ある騎士一家の日常
「誓いの書~これってほんとにあのゲーム~」のこぼれ話です。
本編第四章終了後。
騎士一家ヒュイス家のお話。
穏やかな昼下がり。
王立騎士団第二部隊副隊長の執務室の扉が、バタン、と乱暴に開け放たれた。
「ロン兄! いるか!」
突風のように賑々しく入って来たのは、可愛い彼らの末弟ジノ・ベルナルディだ。
「ジノ、静かにしろ」
手にした書面から僅かに顔を上げ、眉根を寄せたのは長兄ロレンツィ。赤茶の奔放な髪を苦労してなでつけた体格の良い真面目そうな騎士である。
「何かあったのかい?」
来客用の長椅子で、優雅に脚を組んでカップを手にしているのは次兄チェザーリ。濃い朱色に金色のメッシュが入った何とも派手な印象だが、兄と同じく騎士である。
「あ、チェズ兄もいる。助かった。あのさ、女の子を喜ばすにはどうしたらいい?」
「「は? 女の子?」」
綺麗にハモる。
がらにもない末弟の言葉に兄達は目をむいた。
これが、次兄ならごくごく普通の、むしろ聞かない日があれば病気を疑うくらいのことなのだが、言ったのはまっさらで初な末弟である。
「な、なんと……」
「成長したねぇ。ジノ」
ついつい感慨にふけって涙してしまう兄達であった。
そんな兄達の態度に少々へそを曲げたジノは声を荒げた。
「何だよそれ。俺だって好きな女の子ぐらいいるぞ。なんか、ムカつく」
「あ、ごめんごめん。で、その好きな子と喜ばせたいと」
「そうなんだよ、チェズ兄。そいつ、ちょっと……ちょっと色々あって、ずっと泣いてるらしいんだよ。……だからさ、俺、何とか笑って欲しくてさ……ロン兄、チェズ兄、何かいい案ないか?」
――ほう、意外に真面目に考えている。
長兄は、顔にこそ出さなかったが、内心弟の成長を小躍りして喜んでいた。
そんな弟の役に立ちたくなり、長兄は真剣に考える。さほど多くない(むしろ凄く少ない)自分の経験から答えを導き出し。
「そうだな……泣いてるのなら、抱きしめて慰めてやれ」
「「は?」」
次弟と末弟の顎が落ちた。
彼らは長兄が想像している図が、三歳の姪を慰めている義兄の姿であることを知らない。いつの間に、そんな気の利いた事を長兄は知ったのか、びっくり仰天だ。
何とか先に立ち直った末弟が、青くなって否定する。
「む、ムリ。そんなことしたら、氷漬け……いやそれじゃ多分済まない。最悪凍死するかも」
「……まあ、ある意味、いい手であるとは思うけど、ジノには難しいだろうねぇ」
兄上もだけどねぇ、という次兄の呟きは小声過ぎて末弟には聞こえない。
……ちなみに長兄ロレンツィ・ベルザド・ヒュイス。当年三十歳。真面目で優秀な騎士と評判の彼は、只今独身記録と振られ記録を爆走更新中である。
「チェズ兄ならどうする?」
「俺? そうだなぁ。その子、泣いてるって言ったよね。もしかして失恋?」
「う~ん……失恋みたいなもんなのかなぁ……。事情は良くわかんねーんだけど」
首を傾げる弟に、チェザーリはにっこり……ちょっと黒さがにじみ出した笑みを向けた。
「だったら、簡単だよ。キスして口説いてどろどろに甘やかして、前の彼氏なんて忘れさせてあげたら?」
「き、きすぅ!!」
ぽん、と音が鳴る幻聴と共に、真っ赤になる末弟。
「そう。失恋を癒やすのは新しい恋が一番。何なら、レクチャーするよ? 大丈夫、君にもできるように懇切丁寧に指導してあげるから」
「や、ややや、ムリムリ。んな事したら、凍死じゃすまねー。むしろ、二人がかりで灰も残らないぐらい跡形もなく雷打たれて焼きつくされるかも……怖っ。想像するだけでこわっ」
末弟は恐怖のあまり、青を通り越して真っ白に。
長兄と次兄は顔を見合わせ「過去に余程の恐怖体験をしたのだろうな」と不憫な弟を思いやって涙した。
それから、あーでもないこーでもないと話し合い(というじゃれ合い)は続き、そろそろ仕事に戻りたくなった真面目な長兄は、ため息混じりで言った。
「贈り物でもしておけ。その方が無難だ」
「あーそれは俺も考えたんだけど、何を贈っていいか思いつかなくてさ」
「花とかアクセサリーとかは? お菓子でもいいんじゃないかな。女の子なら喜ぶよ」
「何の花送っていいかわかんねー。アクセサリーなんてもっとわかんねー。甘いもの好きじゃねーから、菓子って言われても困る」
「その子が好きなものは知らないの?」
「知らね」
「……なんか、急にその子が可哀想になってきた……」
次兄が嘆く。
確かに次兄はまめである。女の子の誕生日、好きな食べ物好きな花、好きな色、好きな男性のタイプ、言われたい言葉、されたいシチュエーション、ありとあらゆる情報を手にするためには労を惜しまない。 ……ちなみに、あまりに完璧彼氏を目指しすぎて(ドン引きされる事も多々あり)、女性陣には残念イケメン扱いにされている(のを彼は知らない)。
チェザーリ・フェラン・ヒュイス。当年二十六歳。未だ、独身彼女なしである。
「あいつの好きなもの、好きな物……あ、」
「思いついた?」
満面の笑顔で末弟が頷く。
「あいつが好きなのは……蛙だ!」
「「は、蛙?」」
長兄と次兄がまたまた綺麗にハモって、目を剥いた。
「そう、蛙。……そう言えば、実家の湖には珍しい蛙がいたよな。あれにする。ロン兄、転移陣使うぞ」
「ちょっ、ま……」
長兄の制止の声も届かず、文字とおり風のように去っていく末弟。
残された二人は、暫く思考と身体が硬直したまま動けない。
数分後、やっと硬直が融け他彼らはお互い顔を見合わせた。
「チェズ……」
「はい、兄上」
「蛙と言っていたな」
「そうですね」
「ユーディスの蛙を贈り物にするとか」
「言ってましたね」
「確か、今は春のはずだな」
「はい、春ですね」
「私の記憶では……そろそろ、繁殖期というやつに入った頃じゃないか?」
「そ、そう……ですね」
「「………………」」
「チェズ……………、追いかけろ」
「りょ、了解」
長兄の言葉が終わるより早く、次兄の姿が煙のように消えた。
「まさか……よりにもよって、あの蛙を……。ありえん、絶対にありえん!」
残された長兄はがっくりと椅子に持たれ、しくしくを痛み始めた胃を何とか沈めようと胃薬と大量の水を飲んだ。
ユーディス湖の固有種である蟇蛙。
俗称は、「油蛙」及び「子守蛙」。現在、絶滅を案じられている希少種である。オスは全身に体液を纏い、その体液は万病に聞く霊薬として珍重されている。
が、この蛙が有名なのは、その生態にある。
この蛙は、メスがオスの背中に卵を産み付ける。オスは、卵をその体液ごと包み込み孵化するまでその背中で卵を守る。だから、俗称「子守蛙」。
そして、春、卵は一斉に孵化し、オスの背中を(正確には背中に見える体液を)喰い破って出てくる。その様は……(キモいので自主規制)。
ユーディスの並居る女傑達、例に投げるなら男性騎士数十人と渡り合って勝利したという伝説があるアデル・ユーディス女公や、竜型魔獣とタイマン張った騎士団長を笑顔で張り倒す”鬼嫁”団長夫人が、その蛙の孵化を見て卒倒し、大の蛙嫌いになったという話は有名である。
「どんな蛙好きの女性であっても、あれはダメだ。あんなの見たらトラウマになる。俺たち男だって、キモいと思うのに、何で末弟は平気なんだ? というか、だめだろ、蛙をプレゼントとか。始まる前に終わってるだろ」
ジノ・ベルナルディ・ヒュイス。当年十七歳。やっと淡い初恋を経験したばかり。だが、長兄は、彼の将来を大いに危ぶむのであった……。
【ヒュイス家の家族紹介】
☆ウーゴ・ジョルジアノ・ヒュイス 56歳。
ヴィンデュス王立騎士団団長。竜型魔獣とタイマンはる狂戦士。人情家だがたまに暴走して建物その他を破壊する。かなりの恐妻家。
☆ナリア・ロクセナ・ヒュイス 47歳
暴走した団長を張り手で正気に戻す女傑。自称”ヴィンデュスの鬼嫁代表”
☆ロレンツィ・ベルサド・ヒュイス 30歳
ヒュイス家の良心&(過剰労働で壊れかけの)制御装置。常識人。末弟が女心に疎いのはきっとこの人のせい。
☆チェザーリ・フェラン・ヒュイス 26歳
ユーディス公爵領騎士団所属。顔良し、頭よし、結構強いの高スペックな女好き。マメだけど完璧過ぎて女性に敬遠される気の毒な人。未だに彼女なし。
☆ジノ・ベルナルディ・ヒュイス 17歳。
ヴィンデュス王立魔術学院第三学年在籍。明朗快活で単純なムードメーカー。女心には究極に疎い。
☆アデリーダ・アリア・ユーディス 27歳
ユーディス女公爵。ナリアの実妹でヒュイス兄妹の叔母。男装の麗人。騎士十数人をなぎ倒した実績あり。
※ユーディス蛙のモデルは、アマゾン川流域に生息するとある蛙をモデルとしています。実際の蛙とは少し生態を変えています。(モデルの蛙は無料映像もあるようですが、お勧めしません。とてもキモいです。夢にでます)
お読みいただきましてありがとうございました。