最終章:後日談
結果として、俺の頼み事は全員に受け入れられた。というか、彰子の、
「二度もこんなひどい目に遭わされたんだから、私は今度こそ叔父さんを警察に突き出すつもりだったわよ。大体私は弱みなんて握られてないもの」
という一言により、反対意見は完全に霧散した。
今はとりあえず全員自室に待機状態。無いとは思うが、万が一にも今日中に眩暈の塔の扉が開かなければ、その時は全員で力を合わせてここから脱出する方法を考えなければならない。
まあそんな風に見殺しにする度胸があるなら、誘拐した時点で殺しているはずだから大丈夫だとは思うが。
それはそうと、俺は自室から出て、ある部屋の扉をノックしていた。
ノックをして数秒後、無警戒に扉が開かれ、もはや見慣れた不健康そうな顔の涼森が現れた。
「少し、話いいか」
「もちろんです。どうぞ」
促されるまま、俺は涼森の部屋に入って行く。
俺が近くにあった椅子に座ると、涼森は俺の正面の椅子に腰を下ろした。
「それで、話って何ですか?」
「まあたいしたことじゃないよ。ただ、今回は涼森さんの嫌がらせのせいでだいぶ苦労したからね。その文句を言いに来たってところかな」
「あら、何か日暮さんが困るようなことをしてしまったでしょうか?」
涼森は楽し気に笑顔を向けながら言う。完全にこちらの言いたいことを理解しているだろうに、あえて聞き返してくる底意地の悪さ。
俺は小さくため息をつくと言った。
「涼森さん、自分から犯人としか思えないような怪しい行動をいくつもするからさ。荒瀬だけが犯人足りえるって説明するのには、いろいろと緊張したよ。そもそも荒瀬の犯行は、涼森さんの誘導なしでは絶対に成り立たないものだったんだから」
「ふふ、せっかくですからお茶でも用意しますね。しばらく待っていてください」
俺の話を聞いているのか、涼森はそう言って立ち上がると、飲み物やおつまみを用意しだした。
俺はその背中をボーっと見つめながら、飲み物はお茶よりもジュースがいいなぁ、などと考えていた。
一通りおもてなしの準備が終わると、涼森は再び席に戻った。ちなみに、俺に出された飲み物は冷蔵庫に入っていたぶどうジュースだ。
涼森は自分用に入れたお茶を一口すすってから、俺に話を再開するように言ってきた。
俺は口を開く。
「まず荒瀬の、というか金光の立てた計画は、もし全員が三日間一つの部屋で過ごすことになったら、そもそも成り立たないものだ。まあこれに関しては彰子がいるから、きっと大丈夫だろうと考えていたのかもしれないけど。だから各自が部屋にばらけることになる流れ自体は不思議じゃない。でも、金光の計画でもう一つ欠かせないのは、真っ先に志島が藤林の死体を見つけるってことだ。これがなければ、まあ荒瀬の計画にはそこまで支障が出ないかもしれないけど、金光の計画には大きな狂いが生じる。そこで、だ。涼森さんの動き、つまりみんなに提案していた内容を思い返すと、これがすごくうまい具合に金光の計画を助けているのが分かる」
俺はそこで言葉を切り、ぶどうジュースを一口飲む。
涼森はにこやかにそんな俺の様子を見ていると、冷蔵庫からぶどうジュース以外の飲み物をいろいろと出してきた。
「以前みたいにお好きに混ぜてくれて構いませんよ」
「いや、基本的に混ぜたりしないって。そうそう美味しくなったりはしないんだから」
俺は苦笑しながらぶどうジュースを飲み干すと、代わりにグレープフルーツジュースをコップに注いだ。
コップの淵ぎりぎりまで注ぎ終えると、俺は話を再開した。
「最初は全員部屋から出ないように呼びかけた。これによって、荒瀬が一日中、比較的自由に行動しやすい状況を作り出した。そして今度は、朝だけ全員で集まるように提案した。これにより、荒瀬のやろうとしていた身代わり計画が行える状況を整えた。他にも些細なこととして、俺の部屋の扉を閉めに来たり、自分から率先して目立つことで、荒瀬に疑いが向かわないようにしたりとかもしてたな」
「そうですか。こんなへんてこな塔に監禁され、必死に生き残ろうと皆さんに提案していた私の行為が、結果としてそんなに金光の思惑通りになっていたなんて驚きです」
あくまでも白々しく話をはぐらかす涼森。
俺はグレープフルーツジュースを少しだけ残し、そこにピーチジュースを注ぎ込んでいく。
二種のジュースを混ぜ始めた俺を見て、涼森が苦笑する。
「結局混ぜてるじゃないですか。やっぱり混ぜて飲むのがお好きなんですね」
「まあ混ぜないとは言ってないからね。それに、この二つのジュースの混ぜ合わせは、俺にとっては最高のブレンドなんだよ」
「へぇ、そうなんですか? でしたら、私も一杯飲んでみましょうか」
涼森も俺の真似をし、グレープピーチジュースを作成する。
そして二人同時に一息に飲み干した。
「……何というか、まあまずくはないと言ったところですね」
「そう? 俺はすごく好きだけど」
涼森はいつもの無表情になって俺を見つめてくる。
「ところで、そこまで怪しい行動をとっていた私を、どうして犯人だと思わなかったのですか? 実際の話、私ならばやろうと思えば藤林を殺すことはできました。疑おうと思えば、荒瀬さんの前に私の名前が犯人候補として挙がっても、不思議ではなかったはずです。まさかとは思いますが、以前同じ事件に遭遇した仲間であるから疑わなかった、などとは言いませんよね」
俺は無表情でそう詰め寄ってくる涼森とは反対に、ふやけた笑顔を浮かべながら言う。
「あまりにも怪しくて、逆に疑う気になれなかっただけだよ。なんかよく分からないところで笑いかけてくるし、前の山荘での事件に比べて、明らかに発言が多かったし。その割に藤林の死体があるのを見ても、前回ほど興味を示さず、ただ治療に専念していた。それで思ったんだよ。今回の涼森さんは、俺たちとは一つ上の次元に立ったうえでここにいるんだって。すでに金光から事件の全容を聞いていた、共犯者側だったんだろ、今回の涼森さんは」
俺の目を見返しつつ、ふぅ、と小さく息を吐くと、涼森は再び笑顔を作りながら言う。
「今回も私の負けのようですね。そうですよ。私は金光からここで起きること――ああ、もちろん志島さんを利用した皆殺し計画については聞いていませんでしたが――を聞いたうえで、荒瀬さんの協力をするように頼まれていました。まあ正確には私から頼んだんですが。ふふ、金光さん困ってましたよ。脅す予定だった相手から脅されていて大変だって。日暮さん、以前に比べて体力が随分と落ちてますよね。ちゃんとバイトに励んでいたんですか?」
「何の話かな? 俺は真面目に働いていたに決まってるだろ? 俺の目の下にある大きなクマがその証拠さ」
俺はそう笑い返しながら、内心で冷や汗をたらす。
お互いに乾いた笑みを浮かべる中、俺は最後に最も気になったことを聞いた。
「それで、結局なんで金光の手助けなんてしたの? なんか今の話をまとめると、俺が関係してる気がするんだけど」
「ええ、ものすっごく関係してます。私、それなりに自分は頭がいいと思ってるんですよ。特にこういった少し変わった場所での事件において、他人に後れを取ることなんてなかったんです。今までは」
俺は心の中だけでなく、体の外側からも冷や汗が出ているのを感じた。
「もしかしてだけど、前回の事件で俺が先に犯人を見つけ出したことに嫉妬して、こんなことに参加したの?」
「はい、そうですよ。そういえば、私まだ、日暮さんに何の罪で金光に脅されているのか言ってませんでしたね。ふふ、私こう見えても、十人以上を殺したシリアルキラーなんですよ。自分で言うのは少し恥ずかしいですけど。ああ、シリアルキラーとは言っても、直接手を下したりはしません。あくまでアドバイスをするだけですよ。どうしたら捕まらずに人を殺せるかのアドバイスを」
にっこり笑ってそんなことを言う涼森に得体のしれない悪寒を覚えながら、俺は何とか言葉を発する。
「まさか、今回の殺人計画って……」
俺がそう呟いたとき、部屋の扉がノックされる音がした。
今回も回収しきれていない伏線と、端折った説明があります。何か質問がありましたら、遠慮せずに感想にお書きください。最後まで読んでくださって有り難うございました。