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第3頁【承】


あれから僕達は廊下ですれ違えば挨拶をするようになり、その後委員会が同じになった辺りから昼休みや放課後も会えば話すような関係へと進展していた。

そこでやはりこの思春期の男女というものは噂好きなもので、あっという間に僕と佐藤さんが付き合っているという噂が流れだした。

そこで僕に付き合っているかどうかの真偽を問いただしてくる輩がかなり増えたと記憶している。

しかし、佐藤さんの僕に対する接し方は全くと言っていいほど変わらず、少し失望した自分もいた。

だが、それでも僕は多少は自信を持っていた。

彼女に僕のことを好きか嫌いかと尋ねた時に好きだと言うだろうという本当に些細な自信だった。

でも僕はその自信があるというだけで、前の片想いだけでいいと考えていた頃の自分よりは前進している、とそう思えたのだ。



季節は過ぎ去り、高校3年生となった僕達。

クラス替えはなく、そのまま進級した。

少しずつ受験に対しての焦りや不安が大きくなり始めていた頃だった。

どことなくピリピリとした空気にあてられ、僕も少し苛々していたと思う。

だが、佐藤さんと居る時だけは穏やかな気持ちでいられた。

それは彼女も同じだったらしく、どんどんと2人でいる時間も増え、一緒に勉強するようになっていった。

そして休みになれば他の友達が同行したこともあったが、お互いにお互いの自宅を往き来して勉強会を開くほどになっていた。



そして蝉が煩く鳴くあの季節、夏がやって来た。

その頃にはもうすっかり仲良くなっていた僕達だったが進路については敢えてお互いに触れていなかった。

だがある日、彼女は勉強中に突然その話をし出したのだ。


「あのね、健斗」


もうこの頃にはお互いに下の名前で呼びあっていた。


「ん?質問?理系なら答えられるけど文系はちょっと…」

「違うの。進路のこと。私の進路のことなの」


そこでずっと数式を書いていた手を止めて彼女の目を見た。久しぶりに彼女の目を見た気がした。


「私ね、推薦入試を受けようと思っているの」

「雅の成績なら普通に行けるだろ。ていうか、雅ほど実力があれば旧帝大を筆記でだってパスできるって」

「知ってる」

「知ってるって…あはは」


自分で笑いながらそういえば前にもこんなことがあったなと思いながら彼女の話の続きを待った。


「私、健斗のこと好きよ。異性として。だからね、今言おうとしてるんだけど」

「え、え?ちょっと待って。今なんて?」

「え、健斗のことが好き?」

「本当に?マジで言ってんの?ずっと友達としか思われてないのかと」

「あなた、バカ?ただの男友達としか思ってない奴の家にノコノコとやって来るような尻軽女じゃないわ。それとも私がそう見えるの?それなら私…」

「とんでもございません」

「…よろしい」


そう言って微笑んだ雅。僕もつられて微笑んだけど、しっかりと確認せねばならないことがまだ残っていた。


「ねえ、てことはさ僕達、今この瞬間から交際スタートってことだよね?雅が僕の彼女ってことだよね?」

「そういうこと」

「うわー!すっげー嬉しい。僕もずっと前から雅のこと好きだったんだ。もう1年以上前から!」

「あら、長いのね。私はイチゴミルクキャンディーを貰った辺りかしら」

「飴につられたみたいな言い方やめろ」


そんな他愛のないことを口にしながら先程彼女が言おうとしていたことがあったことを思い出す。


「それで?すまない、僕が雅の話、遮ったな」

「ううん、いいの。それでね、なんで推薦かっていうと、大学入学資格が欲しいの」

「大学入学資格?それって?」

「つまり、どこかの大学に受かるってこと。それでなんでそれが必要かというと、私、フランスの大学に行きたいの。それでフランスの大学を受験するにはその資格と成績、仏語能力を証明するものがいるの。だから…」

「待って。待って待って。雅は日本の大学に行かないのか?その為にずっとフランス語なんて勉強してたのか?」

「うん、実は中2の頃から…」

「そっか…そっか」


僕はただそれだけしか言うことがなかった。

先程まで有頂天だったのが嘘のようだった。

まだ彼女がフランスに行くと決まったわけではなかったが、彼女はその切符を手にすると僕は何故か確信していた。

そしてその確信からあと数ヶ月しか彼女と一緒に過ごせないのか、という絶望が僕を襲ったのだった。



それから彼女は無事、大学入学資格を手に入れ、フランスの大学へ進学することが決まった。

僕の高校は都内でも有数な進学校だった上に彼女自身がその高校のマドンナだったこともあり、彼女の進学先は生徒に多大なる衝撃を与えたのだった。



やがて卒業式を迎えた。

そこでは、大学合格を祈願しながら学校を卒業する者や大学合格を決め晴れ晴れとした様子の者や、浪人を決意し、これからの未来に思いを馳せる者など、様々な思いを抱えた者が入り交じった。

僕の場合、最後のに1番近いだろう。

卒業式の間中、彼女との遠距離恋愛についてずっと考えていたのだから。



教室に集まって担任の最後のメッセージと、自分たちからクラスメイトへのメッセージを話し、それぞれ自由解散となった。

その後は後輩たちと戯れる者もいれば、学校中の写真を撮って回る者もおり、三種三様であった。

僕は解散となるや否や雅のところへと向かいたい気持ちは山々だったが、やはり友人や後輩たち、先生とも募る話があり、なかなか雅のところへは行けなかった。

しかし、粗方自分が話したかった人と話し終えるとスマホを確認した。そこには雅からのRINEの知らせが一件表示されていた。

どうやら15分前にきていたものらしい。

「靴箱で待ってる」というたった7文字のRINEだった。

絵文字の1つもなければ、長々と何かが書かれているわけでもない。

とても現役女子高生、もう元現役女子高生と言った方がいいのか?

いや、そんなことはどうでもいいとして、兎に角とても女子高生とは思えないメッセージだった。

しかし僕はそこが彼女らしいなとにやけそうな顔を引き締め、鞄に手を掛けた。

何人かの友が僕を引き留めようとしていたが、なんとか遊びの約束を別日に取り付け解放してもらった。

慌てて靴箱へ向かうと、靴箱に凭れかかって、文庫本を片手に読んでいる様子の彼女が見えた。

なんとなくそこで彼女と距離が縮まった日を思い出して気づけば彼女の名前を昔のように読んでいた。


「佐藤さん」


その時、彼女の胸元まで伸びた真っ直ぐな黒髪を昇降口から吹き込んだ風が拐った。

そして舞い上がった髪を彼女は少し抑えるようにしてこちらを向いた。

まるでそれはどこかの本から飛び出してきたかのような幻想的な瞬間だった。

暫くぼうっと惚けていると、彼女の声で我に返った。


「何?」

「飴とか、好き?」


彼女もう気がついていた。


「味によるかな」

「イチゴミルクキャンディーなんだけ」

「好き!欲しい!」


彼女は読んでいた文庫本をパタリと閉じて鞄にしまうとゆっくりとした足取りでこちらへ向かって歩いてきた。

そして僕の目の前に立つと右手を差し出した。

僕はあれ以来常備しているイチゴミルクキャンディーを右ポケットから取り出し、彼女の掌に乗せた。

彼女は早速包みを開けて口に放り込み、幸せそうに「甘くて美味しい」と言った。

そして彼女は不意に僕を見やると、僕の唇にキスを落とした。

彼女が離れていく時にほんのりあの飴の匂いがした。

雅はキスのあと恥ずかしそうに俯いてしまった。

僕はそれを笑いながら自らも彼女に口づけし、2人目を合わせて笑いあった。



この時の僕はこの幸せが続くのだと疑わなかったのだ。刻々とその日が近づいていたというのに。

ご朗読ありがとうございました!次回の投稿は明日の17時です。

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