パンプキンを叩き割れ!!
寒い季節だった。
吐く息は白く、飛び出た手足には震えが来る。もう、冬着を出さなくては。
「ノエヴァ。寂しく何してんの?ライフルなら余りがあるから、持って来なよ」
女が、もう1人の女に向けてそう言った。
手には、おもちゃの鉄砲。
「ガッソオ。そんなオモチャにあたしは興味ないんだよ。あんたにも、村のクソ共のお遊びにもね」
村を見下ろせる丘の中腹。腕をはい上って来たアリを潰しながら、ノエヴァと呼ばれた女は答えた。
年の頃、20そこそこ。もう嫁に行っていなければいけない年齢だが、破滅した性格によって嫁のもらい手などというものは現れなかった。魔女の疑いをかけられるたび、ただの狂人だからで済まされている女でもある。
ガッソオは、せっかくのハロウィンのお誘いをすげなく断られても、気分を悪くするでもなく、ノエヴァの横に腰を下ろした。
「良いじゃん。タダでお菓子がもらえるんだよ?」
ふう
ノエヴァはため息をついた。
相変わらず、ガッソオには威圧が効かない。
「だいたい、アレは収穫祭だろが。あんたみたいに、毎日農作業をやっている人間が楽しんでりゃ良いんだよ。あたしには関係ないね」
会話を続けてくれるノエヴァに嬉しくなって、ガッソオは勢い込んで話し出す。
「ええー!?だってだって、村長さんも大工さんも料理屋さんも宿屋さんも石工さんも」
「わーかぁーった!」
ノエヴァは両腕を地面に叩き付けて、起き上がった。
「貸しな」
ガッソオの手からおもちゃの鉄砲を掴み取り、ノエヴァは丘を下り始めた。
「待ってえええー」
ガッソオの声が、冬の手前で響いた。
村の周辺。つい最近まで稲や小麦やスイカやトマトやキュウリがなっていた田畑。
そこに、たくさんのかがり火が焚かれていた。
「おーおー。いっそ、何もかも灰になっちまえよ」
「灰になったら、美味しくないよ?」
「そーだねー」
ノエヴァとガッソオは、道を歩く子供達にお菓子を与えながら村を練り歩いた。
ノエヴァはともかく、ガッソオは子供らに人気がある。ガイコツの仮面をかぶっていても、村で最も貧相な格好のガッソオは、誰にも見間違えられない。
そしてその隣を歩く女性も。
頭頂部がとがった三角帽子。明らかに、魔女の仮装。
なのに、おもちゃのライフルをベルトに差して、更に本物の拳銃を上着の下に装着している女。
村の魔女と名高い、ノエヴァだ。
ノエヴァからは、誰もが離れる。
その得体のしれなさに。その人間離れした美しさに。
ただの村娘に思えない気性と、どこから手に入れたか分からない拳銃を持ち歩く非常識さ。
魔女かどうかはともかく、まともな人間ではない。
「トリック・オア・トリート!!!」
「そんな大声出さなくったって聞こえてるよ!」
村の皆のひんしゅくを買いながら。
ガッソオはお菓子を手に入れ、ノエヴァと分け合い、ほうばる。
満月を見上げながら、2人は村の端まで来てしまった。
ノエヴァの家まで。
「お菓子なら、中にあるから、先に入ってな」
「はーい!」
ほんと。子供みたい。
ノエヴァは唇をゆがめながら、村の端を、更に進む。
ゴ オ
「今年も来たかい、カス共」
ハロー・イーヴィル。
ハロウインの別名を知る者は、今は少ない。
万を超える悪霊妖魔を目の前にして、ノエヴァはいつも通りに、拳銃に手を伸ばす。
ガシャン
拳銃は変形し、十字架の形を取った。中央部を軸に、砲口と持ち手が縦に分かたれて、十字を切るのだ。
武器を持つより十字架を持つ事の方が恥ずかしいと思っているノエヴァの、こだわりの武器だ。
「神よ、魔よ。諸共にくたばれ」
オオ!
ノエヴァの両手から放り投げられた十字架は、魔の大群を切り裂きながら、ノエヴァの手元に戻って来た。
「ああー・・・。面倒くせえ」
その作業を1万回もこなした頃。
ガッソオはノエヴァのベッドで、ずっとノエヴァを待っていた。
朝焼けが顔を照らしても、にわとりが鳴いても、お腹が鳴っても。
太陽みたいな、カボチャの化け物がやって来た。今年のトリだ。
「ほんっとうに、めんどくせえ」
カボチャに刺さったままの十字架を見ながら、ノエヴァは呟く。
ベルトに差しっぱなしだった、おもちゃのライフルを持ち、構える。
ふよふよと村を目指し飛び来るカボチャを狙い、魔力を込める。
これを放置すると、村人は食い殺される。ばあちゃんから、そう聞いている。本当かどうか、実験してみたい所だが。
ガッソオが、泣くからな。
「消えろ」
バン!!!
ノエヴァの魔力の限りに充填されたライフルからは、中心温度100万度にも到達する灼熱の業炎が解き放たれた。
ギイ
「ガッソオ。朝メシの時間だよ」
ぐおおお
さっきまで起きて頑張ってノエヴァを待っていたガッソオだったが。ほんの数十分前に眠りに落ちていた。
ガッソオを肩に載せてノエヴァは皿、スプーンを持ち、再度外に出る。
くん
ガッソオは鼻をつく良い香りに目を覚ました。
「ああー!!」
ノエヴァは、スプーンを口に運びながら、ガッソオの様子をニヤニヤしながら見ていた。
「カボチャのスープ!ノエヴァ、作ってくれたの!?」
「ああ。ハロウィンだろ?あたしからのトリートだよ、ガッソオ」
「嬉しい!ノエヴァ大好き!」
スープを持っているノエヴァに勢い良く抱きつくというガッソオの考えなしの行動。だが、ノエヴァは先刻承知。ガッソオがそんな事をするなど、想定済み。
「あたしからも!」
「ん?もうライフルならもらってるぜ」
「違うよ。それはトリックの!トリートは、こっち!」
ガッソオは服の内側から、黒い物体を取り出した。
ドロドロに溶けたチョコレートだ。
「はい!」
満面の笑みで差し出されたそれを、ノエヴァは遠投の練習台にした。
「チョコを裸で持ってんじゃねえ」
「ひどい!」
ずい
ガッソオを黙らせるために、ノエヴァはガッソオのために持って来たスープ皿を渡してやった。
「食いな。あったかい内によ」
「そだね」
湯気の立つパンプキンスープ。
お化けのやって来るハロウィンナイトは終わった。
熱いスープを幸せに思う季節に変わるのだ。
ハッピーハロウィン。
また来年。