを無視して、彰子は意気揚々と話を続ける。

「いい、まず私たちが今いる円形のホールがバームクーヘンの穴の部分に当たるの」

「穴の部分って、床があるんだから空洞じゃないだろ」

「うるさいわね、最後まで黙って聞いてなさい。確かに床はあるけど、これは後から取り付けられたものなの。要するにバームクーヘンの穴の部分に、同じ大きさの円形の板チョコを五枚、等間隔に挟んでいるようなものなのよ。それで、私たちが寝起きする客室や階段が、バームクーヘンの部分になるわけね。あ、それとどの階も構造は一緒よ」

 正直分かるような分からないような説明だ。とりあえずこの建物が六階建てであり、一つの階につき一部屋だけ備えつけられていることは分かった。

 俺が質問を禁じられたからか、代わりに涼森が質問する。

「では、今私たちがいる塔の中央部分にある空間は、周りの階段や部屋とはつながっていない、独立した場所ということですか?」

「そうそう。それで、一階にあるそこのレバーを使うと、この中央部分のホールだけを上下に動かせるの。そんなわけで、人によってはこの塔のことを『エレベーター塔』って呼ぶわけなのよね」

 俺はさっきからずっと気になっていた謎のレバーに近寄ってみる。まさかホールを動かすためのレバーだったとは。さっき試しに動かしてみればよかった。

「これ、レバーの上になんか数字が書いてるけどどういう意味なんだ?」

「その数字は何階のホールが動くかを表してるのよ。右にあるレバーから順に二~六まで数字が振ってあるでしょ。二のレバーを動かすと、二階のホールが動いて、三のレバーを動かすと三階のホールが動く仕組みになってるの」

 一と書かれたレバーはないから一階の今いるホールは動かせないようだ。まあ一階のホールを動かしても、どうせレバーに引っ掛かって止まってしまうだろうが。

 すると、彰子の言葉に疑問を持ったのか、涼森がふと質問を発した。

「人が乗っていてもホールは動くのでしょうか? それとこの動くホールと周りの部屋や階段はつながっていないのですよね。下手にこのホールを動かしてしまうと、部屋から出たときに床がない、なんて状況にもなりそうなのですが」

 彰子は少し頬を膨らませつつ、涼森の問いに答える。

「そんな一遍に質問しないでよ。ええと、まずは人が乗ってもホールが動くかどうかだったわね。重量制限があるかは知らないけど、十人程度が乗ってても問題なく動くわよ。以前パパがやっているのを見たことがあるわ。それとホールの動かした位置によっては部屋を出た際に落っこちるかもってことよね。まあホールの動かした位置によってはそうなるんじゃないかしら」

 彰子は特に大したことでもないように言う。俺はさすがに驚き、口をはさんだ。

「それってかなり安全性に問題があるんじゃないか。それと、俺の方も一つ気になったんだけど、もし人が乗ってるホールを、レバーを使って上のホールまで上げていったらどうなるんだ? まさかとは思うけど、そのまま潰れて死亡、みたいなことにはならないよな?」

「さあ? 試したことないけど、潰れて死んじゃうんじゃないかしら。基本的に上の階か下の階に接触するまで、とにかくレバーの指示通りに動くはずだから」

 この言葉には、彰子以外の全員が驚き、硬直した。

 安全性に問題があるなんてレベルじゃねぇ! もはや人を殺すために作られたような建物じゃねぇか! 金光一族は何を考えてこんな建物作ったんだよ!

 この場にいる全員がそう感じたであろうが、誰も口に出して突っ込む者はいなかった。開いた口が塞がらない、というやつだろう。まあ文句を言ったところで状況はどうせ変わらないのだが。

 彰子はそんな俺たちの姿を不審そうに見つめ、言葉を付け足した。

「なんでそんな驚いた顔してるの? 別に部屋を出るときに足元をよく見ておけば床があるかないかなんてすぐわかるし、自分のいるホールが突然動き出したからって、走ればすぐに階段に逃げられるのよ。心配するようなことじゃないでしょ」

 いろいろとやりきれない気持ちを吐き出すように、一度大きく深呼吸をしてから、俺は一つ提案をしてみた。

「とりあえずさ、本当に二階から六階のホールが動くのか知りたいから、実験させてくれないかな。今の反応を見るに、彰子以外はこの塔の仕掛けについては知らなかったみたいだしさ。レバーを動かすがかりと、動くホールに乗るがかりに分かれて試してみようよ」

 すると、藤林が嫌そうに顔をゆがめた。おそらく、先程の彰子の話を聞き、ホールの上に乗るのが嫌になったのだろう。

 そんな藤林の表情を見てか、涼森が別の案を出してきた。

「日暮さん。別にホールに乗るがかりを作る必要はないんじゃないでしょうか。二階のホールをレバーを使って動かしてみれば、彰子さんの話が本当であることの確認はできるはずです」

 俺は少し逡巡したあと、首を横に振った。

「悪いけど、おれはホールに乗っておきたいんだ。傍から見るのと実際に乗るのとでは、全く異なる体験になると思うから。それに、仮に二階のホールが動かせたとしても、故障とかで三階から六階のホールもすべて動くとは限らないからね。もちろん、乗りたくない人は無理に乗る必要はないけど」

「確かにそうですね。このレバーを動かそうなんて誰もしないでしょうけど、確認しておいて損はありませんね。ではそうしましょうか」

 何やら含みのある答え方ではあったが、涼森も俺の提案に同意した。他の面々(彰子以外)もホールが動くところは見ておきたいらしく、俺の提案に賛同してくれた。

 その後、レバーを動かすがかりとホールに乗るがかりを決め、実験が開始された。

 ホールに乗るがかりになったのは俺と荒瀬だ。

 階段を上がって二階へと向かったのだが、この階段が意外と長い。ホールを囲むようにぐるりと張り巡らされた階段は、幅が狭く人が二人並んで歩く程度の幅しかない。もし上から誰か下りて来たら必ず気づくような構造だ。

 早くも息を切らしつつ(運動不足!)二階へとたどり着くと、そこには一階とほぼ同じ光景が存在した。

「中央で待っていればいいんですよね」

 息一つ切らすことなく俺の後ろをついてきた荒瀬が言う。

 俺はうなずくと、荒瀬とともにホールの中央に移動した。

 俺たちが中央で待機してから数十秒後、突然音もなくホールが静かに上昇を開始した。

 上昇速度はそこまで早くなく、走れば十分に、いや、歩いてでも容易に階段まで脱出できる程度の速度だった。しばらくして、今度はホールが下に下がり始める――何とか上の階に達する前にレバーを下げてくれたらしい。ホールは最初の状態と全く変わらない場所で停止した。

「きちんと元の位置に戻せるんですね。じゃあ急いで上の階に上りましょう」

 荒瀬が元気よく上の階へと向かっていく。俺は荒瀬のあとをゆっくりと追いかけながら、軽く探りを入れてみた。

「荒瀬君はなんで自分がこの塔に閉じ込められてるか、心当たりとかないの?」

 荒瀬は正面を向いたまま答える。

「うーん、特に思い当たることはないですね。もしかしたら彰子様と仲が良かったからでしょうか? 彰子様と僕の関係を誤解した権蔵さんが……、いや、それはありませんね。やっぱりよく分かりません」

「へぇ、彰子とそんなに仲がいいんだ。まあそれはともかく、金光に何か弱みを握られていたりするんじゃないのか? そして、こうした出来事に巻き込まれるであろうこともあらかじめ聞いていた」

 目の前を歩く荒瀬の肩が、一瞬びくりと震える。が、声には動揺の色を出さず、落ち着て言い返してきた。

「何のことか分かりませんね。別に弱みなんて握られてませんよ。まして、この塔に監禁されることになるなんて、寝耳に水ですよ。……日暮さん、あなたはなぜそんな風に考えたんですか?」

「ああ、別に荒瀬君だけの話じゃないんだけどさ。この塔に俺たちを閉じ込めた首謀者が金光だって涼森さんが話したとき、少し前まで困惑していたように見えた三人の態度が、何かに納得したかのように落ち着きを取り戻したように見えたからさ。もしかしたら金光にこの塔に閉じ込められること……は聞いてないにしても、こうしたおかしな事態に巻き込まれることだけは聞いてたりしたのかなぁと思って」

「それは、気のせいだと思いますよ」

 荒瀬はそう呟くと、それ以上何も言わず、黙々と上の階へと歩いていった。

 結局二階から六階までのすべてのホールが同じように動いた。

 それらを確認し終え、俺と荒瀬は一階に戻り彰子の言っていたことが正しかったこと、どの階も正常に動くことを報告した。

 報告を聞き終えた後、真っ先に口を開いたのは涼森だ。

「お二人とも階段の上り下り、お疲れ様でした。特に日暮さんはだいぶ疲れたみたいですね」

 微笑んで俺と荒瀬にねぎらいの言葉をかけると、すぐにいつもの無表情に戻る。

「さて、この塔についてはおおよそ分かりましたし、そろそろ本題に入りましょうか」

「本題というと何かね? 今の我々にできることなどほとんどないと思うが」

 藤林が不思議そうに涼森を見る。涼森は全員を見渡しながら、淡々と言葉を続けた。

「本題というのは、この中にいるという殺人犯の話です。皆さんは今までこの話題になるのを無意識に避けていたように思えましたが、そろそろこのことについて話し合うべきだと思うんです。金光の宣告が嘘でないなら、犯人を探し当てない限りこの塔から出られないようですしね」

 殺人犯、この言葉が涼森の口から出たとき、この場にいる全員が一瞬体を震わせた。

 しばらく誰も言葉を発さずに沈黙していたが、唐突に志島が口を開いた。

「悪いが俺はこの中に殺人犯がいるなどとは信じない。仮にいたとしても俺とは何のかかわりもないことだ。人殺し探しがしたいなら俺を巻き込まずに勝手にやるんだな」

 志島の一方的な宣言に驚き、荒瀬と彰子が同時に抗議の声を上げた。

「志島さん、いくらなんでもそれは身勝手すぎます。僕だってこの中に人殺しがいるなんて思っていませんが、あからさまに和を乱すようなことはしないでください」

「ちょっとあんた、何勝手なこと言ってんのよ! あんたが一人で死ぬのは勝手だけど、万が一私がこの塔から一生出られないなんてことになったら、あんたどう責任取るつもりよ!」

 彰子さん、なんか文句を言うところが違うというか、自分もずいぶん勝手なことを言ってますよ。

 そんな俺の気持ちは誰にも届くことなく、志島が冷めた目で二人を見つめ返した。

「いいか、俺は人を殺したことなんてない。つまり今回の件には何も関与していない唯の被害者なんだ。わざわざ監禁犯のいいなり通り動く必要なんてないし、人殺しかもしれない奴らと行動を共にするなんて真っ平ごめんだ」

 あくまでも自分は何も関わらないという態度を変えない志島に、荒瀬と彰子が語気を強めて言い寄ろうとすると、

「私も志島さんに賛成です」

 落ち着いた声音で涼森が口をはさんだ。

 まさか志島に賛成する人が現れるとは思わなかったのだろう。荒瀬が驚いた表情で涼森を見つめた。

「なぜですか? 今はできるだけ団結して事に当たるべきでしょう。もしもの話ですが、志島さんが権蔵さんの言っている殺人犯の可能性もあるんですよ。その可能性を考えると、彼を単独で行動させるなんて危険すぎて容認できません」

 たとえ話ではあるが、殺人犯呼ばわりされたことが気に食わなかったのだろう。志島は眉間にしわを寄せて荒瀬を睨んだ。荒瀬はそんな志島の様子をあえて無視し、涼森の言葉を待つ。

 涼森はなぜか探るような視線を俺に向けた後、荒瀬へと視線を戻し、涼しげな口調で話を続けた。

「荒瀬さんのお気持ちも十分に分かります。ただ、思うのですが、私たちが金光の言いなりになる必要なんてないと思うんです。金光の真意がどこにあるのかは分かりませんが、少なくとも三日後には必ずこの塔から出るチャンスは巡ってきます。いえ、よくよく考えてみれば、六人もの人間を同時に誘拐したわけですから、誰かが目撃して警察に通報してくれていて、もっと早い時期に見つけ出してくれる可能性だって十分にあります」

 涼森の言葉を聞き、荒瀬が納得したかのように頷こうとした途端、どういうわけか庇われているはずの志島が口を挟んできた。

「そううまく運ぶとは思えないな。もしお前の言う通り監禁犯の正体が金光権蔵なら、そこまでのへまはしないだろう。頭がいいような奴ではなかったが、かなり慎重な男だったはずだ」

「やっぱり皆さん、金光と会ったことはあるんですね」

 久しぶりに俺も口を挟む。俺の問いかけに対し全員が頷くのを確認した後、涼森が話を戻しにかかった。

「確かに、三日以内に救助が来てくれる可能性は低いかもしれませんね。でもそれは、ここで人殺し探しをしないといけない理由にはなりませんよね。志島さんも、金光が一生私たちをここに閉じ込めておく気だ、なんて思ってないでしょう。だからこそ、わざわざ単独で行動すると宣言したんですよね」

「何だ、一体それはどういうことなんだ?」

 涼森の言っている意味がよく分からないのか、藤林が疑問の声を上げた。

 涼森はすぐに藤林の質問に答えることはせず、志島の方を見つめる。おそらく自分で話し出すかどうかを窺っているのだろう。

 志島は結局口を開かなかったので、やむなく涼森が説明しだした。

「少し考えてみてください、私たちの中に殺人犯がいるとしたなら、殺人犯探しをするのは危険な行為ということになりますよね。正直私や日暮さんは、皆さんと会うのは今回が初めてですから、人を殺しているかどうかなんて自白していただく以外に知りようはないのですが、それでも殺人犯からしてみれば厄介この上ないですよね。もしかしたら、この塔の中には殺人犯を指し示す何かしらのヒントが存在しているかもしれませんし、下手に私たちが真実に近づいてしまったら、口封じに殺される可能性も出てきます。ですから、下手に殺人犯を刺激しないためにも、何も動かずにじっと三日間を過ごすのが得策だと、志島さんは考えたんです」

 そして、私もその考えには賛成です。涼森はそう言いたすと、自分の発言が正しかったのかを確認するように志島の顔を見つめた。

 志島は一度ため息をつくと、気怠そうにしながらも涼森の言葉を認めた。

「ああ、その通りだよ。この状況下で殺人犯に暴れられてみろ。たとえけがをしたとしても病院に行くことはおろか、けがの治療だって十分にできやしない。だったらこのまま何もせず三日間過ごすのが一番いいと考えた。まあ、お前らが殺人犯探しをしたいなら勝手にやればいいがな」

 ようやく志島の真意が分かったことで、荒瀬はほっとしたように息を吐いていた。

 見栄を張るわけではないが、俺もすでに志島の意図には気づいていた。ただ、以前よりも妙に饒舌に感じる涼森がこの後どう話を展開していくのか、俺はそれが気になり口を出さずに沈黙を保っていたのだ。

「どうですか荒瀬さん。納得はしていただけたでしょうか?」

 涼森が首をかしげながら聞く。

「はい。ただ、僕にはこの後どう行動すべきか余計分からなくなってきました。確かに二人の考えは正しいと思います。でも、だからといって何もしないで三日間過ごすというのは、正直不安が残ります」

 涼森は荒瀬の言葉に同意するように頷きながらも、あくまで自分の主張を話し始めた。

「確かに不安は残りますね。ですが、金光の立場になって考えるなら、私たちがこの塔にいる殺人犯を見つけようが見つけまいがとる対応は決まっているんです。もし今後私たちに訴えられることを懸念しているならば、どちらにしろ私たちをこの塔から出しませんし、逆に解放するつもりがあるならば、殺人犯を見つけられなくても塔から出してくれるはずです」

 監禁し続けても金光にはデメリットしかないでしょうからね。そう付け足し、涼森はみんなの反応を見るかのように全員の顔をぐるりと見まわした。

 誰も涼森の言葉に異を挟まず、全員が口を閉じたまま涼森の次の言葉を待つ。

 現状、この空間は涼森が完全に支配していると言えた。

 皆の視線を受けて、再び涼森が口を開く。

「そこで提案なのですが、これから三日間、皆さん自分の部屋にこもって何もしないで過ごす、というのはどうでしょうか? さっきも言いましたが、下手に会話をして殺人犯がその気になってしまったら困りますよね。だったら誰とも話さず三日間動かないで部屋にこもるのが最善の策だと思うんです。幸い部屋には三日間を過ごすには十分な量の食料がありましたし」

 やはり不安そうな声を上げたのは荒瀬だ。

「それで、本当に大丈夫なのでしょうか……」

「もちろん、他にこの塔から出る方法や、助けを呼ぶ方法があるというのならばそちらを採用しますが、現時点ではありませんよね。どうですか、他に反対の人はいますか?」

 誰も異論の声を上げない。涼森は少し不思議そうな顔をしながら俺のことを見てくる。俺が何も言わずにいるのが気になるのかもしれない。

 涼森は一度手をたたくと、

「では、皆さんそういうことでいいですね。三日間は部屋から出ず静かに過ごしましょう」

 そう告げて、一足先に自室へと向かって行った。

 俺は涼森が上の階へと上がっていくのを見送ると、肩から力を抜き、小さく息を吐き出した。

 ふと、さっきから妙に静かだなと思い、俺は彰子のもとまで歩いていく。以前の彰子ならもっとうるさいのに、今日はどうしたのだろうと思い彰子の顔を見てみると、

「寝てる……」

 寝ていた。立ったまま熟睡である。耳を澄ますと規則正しい寝息が聞こえてくるほどである。

 立ったまま寝れる人って小説の世界だけじゃないんだぁ。というかこの緊張感の無さはほんと尊敬に値するなぁ。

 俺がそう思ってしげしげと彰子を眺めていると、荒瀬が声をかけてきた。

「ああ、彰子様また寝ちゃったんですね。彼女、退屈な話を聞いてるとすぐに寝るんですよ」

「退屈な話じゃなくて、命のかかった真剣な話をしてたと思うんだけど……。それに、立ったまま寝るとかどんだけ器用なんだよ、この御仁」

「はは、確かに器用ですね。でも彰子様はよく立ったまま寝てますよ。噂では歩きながらも寝るそうです」

「すごいな……」

 純粋にすごいと思う。普通はできない。

 俺が畏敬のまなざしを彰子に向ける中、荒瀬は軽く肩をたたいて彰子を起こす。

 寝ぼけていていまいち状況をつかめていない彰子に軽く声をかけてから、荒瀬は俺に対して頭を下げる。

「それでは、失礼します。三日後にまた会いましょう」

 そう言って彰子に手を貸しながら、荒瀬も上の階に上がっていった。

 周りを見回すと、すでに志島と藤林もこの場から立ち去っており、俺一人が取り残されていた。

「じゃあ俺も部屋に戻るか」

 俺はそう呟くと、部屋へとゆっくり歩いて戻っていく。

 部屋の中に入った後、少し逡巡してから、結局部屋の扉を開け放したままにすることにした。

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