恋とはなんぞや? ~リチャードとセレネの恋模様?~ 5
「ちょっと待ってくれ。ベイグリッツ隊長がパドロフ公爵子息だって。確か、あの時の黒幕に仕立て上げられた、パドロフ公爵家のか」
「はい」
村長ことスタン・ベッケン氏は沈痛な面持ちで答えた。
「ほらみろ。黒幕とつながってたんじゃないか」
さっきからわめく男に殺気を込めた視線を向けてやる。
男は青い顔をして、黙った。
・・・おい、隣の女の影に隠れようとすんな。
「その後は?」
「はい。リチャード様が推察したとおり、フィリップ様は我々を匿ってくださり、廃村となっていたこの村に移り住みました」
「家族は?」
「近衛騎士の一部にタラウアカ国を脱出したらフォングラム公爵領で落ち合うことを伝え、家族を託しました」
俺は村の中にいた8人に目を向ける。
ふ~む。一応18年経ってんだよな。
あのあとすぐじゃない。とすると・・・。
「村にいたこいつらな、新参者か」
「あ、いえ。7人はもともとこの村の者です。1人だけ、去年に嫁いできて・・・。まさか」
「ああ、そいつだな。今回の元凶」
「まさか、息子の嫁のフルーレが」
「はっ?」
あれ、カリッサじゃねえの。
そういや、もう1人女性がいたな。
さっきの情けない男が隠れようとした女。
ほおー、こいつは胆が据わった奴だな。
女、フルーレは俺を睨むと吐き捨てるように言った。
「逆賊の仲間のくせに偉そうに。クリシュナ王女を人質にしてリングスタット国に逃げ込んで、用無しになった王女は殺したんでしょ。私は訊いたわ。ほんとの黒幕はリングスタット国王だって」
「ほおー、そんな面白い話、誰から訊いたんだ」
目を細めてフルーレを見る。
フルーレは怯えたようにこちらを見たが、顎を上げて睨んできた。
「母さんの仇に言う訳ないでしょう」
「お前、自分が騙されてるかもって思わないわけ」
「なんで私が騙されてるのよ」
「18年前のタラウアカ国の政変で誰が得をしたか考えたらすぐ判るだろう」
「アラカタル国王に罪を擦りつけるきなの」
「話になんねえな。じゃあ、お前さんは何を見たらアラカタルが黒幕だって納得するんだ」
「そうね。クリシュナ王女が生きてたら信じてもいいわよ」
俺はセレネを見る。
セレネは分かったように頷き、俺の一歩前に出る。
「残念ながらクリシュナ王女に合わせてあげることは出来ません」
「ほ~ら、やっぱり」
「彼女は2年前に亡くなってますから」
「えっ?」
「ですがタラウアカ王家の血は途絶えてません」
「・・・」
「私の中に今も息づいています」
その言葉と共に、セレネは魔封じの耳飾りを両耳とも外した。
現れたのはタラウアカ王家の証の光輝く赤銅色の髪と、赤い星が散ったアンバーの瞳。
集会所の中の人間は息をのんだ。
そして皆、膝をつき頭を垂れる。
襲撃者たちも縛られたまま頭を下げている。
「私はタラウアカ国第3王女クリシュナと、ランドルフ・シェリー・パドロフの娘、セレネフィア・フィーネ・タラウアカ。アラカタル・クエンサー・キュベリックのたくらみにより国を追われたクリシュナの遺志を継ぐものです。もし私を主と認めてくれるのなら、私に力を貸してほしい」
「はい。もちろんです」
「「「もちろんです」」」
村長が答えると集会所の中にいる一同が唱和した。
俺はのんびりと聞こえる様に声を掛けた。
「へえ~、それで、セレネはなにするの」
「そうね。とりあえずはもう少し彼らから事情を訊いて・・・あとはよろしく? かしら」
セレネは首を傾けながら俺に言った。
やっぱ、この子はいいな。
「わかった。よろしくされるよ」
「リチャード様~」
ユーリックが咎めるように声をかけてくる。
うん。方針決めたらお前に丸投げだから、な。
いやー、ユーリック以外で初だな。俺の思考についてこれる奴。
「まあまあ。とにかく続きだ」
「そうね。みんなも楽にして、いえ、今までどおりにしてほしいな」
「そうそう。畏まることないって」
お~お、俺が言ったら、お前がいうな~、って目で見てきやがる。
「悪いが時間がおしいから続きにいくぞ。それで、フルーレ。セレネのことをタラウアカ王家の姫と認めるな」
セレネが擬態を解いてからすっかりおとなしくなった彼女は静かに答えてくれた。
「ええ。認めるわ。今の国王一家にはその色はないもの」
「お前さんは親の仇と言ったがどういうことだ」
「私の母はクリシュナ様の侍女をしていたの。あの時に王宮で切り殺されていたそうよ」
「それは、また」
「ああ、いいのよ。さっきまでは母が命を懸けてまで守った王女をそいつらが殺したと思っていたから。でも、母の死は無駄じゃなかった。ちゃんと王家の血は続いているのですもの。こんなうれしいことはないわ」
フルーレは涙ぐんでいる。これが演技ならとてもじゃないが俺でも敵わないかもしれない。
だが、俺の魔法に引っかかって来るものはない。大丈夫だろう。
「フルーレ。それから、そっちの人たちも。王都にいたのなら政変後、あの国はどうなっているのか教えてほしい。アラカタル王はリングスタット国と距離をおいた外交をしているからな」
彼らは顔を見合わせている。まあ、一般人じゃあ答えられないか。
副官が口を開いた。
「質問の意図に合うかどうかわかりませんが、アラカタルが王位についてから改易させられた貴族がかなりいます。ですが、流石に手をだせなかったのが、彼の妻の実家であるディンガー公爵家です。ディンガー公爵は国の貴族から半数以上の支持を持っています。その、ディンガー公爵がアラカタルが王になることを支持したので、キュベリック王家ができたと言われています」
「国名が変わったことについては」
「女神アラクラーダ様から改名せよと指示があったとか」
ふ~ん。女神アラクラーダねぇ~。
「今はどうだ」
「キュベリック王家とディンガー公爵家の仲はそれほどよくありません」
「なぜ?」
「それは・・・」
「国が荒れてきているからでしょうね」
隊長が話しに加わってきた。
「お前さんはなんで国が荒れてきていると思うんだ」
「それは・・・王位に就く資格がないものが就いてしまったからではないのでしょうか」
「なんでそう思う」
「他にも荒れてきている国がいくつかあります。その国の共通点は王家が替わってしまったことです。女神の加護は王家に有り、それを失ったから国も荒れてきているのでしょう」
「ほう~、面白いところに目をつけたな」
「いえ。私の家は代々神官を輩出していますので、そのての話は寝物語に聞かされていました」
「なんだ、知っていたのか」
とぼけようと思ったが、秘密でも何でもないことを思い出したから、肯定してやる。
他の者たちは正しく驚いた顔をした。
「本当なんですか」
「じゃあ、アラカタル王が簒奪した」
「なんということだ」
「騙されていたのか」
襲撃者たちが騒ぎ出した。
セレネが非難するような視線を向けてくる。
それにニヤリと笑ってやる。
「この話はまたにしてもらっていいか。それで、大体の裏は分かったと思うから、これからのことを決めたいと思う」
「これからのことですか」
「さっきも言ったが、お前たちを受け入れてもいい。ついでにお前たちの家族も救出してこの国で暮らせるようにしてやる」
「本当ですか」
「ああ。この村で」
「それは止した方がいいと思います、リチャード様」
「なぜだ」
「この村のことがばれているからですよ」
「ばれてるか」
「はい。いくら適齢期でお嫁さんを探していたとはいえ、都合よくキュベリックの者がくるわけないでしょう。我々だって知らなかったのですよ」
「そうだな~、う~ん。どこからばれたかだよな~。フルーレ、どうやってここに来たんだ」
「私は、フォングブルクに行くように言われて。行商にきた彼と知り合って、なんか懐かしさを感じて、それで・・・」
「やっぱ、ベイグリッツ隊長か」
「そう、見たほうが確かでしょうね」
「セレネ、ベイグリッツ隊長は擬態してたか」
「目の色と髪の色を変えてたけど」
「・・・わかる奴にはわかったってところか」
「それで出身地を調べて」
「フォングラム公爵家が関わってて」
「母国語の訛りにひかれて」
「探しあてられたと」
「この村は放棄するしかないですね。留まるのは危険です」
「そうだな。だが、表の街道は使えないぞ。ぞろぞろ歩いてたら生きてることがばれちまう」
「そうですね。隠れ里にしたくらいだからどこかに抜け道があるはずですよね」
「偽装もしなけりゃならないな。それからキュベリックから脱出させるにしても21家族だろう。急ぎながらもなるべく自然に脱出させないとな」
ユーリックとこれからどうするかを詰めていく。
「待ってください。なんの話をしているのですか。村を放棄するとかキュベリックから脱出させるとか」
村長が訊いてきた。
まあ、この会話で分かる方が不思議か。
「彼らはこの村の位置が敵にばれたから私達が安全に逃げられるように考えているのよ。あと、襲撃してきた彼らの家族を自然に見えるようにどうやって脱出させるかとかね」
ああ、セレネがいたな。
セレネの説明で皆理解したようだ。
村の女性たちは不安そうな顔をしている。
襲撃者たちが仲間で話しをしだした。
とりあえず、うちの兵たち(村の各所で警備に当たっている)に抜け道を探させることになった。
ユーリックが伝えに外に出て行く。
「セレネフィア様お願いがあります」
襲撃者の隊長がセレネに話しかけた。
「なんでしょうか」
「我々のことを開放していただけないでしょうか」
「何をするつもりですか」
「リチャード様のお話しではこの村を放棄して、村人は亡くなったことにするのですよね。でしたら、我々が任務を遂行したと国に戻れば信憑性が増します。我々の家族も脱出させる必要はありません。キュベリックの疑いをそらすことになりませんか」
「何を言っているの。彼らにわかったら、あなたたちは只じゃすまないわよ」
「もとより、生きてキュベリックに帰れるとは思っていませんでした」
ふむ。確かにそれも手か。
じゃあ・・・。
「そんなに言うなら作戦考えるけど」
「あなたも、何をいいだすのよ」
セレネがギョッとしたように俺を見る。
「そうだな。シナリオとしちゃあ、お前たちは協力者の手引きで村に入り、村長を捕まえたが魔物の群れに襲われて村は壊滅。お前たちも半数を失った。フォングラム公爵の私兵に助けられて、傷が癒えたところを帰国する、ってのでどうだ」
「無理がありませんか、リチャード様」
戻ってきたユーリックが話しに加わってきた。
説明しなくても判ってくれるなんて、流石だぜ。
「だが、ここはあそこから山一つ挟んだ辺りだろう。うち漏らした魔物が山を越えて入り込むことがあってもおかしくないとおもわないか」
「・・・そうですね。それなら、食用の牛や豚の血を使えば・・・。それから、ランスに手伝ってもらえば体裁は整いますかね」
「だろ。ところで見つかったか」
「はい。出口はサンフェリス国寄りですね」
「そうか。ところで一か所に全員はきついよな」
「そうですね。ああ、ここからフォングブルクを挟んで東の方に廃村があります。そこでどうでしょう」
「親父たちに聞く前に勝手に決めて大丈夫か」
「緊急事態です。王都に行かれるのですから、報告はお願いします」
ユーリックと当たり前のように話していたらセレネが口を挟んできた。
「あのねえ、当たり前のように二人で話を進めないでくれる」
「ああ、わりぃ。ところでさっきのシナリオはどう思う」
「悪くないと思うけど、何で半数なの」
「その半数には連絡役として動いてもらうのさ」
「あと、キュベリックから彼らの家族を合法的に出国するためですね。知らない人より知った人について行った方が安心するでしょう」
「・・・呆れた。何手先まで見てんのよ」
「それが分かるセレネも大概だと思うけどな」
ニヤリと笑ったら、プイッと顔を背けられた。
「ですがリチャード様。もう一つの可能性も考慮にいれませんと」
「もう一つの可能性ねぇ~」
「はい。彼らに実行させて、その後処分しようと人を送りこんでいる場合のことです」
恋とはなんぞや? 5話です。
え~と、重いですか?
国の政変なんて話は。
全然軽くない話になってますよねぇ~。
でも、こういう事情があって、セリアちゃん話に繋がるのですから。
補足 より、説明ですね。
本編の父話でセルジアスが両親のことを話している部分がありますが、セルジアスはタラウアカ国(つまり母親)のことは知りません。彼が理解しているのは父親つまりリングスタット王家のことだけです。
そう、この話のあれこれは知らないんです。
それについては別の話になるので、本編で種明かし・・・。
あ、でも・・・それじゃ・・・やっぱ・・・。
あおっておいてなんですが、先の話です。
それでは、次話で。