恋とはなんぞや? ~リチャードとセレネの恋模様?~ 7
部屋に戻るときに桶を借りた。
部屋に入り桶にお湯をだして、新しい手巾をおく。
「この宿は風呂はないからこれで体を拭いてくれ。俺は外にいるから終わったら声を掛けてくれ」
「私もお湯くらい出せるわよ」
「そうか、悪い。今度は訊いてからにするよ」
そう言って部屋を出た。
扉の横の壁にもたれ掛かる。
さて、どうしたもんか。
自覚が無いのに言ったってわかるわけはないし・・・。
無理やりは・・・。
とりあえずもう一日様子をみるか。
そんなことを考えていると女将がやってきた。
「遅くなって悪かったね。はいよ、これ」
と、水差しを持ってきてくれたようだ。
「ああ、ありがとう」
「なんだい。ありがとうなんて。調子が狂うじゃないのさ。それより、あのお嬢さん、大丈夫かい」
「女将にもそう見えるか」
「何年宿屋をやってると思うんだい。食堂にいた常連もわかってるさ」
あー、さいですか。
俺が攫ったうんぬんじゃなくて、セレネの様子が・・・ね。
「本人が自覚してないからな」
「最近亡くしたのかい」
本当は宿屋の女将としては訊くことじゃないだろう。
だが、心配してくれているのはよくわかるから・・・。
「母親は2年前で、父親は今回の討伐でな」
「そうかい。じゃあ、リチャード様が伝えに言ったのかい。死に目に会ってなけりゃ、実感何てわかないだろうけどさ。何とかならないかい」
「それを考えてたんだけどな~。怒らすのと泣かすのと、どっちがいいと思う」
女将が呆れたように俺を見て、溜め息をこぼす。
「まあ、それが手っ取り早いけど、待つのはないのかい」
「う~ん。事情がな~」
「ほどほどにしときなよ。リチャード様はやりすぎることが多いからね」
そう言って女将は階下に戻って行った。
女将が来た時にとっさに会話を聞かれないように魔法を使ったけど、セレネにばれてないよな。
やはり見る人が見ればセレネの様子がおかしいことはわかるか。
さて、どうするか。
と、また考えようとしたら部屋の扉が開いて、セレネが顔をのぞかせた。
「お待たせ。あれ、女将さんが来たの」
「ああ、これを渡したらすぐに下に戻ってった」
セレネが扉を抑えてくれたからそのまま中に入る。
サイドテーブルに水差しを置く。
桶のお湯はなくなっていた。桶を指さしながら訊いてみる。
「中身は」
「捨てた」
「どうやって」
「ここから一番近い川を思い浮かべてそこに送ったの」
流石、タラウアカ王家の血を引くだけはある。
感心していると、セレネが桶にお湯を出してくれた。
「あなたも身体を拭くんでしょ」
そう言って部屋の外に出ていこうとする。
慌てて手を掴み引き留める。
「待った。外にいかなくていいから」
「なんで? 裸になるのなら一人の方がいいでしょ」
「いや、裸にならないから。と、いうかわかってんのか。セレネみたいなかわいい子が一人でいたら、攫われちゃうからな」
「私、そこまで弱くないわよ」
「わかってるけど、一般常識ではか弱い女の子なんだからここにいてくれ」
納得できない顔をしていたけど、とりあえずは部屋にいてくれるようだ。
セレネは椅子を窓のそばに持っていって座った。
一応気を使ってくれたようだ。
俺はセレネに背を向けて、上半身を脱ぐと身体を拭いていく。
下は・・・今日はいいにしておくか。
髪も手巾で拭いていく。
後ろで息をのむ音が聞こえた。
「包帯?それって・・・。あっ、包帯を替えないと」
「ん?もしかして血が滲んでるのか」
「もう乾いてるけど血がついてる。替えの包帯はあるの」
「ああ、荷物の中に」
「傷薬は?」
「それもある」
「わかったわ」
セレネは俺の荷物のそばにいった。
「開けるわよ」
「どうぞ」
目的の物を取り出すと椅子を持ってきた。
「座って」
俺は言われるがまま、椅子に座った。
セレネが身体に巻いてある包帯を外していく。
傷が顕わになり、セレネがまた息をのんだ。
傷口に薬を塗り丁寧に包帯を巻いてくれた。
セレネが包帯を片付けてくれている間にシャツを着る。
「その傷は今回の討伐で」
「まあな。それより、疲れただろう。もう休むといい」
「あなたは?」
「俺?もう少し起きてるよ」
そういうとしばらくためらった後、セレネはベッドに腰かけた。
「あのね、心配してるのはあなただけじゃないのよ」
あら、ばれてたか。
「隠し事はできないか」
「ええ。それにまだ、いろいろ説明してもらってないし」
「明日じゃ・・・。って、分かったから睨むなよ。少し待ってくれ」
「待って。この部屋に張る結界は任せて」
「助かる」
お互いに魔封じの耳飾りを外し、魔法を使う。
「ほんと、勿体ないわね。その姿でも困らないんじゃないの」
「う~ん。たしか、無駄な軋轢を生まないためと、女神様の指示だったと思うけど。あと、保険?とか言ってたぞ」
「保険って何?」
「さあ~。女神様に訊かないとわからん」
俺は荷物の中からリンゴを取り出した。
「食うか?」
「そのままはちょっと」
「待ってろ」
ナイフを取り出し皮を剥き、半分に切って片方を渡す。
「ありがとう。でも、もう少し小さくしてくれるとうれしいのだけど」
「小さくしても、置き場所がないだろう」
しばらく無言でリンゴを食べた。
食べ終わると俺は椅子を、ベッドに座るセレネと向かい合う位置に持ってきて座った。
「んじゃあ、話すか。擬態してることについてだけど、ラシェ・ン・ド・リット王家の特徴は知ってるか」
「たしか、濃いめのブロンドに瞳の色がラピスラズリだったわよね。今のあなたの色」
「そうだ。普段の髪色は親父の色をうつしたものだ」
「フォングラム公爵家ができたのはまだ新しいほうでしょ。そこまでしなければならないほどなの」
「昼間に言ったけど、何らかの作為が働いてるって。それに関係してんだけどな」
「ええ、訊いたわ。でも、おかしいじゃない。その作為って私達、人に起こせるものじゃないでしょう」
「やっぱ、セレネはいいな。こんだけで判ってくれるんだから」
「茶化さないで。それでどうなの」
「・・・女神様も、他の神、の介入を疑っている」
「他の神・・・。それは、まずくない。こんなところでこんな話をしてるのは」
「大丈夫。ここは守られているから。あとで説明の一つ。この石が関わっているんだ」
首に下げていた鎖を引っ張り出した。
「きれいな青い石ね。あなたの瞳と同じ色だわ」
「これは女神さまにいただいたもので、これを持っている限り女神様に守られているんだ」
「・・・なぜ、あなたが・・・いえ、フォングラム公爵家がのほうが正しいのかしら。フォングラム公爵家はそんなものを持っているの?」
「・・・・・あー、ちょっと待った。今、村に襲撃者たちが突入した」
「ほんと」
「おっ、村の入り口辺りに別の一団がいるぜ。うん。様子を伺っているぞ」
「えっ、大丈夫なの」
「あー、セレネ。手を寄こせ」
俺は石から伝わる情報を口にしたが、まどろっこしくなってきたので、セレネの手を握った。
そしてセレネも見れるように感覚を共有する。
「わっ、すごい。見えるわ。ああ、あの一団ね」
「おっ、オオカミたちが来たぞ」
「魔物でしょ」
「そうだった。おー、さすがゲーリー。うまい具合に傷を負わせていくじゃん」
「ねえ、これって大丈夫なの。本当に怪我してるじゃない」
「そうでなければあいつらにバレんだろ。大丈夫。見た目派手なだけだから。それに幻惑の魔法の使い手がいるから、死体の確認のふりして治療するはずだし、大丈夫だぜ。大怪我しなけりゃならないのは、襲撃者の奴らだ。特に生き残る予定の奴にはそれなりの傷をつけなきゃならないからな」
「入り口の一団に動揺が走ってるわね」
「おっ、ユーリックたちが街道から近づいてきたぞ」
「入り口の一団が逃げ出したわ」
「ユーリックたちが村に入った。おっ、上手く魔物を狩ってるな」
「ええ、そうね。あら、逃げ出した中から1人戻ってきたわ。様子を伺ってるじゃない」
「どれ、っと。おっ、そいつに気がついた1頭が逃げ惑うふりして近づいていくぜ。上手く怪我させたじゃん」
「・・・これを、オオカミたちを操ってる誰かの仕業なんて、思わないわね」
「だろ。おっ、奴に気がついた兵士が声をかけてるぞ。まあ、足を怪我したら逃げられねえわな」
「そうね。そろそろ、終わりかしら。・・・ねえ、オオカミたちは殺してないのよね」
「ああ、切りつけると眠るように剣に魔法をかけてあるはずだぞ」
「それならいいけど・・・」
2人で様子を見ながら話していたら、あっと言う間に魔物襲撃事件は終わってしまった。
時間にして30分かかったかどうか。
さすが、ユーリック。安定したやつだ。
ほんと、俺がいなくても大丈夫だったな。
こんな事を思ってるなんてユーリックにばれたら怒られちまう。
事後処理を速やかにこなしていくユーリックの姿を見ながらセレネに訊いた。
「問題なさそうだから、そろそろやめるか」
「待って、もう少し」
何かが気にかかるのかセレネが村の光景に見入っている。
俺は逃げた一団の気配を探る。
かなり村から離れたところに奴らはいた。
「ねえ、私の見間違いでなければ、あれって子供の死体よね。子供は避難させてたわよね」
「ああっと、どれ。ああ、あれは土魔法で作った人形だと思う。それに、幻惑の魔法が得意な奴がそれっぽく見せているはずだぜ」
「そこまでしてたのね」
「でなきゃ人数が合わなくて、ばれんだろ」
「そうだけど・・・」
「なにか?」
「あなたもだけど彼も優秀よね」
「ユーリックか?まあ、彼はなぁ~、異端というか、特別というかね」
「・・・その含みは何?」
「セレネは知ってるからいうけど、ユーリックは前の記憶持ちだ」
「はっ?」
「それもな、ミュスカリーデ様が直々にスカウトしてこっちに呼んだらしい」
「何なの、それは」
「話すには繋げてるのは不都合なんでやめていいか?」
「あっ、そうね。もう、いいわ」
俺は魔法を解いた。
「じゃあ、さっきの続きを話すか。ユーリックの記憶持ちについて。あいつは前の世界でIQが高くて将来を有望されてたそうだ。だがそれが妬まれて罠にかかって殺されたそうだ。で、その能力を惜しんでミュスカリーデ様がスカウトしてこちらの世界に来てもらったそうだぜ」
「すごい人なのね。でもIQって何?」
「知能指数とかいってたけど俺にもわからん。ただ、とにかくすごく頭がいい。前の世界では勉強しかしてなかったから、こっちに生まれて歩けるようになったら身体も鍛えるようにしたとか」
「だから、指揮をしながらも戦えたのね」
「まあ、そうだな」
「彼はフォングラム公爵家の使用人の子だったの?」
「いや、違う。王都の下町生まれだ」
「えっ、それがなんでフォングラム公爵家の使用人になってるの」
「それはあいつがフォングラム公爵家に来たからだな」
セレネがキョトンとした顔をした。
そんな表情は年相応でかわいらしい。
「あいつと会ったのは5歳の時でな、領地から王都の屋敷に着いたところに、飛び出してきたんだ。最初は馬車に引っかけたかと慌てたが怪我は無くて、うちの両親があいつと話して気に入ってな。それで、俺付きの侍従にしようってことになって、それから一緒に勉強したんだよ。俺も大抵のことは理解すんのは早いけど、あいつにゃ負ける。セレネもそうだけど、俺たち聖王家に近い者たちは加護の力で他の者たちより頭の回転が速くなっているらしいんだ。なのに、加護を持たないあいつが同等なんだぜ」
「私達にそんな加護があるの。いえ、それに同等って・・・」
「だろ。言葉なんて出てこないよな」
「だから、異端?」
「まあな。普通の平民であれじゃ、周りから浮くよな。子供らしくないって親に捨てられたそうだ」
「でも、なんでフォングラム公爵家に来たの」
「ミュスカリーデ様が伝えていたそうだ。フォングラム公爵家に行くようにと」
「それを、最初に言ったのね」
「それがな~、あいつはそんなこと一言も言わなかったんだ」
「じゃあ、いつ分かったの」
「あいつがうちに来て2年後。女神様と話した時だ」
恋とはなんぞや? 7話です。
えーと、本編のネタバレです。
リチャードの擬態と、リングスタット王家の色について。
はい、本編で隠しまくっていた「王家の青」です。
リングスタット王家は濃いめのブロンドに瞳の色がラピスラズリです。
それプラス、瞳に赤い斑点が入ります。
で、リチャードの父親はハニーブロンドですが、父親は擬態してません。
それから、ユーリック・コモナー氏の秘密もでてきました。
ただ、補足として彼は前世の記憶持ちですが、平民なので魔力量は多くありません。だから、歩けるようになると身体を鍛えだしました。
それから、セレネの状態について
女将さんや食堂で会った大人たちが心配するくらい無表情で白い顔をしています。リチャードも村のことがなければ、すぐにもどうにかしようと思ってます。なので、女将さんに言った「怒らすのと泣かすのと、どっちがいいと思う」を実行するんだけど・・・・・・・・・・・・どうしましょうか。
それとも、怯えさせるとか?
この部分は2話後になります。
次話はうふ。
うん。頑張れリチャード!
(だから、何をがんばれというんだ、作者よ)
あれれ、何か声が聞こえたような?
うん。気のせい、気のせい。
それでは、次話で会いましょう。




