恋とはなんぞや? ~リチャードとセレネの恋模様?~ 17
陛下の言葉に顔をしかめた男がいた。確か軍務大臣か?
この国の軍務大臣は軍に対する指揮権はないんだよな。
軍を指揮するのは将軍だ。将軍の下に3人の副将軍がいる。そしてその下に各隊の隊長がいる。
軍務大臣なんて職ができたのは、将軍が事務仕事が苦手な者がなるのが多かったのと、上からの軍部への圧力だったか?
だが、そんな面倒なものはいらないから、そのうち無くすように働きかけるか。
おっと、こんなことを考えている場合じゃなかったな。
顔をしかめただけで、軍務大臣は何も言わなかった。
「フェリシア・ロクサーヌ・フォングラム。セレネ・ベイグリッツはフォングラム公爵家に預ける。成人まで後見するように」
「はい、承知いたしました。陛下」
そうして王家の方々は玉座に戻られた。宰相が謁見の終了を告げ、国王が退室していった。
王家の方々が退室したあと、俺たちの周りに、いや、セレネの周りに貴族の奴らが群がってきた。
が、セレネがふらりと倒れてしまった。母がすぐに抱きとめたから床に倒れ込むことはなかったが、俺は母からセレネを受け取り抱き上げた。セレネは白い顔をしていて意識がないようだ。
近寄ってきた貴族たちも、その様子に立ち止まった。
衛兵に誘導されて俺は謁見の間を後にした。もちろん後から母と妹達も付いてくる。
そして、王族の住まう居住棟の一室に案内された。
セレネをベッドに寝かせて、侍女や衛兵がいなくなったところで、会話を聞かれないように結界をはる。
「セレネ、もう、いいぞ」
俺がそう声を掛けるとセレネは目を開けてベッドに起き上がった。
「はあー、苦しかった」
「大丈夫か?」
「うん。縛っていた紐を解いたから、もう平気よ」
「ごめんなさいね、セレネ。苦しい思いをさせて」
「でも、お母様。これで怪しまれずに奥にこれましたわ」
「そうよ。大体陛下も無茶をいいすぎよ」
そう、昨日の命令書には他の貴族に怪しまれないように居住棟に来るように書かれていたんだ。
それで俺たちは一芝居打つことにした。セレネが強行軍と心労でふらふら状態になっていると、貴族たちに印象づけたんだ。セレネはお腹の所を紐で縛って具合が悪い振りをした。加減は支えていた母が担当した。でないと、報告の途中でセレネは意識を失っていただろう。
と、いうか、こんな事思いつくなよ、ユーリック。
案の定やつらは騙されてくれたから、まあ、いいか。
しばらくしたら、父と陛下と王妃様が部屋にきた。
「リチャード。お前怪我をしたと聞いたが大丈夫なのか」
って、陛下。開口一番それか。セレネが目を見開いてるぞ。
「はい。おかげさまで傷もふさが」
「なーに、畏まった言い方してんだよ。今は我々しかいないんだから、もっとくだけた言い方をしろよ」
「・・・伯父上。セレネがいるんですけど」
「ん?・・・あっ」
今頃気がついたのかよ。というか忘れんなよ。
「すまない、セレネフィア様。アルフォード、もう少しシャンとしろ」
「仕方がないだろう。かわいい甥の無事を確かめたかったんだよ」
「だからってな・・・」
父と伯父の会話にセレネが俺の服の袖を引っ張った。
「ん?」
「あの、いつもこんな感じなの」
「ああ、まあな」
さて、そろそろ本題に戻させるか。
と、俺が口を開こうとしたら母と伯母の雷が落ちた。
「あなた方、いい加減にしなさい」
「そうよ、無駄に時間を使わないでくれませんこと」
「伯父様、お父様、いい加減にしないと私達も怒りますわよ」
「そうですわ。セレネ様をお待たせするものではなくてよ」
女性たちの言葉に伯父と父のじゃれ合いは止まった。
少し頬を赤くしながら伯父がセレネに話しかけた。
「すまない。セレネフィア様。今日は無理を言ってすまなかった。私はリングスタットの国王アルフォード・ハイドリッヒ・リングスタット。以後お見知りおき願いたい」
伯父の挨拶にセレネが困惑している。
というか、どういうことだよ。なんで陛下も知ってんだよ。
「伯父上、なんで知ってるんだよ。というか、親父。そういうことは昨日のうちに言っとけよ」
「怒るな、リチャード。軽々しく言える話じゃないだろう」
「そりゃそうだけど・・・って、うちにも間者が入り込んでるのか」
「入りこまれたんじゃなくて、取り込まれた可能性の方が高い」
「誰かわかっているのか」
「1人は。まだいるだろうがな」
「何を呑気に」
「マリベルを連れて来てくれて助かったよ。王都の者は使えなかったからな」
俺がいない4ヶ月の間にそこまで状況が変わったのか?
いや、俺が討伐に出ることになったあれもそうなら、かなり前から仕掛けられていたのか。
「もういいか、フィリップ、リチャード。それは後で頼む」
「ああ、すまない」
「では、私の紹介ね。私はザビーネ・ビルギット・リングスタット、王妃ですわ。セレネフィア様、私の事もお見知りおきくださいませ」
「あ、いえ。セレネフィア・フィーネ・タラウアカです。こちらこそよろしくお願いします」
セレネはベッドから降りて立ち上がり淑女の礼をした。やはり、クリシュナ王女から基本の礼儀作法は教えられていたようだな。
「では、あまりゆっくりもしていられないから、話を進めようか」
そういって次の間のテーブルに皆で座ったのだった。ロデリアとアリシアが部屋の隅に用意されていた飲み物を持ってきた。俺は魔法で異常がない事を確認して頷いた。それを見て、2人は皆の前にグラスを置いた。その様子をみてセレネが口を開いた。
「そこまでしないといけないのですか。リングスタットも安全ではないのですか」
「不安にさせたのなら申し訳ない、セレネフィア様。自己防衛のために行っているのだ」
「セレネと呼んでください。王家の者として扱ってくださるお気持ちはうれしいのですが、今の私はセレネ・ベイグリッツ。ユーゲリック・ベイグリッツ騎士爵の娘です」
「わかった。では、そう扱わせてもらう。さて、リチャード。先の報告にない事があるだろう。それを話せ」
伯父の言葉に俺は、魔物らしくない動きのこと、二ナモリ村で起こったことを簡潔に話した。そして、俺がこれからやるつもりのことも。
話を聞き終わった伯父たちは溜め息をついた。
「わかったが、本当にそれをやる気かリチャード。セレネはまだ12歳なんだろう」
「もうすぐ13歳です。それに女神様に6ヶ月は待てと言われているから、子供を産むのは14歳ですよ」
「セレネ様はそれでよろしいの」
「はい。私に出来ることは何でもします。・・・というか、陛下方も知っておられたのですか」
「ああ、リチャードが、フォングラム公爵家初代当主のミルフォードということか」
「それとも、3代目当主のウィリアムと云った方がいいか」
伯父と父の言葉にセレネは隣の俺の顔を見た。
「ちょっと、どういうことなの。3代目って!あなた2回も転生してるの」
セレネの言葉に伯父たちが目を見交わし合う。
あーあ、バレちまったか。
「その言葉。もしかして、セレネも前の記憶をもっているのかしら」
母の楽しそうな声にセレネがハッとして皆を見た。
そして俯くとそっと手を伸ばして俺の服のすそを掴んだ。
俺はセレネの頭に手をのせて軽く撫ぜてやる。
「お袋、それならどうだっていうんだ」
凄むように笑ったら、隣にいた父に頭を叩かれた。
「いてっ」
「お前は、母親を威嚇してどうするんだ。で、どうなんだ」
「ああ、そうだよ。セレネは前の記憶を持ってる」
「だれ、とは聞かなくてもいいか」
俺は目を細めて親父を見た。
「誰かわかんのかよ」
「お前は。長く生きてるくせにそういう所は疎いんだな」
親父の言葉にプイッと顔を背けたら、俺を見ているセレネと目があった。
「話して・・・いるの?」
「・・・違う。小さい頃の言動でバレた」
そうなんだよな。あの、マリベルの引っかけを聞かれて、問われた時に誤魔化しきれなくて、バレちまったんだよな。なんで、俺の子孫共はこうも出来がいいんだか。
「まあ、セレネが承知しているのなら構わないだろう。力になれることは何でもするから言ってくれ」
「ありがとうございます」
セレネが返事をするのを横で聞きながら俺はムスッと黙っていた。
「リチャード。そんな子供っぽい事していると、ウィリアムお爺様と呼ぶぞ」
「おっ、それいいな。ウィリアムの爺様には可愛がってもらったからな」
「あら、いいわね。じゃあ、私も」
「分かったよ。頼むからウィリアム呼びはやめてくれ」
チェッ。すねるくらいいいだろうに。こいつら本当にいい性格しているよな。
「さて、それでは、こちらのことだな。討伐に関しては本当にすまなかった。北のスモーレンが不穏な動きをしていて、そちらに兵を回せなかった。それにどうも報告がすり替えられていたようだ。さっきも気がついたと思うが軍務大臣がそれらに関係しているらしくてな。調べさせているがなかなかしっぽを掴ませてくれないのだ」
「討伐隊と共に動ける奴を連れてきてるけど、彼らに調べさせるか」
「そうしてもらえると助かる、リチャード」
「王の影にも入りこまれてるのか」
「いや。それがわからないから動きようがないんだ」
「・・・わかった。それじゃあ」
そう言いながら席を立ち扉の所に行く。扉ごしに魔法で廊下の様子を伺い席に戻る。
「デリア、ロスマン。今のを聞いたな、お前たちは俺たちが屋敷に戻ったら、一族で動けるものを全部動かせ。屋敷の者から、王宮に勤める者。調べられるだけすべて調べあげろ。報告はマリベルとユーリックに届けろ。それから、レッブラにいた奴らも動けるようなら使え。こいつらには俺たちの警護に付かせろ。1人討伐隊に連絡させて、討伐隊のやつらの動きも纏めさせておくように伝えろ」
「ふふふっ。本当に、リチャードがいると話が早くて助かるわね」
「そうだな。だが、レッブラとはなんだ。聞いてないぞ」
「ああ、悪い。俺が討伐隊に加わる前に裏の根城を1つ潰したんだ。そこに隷属の契約で縛られていたものがいて、一族に預かってもらってたんだ」
「お前は・・・。報告くらいするように」
「悪かった。すぐに出ることになったから、報告しそこねた」
「リチャード。使えそううならこちらにも回してくれないか」
「やつらがいいと言ったなら行かせますよ」
「それじゃあ、こちらにこないじゃないか」
俺は先ほどわけられた飲み物に口をつけた。レモンを絞って水で割り蜂蜜で甘味を少しつけてあるものだった。
「ところで、伯父上。ギルフォード陛下の隠し子が現れたってきいたんですけど。それで、伯父上が認知しちゃったとか。どういうことです」
そう言って睨んだら、伯父は少し怯んだ。話を聞くと、その子はホルストという名で現在15歳。ギルフォード陛下が亡くなったのが15年前だから、確かに陛下の子でもおかしくない。・・・というより、リングスタット王家のブロンドの髪にラピスラズリの瞳を持っているから間違えようがないんだと。
その子の話しでは母親は、男爵家の令嬢で王宮に侍女として勤めていたそうだ。王妃様を亡くしたギルフォード陛下が酒に酔って手を出して・・・。その2ヶ月後に陛下は急死なさり、彼女はそれからまた1ヶ月後に妊娠に気がついた。その頃はギルフォード陛下の葬儀からアルフォード陛下の即位まで、城中大騒ぎをしていたから言い出せる雰囲気じゃなかったんだと。
もし、わかったらお腹の子ごと葬られるかもと思い、仕事をやめて男爵家に戻ったが、妊娠をしているのが分かると誰の子かと、問い詰めてくる父親の剣幕に恐怖して家を飛び出し、仲の良かった男爵家の友人の領地に行き、子供を産み育てた。そして、長年の無理がたたり、2ヶ月前に亡くなった。亡くなる前に父親のことを聞かされ、王宮に行きアルフォード陛下にお会いするようにと言われて、母の友人の男爵の手引きで陛下とお会いしたそうだ。
「それで、なんで認知しちゃうんですか」
「隠しようがないほど、ギルフォード陛下の、いや、リングスタット王家の色を持っていたんだぞ。認めるしかないだろう」
そう言って陛下は胸を張ったのだった。
17話です。
アルフォード。出しゃばり過ぎ。
予定と変わったというか、想定してなかったというか。
両親であるフィリップとフェリシアがリチャードの前世に気がついていたのは予定通りですが、アルフォード陛下とザビーネ王妃に気付かれてるとは思わなかった。
それにセレネの出自も知っていたし。
まあ、仲がいいからね。
でも、セリアちゃんの時代とは大違いだよね。
あっ、補足を1つ。
リングスタット王家にミルフォードとアデリーナ姫の血が入ってます。
ウィリアムの妹がリングスタット王家に嫁いだから。間柄は、はとことはとこの子の婚姻です。
なので、リチャードが「俺の子孫共はこうも出来がいいんだか」と言ったんです。
あと、大人4人でリチャードをからかいながら、性格矯正してました。
だから、リチャードは明るく育ちました。
ぐらいかな。
質問があったらお待ちしてますので。




