新しいデザート☆その名は・・・プリン! ~後編~
料理長が鍋に砂糖と水を少し入れて火にかけて、カラメルソースを作ります。
「あの、微妙な加減が必要なので、私がやったら駄目ですか」
「駄目です。火は危ないですから、もう少し大きくなったらですね」
「つまらないです」
「それで、かなりグツグツしてますけど」
「あっ、そろそろ色がついてくるころ・・・そう、もう少し。止めてください」
私の言葉に料理長が火を止めました。程よい茶色のカラメルソースができました。
・・・なんか面白くないです。少しくらい失敗してもいいのに。
こう思ったのが悪かったのでしょうか。出来上がったプリンはすが入っていました。
真ん中は滑らかなのに外側が・・・。
味見をしたみなさんはおいしいそうに食べています。
私はスプーンを握りしめていいました。
「これは失敗作です。料理長、もう一度作りましょう」
「失敗作ですか? おいしいですよ」
「だって、これにはすがはいってます」
「す?」
「この泡みたいに穴が開いているところです」
「ああ、確かに食感が悪いな。分かりましたやりましょう」
さきほどと同じように蒸し器にセットしたところで料理長が聞いてきました。
「それでは、もう少し火を弱くしましょうか」
「はい。お願いします」
そして12分後。またしても失敗しました。今度は弱すぎて、まだすべて固まっていませんでした。
もう少し蒸したら・・・またすが入りました。
「もう一度です」
「はいはい」
今度は最初の5分は火を強くして、残りの7分を少し火を弱くしてもらいました。
時間になり火を止めます。
今度は目に見えるすはありません。
スプーンですくってみました。中までちゃんと固まってます。口にいれます。滑らかでおいしいです。
「成功です」
「いよっしゃー」
料理長がこぶしを握りぐっと引きました。あれ、小さくですけどガッツポーズですか。
「あっ、大事なことを忘れてました。これは冷やして食べるともっとおいしいです」
そして、もう一度作り、粗熱を(魔法で)とると、冷蔵庫に入れました。
うふふ。冷えたのを食べるのが楽しみです。
私は隅に椅子を用意されて座っていました。
みなさんは夕食の支度をしています。
料理長も夕食の支度をしながら私にいろいろ話しかけてくれました。
さて、そろそろいい頃です。
私の前には冷たく冷やされたプリンがあります。
小皿と細い串を用意してもらいカップのふちに串を差し入れてくるりと回します。
ひっくリ返して・・・やりました。きれいに出てくれました。
「「「おおう~!」」」
丁度とりだすのを見た料理人の方から感嘆の声が上がります。
カラメルソースをかけて・・・スプーンを握ります。
一匙すくい口に入れました。
うん。冷たくて美味しいです。
バターン
厨房の扉が勢いよく開きました。
「「「「「セリアテス様」」」」」
そこには息を切らした侍女さん達がいました。
私はスプーンをくわえたまま彼女達を見ました。
侍女さん達の後ろからお兄様が現れて私に訊いてきました。
「何をしてるの、セリア?」
「あっ、お兄様。おかえりなさい」
そう言って、お兄様を手招きします。
そばに来たお兄様にプリンをすくって差し出しました。
「お兄様、うまく出来ましたの。食べてみてくださいな」
私の言葉にお兄様はパクリと食べてくださいました。
「これは・・・すごくおいしいね。冷たくて甘くて。それにちょっと苦いのがまたいいね」
「でしょう」
私はニコニコとお兄様に笑いかけました。
「セリア、あなたはこんなところで何をしているの」
お母様が厨房の入り口に現れて大きな声を出されました。
私は首をすくめてしまいました。
・・・そうでした。私は勝手に部屋を抜け出したのでした。
お母様が私のそばまできました。
お母様が何か言う前にお兄様がお母様にいいました。
「母上。これ、すごく美味しいですよ。今までにない食感です。母上も食べてみてください」
言われたお母様はしばらくプリンを見ていましたが、スプーンですくって口に運びました。
「こ、これは・・・」
そして絶句されました。
「セリアテスは見つかったの」
おばあ様を先頭にキャバリエ公爵家のみなさまがいらっしゃいました。
「まあ、それは何かしら」
お母様からおばあ様にプリンが渡りました、
料理長がいつの間にか用意してくれたプリンが、キャバリエ公爵家のみなさまの口の中に消えていきました。
その他にたくさんのスプーンにプリンがのったものが用意されて、侍女さん達にも振る舞われています。
食べたみなさまは動きが止まっています。
おばあ様がコホンと咳ばらいをするとみなさまが動き出しました。
「これは何でできているのかしら、料理長」
「卵と牛乳と砂糖です」
「とてもおいしかったわ。夕食のデザートにだせないかしら」
「すみませんが無理です」
「あら、どうして」
「卵と牛乳がもうございませんので」
「すぐに取り寄せて・・・という訳にはいかないわね。もう、こんな時間だもの」
おばあ様が残念そうに言いました。
あれ、まだ、作ったプリンありますよね。
そう思って料理長を見たらウインクされました。
はい。黙ってます。
おばあ様が私の方を向きました。
「ところでセリアテス。あなたはなんでここにいるのかしら。屋敷中大騒ぎになってあなたを探していたのよ」
おばあ様の雷です。私は椅子に座ったまま首をすくめました。
影が動いて私の前に誰か立ちました。見ると料理長です。
「お待ちください。セリアテス様がここにいると連絡しなかったのは私です。責めなら私に」
「あっ、違います。私を料理長は」
「いいえ、セリアテス様に教わった料理にかまけて、連絡しなかったのですから、私が悪いのです」
料理長が私の方を向いて屈みこんで話してきました。
でも、言っていることと表情が違いますけど。
なんか、企んでますよね。
とりあえずお任せしてしまいますか。
「私は大したことは話してませんけど・・・」
「いえいえ、王宮で作ったコンポートは、発展形まで教えていただきましたし、今夜の野菜に添えるマヨネーズに至っては、他所では絶対に食べられないものでしょう。今、みなさまに味わって頂いたプリンも、何度も失敗したおかげで最適な時間と火加減を知ることができました。完成するまで付き合ってくださったセリアテス様のおかげです」
? えーと、どこに話しを持っていくつもりでしょうか。
この話を聞いたみなさまからゴクリと喉を鳴らす音が聞こえましたけど。
おばあ様がまた、軽く咳ばらいをしました。
「そう。新しい味のものを食べられるのね。それは楽しみだわ。それより、ここにいては料理をする邪魔になってしまうわ。居間にいきましょう」
「それでしたら、セリアテス様を怒らないと約束してください。セリアテス様が部屋を抜け出したのも、あれもこれも禁止されたからです。皆様も禁止事項だらけで過ごせますか」
料理長の言葉にお母様がウッとうめき声を上げました。
みなさまも状況がわかったようでお母様を見ています。
「ええ、わかりましたわ。ではいきましょうか」
おばあ様が返事をなさり、みなさまは厨房を出て居間に向かいました。私も扉を出ようとしたらクリスさんの声が聞こえてきたので、振り向きました。
「よくもぬけぬけと。あなたは私がここに来た時にセリアテス様を隠していたのよね。この嘘つき」
「おいおい、俺は嘘は言ってないって。ここに来たか訊かれたから会ったと答えただろう」
「でも、厨房から出て行ったといったじゃないですか」
「俺は、出て行ったとは言ってないぞ。他のやつも出て行ったのを見てないと答えただろうが」
「クッ・・・よくも、よくも、そんなことが言えるわね。この恥知らず。私達がどれだけ、セリアテス様のことを心配したのかわかっているの」
そして、クリスさんの手が振り上げられたとおもったら、料理長の左頬を打ったのでした。クリスさんは踵を返すと扉の方にきました。私がいることに気がついてビクリと身を震わせましたが、そのまま私の横を通り抜けて出ていきました。目が合った時にクリスさんの目に涙が浮かんでいるのがみえました。
私は・・・何という事をしてしまったのでしょうか。
軽い冒険のつもりでした。あそこまで本気で心配させてしまうとは思わなかったのです。
隣にいたお母様が背中に手を当ててくれて、一緒に居間に戻りました。
私は椅子の方に座りました。向かいにはキャバリエ家のみなさま。隣にお母様とお兄さまとおばあ様。
「何をしていたのか話してくれるかしら、セリア」
「私は・・・」
お母様の言葉に話そうと口を開いたら、廊下を走ってくる足音が聞こえました。
部屋にお父様達が飛び込んできました。
「セリアが居なくなったと・・・見つかったのか」
部屋に入って来たのはお父様、おじい様、ジーク伯父様に、アーマド叔父様とエグモント叔父様までいらっしゃいました。
みなさま私を見て明らかにホッとした顔をしています。
その様子に泣きたくなってきました。
きっと連絡を受けて慌てて戻ってきてくれたのでしょう。
お父様達も席に着かれて状況の説明です。
私は自分の気持ちを素直に話しました。
屋敷から出ることを禁じられただけでなく庭園にでるのも止められて、刺繍や服作りもダメと言われたこと。本も長く読むのは駄目だと30分くらいで取り上げられてしまったこと。みなさまが出掛けていて、話し相手がいなかったこと。
なので、屋敷内を見て回る許可をもらって、いろいろ見ようとしたけど、ついてきた侍女が少し歩いただけで、疲れてないですか、休みましょうと、言ってきて嫌気がさしたこと。
部屋に戻りベッドに横になっていたら、キュリアさん達が私が寝ていると思ってベッドに寝かせてくれて、その時に部屋を空けることを言っていたのを聞いたこと。
で、部屋を抜け出して探検していて、料理長と意気投合して、料理長がいろいろ作ってくれたことを正直に話しました。
話しを聞き終わったお父様はお母様を見ました。お母様は顔を赤くして俯いています。
お父様は、ため息を吐くと言いました。
「ミリー、心配なのはわかるけど、禁止しすぎだよ」
「はい。ごめんなさい、セリア」
「いえ・・・」
「だけど、セリアも悪い。クリスが来た時に厨房にいることを伝えれば良かっただろう」
「お言葉ですが、セルジアス様。それをしていたらこのような素晴らしいものを我々は食すことはできなかったのですよ」
私にお説教が始まるところに、執事長の声が掛かりました。彼の手にはトレイが載せられており、その上にはカラメルソースがかかったプリンがスプーンにのっています。
「まずはお味見くださいませ」
そう言って、お父様達に差し出しました。
お父様達はスプーンを手にもちました。おじい様達と目を見交わした後、ほぼ同時に口に入れました。
「ウッ・・・・・」
みなさま目を見開いて、ゴクリと飲み干しました。
「これは・・・」
「何という美味・・・」
「滑らかな舌触り・・・」
「まるで溶けてしまうような食感・・・」
「これは何で、出来ているのだ」
今にも私に詰め寄ってきそうです。
執事長がやんわりと間に入ってくださいました。
「これを作り上げるために何度も失敗を繰り返したそうです。料理長が言っておりました。最初に食べた失敗作でさえ、今までに食べたことのないものだったと。この至上の甘露のような出来上がりになったのは、妥協を許さないセリアテス様のおかげだと、申しておりました」
執事のアロンさんがトレイを持って近づいてきました。侍女長もトレイを持って入ってきました。
それをみなさまに差し出しました。
「こちらは失敗作だそうです。本来ならお出しするべきではないと申しておりましたが、食して頂けましたら、違いはお判りになるとのことです」
みなさまスプーンを取り口に入れました。ですがすぐに微妙な顔をされました。
そうですよね。すが入ったあのざらつき感は滑らかなものを食べた後だと、舌に残りますよね。
「お判りいただけたようですね。これが妥協を許さなかったセリアテス様のおかげです。明日以降いつでもこの「プリン」をご用意します。と申しておりました」
そして、私は叱られることはありませんでした。
夕食に出たマヨネーズも好評でしたが、お母様の手前あまりほめたたえられませんでした。
私はクリスさんに後でこっそり謝りました。クリスさんは私に謝る必要はないのですよ。と言っていましたが、とても嬉しそうでした。
翌日は約束通りに食後のデザートはプリンになりました。
新しいデザート☆その名は・・・プリン!
楽しんでいただけたでしょうか。
これから、プリンはこの世界でセンセーションを巻き起こす・・・はずです。




