第十三章:陰謀
俺はいつ荒瀬が暴れても動けるよう、身構える。が、荒瀬は弱弱しく首を振ると、特に抵抗することなく自白を始めた。
「別に見に行く必要なんてありません。すぐに見つかるような場所には隠していませんが、念入りに調べられたらばれることです。日暮さん。そんなに身構える必要はありませんよ。涼森さんがいる以上僕ではどうせ勝ち目はありませんし、無駄に誰かを傷つけるつもりはありません」
荒瀬は涼森の方をちらりと見ると、目を閉じ一度大きく深呼吸する。次に目を開けたとき、荒瀬は覚悟を決めたような精悍な顔つきになっていた。
「日暮さんの想像通りです。ホールが移動することを利用して、自分のアリバイを作る方法は権蔵さんに教わりました。その身代わりに志島さんが選ばれたのは偶然ですけど。志島さんには本当に悪いことをしたと思ってます。それに、血液恐怖症だったなんて。あの時の志島さんの様子を見たら、本当に僕ではなく志島さんが藤林を殺したのかと思いましたよ」
志島が冷たい視線を荒瀬に向けながら聞く。
「何で藤林を殺さなかったんだ? 藤林が目を覚ましたら、そのトリックを仕掛けた意味も何もなくなるだろ」
荒瀬はしっかりと志島を見返しながら言う。
「それに関しては大丈夫、とは言い切れませんが問題ありません。藤林さん、いや、藤林には僕の姿が見られないようにして襲いました。どうしてそんな方法がとれたかと言われれば、日暮さんが言っていたように、権蔵さんの手紙を僕が預かっていたからです。手紙の内容は……、わざわざ言う必要はありませんね。今更言っても意味はありませんし」
荒瀬はそこで再び小さく息を吸うと、俺の方を見つめて来た。
「日暮さん。僕は権蔵さんに唆されこんな計画に乗ってしまいました。でも、僕は後悔してはいません。藤林は、あの男だけは絶対に許せない理由があったんです。あの男は僕の妹を……」
「あ、そこら辺の動機はどうでもいいから、そろそろ俺に喋らせてくれ」
俺はせっかくの動機告白シーンを身も蓋もなく遮る。呆気にとられた表情で俺を見つめる荒瀬に対し、一抹の申し訳なさを感じながらも、俺は話を始める。
「どうして藤林を襲ったのかの動機は今度聞くとして、先に皆に言っておきたいことがあるんだ。最初の方に言ったけど、俺がみんなに伝えたいのは藤林を襲った犯人が誰かなんてことじゃない。金光権蔵がいかに危険な人物であり、このまま野放しにしておくのはやばいかってことなんだ。なあ荒瀬、金光はどんなふうにお前に今回の誘いをかけてきたんだ?」
呆気に取られていた荒瀬は、再び話を振られたことでハッと意識を取り戻し、慌てた様子で答えた。
「えっとですね、どうしてかその、権蔵さんは僕が藤林を恨むことになった事件を知っていたんです。それで、恨みを晴らすためのいい計画があるのだが、やってみないかと。最初はもちろん断ったんですけど、その、それとは別にある弱みを握られてしまい、結局やることに……」
「その計画ってのはまあこの塔での殺人計画に関してなんだろうけど、他に何か言ってなかったか? この塔に集められる人物について」
必死に記憶をたどっているのか、頭に手を当てながら荒瀬がうなる。
少しずつ思い出してきたのか、自身無げにではあるが口を開いた。
「……確か、他に四人ほど集められるが、彼らはそれぞれとある罪を犯した犯罪者であるから気にする必要はない。このうちの誰かを身代わりに立てて、計画を実行しろと」
ふむ。俺の考えている通りの返答。だとすればやはり荒瀬も被害者だといえるだろう。
俺が荒瀬の言葉を受け、再び話し出そうとすると、彰子が先に口を開いた。
「ちょっと待ちなさいよ。そこにいる目の下にクマのある陰気男とか、血を見ると暴れだすヒステリー男とかと違って私は犯罪者じゃないわよ。私は生まれてからこのかたお天道様に恥じるようなことは何もしてないわ」
一体その自信はどこから来るのでしょうか? どんな人だってやましいことの一つや二つ持っているものだと思うのですが。相変わらず彰子さんの生態は謎に包まれています。
それにしても、それなりに仲の良かった荒瀬が、人殺しをしようとしたことに対してのショックはないのでしょうか? さっきからほとんど表情を変えず、ようやく反応したと思ったら自分のことに関してなんて。
彰子さんに優しさや思いやりといった気持ちはないんでしょうか?
ついついそんな感情があふれ、事件の話そっちのけで俺は彰子に質問してしまう。
「彰子さんさあ、荒瀬が藤林を殺そうとしていたことに関して、何か思うところとかないの? それに荒瀬は彰子さんのことを騙してたんだよ」
ふん、と見下したような視線を向けてくる彰子さん。
「あんたみたいな小さい男と一緒にしないでくれるかしら。私は私の友達が何をしていようが、それを責めるつもりなんかないわ。私が選んだ友達だもの、悪事を犯したのなら、必ず何かそれなりの理由があるはず。一度友達になった以上、どんなことをしていてもそれで相手を見限るなんてことしないわ」
ワァオ。俺は彰子さんのことを少し誤解していたのかもしれない。自己中心的な人物であることはその通りだろうが、なかなか義理堅い人だったようだ。
しかしそうなると、俺に対してこうも厳しいのは、全く信用されていない証拠ということだろうか。それは何とも悲しいことなんだが……。
俺は内心の悲しみを表に出さないよう心掛けながら、話を元に戻す。
「あー、とりあえず話を元に戻すけど、つまり荒瀬は志島がここに呼ばれることは全く知らなかったんだよな」
「あ、はい、もちろんです。藤林以外の人に関しては、ここにきて初めて誰がいるのかを知りました」
「ふむ。じゃあさ、金光から授かった殺人計画で、自分の身がわりになる人物が志島になるって気づいたのはいつだった?」
「えっと、それは藤林を襲って仕掛けを終えた後ですね。襲った場所が四階だったので、藤林を見つけることになるのは志島さんだなと思いました」
俺は小さくため息をつくと、荒瀬に指摘する。
「そこはもっと前に気づくべきことだと思うよ。あのさ、藤林をおびき出すために使った金光の手紙って、おそらく場所に関する指定があったんじゃないかな」
「場所の指定というか、部屋を出てその階のホールの中央で待て、とか書いてあった気がしますけど」
「なるほどね。それじゃあ、皆の部屋割りを決めたのもやっぱり金光だろ」
「はい、そうだと思いますけど。それが何か?」
もうここまで来れば、金光の本当の考えについて分かってしかるべきだろう。俺はちらりと涼森を見て、話を交代するよう目で促す。
涼森は笑顔のまま、しょうがないと言った風に首を振ると、俺の話を引き継ぐ形で話し始めた。
「荒瀬さん、よく考えてみてください。それって最初から志島さんが藤林さんの死体、というよりもその血だまりを見るように仕向けられていたってことなんですよ。そして、当然金光は志島さんが血液恐怖症であり、血を見ると暴れだすことも計算済みだったはずです」
「そ、それって……」
荒瀬がようやく金光の狙いに気づいたのか、絶句した様子で固まる。
代わりに口を開いたのは志島だ。
「なるほどな。そうすると今回の事件で一番重要な人物は俺だった、てことか。笑えないな」
「はい。金光の計画。それは、血液を見たことで暴れだした志島さんに、私たち全員を殺させること、だったわけです。そうですよね、日暮さん?」
俺は大きく頷くと、全員の反応を窺いながら、最後のまとめにかかる。
「結局のところ、金光は荒瀬に復讐のチャンスを与えたのではなく、ここにいる自分にとって死んでほしい人物を殺すために今回の計画を立てたんだ。もちろん一番の目的は彰子さんだろうな。二人とも金光の会社で働いてるんだったら知ってるかもしれないけど、彰子が死んだ状態で、彰子の父親である現社長が死ねば、その遺産のすべてが金光権蔵に入り込むようになっているらしい。その遺産目当てに、金光はすでに一度彰子を殺そうとしている。今回は前回の轍を踏まえて、自分は現場にいないようにしたみたいだけど、まあやっぱりうまくいかなかったわけだ」
主に涼森さんの驚異的な強さを見誤っていたために。実際涼森さんの助けが入らなければ、俺に関してはマジで死んでいた可能性もある。今更だが少しぞっとする話だ。
「ここまで言えばわかってくれたと思うけど、金光権蔵は自分のためだったら、誰が死んでも構わないと思っている、冷酷非道な男だ。この先もあの男を野放しにしていたら、今度はどんな殺人計画に巻き込まれるか分からない。頼む。それぞれ金光に弱みを握られていて、うかつに手出しはできないと思っているかもしれないが、あいつを自由にさせておくわけにはいかない。ここから無事でられたら、警察に今回の件を含めて、脅されていることなどすべて訴え出てくれ」
俺は全員に対して頭を下げた。




