第三章:遭遇
「それにしても、ずいぶんと変な建物だな。赤色の壁ってだけでもだいぶ特殊なのに、しかもなんだかよく分からない紋様を描いてるし。昔どこかで見たような気もするけど、見ていて気持ちのいいものじゃないな」
俺は建物の壁を見回しながら言う。部屋の中とは違い、今いる場所は、周り全ての壁、及び床に赤と黒で彩られた幾何学模様が描かれていた。
見ているだけで少し頭がくらくらするような光景だが、涼森は特に気にした様子もなく壁を見つめている。
「確かに変わった模様ですね。遠近感覚がつかみにくくなるような、眩暈のしそうな模様です。ああ、こういうの、以前行った美術館の錯視のコーナーに似たようなのがありました」
「錯視ねぇ。まあなんにしてもこんな紋様を壁に描かせるような人とはお近づきになりたくないかな」
俺と涼森が今いる場所は、円形の広間のような場所だ。周囲には物は一切なく、俺がさっきまでいた部屋の真反対にもう一つ扉が、そして俺がいた部屋から見て右手方向に階段があるだけだった。
俺がもう一つの扉に近づいてみると、扉の横に貼られた一枚の紙と、五本のレバーが視界に映った。
とりあえず扉が開くかどうかガチャガチャとドアノブを回してみたが、当然微動だにしない。扉は鉄でできており壊すのは難しそうだ。
次に俺は扉横にあるレバーに目をやった。壁からレバーが突き出ているという状態が、何だかものすごい違和感を醸し出している。
謎のレバーの存在に気を取られ、しげしげと観察していると、涼森が俺の隣まで歩いてきた。
涼森は俺とは違い、レバーよりも貼られていた紙に興味がいったらしい。しばらく紙を見つめた後、クスリと笑いながら書かれている内容を俺にも読むように言ってきた。
「日暮さん、面白いことが書いてありますよ。読んでみれば分かりますが、今回私たちは最低でも三日間ほどこの鉄塔から出られないみたいです」
「鉄塔? 三日間? 犯人から俺達へのメッセージが書かれてるのか?」
俺は視線をレバーから扉横の紙に移し、書かれている文章を読んだ。
「えー何々、『この鉄塔の中には人殺しがいる。君たちは今日から三日間の間にその人物を探し当てなければならない。もし見つけられなかった時、この鉄塔の扉は二度と再び開くことはないだろう。それでは、健闘を祈る』。なんだこの文章? とりあえずこれを作ったのは金光だろうけど、性懲りもなくまたこんな犯罪まがいのことしてんのか」
俺は一度ため息をつくと、気怠そうにしつつ涼森に向き直った。
「一応聞いておきたいんだけど、この人殺しって、まさかとは思うけど俺のことじゃないよね?」
俺は以前轢き逃げ事件を一度起こしている。幸い(?)警察にはばれず、いまだに日の当たる場所を自由に歩ける立場ではあるが、金光という男にはそのことを知られてしまっている。涼森と出会うことになったのも、轢き逃げに関して金光に脅されて呼び出された山荘での話だ。
とにかく、俺は故意ではないにしても、人を一人轢き殺してしまっている。まあ轢き逃げをしたわけで、被害者が死んだのかそれとも負傷しただけなのかは知らないのだが。
涼森は俺の問いかけに対して、涼しい顔で対応する。
「十分あなたのことを指し示している可能性はありますね。でも、おそらく人殺しは一人ではありませんよ。人殺しが何人いるのかは指示されていませんし、もしあなたが金光のさしている人殺しであるなら、轢き逃げの事実を知っている私を呼んでおく必要も感じませんから」
「それは俺にとってプラスの情報なのかマイナスの情報なのか、なんとも言えないところだな……」
俺はうなだれたまましばらく沈黙していたが、ふとあることを思い出し、顔を上げた。
「そういえば涼森さんも、何か罪を犯してるんだよね? それってまさか殺人じゃないよ、な?」
涼森はなぜかにっこりと俺を見つめ返し、質問に答えることなく、俺がさっきまで見ていたレバーへと話をシフトした。
「このレバー、一体何なんでしょうね? 少し動かしてみたい気もしますが、情報が何もない状態でむやみやたらと動かすのは危険かもしれませんし、動かすのは控えたほうがいいでしょうか」
涼森はそう言うと、階段を指さして言葉を続けた。
「おそらくこの塔の中には私たち以外にもまだ人がいると思いますし、一緒に探しに行きませんか? 今更ですが、私はここの一つ上の階で先程まで眠らされていました。目覚ましの音で起きて、まずはこの塔から出られないかと思い、下の階に下りてみたところで日暮さんに会ったんです。ですからまだ上の階、どうやらこの階が一階のようですから、三階から上の階は見に行っていないんです」
俺が涼森の言葉にうなずき、階段へと向かおうとした瞬間、その階段から大きな声がした。
「あー! あんたいつぞやの山荘であった無礼男! なんであんたがここにいんのよ! もしかして私を誘拐してこの塔まで運んだのもあなたなのね! 今すぐ私をここから解放して家に帰しなさい! そうしないと今度こそ警察にあなたの悪事をばらすわよ!」
突如として出現し、大声でがなりつけてきた少女は、これまた以前の山荘の事件で知り合った傲岸不遜な美少女、金光彰子だった。
彰子は以前と変わらず、透き通るような長髪の黒髪に、日本人形のような整った顔立ちをしており、俺は一瞬その姿に見とれてしまった。が、すぐに彼女の勇ましい声を聞き我に返る。
俺と涼森の正面までずかずかと歩いてきた彰子は、その間も何やら一方的に文句を並べ立てていたが、俺はその言葉の一切を無視し、紳士的に挨拶を返した。
「彰子さんお久しぶりですね。縛られていないたち姿を見るのは初めてですけど、やっぱりスタイルもよかったんですね。今回も仲良くこの逆境を乗り越えていこうじゃありませんか」
そう言って、左手を差し出し握手を求めた俺に対し、彰子の右ストレートが俺の顔面に飛んできた。
「人の話を聞け!」




