嗚呼、神昌丸
嗚呼、神昌丸
毎度お配びいただきまして、まことにありがとうございます。
『サークル・シエスタ、第二回短編課題』が決まりまして、これがなんと悲恋ものでございます。なにも悲恋ものと限ったわけではございませんが、手前はそう考えてしまいまして、このようなお話をご披露させていただくことに致しました。
先に投稿したものを大幅に手直しいたしました。どれくらい変えたのか、とっくりとお確かめいただければ何よりでございます。
いただきました課題が、『切ない恋の行方』でございます。
いいもんでございますねぇ。胸の奥からふつふつと若い血潮がたぎってまいります。
さて、これからしばらく時を遡っていただきましょう。
なぁに、皆様方にはたいしてご不便をおかけしません。その場で二度か三度上を向いていただいて、アハアハ、グスリとしていただければ、手前の勤めは完遂されるわけでございます。お捻りなんぞをいただければなお結構でございますよ。冗談はさておき、どうかお楽になさっていただきますよう、お願い申し上げておきます。
今を遡ることおよそ二百三十年、つまり、江戸時代も終わりに近い頃のお話でございます。
伊勢の国は奄芸郡に、白子村というところがございます。
伊勢参宮街道の宿場町でございまして、西には鈴鹿の峰々が、正面には伊勢の入海が波おだやかに広がっております。暑さ寒さがしのぎやすい土地でございます。
宮の宿から七里の渡し、桑名の宿まで小半日
しぐれアサリをいただいて、三里八町で四日市
抜きつ抜かれつ道中仲間、宿の出外れ日永まで
右へ進むは東海道、西の箱根の鈴鹿越え
左へ進めば伊勢街道、海風すさぶ砂の道
日永追分来てみれば、袖擦る縁も泣き別れ
日永の追分から神戸宿、そして白子宿。伊勢の神宮まで残すところ十八里。少ぅしくらい無理すれば……、無理したところで一日で歩き通すことなどできゃしませんが、とにかく先が見えたということで足取りも軽くなりましょう。
伊勢街道というだけありまして、軒先に注連飾りが掛かっている家が増えてまいりました。四日市あたりではチラホラだったものが、神戸、白子と伊勢に近づくにつれて半数以上の軒先に掛かってございます。
こちらの注連飾りは、輪〆めというやつでございます。長い注連縄を輪に致しまして、真ん中に木札を納めて。これが一年を通して軒先に掛かっているのでございます。
虫籠窓やら連子格子、黒い板塀がずいっと並んでおりまして、それは落ち着いた風情がございます。
旅人の数は決して少なくありません。それもそのはず、亀山宿からの脇道がつながる、つまり、京や大坂からの旅人がここで加わるので、いっそう賑やかになるのでございます。
この町には見通しのきく道というものがございませんで、それが大きな特徴でございます。
表通りから裏通り、路地にいたるまで徹底して曲がりくねっております。どこを歩きましても必ず突き当たりにぶつかりまして、迷路を行くようなものでございます。
随所に道標がございますが、そうでなければ容易く町を抜けることができないような地割りがしてございます。当然のことに鉤型の家も多く、大そうな家では塀の外側に溝を廻らせて、掘り割りのようでございます。
家の数が二百ほど。そこそこ立派な宿場町でございますが、驚いたことに地場の物産がありまして、旅人の懐だけで成り立っている宿場とはわけが違います。
まずは鈴鹿墨。この鈴鹿墨は、奈良墨とともに全国で使われております。小さく嵩張らないので、伊勢参りの土産によく売れてございますよ。
もう一つは伊勢木綿でございます。
墨が東の横綱ならば、木綿は西の横綱というくらいに盛んでございます。なんでも、室町の頃に綿の種が伝わりまして、伊勢一帯が一大産地となったそうでございますね。
両横綱が仁王立ちになっているのを押しのけるように顔をのぞかせる優男がおりますよ。この男、両横綱とがっぷり四つに組む力量をもっています。さしづめ大関といったところでございますな。
反物に欠かせないのが染付けでございますが、ここ白子では、染付けの型紙、伊勢型紙を盛んに作っております。こればっかりは土産にはなりませんが、染めには欠かせないものでございます。もし伊勢の型紙がなかったら、柄は手書きや絞りしかなくなり、とても高価で庶民には手のとどかないものになっているはずでございます。江戸で小紋が流行っているのも、京で友禅が持て囃されるのも、陰に伊勢型紙あったればこそでございます。
朝早くに神社へでもお参りしてごらんなさい、あちこちの小僧さんが寄りましてね、お宮の石で砥石を均してございますよ。
なに? 適当なことを言うなですって?
じゃあ気をつけてお宮の石を確かめてごらんなさい。どの石にも平らな溝ができていますから。
なんでそんな罰当たりな真似をするですって?
それはあなた、型紙を切り抜く小刀を研ぐための砥石でございますよ。なんでも、髪の毛ほどの幅を切ったり残したりするのですから、剃刀みたいに鋭くないといけません。ちょっと切れ味が鈍るとすぐに職人さんは研ぐのです。
型紙職人の家は、通りに面した連子窓があるのですぐにわかります。手先の細かい仕事でございます。最後のひと所をしくじるだけでこれまでの苦労が全部パアになります。ですから、なるべく明るい仕事場でなければいけないそうでございますよ。
そして、目の前に広がる入海は魚の宝庫でございます。ずっと後にではございますが、干鰯で財をなした大商人もこの白子から出ております。それほどの宝庫でございまして、立派な湊も整備されておりました。
漁のための湊ではございませんよ。廻船を横付け……とはまいりませんが、五百石・千石船が堂々と泊まれる湊でございます。
われわれ町人だけでなく、上つ方もがめついようで、周囲は藤堂藩に囲まれているというのに、白子一帯は紀州藩の領地でございます。伊勢の国でありながら紀州、そういう土地なのでございます。
が、そういう大きな湊が整備されているおかげもあり、大きな商人が軒を連ねておりました。
江戸本船町の米問屋、白子屋清右江衛門という人がいます。米問屋でありながら廻船問屋の顔をもつお人も、元を糺せば白子の人、一味諌右衛門なのでございます。
さて、そうした産物も売り捌いてはじめてお宝になりますので、諸国への運搬をしなくてはなりません。といっても、陸路をとれば荷駄の行列でございます。狭い街道を大八が通れば旅人に迷惑でございます。かといって、背負って運ぶのは量がしれてます。じゃあ、船はどうかといいますと、たしかに量を運べますが、風待ち潮待ちで思うようにならないところにむけて、港に着いたら、やっぱりそこからは陸路でございます。物を作っても、売って儲けるということはなかなかに難儀なことでございますな。
こうお話しいたしますと、ははぁん、こりゃあきっと船問屋の話だな。そう思われるお方が多いでしょうが、なかなかどうして。手前どもは、こうして皆様にお話しするだけで御飯を頂戴するのですから、なかなか意地悪にできております。ここまでは、この白子を舞台にしますよとお知らせしただけのことでございます。
天明二年といいますと、あの天明の大飢饉が始まった年でございます。目を西洋に転じますと、かの有名なバイオリニストのパガニーニが生まれましたが、大飢饉で世の中が行き詰るまでにまだ六年ほどの間がございます。その間に米の値段はどんどん上がる、仕事は逆に減る。とっとしまいに打ち毀しでございます。真っ先に米屋が狙われましたが、その話はまたの機会にさせていただきましょう。
その天明二年、冬のことでございます。
船着場から沖懸かりしている廻船にむけて、一艘の伝馬船が漕ぎ出していました。
ギィッ、ギィッ、ギィッ、ギィッ……
分厚いどてらを着込んだ若者が船端に足をかけて、長い櫓を操っています。
ギィッ、キィッ、キッ、キコキコ……
人数にして六人かそこいら乗れそうな船でございます。舳先近くで前を見つめる恰幅の良い旦那をどこへ案内するのか、艫で櫓が大きく煽られていました。
日が大きく傾き、あたりのものすべてが朱に染まっておりまして、水面には縮緬皺のような模様が、風に煽られてあっちへ、こっちへ。きれいな箒目を切り裂くように小船が遠ざかり、艫で櫓を漕ぐ若者も見る間に小さくなりました。
その間にも日が傾き、だんだんに色が褪せてまいります。
行き足を止めた小船が廻船にぴたりと寄せると、小船から一人、縄梯子のようなもので船端をよじ登りました。櫓を漕いでいた若者も後をついて上がってゆきます。
仄かな残照で見ることができたのはそこまで。師走の夕暮れは駆け足で去っていきました。
時折、鈴鹿の山を越した風が塊りになって打ち付けてきます。沖への船出にはありがたい追手。もう二時もすれば下げ潮になるはずです。うまくすれば、日が昇る頃には伊良湖の瀬戸を抜けることができるでしょう。
「乙はん……」
湊の常夜灯の脇でそれを見届けたお梗さんが、ポツリと呟きました。
「早う帰ってきてや」続く言葉をのみこんで、名残り惜しそうに背を向けました。
お断りをしておきますが、『お梗』という字が本当かどうかはわかりません。読みは確かに『おきょう』ですが、『お京』なのか、『お杏』なのか、はたまた『おきゃう』なのか定かでございません。便宜上、『お梗』とさせていただきます。
お梗さんは、土師屋長七という型紙職人の娘でございます。上から五番目、下には弟が一人と妹が三人おりまして、歳は十六でございます。
長七さんは、型紙問屋からの注文を請け負っている、今でいうところの零細業者。通いの職人が三人と、三人の小僧さんを住み込ましてございまして、それが白子での平均的な規模でございます。長兄は家業を手伝い、次兄は型紙問屋へ奉公しております。その下の兄も木綿問屋やら船宿に奉公しております。母屋と仕事場は共用でございまして、お梗さんは、職人たちの賄いを手伝っておりました。
二年ほど前からお梗さん一人だけ、母屋から離れた部屋で寝起きをしております。といいますのも、この白子もまたご他聞にもれず、夜這いの盛んな土地だからでございます。
なにも離れをあてがう必要はないだろうと眉をひそめる向きもおいででしょうが、赤の他人が母屋へ忍び込むのは気持ちの良いものではございません。間違って幼い妹に夜這いをかけられる虞もございますし、女房の『とき』が狙われないとも限りません。女房が受け入れてしまったら、たとえ亭主といえども邪魔してはならんという鉄の掟がございます。
お梗さんを離れで寝起きさせるということは、そういうことの予防策でもございました。
えっ? とんでもない親だ?
ごもっともでございます、わざわざ娘をねぇ……。ですが、困ったことがありまして、兄たちも目をつけた娘に、せっせと夜這いをかけているのでございますよ。長七さんだって、どこぞの後家に狙いをつけているかもしれませんし。……まあ、お互い様ということなのでございましょうねぇ。
さて、裏木戸から離れに戻ったお梗さん、乱れた夜具をきちんとたたんで窓を開けますと、潮の香をたっぷり含んだ風がそよそよと残り香を追い出してしまいました。
次に乙さんと会えるのはいつだろうか。知らぬ間に夜空をうめつくした星空に目をやって、乙さんとの逢瀬を想像したのでしょうか、いやや、呟いたことに気づいて頬を染めました。
「なに考えてんにゃろ、……あほらし」
独り言を呟きながら窓を閉じました。
いったいどんなことを考えたのでしょうね。冷たい夜風でさえ冷ませぬようなことだったのでしょうか。とても気になりますな。
乙さんというのは、伝馬船の櫓を漕いでいた若者でございます。
名を乙松と申します。神昌丸では賄方をしておりますが、水夫でございまして、歳が二十一でございます。
十五の歳から船で働き始め、三年ほど前までは入海を巡る五大力船に乗っておりました。白子から桑名へ、熱田へ、対岸の常滑へと荷を運んでおりました。
この五大力船、平底でございまして、ちょっとした深さがあれば川にでも入っていけます。ですので、木曽川や長良川をうんと遡ることもございました。
なんといっても、一番の仕事は沖懸かりした廻船との荷役でございますが、人が多く住む町には大型船を乗りつけることができません。ところが、各地からの産物が集まり易いということもありますし、産物を求めているということもあります。とにかく、荷動きが大きいのは確かなことでございまして、そこで活躍するのが五大力船なのでございます。
狭い場所や浅い場所にも入り、町中に横付けをするとなると、棹や櫂の扱いを覚えます。そうこうするうちに腕力もついて筋骨隆々とした身体になるのでございます。
何年も五大力船で修行を重ねた乙松さんは、晴れて廻船の水夫にとりたてられたのでございます。そのとき一緒に働くようになったのが亀屋四郎兵衛。後に改め、大黒屋光太夫という人でございます。
光太……四郎兵衛さんからはいろいろ教えられました。
いえ、船の仕事については、乙松さんのほうがはるかに詳しいのですよ。しかし、全般的なことになると四郎兵衛さんは妙に詳しい。いったいどうしたことだろう。
乙松さんは不思議で仕方なかったのですが、四郎兵衛さんは賄いでございます。わりと気安くものが言えたものですから訊ねてみました。
「四郎兵衛さん、なんでそんなに詳しいんや? 別の仕事してたはずやろ?」
「うん、実はな、……誰にも内緒やで、言うたらあかんで。わいなぁ、船宿の倅なんや。と言うても、小さい頃に親父が死んでもうたさかい姉が入り婿をとってな、それが後を継いでんねん。兄やんは江戸でお店奉公してる。わいなぁ、分家の当主が死んださかいにさな、そこの後釜にされたんや」
「そんなら船なんぞ乗らいでも……」
「そやけどさな、下の姉がいてて、その嫁ぎ先があかんがな」
「へえ、そんな酷い奴なん?」
「いやぁ……、大黒屋のな、……彦太夫はんなんや」
「ええっ、沖船頭の?」
「せや。そんなんにさな、『四郎兵衛、わしとこで働け』そない言われて断れるか?」
そんなやりとりから親しくなりました。乙松さんは年下でございましたから、何をするにしても弟分でございます。
その時にはすでに子供がいた四郎兵衛さんは、乙松さんがまったく女遊びをしないことを心配していました。もう十九になっていましたからね、陸に上がれば遊女に走るのが通り相場でございますが、乙松さんは何をするでもなく、手習いやら算盤の稽古をしておりました。仕事の掛かりには誰よりも速く持ち場についている。その真面目さ、律儀さを高くかっていたのです。
二人が知り合って一年たちました。沖廻船賄いだった四郎兵衛さんが、晴れて沖船頭になりました。名を、大黒屋光太夫と改め、神昌丸という新しい千石船を任されたのでございます。
船長となった光太夫さんが乙松さんを手放すわけがございません。神昌丸の賄い職を任されたのでございます。
それから半年ほどたったでしょうか、ちょうど白子では、江島若宮八幡宮の大祭がございました。船が仕事場の乙松さんは、風待ち潮待ちで計ったように白子へ帰ってはこれないのですが、運よく祭りの少し前に湊に着きました。何年ぶりかの大祭でございます。次の荷の都合から、十日ばかりの骨休めを許されていました。
「乙やん、ちょっとわいに付き合ぅてぇさ。心配せんかて、けったいなことするかいさ。久しぶりやろ、風呂入って行きぃさ」
心安げな誘いでした。船の上でこそ気安くしてもらってはいますが、これまで一度も家へ招かれることなどなかった乙松さんは、四郎……いや、光太夫さんの誘いをどうしようかと迷いました。いくら気安くしてもらっているとはいえ、相手は船長なのです。といって、乙松さんには予定などありません。どうせ、そこいらをうろついて、船に戻ってしまうのが関の山でしょう。どうしたものかと迷ったのですが、言葉に甘えてついて行くことにしました。
潮くさいものを脱ぎすて、光太夫さんのお古をいただきました。お古といっても仕立ての良い浴衣でございます。
「乙やん、ちょっと用を済ましてくっさかい、昼寝でもしててくれ。風呂沸いたら先に入っとくんやで」
ほんに短い間でしたが、光太夫さんはどこかへでかけて行きました。風呂へ入るよう誘われましたが、親方を差し置いて一番風呂などとんでもないことです。乙松さんは、すっかり萎れたアサガオに見入っていました。
船の生活で困ることはありませんが、船には花がありません。どんな花であれ、それを眺めていられる間は、乙松さんは陸の上にいる人なのです。
「戻ったでぇ。風呂入ったか? まだ? 何してんにゃ、早う入らんかい。今日は八幡さんに絵馬奉納すっさかいな、身奇麗にしぃ」
追い立てるように湯浴みをさせられました。
せっかくユラユラしない陸に帰ったというのに、じっくり眠ることはできそうにありません。
続いて湯を浴びた光太夫さんは、大店の旦那といった格好に着替えました。
「ほな、行くでぇ」
せかせかと草履を履きました。
「乙やん、これ履くか?」
まだじゅうぶんきれいな草履を指しましたが、乙松さんは日ごろ履き慣れている藁草履のほうが気楽なので断りました。
いつ歩いても覚えられない町です。このときも、まっすぐ八幡さんに向かっていると思っていたら、着いたところは玉垣屋さんの店先でした。
しばらく待たされると、光太夫さんは玉垣屋の旦那様と出ておいでになり、共に八幡さんへ……。ではなかったのでございます。二人が足を運んだのは型紙職人の店でした。そして、二人だけ奥へ通され、乙松さんは上がり口に腰掛けて待たされました。
「お梗ぉ、どこにいんのや。お梗ぉ。……何してんのや、あれは……。お客さん待たすやないか。ほんまにしょうのない奴で、すんませんなぁ」
長七さん、少し苛立っています。
事もあろうに、問屋の玉垣屋さんがわざわざお運びになったのでございます。お連れは、たまに玉垣屋さんで姿をみかけたお人、それが手代のような若者を伴っていました。
その手代さんは八幡様に大事な用があるそうで、お梗さんに道案内をさせようとしているのでございました。
玉垣屋さんの用事というのは、刷り上った版下を届けるついでに、次の船に積む荷の確認でございました。
そんな商いの話など、わざわざお祭りで浮かれている日にすることではありませんし、下準備の整ったことばかりでございました。
「ところで旦さん、そちらのお方、どちらさんですの?」
長七さんが妙に思うのは仕方ないことでしょうね。玉垣屋さん、懐から手拭を取り出して、ちょっと額の汗を拭うまねをしました。
「こちらはなぁ、沖船頭の大黒屋さん、彦太夫さんの弟で光太夫さんですねん。次の荷ぃの打ち合わせもあっさかい、こないして寄せてもうたちゅうことや」
「それは……。玉垣屋さんでお目にかかったことはおますけど、どういうお方かは知らなんで……。堪忍しとくんなはれや」
そりゃあびっくりしますよ。長七さんが自営業者なのに対して、玉垣屋さんは大手の社長ですし、光太夫さんは大手運送会社の支店長みたいなものです。普段なら会うことすらできないような存在なのでございますからな。
「なあ、今後ともあんじょうお付き合いしとくんなはれや。……ところで、えらい聞きづらいことなんやけど、土師屋はんには年頃の、……娘がいてるそうやな?」
「へぇ、いてますけど。まだ……なんでっせ、始めて間ぁがおまへんで」
長七さん、おぼろげに玉垣屋さんの用向きがわかってきました。
「お初にお目にかかります。神昌丸の船頭、大黒屋光太夫でございます。このたびは玉垣屋さんに無理をお願いして、寄へてもらいました。しょうむない物でっけど、お近づきのしるしでございます。ほんのお口よごし、どうぞ収めとくんなはれ」
光太夫さんが白木の角樽をそっと前にやりました。
そうされると、ますます戸惑ってしまうのは無理ないことで、長七さんはどうして良いやら当惑げに光太夫さんと角樽を交互に見つめました。
「実は……、土師屋さんが良い娘さんをおもちで、男衆を迎えるようになったと玉垣屋さんに伺いましてなぁ。できたら手前の下働きを、そのぅ……そこに加えてもらえんやろかと……」
なんのことはない、光太夫さんが夜這いをさせろと申し入れたのでございます。なにも光太夫さん自身が夜這いをかけるのではございませんよ。俺もたのむって手を上げたお客さんもちらほらおりますが、そこはご勘弁願います。
「あぁ、そっちの話でっか。そらぁまあ、玉垣屋さんのこってす、大黒屋さんの頼みやったら一も二もなくと言いたいとこやけど、……娘がなんちゅうかですわな。まだお会いしたこともないお人ですやろ?」
「はい、まだおめにかかったことはおまへん。せやけど、はっはっはっ……、いちおう筋だけでも通しておかんと」
光太夫さん、照れ隠しに笑ってみせました。
それにしましても、娘に夜這いをかける承諾を求めるということ自体、ちょっと異常に思われるかもしれません。
夜這いというのは、つまり……、ナニするために娘の寝ているところへ男が忍び込むということでございますから、本来なら真っ赤になって怒るのが父親でございます。ですが、そういうことが風習となっているのだから仕方ありません。そんなことより、わざわざ酒を持って断りに来ること自体が異常なことでした。
「実はさな、すんまへん、わしなぁ、堅苦しいのが大の苦手ですねん。普段の言葉で堪忍しとくんなはれや。わしに弟みたいにしてる男がいんにゃけど、こないな稼業でっしゃろ、女に縁がおまへんにゃ。真面目で律儀者や。けど、それだけではなぁ。けど、だからこそ手助けしたりとうなる。それでさな土師屋さん、できたらそいつに女を教えてもらえんやろか、という厚かましいことを考えたんですわ。肌合わせてみて、双方が気に入るようなら所帯を持たそう……、そない思うてましてな」
「せやけど、娘は別嬪なことおまへんで」
これが親でございますね。どこへ出しても恥ずかしくはない。だけど、遠慮して別嬪じゃないとか、不細工と言って下手に出るのでございます。
「何言うてなはんの、土師屋さん。女子ちゅうたら、見てくれちゃいますがな。なんぼ別嬪かて、具合が悪かったらあかん。せやろ? それに、大事なんは気立てでっしゃろ。こうして土師屋さんとお話さしてもうたら、娘はん見ぃでもわかります。立派なしつけがされた娘はんやろう。あとは、当人同士の肌が合うか、ここが肝心ですがな。」
トントントンと指先で畳を叩きまして、光太夫んはかなり身振りを交えて話すのが癖なようです。それにしても、光太夫さんも無茶を言います。具合さえ良ければ見てくれなんかどうでもいい……。聞きようによっては無茶なもの言いでございます。娘の親に、肌が合うなどときわどい事を平気で言ってしまいました。そして、さらに不思議なことに、長七さんがあっさり頷いてしまったのです。
「そらまぁ、収まり具合っちゅうのが肝心は肝心でっけど。一つお訊ねしまっけど、大黒屋さんの身内の方とはちゃうんですな?」
「へえ、赤の他人でっけど、それが?」
「それがてあんた、そんな大そうなお方の身内やったら身分が……」
「あっ、何言いなはんの。身分てあんた、同格やおまへんか。いや、つりあいから言うたらこっちのほうがずっと下や。その不満やったら、わしが親代わりしまっさかい」
「格が下とかいうことやったら、私は別に文句言いまへん。どうせ何人もが寄って来よるんやさけ、そん中の一人ちゅうことで……。そやけどさなぁ、肌が合うたら所帯て、……ほんまにしまっせ」
所帯を持つことが決まったら、お梗さんを夜這いから開放してやることができるのです。親として、そうしてやりたいのでしょう。ただ、娘は守りたいけど、夜這いはしたい。
男とは、まことに勝手なものでございます。
「そんな、転語言いますかいな。なぁに、もう一人前の仕事をしよる。いっぺん船出しますとな、千両からの儲けがおまんねん。その金勘定をきっちりやってます」
「千両……。いっぺんの船出で、せ、せん……両」
「こないな仕事でっしゃろ、海へ出たら地獄や。そやから稼ぎかて、よそさんと比べて決して恥ずかしない。ちゃぁんとやっていけます。土師屋さんが許してくれはるなら、妻問いかてかましまへん」
「妻問いなぁ……、いっぺん考えてみますわ。京の人の考えときますとはちゃいまっせ、ほんまに考えますよって」
「やれ、おおきに、土師屋さん。いや、これで一安心や。実言いますとな、船頭になって初めてのことでんにゃ。いやぁ、これで少しは親らしいことがでけます。おおきに、ありがとうございます」
深く垂れた頭をことさらゆっくり戻した光太夫さん、だらしなく目尻を下げ、クシャクシャになって、扇子をパタパタと……
いや、実に清々しい話でございますね。
えっ? 俺も一枚かませてくれ?
お客さん、さっきからばかに乗り気ですが、ほどほどにお願いしますよ。
「ところで、二人を引き合わそうと思ってさな、ちょっと工夫したんですわ。その前に、ちょっとご馳走になります」
湯呑みをとって喉を湿しました。
湯呑みをそっと置くと、ひと膝のり出して二人をうかがいました。そして、声を潜めたのです。
「いえね、今日は八幡様の大祭ですよって、絵馬を奉納しよう思うんですわ。そう思うて乙松に持たせてます。せやけど、ワイは腹が痛うて行かれへんさかい、乙松を代わりに行かせます。ところがや、困ったことに乙松は八幡様への道を知りよらん。どうでっしゃろ土師屋さん、娘はん……、お借り……でけまへんか?」
光太夫さんが抜け目なく次の一手を申し出ました。
黙って聞いていた玉垣屋さんが腹を抱えて笑いました。
「大黒屋さん、ようそんな阿呆なこと……あっはっはっはっは、か、考えはりますなぁ」
最初こそクツクツ笑っていたのですが、だんだん声が大きくなり、扇子をバタバタ扇ぎながら大笑いをいたしました。
長七さんも、ニタッと笑みを浮かべています。男三人の相談はまとまったようでございます。
「お梗、そこにおったんかいな。ご苦労やけどな、ちょっとお客さん困ったはんねん。お前、頼みきいたってくれ」
長七さん、うろうろとお梗さんを探し回ったあげく、なんのことはない、勝手場で夕餉の支度を手伝っているお梗さんをみつけました。
「へぇ、お父はん。お客さんの頼みて?」
「詳しい話すっさかい、こっち来てくれ」
長七さんに連れられて行った先に、玉垣屋の旦那ともう一人、きちんとした身なりのお客がいました。その後ろには、真っ黒に日焼けした若者が控えていました。
「玉垣屋の旦さんは知ってるな? そちらはな、神昌丸の沖船頭、大黒屋光太夫さんや。丁寧にあいさつしぃ」
玉垣屋さんにせよ光太夫さんにせよ、大店の旦那様でございます。そんな人がわざわざ来てくれるような店なんだ、父親なんだと自慢そうに紹介しました。
「実はな、大黒屋さんは、このたび八幡様に絵馬を奉納しようと考えておられたのやがな、急に腹が痛うなって困ったはる。早う去んで横になりたいそうなんや。そこで、絵馬をその乙松はんに奉納してきてもらいたいそうなんやけど、道がな……。そこでやお梗、おまえ道案内したげぇ。なんなら夜まで帰らいでもええよって、あんじょう頼むわな。それと、なんやったら相手したりぃさ……なっ」
これですわ……。
手前どもはお客様に喜んでいただくような話し方をするのが勤めでございますが、長七さんは素人さんでございますよ。その素人が手前そこのけのことを言いまして、もう、タジタジでございます。
「あぁ、いや……。お梗はんやったなぁ、こらぁまた別嬪やないか。土師屋さんが不細工な娘やぁて言うてなはったけど、とんでもない別嬪やがな、なぁ玉垣屋さん。そうやろ、乙松」
光太夫さん、大げさに驚いたふりをして乙松さんに相槌を求めました。
「うっかり名乗るのを忘れてしもうた、大黒屋光太夫でおます。これは、神昌丸で賄役をまかせてる乙松や。今日はさなぁ、八幡様に絵馬を奉納するつもりやったんや。奉納するんやったら大祭の今日でないとあかん、そない思てたんさ。ところがや、急に腹が痛ぅなってしもうて。乙松に行ってもらえば済むことなんやけど、道を知らんさかいに一人では行けやんでな、諦めかけたんさ。ほしたら、あんた、土師屋さんが気ぃ利かしてくれてなぁ、お梗はんを道案内につけてくれはると……。急なこってすまんけど、乙松のこと頼むわな」
光太夫さんもいいかげんなことをペラペラ喋りました。
いきなり用事を言いつけられて困ったのはお梗さんです。夜まで帰らなくていいと長七さんが快く言ったのも奇妙に思いましたし、相手したりぃさと言ったことにひっかかっていました。いったい何の相手をすれば良いのでしょうか。そこが特に気になります。しかし、親の言いつけですから背くわけにはいきません。光太夫さんも気さくな物言いで頭をさげました。
たしかに白子の町は道案内がやっかいです。そのくらいのお手伝いなら難しいことではないですし、乙松という若者も真面目そうにみえました。
「そんくらいのお手伝いやったら、なんぼでも……」
言いかけて、お梗さんは小声で長七さんに訊ねました。
「留守の間に誰ぞ来るんちゃうやろか、留守してええんやろか」
お梗さん、心細そうに不安を口にしました。どうも気弱な娘のようでございます。
「誰が来んね。約束でもあんのか?」
「約束なんぞあるかいな。せやけど、いてやんかったら後で何ぞ言わんやろか……」
「阿呆。まだ決まった相手なんぞいてへんやないか。文句言うような奴はしばいたる。心配せんと、あんじょうお相手すんにゃで」
もう無茶苦茶でございます。
そんなこんながありましたが、薄い藤色の着物に着替えたお梗さんは、複雑怪奇な辻をめぐって八幡様へ道案内したのでございました。
絵馬の奉納がどういうものか、お梗さんも乙松さんもさっぱり知りません。二人とも初めてのことでございました。
社務所で絵馬の奉納を申し出ますと、長いこと待たされて立派な装束を身に着けた神主さんが現れました。
乙松さんが包みを渡しますと、その場で中をあらためます。包みには、絵馬のほかに、奉納する者の名前を書いた紙と、大層な額の初穂料が納まっていました。名前を読み、初穂料をあらためた神主は、おろそかにすべきでない相手と知り、特に念入りにお祓いをすることにしたのです。
境内は大祭で大賑わい。出店がずらっと並んでいます。お祓いを待つ人も少なくはなく、ずいぶんの間待たされることになりました。
そよとも風が吹かず、蒸し暑いところで出されたものは、生ぬるい麦湯が一杯だけでございました。、
「大黒屋光太夫殿……」
ようやく順番が回ってきまして、恐るおそる定められた位置に二人並んでかしこまりました。
「これより祓い詞を奏上するゆえ、平伏なされ」
厳かな物言いでございます。
「かけまくもかしこき、イザナギの大神。筑紫の日向の橘の小戸の……」
なんだ、案外短くすんだではないかと油断した二人、そこからさらに長い祝詞が始まり、最後には足が痺れてきました。
「……祓え給え、清め給え、護り給え、導き給えと申すことを聞こし召せと、畏み畏みも申すぅ」
ようやく終わったようです。あまりの長さに、二人して顔を見合わせて笑ってしまうほどでした。
お祓いをしたしるしとしてお札などが入ったお下がりをいただき、ようやく開放されたときには、とっぷりと日が暮れておりました。
言いつけられた用事をすませた二人は、出店の明かりに誘われて、あちこちを覘いておりました。
焼きものの店が香ばしい匂いで客を誘う隣には、提げ物を並べている店があります。
ぱっと見、凝った細工の根付などが並んでおりますが、お天道様の下で見れば手抜きだらけの不良品。それを承知で、お客は品定めをしております。
ピヨピヨピヨピヨ……
大きな籠でヒヨコを売る店がありました。ヒヨコと親鳥、それに卵を売っています。
何十羽というヒヨコがヨチヨチしているのを見て、お梗さんの顔が弾けました。お梗さん自身気づいていないでしょうが、乙松さんの手をひいてあれやらこれやら楽しそうに見比べています。
「お梗さん、ヒヨコが気に入ったんか?」
「いやぁ、かわいい。白のと黄いないのと何が違うんやろ。せやけど、かわいいわぁ」
おもわず指でヒヨコにさわろうとしますが、ヒヨコにすれば自分の頭くらいもある肉の棒がズデーンと出てきたのですから、慌てて逃げ回ります。
開いた手に一羽載せてもらったお梗さん、両手で包みこむようにして乙松さんを振り返りました。そりゃあもう、はじけるような笑顔でございます。黄色と白のヒヨコが藤色の着物によく映えております。そのような第三種接近遭遇など乙松さんは初体験。胸がドキドキしておりました。
「ほ、ほうか、ほな、買いぃさ。どれがええんや? 大将、ヒヨコおくれさ。オンとメンを欲しいんやがな。親んなったら卵産むんにゃろ?」
「あかんて、今日はお金持って出てへんし」
「買うたるわさ。道案内してもうたお礼やさ」
乙松さん、道案内のお礼にヒヨコを買ってやりましたよ。
そりゃあ、あんなに嬉しそうな顔を見せられたら負けですわな。男なんて、ちょろいもんです。乙松さん、卵とツガイの親鳥も買って、土師屋さんへ届けてもらうようたのみました。
そして、飾り物を並べている店をみつけると、お梗さんを強引に引っ張って行きました。
「親方が、お礼に櫛か簪でも買うてやれて……」
暑いのか照れくさいのか、額にびっしり玉の汗を浮かべた乙松さんには、そう言うのがやっとだったようです。
ところどころに店の途切れたところがございます。ときおり、そこへ足を踏み入れる者がおりまして、その先は真っ暗闇。何をしに行くのかわかりませんが、どれもこれも、そこへ入り込む寸前まで周囲を見回して人目を気にしています。どうかすれば、風が艶めかしい声を微かに配んでくるのですが、すぐに足音にかき消されてしまうのです。
……祭りには、こういう一面もあるのでございますね。
さて、その暗がりから二人を見つめる男がおりました。二人の行く先に先回りしてじっと見つめていたのです。
「お梗、留守や思たらこんなとこにいてたんか。もうええやろ、帰るで」
暗闇から突然声がしました。声音は細いのに、柄の悪い言い方です。
「だれ?」
お梗さんが口元を覆いました。
「誰て、佐吉やないか。声忘れたんか?」
佐吉というのは、十日目くらいにお梗さんに忍んで来る旅籠の息子です。お梗さんが必死で拒まないのをいいことにして、やってきては自分本位に果てて帰ってゆく男です。その気があるわけでもないのにお梗さんをなびかせようとしていました。たまたま今夜はその十日目だったようですが、すっぽかされたとでも勘違いしているのでしょう。
「ああ、佐吉はん。何か用なん?」
「用? 今日は十日目やろ、なんで留守にすんにゃ」
高めの声で、乙松さんと違って早口です。乙松さんと連れ立っているのが気に食わない様子ですが、高飛車な言葉はお梗さんにだけ向けられています。
「そんなん、約束なんぞしてへんわさ。そっちが勝手に来るだけやんか」
「なんやと? もういっぺん言うてみぃや」
どうも女を支配しようとしているようでございますね。困った男ですが、ちょっと子供じみたところがあるようです。
「お梗はん、知り合いか?」
乙松さんが遠慮がちに声をかけました。
「知り合いには違いないけど、約束するような相手ちがうし……」
「そうか、ほな、かまへんやろ。どっかで旨いもん食べよか」
言葉の端に嫌がっているような響きを感じ取った乙松さん、光太夫さんに耳打ちされたとおり、どこかで食事をする腹積もりでいました。
「おい、お前。どこの誰やら知らんけどなぁ、今日のお梗の相手はわしや。邪魔すな」
佐吉が凄みました。
「何も約束してへんて言うてるけど……」
乙松さんが言い終わる前に、佐吉は乙松さんの胸倉に手をかけていました。
「なんや、いきなり。手ぇの早いやっちゃなぁ。話なら口で……」
バシッという音が響きました。
「わからん奴っちゃなぁ、お梗はわいの相手せんならんちゅうてるやろ、さっさと去ね」
胸倉を引き寄せ、佐吉はなおも凄みをきかせました。
「佐吉はん、やめて。お客さんに手ぇかけんといて」
お梗さんが悲鳴をあげましたが、叩かれた乙松さんは平気な様子です。
「お梗はん、この人、特に親しいわけやないんやな?」
乙松さんが穏やかに訊ねました。
「せやから、勝手に来るだけの人やし」
「そうか……。ほな、相手しょうか」
乙松さん、お梗さんの返事に納得すると、ついと足を踏み出しました。
「生意気な、二度と来られへんようにしたる」
佐吉が拳を振り上げた瞬間、乙松さんが頭を佐吉の頭めがけて突き出しました。
ウッ
不意をくらった佐吉が顔を覆いました。乙松さんの額が佐吉の鼻柱のあたりにぶつかったようです。乙松さん、佐吉の帯を左手で掴むと、そのままぐいぐい前へ押し出します。
呻いていた佐吉が反撃にでようとしたとき、それはおこりました。
足をもつれさせていた佐吉が乙松さんの胸倉を掴んだ。そして、拳を振り上げたとき、佐吉の片足は地面から離れていたのです。
アッ……、ジャブン
支えを失った体は掘割にはまってしまいました。
「佐吉とか言うたな。何して食うてるやら知らんけど、相手見て喧嘩売らんかい。なぁ、板子一枚下は地獄っちゅうのがわいの勤めや。海でのうて良かったで。命、大事にしょいな」
言い捨ててその場を離れたのです。
お梗さん、食事のできる店へ案内する間、暗がりでは乙松さんの手を引いています。
手を引かれることに戸惑っていた乙松さんも、やがて自ら手を差し出すようになり、いつしか二人はしっかりと握り合っていました。
佐吉との一件以外、乙松さんは借りてきた猫のようにおとなしく、荒っぽい言葉なども一切使いません。ほんの短い間に、お梗さんは穏やかな乙松さんに興味をもつようになりました。
ところが、困ったことがおきたのですが、ここはそのままとばすことに……
もったいぶるなですって?
ですが、ここは若い二人の内緒事としておさめておくのが大人というもの……
何ですか? これは……。あらま、お捻りじゃございませんか。やはり手前の良識に賛同いただいた……。ちがう? 違うのですか? 思わせぶりをするなですって?
でも、これっぱかりのお捻りではねぇ……。手前にも男の面子というものがございますて……。あら、また。おっと、もう一つ飛んできましたよ。……みっつですか。三つねぇ。
では、三つ分がとこ、お話しすることにいたしましょう。
乙さんこっちと手をひいて、
どこへ行くのかお梗さん
軒先飾る提燈が、
照らす横顔はにかんで
辻々めぐるその影は、
人目をさけてしのび足
お梗さん、以前連れてきてもらったことのある店に案内しました。ふだんは焼き魚を食べさせる店なのですが、さすがに大祭ということもありまして、今日は寿司しかないようでございます。
入り口に幔幕が掲げられ、ツクバイの水連が涼しげでございます。打ち水用に置かれた桶から、菖蒲が鮮やかな緑を伸ばしています。水連の淡い朱とあいまって、主人の心遣いが感じられます。
打ち水がされた庭先を飛び石伝いにとなりますと、そりゃあ値の張る料理屋でございますが、なにせ案内するのがお梗さんでございます。若い娘なりに恥ずかしくない店を選んだのでしょうが、やはり普通のお店でございます。入り口を入ったらたくさんの人が舌鼓を打っておりました。
寿司と申しましても、江戸前の握り寿司とは違いまして、酢飯の上にとりどりの刺身を盛り付けた、つまり、ちらし寿司でございます。入れ込みではございますが、運よく窓際の席が空きまして、照れた二人が差し向かえでございます。
人目をしのんで手をつないでいたというのに、差し向かいとなると照れるもので、もじもじと話が続きません。傍目ながら初々しいような、じれったいような。
乙松さん、ちらし寿司というものを初めて見ました。これまでちらし寿司だと思って食べていたものとはまったく違っていました。
「これは、お造り飯やがな、なんと贅沢な……」
鯛やら平目の刺身を一枚づつめくっては、さかんに感心していた乙松さん、下に埋もれた酢飯を一口食べました。
「う、うまい。なんちゅう旨いんや。こんな食べ物があったんか」
人目を忘れて大きな声をあげました。
他のお客がにこにこと乙松さんのことを見ています。
田舎から来たんやろうな、てなものでしょう。
自分が笑われていることに気づいた乙松さんがドギマギする様子がおかしくて、お梗さんもクスクス笑いました。
軽く握った手で口元を抑えるのがお梗さんの癖なのでしょう。左手で袂を押さえ、白い腕がちらりと覗いています。そんな女らしい仕草は乙松さんをさらに混乱させたようです。
「わ、笑わんかてええやろ。初めて食べたんやし、ほんま、旨いがな」
乙松という人は、よくよく自分を飾らない人だ。ますます好感をいだいて、お梗さんは笑い続けました。
「食べさ」
お梗さんの皿に乙松さんが鯛の刺身を載せました。
えっ? なにこれ、こんなこと、誰にもしてもらったことないけど。
お梗さんは、驚いて乙松さんを見ました。でも乙松さんは、何事もなかったかのように箸を動かしています。
皿に目を落としたお梗さんが箸を使おうとすると、またしても刺身が一切れその上に載せられました。
「乙はん……。ちゃんと食べやんと」
「あぁ? あんまり旨いさかいな。こんなん食べたら普段の飯、食べられんようになる」
「せやけど……」
「……ほな、飯を分けてもらえるか? なんや頼りのうて」
たしかに、乙松さんの皿はもう半分ほどなくなっていました。
「こんなんで、ええの?」
お梗さん、そこへ自分の皿から移しました。
「おおきに、おおきに。すまんなぁ、おおきに」
嬉しそうに箸を配ぶ乙松さんを、お梗さんはじっと見つめていました。
人気のない辻を選ぶのは、乙松さんと手をつなぐためでしょう。人影が現れると慌てて手をほどき、少しだけ後ろにさがります。そして、人影がなくなると急ぎ足で横に並び、そっと指を絡める。
お梗さんは、自分でも意外なことをしていると思っていました。男の人と肩を並べて歩くなど、考えたこともありません。まして手をつなぐなど、どうして思いついたのでしょうか。でも、手をつないでいると妙に安心でした。
もう二つほど辻を曲がれば自宅です。
『何なら相手したりぃさ……』
長七さんの言葉がよみがえってきました。相手をしてやれというのは、いったいどういう意味なのでしょう。言いつけられたことは道案内でした。なら、『道案内したり』で良いはずです。なのに、相手……、あいて……。まさか、夜の相手をしてやれということだったのでしょうか。そんなことをお父はんが言うわけない。お梗さんは頭を振りました。
「おおきに、ここがうちの離れですねん。おかげで何も心配せんと帰れました。……ところで乙はん、こっから帰る道順わかりますの?」
「みち? ……あかん、さっぱりわからへん」
「阿呆やなぁ。ええわ、ついでに送ったげる」
お梗さん、帰り道がわからない乙松さんを湊まで送り届けることにしました。
が、一人で夜道を帰るお梗さんを気遣って、こんどは乙松さんがお梗さんの用心棒です。
でも、着いてみると帰り道がわからない。そうして意味無く歩くことが……。
やってらんないよの世界だったのでございましょう。
二つの影が一つになって、
行きつ戻りつ夜の町
軒の提燈灯りをおとし、
影をおとすは月ばかり
ついてくるよな草履の音も、
妙に重なるはずかしさ
何度も意味の無い往復をいたしましたが、これでは夜明けまで同じことの繰り返しでございます。お梗さん、無用心を口実に乙松さんを離れに引き入れてしまいました。
離れといっても、お梗さんが寝起きするための小屋のようなものでございます。いくつも部屋があるわけでなし、夜具だってお梗さんの分しかありません。さんざん譲り合いをしたあげく、とうとうモヤイということになりました。
乙松さん、思ってもみなかった展開に、どうして良いやら見当がつかない様子。一方のお梗さんは、ほぼ毎夜のことですから落ち着いたものでございます。乙松さんにくらべ、余裕がありました。
『芝居だろうか? でも、それにしては我慢強い人なんだなぁ』
お梗さんは、乙松さんの出方をうかがっていました。
身を硬くして横になっているだけで、手すら触れようとしません。
『違う。この人、本当に慣れていない』
「ねえ……」
遠慮がちに声をかけてみました。
「……」
「ねえ、寝た?」
痺れを切らしたお梗さん、自分から仕掛けねばいけないのだと気づきました。
お梗、乙松のなれそめは、こういうことでございます。
ちょっと、お客さん。モノを投げないでくださいよ。危ないじゃないですか。
なんだって? お捻りやったろう?
たしかに頂戴しましたけど、たった三つではここまでしか話せません。
それ以来、神昌丸が湊に帰ると、必ず乙松さんが来るようになりました。
それまでの付き合いがありますので、夜這いを一切拒むことはできません。そのかわり、乙松さんは邪魔者が帰ったあと、朝までお梗さんといるようになったのです。そして、乙松さんはお梗さんの家族と少しづつ打ち解けていきました。それも光太夫さんの差し金です。光太夫さんからの託け物を届けるうちに、食卓を囲むようになり、自分の箱膳が用意されていたのです。いわゆる、妻問い婚というやつでございますな。
白子は、宿場町でありながら海辺の町でもあります。が、海に生きる人はほんの僅か。そりゃあ、漁師がいますから他の町とは比べものになりませんが、それにしても人数などはしれています。それだけに、乙松さんに海の話をねだることが多くありました。
「乙、船から落ちることはないんか? もし落ちたら助けてくれるんか?」
長七さんだけが泳げないのではなくて、誰一人として泳げる者はおりません。だから、もし海に落ちたらどうなるのだろうと心配するのは無理ありません。
「落ちたらでっか? まあ、しまいやろうな」
乙松さんの口の端が少しだけ上がりました。見ようによっては微笑んでいるような。
「しまいて……、誰も助けてくれやんのか? そない薄情なんか?」
「乙はん、船止めてくれやんの? なぁ、乙はん」
居合わせた者が皆、口をあんぐりさせて言葉を失いました。ただ一人お梗さんだけが抗議しながら食い下がりました。
「あの広い海に人が浮いてたかて、点にしか見えやん。それにな、ドボーンとはまると深いとこまで沈むねん。浮かび上がったときに水から出んのは頭だけや、なおさら小さいがな」
「なんで? 船止まらんの?」
「そらまぁ、誰かが見ててくれたら船も止まるやろうさ。けどな、船て、案外速いんや。泳いで追いつけるもんちゃうし、船が止まるんはずっと先やし」
乙松さん、正座のままで足が痺れてしまいました。膳を前へ押しやり、胡坐をかきました。
「陽のある間ならそれもできる、けどさ、夜やったらなーんにも見えやんでな」
「あかんで、そんなんあかん。乙はん、綱で結わえとかんと」
「綱か? 海が荒れたときは綱で結わえるわさ。せやけど、何でもないときにそんなんしてたら笑い者や」
苦笑いをして湯呑みをとりました。
「乙、海が荒れるちゅうたらどないなるんや?」
「大波が立ちよる。波の底やとな、天辺は帆柱の先や。天辺に上ったら遠くまで丸見えんなる。ドーン、ミシミシッ、船が悲鳴あげよんねん」
きゅきゅっと飲み干して、お替りを求めました。
「板子一枚下は地獄て、ほんまなんやなぁ」
「なんにも、そんなんはたまのこっちゃ。普段は凪いだぁる。その凪いだ夜、天気さえ良かったらすごいもん見られるんやわ」
注いでもらった湯呑みを膳に置き、やわらかな表情で続けました。
「陽が沈むと星が出てくるやろ。その星が、目ぇの高さにまで見えんねん。舳先にでも立ったら、目ぇより下にも星が見える。どこから空やら、どこまでが海やらわからんようになる。それはきれいな景色や」
「へえ、そんなん、うちも見てみたいわぁ」
夢見るような表情で語る乙松さんに、お梗さんがうっとりとねだります。
「あかんあかん、馴れん者が船乗ったら、目ぇ回してゲーゲー戻すだけや」
「なんや、うちも見てみたかったなぁ。ほなな、魚はどないなん。イワシやらアジやら釣れるんちゃうの?」
「そらぁ無理や。船が走ってっさかい、そんなん一匹も釣れやんわ。けど、もっと大きな、カツオやブリなら釣れることもあんで」
「カツオ食うてんのか乙、贅沢な奴やなぁ」
白子でもカツオは値の張る魚です。土師屋さんでもそうそう気軽に食べられるしろものではありません。
「海の上を鳥が舞うんや。その下見るとさざ波が立ったある。ほいでな、ちょっと盛り上がってんねん。何やと思う?」
「さあな、鯨でもいてよるか?」
「鯨がいてることもあるけど、それなぁ、イワシやアジが群れになっとんねん。そいつを狙ってカツオやブリがきよる。鯨かて来よる。そこへ針落とすとカツオが釣れるんや」
「なぁなぁ乙はん、鯨て大きいそうやな」
「大きいで。神昌丸とえぇ勝負や。なんべんか見ただけやけど、ブゴッっちゅうて潮吹きよる」
「いや、そうかぁ。うちも見てみたい。あっ、あかんがな、支度せんと来よる。乙はんと所帯持ったらもう止められるんやろか。話してて、ちゃっちゃと済ましてくるし」
乙松さんにとってはつまらない日常ですが、土師屋の皆さんにとっては珍しい話ばかりです。
見知らぬ町の様子を語ったり、商いの様子を語ったり。乙松さんは、そうして食費を稼いでいたのでしょうか。
冗談はともかく、そうやって乙松さんは土師屋さんに馴染んでいったのです。
それに、乙松さんに気付かれないようにして、光太夫さんもしばしば長七さんを訪ねていました。晩熟の乙松さんがうまいことやっているか、よほど気懸かりだったのでしょうが、それがまた乙松さんの信用を裏付けることになっていたのでしょうね。。
こういうこともありました。
乙松さんに酷いめにあわせられた佐吉が、ある夜に忍び入りました。その日は、お梗さんは誰とも約束しておらず、誰も離れには入れないつもりでした。
ところが、あれ以来お梗さんを相手にしなかった佐吉が、突然押し入ったのです。
いくら頼んでも帰らず、無理やり帯を解きにかかりました。
お梗さんは激しく抵抗しました。自分が教えられた風習は、少なくとも自分が承知しないかぎり手を出せないということでした。お梗さんは、身勝手で、相手を支配しようとばかりする佐吉が嫌いでした。しかし、いくら華奢でも相手は男。力づくでは敵いません。帯を解かれ、腰紐も危うくなったとき、振りほどこうともがいた手が一本の綱を掴みました。
「このクソガキが!」
長七さんの振り下ろす竹竿が佐吉の背を打ち据えました。
万一のことを考えて、母屋で鳴子が鳴るような仕掛けがしてございます。これはどの娘の部屋にも用意されているはずでございます。もがいた手に触れた綱こそ、その仕掛けだったのでございます。
急を聞きつけた長七さんが、今まさにのしかかろうとしている佐吉をみつけたのです。
「何してんねや、ど阿呆。嫌がってる相手に無茶ぁしたら、半殺しにされても文句言えんのを知らんと言わさんぞ」
長七さんが怒鳴りながら竹竿で打ち据えます。騒ぎを聞きつけた小僧さんも加わって、本当に半殺しの目に遭ってしまいました。
その後が奮っています。ぐったりした佐吉の襟首を掴むと、その足で佐吉の家に突き出したのです。もちろん前ははだけたまま、下帯の脇から萎れたものがのぞいているままでございました。
こうこうの理由でいらん暴力を奮ってしまったと、堂々と言ってのけたのです。
いやぁ、胸がすーっといたします。
それにひきかえ、長七さんは乙松さんのことを大変気に入っていたようです。
「神昌丸が入ったそうやが、今日は来ぇへんのか?」
そんなことをお梗さんに訊ねたり、朝餉を持っていってやれと耳打ちしたりしたそうです。本当に粋な父親でございますが、案外、真っ赤になるお梗さんを見るのが楽しいのかもしれませんね。
お梗さんと乙松さんが知り合って早、一年が過ぎ、こんどは別の騒動が持ち上がっていました。それは……
お梗さんが身篭ってしまったのです。
それはそうでしょう。ほとんど日を空けずに夜這いをかけられているのですから、今まで子供ができなかったのが不思議なくらいでございます。
そこで問題となるのが、父親は誰かということです。日毎に相手が替るので誰の子かなんてわかりっこありません。ですが、そういうときのために、掟がありました。
聞いて驚きますよ。その掟というのは……
父親が誰かはお梗さんが決めるのです。だから、乙松さんの子だということもできますし、そこのお客さんの子だと言うこともできるのです。
そんな馬鹿なことは認めない。なんて言おうものなら、村八分。悪くすれば村から追い出されます。びた一文払わずに、さんざん好い思いをしたツケということでございますね。
そのときお梗さんが名指ししたのは、なんと、佐吉でした。
長七さんに半殺しにされながら、佐吉はお梗さんに頼み込んで肌を合わせていたのです。
もとよりお梗さんには佐吉と所帯をもつ気など毛頭なく、乙松さんと祝言を挙げることを夢見ていました。長七さんもそれには異存がないでしょう。だから、子を産んだら佐吉におしつけ、乙松さんと暮らそうと考えたのです。
誰の子かわからない。乙松さんの子かもしれません。でも、そうとは言い切れない。一方で、自分が母親なのは間違いない。
お梗さんは可哀想なほど悩みました。鬼のような母親と、後々自分を責めるかもしれません。でもお梗さんは、混じりっけのない、胸を張れる子供がほしかった。そう、愛しい乙さんの子を身籠りたかったのです。
自分が父親だと名指しされた佐吉は、お梗さんとの祝言を覚悟しました。佐吉にとってお梗さんは意中の相手ではなく、ただの遊び相手でした。佐吉が考えていたのは、家の格に見合った商家の娘。それも、男を知らない娘を嫁にすることでした。こんなことでケチがついたからには、つまらぬ夢と諦めねばなりません。お梗が相手をしたのは自分だけではない、どうして自分が貧乏くじを、そういう不満がいっぱいでした。しかし、それを口にしたとき、親から酷い折檻を受け、不満なら勘当だと言い渡されたのです。ですから、祝言を嫌々覚悟しました。案外、ほとぼりが冷めたら離縁すればいい、そのくらい考えていたかもしれません。
ところが、お梗さんは乙松と夫婦になると宣言しました。佐吉は、嫁がいないにもかかわらず、子供を押し付けられてしまったのでした。
毎回子供ができないように気をつけたとしたら……
そんなことをしたところで、結果は何も変わりません。ただ同じ部屋にいたということだけで父親にされるのでございます。お梗さんをさんざん弄んだ報いは、こんな恐ろしい結果となって顕れたのでした。
「甘いみかんやで、たんと食べさ」
播州への航海からの帰り、堺と新宮に立ち寄りました。そのときちょっと張り込んで、乙松さんはみかんを一箱買ってきたのです。当時のみかんは貴重品。土産にしてはとても高価なものでした。
「何もないけど……」
恥ずかしそうに長七さんにそれを渡し、いくつか持ち出したものを剥いていました。
「あぁ、おいしい……。乙はん、初めて会うた晩も、同じこと言うたなぁ」
乙松さんが剥いてくれたみかんを口にして、お梗さんが妙なことを言いました。男などというものは、女と違って細かいことを覚えておりません。乙松さんもそのくちです。
「なんや? なんぞ言うたかいな」
「初めての晩、二人でお寿司たべたやんかぁ」
こんなことを言うと叱られてしまいますが、乙松さんは、どこで何を食べたかなんて覚えていません。知らん娘と二人きりでいることに、緊張しっぱなしだったのです。
「忘れてもうた。そんなことあったかいな?」
「お寿司食べてたらな、お造りをくれたんや。食べさ言うて」
「せやったかな」
いくら狭い部屋とはいえ、小さな手炙り一つではまったく暖まりません。それに隙間風がせっかくの温みを奪ってしまいます。たしかに冬は寒いものですが、身重のお梗さんにとって辛い季節です。少しでも暖かくしてやろう、乙松さんは膝の間にお梗さんを座らせて二人羽織をしていました。二人して同じ袖に手を通し、もちろん前はきっちり合わせていました。
その手に剥いたみかんを載せてやると、お梗さんが一袋づつ口にはこびます。すると、乙松さんは、もう一つの皮を剥きます。鮮やかな緑色の皮がいくらか色づいていまして、皮を剥くたびに甘酸っぱい香りが広がりました。
ぴったりくっついたままの二人。お梗さんが振り返るたびに乙松さんはくすぐったくてたまらないようです。
「そうやぁ。初めてや、あないなことされたん。今かてそうや。乙はんが一番や」
お梗さん、言うなり、もたれかかりました。
「あっ、かんにん、重かったやろ、かんにんな」
「しんどうなったか? 横になるか?」
なんともわざとらしいように思いますが、二人して夜具に横たわりました。
「寒いことないか? 冷やしたらあかんそうやでな」
添い寝でございます。要は湯たんぽ代わりということでございますね。
つらつら考えるのでございますが、乙松さんは案外悪知恵がはたらくのではないでしょうか。
いえ、湯たんぽ代わりなら密着しなければいけませんし、素肌が一番温かだそうで。いろいろ理屈をつけて素肌を密着しようという魂胆……。
まことにご無礼いたしました。つい興奮してしまい、申し訳ございません。
「腹ふくれてきたなぁ。こんなんしててええのんか?」
添い寝したお梗さんの腹を撫でながら、乙松さんは何度も気遣いました。
「そんなん、かまへん。この子産んだらさな、うち、こんどこそ乙はんの子ぉ産む……。ほんでさな、乙はんのご飯こさえたげる」
孕んだことを境に、お梗さんに夜這いをかける者はいなくなっていました。
「せやけど、えらい出臍になって……。針で突いたら弾けそうやがな」
「乙はん……、そこ、お臍と違うわさ。もう……あかんて、弄わんといて、かんにん……」
霜月がすぎ、師走になりました。何日か前から紀州藩の御用米が運びこまれておりましたが、それを江戸へ運ぶ日が近づいています。
沖懸かりしている神昌丸に荷を積み終えたのが夕方小前でございました。
積み荷は大切な御用米でございます。うっかり濡らしでもしたら大変なことになります。
厳重な防水をしたうえから、船倉に板を差し渡しまして、念入りに用意を整え終わったら、もう夜になっていました。
立会いの役人に荷を検めてもらい、いつでも船出できるまでに準備が整ったのは翌日の昼前でした。今ならちょうど下げ潮ですが、仮に今船出すると、第一の難所である伊良湖の瀬戸を真夜中に通過しなくてはなりません。
あそここそ、潮の流れが急すぎて帆の力だけで乗り切ることができないのです。それに、岬と島との間が狭く、真っ暗闇ではなんの目印もありません。山立てもできねば、常夜灯もなかったのです。
瀬戸の手前で潮待ちするにしても、どこで休めば良いやら難しいところでした。だったら、いっそ船出を遅らせたほうが得策なのでしょう。夜が明ける頃に瀬戸にさしかかるよう、船を出す頃合を見計らっていたのでしょう。
船出を夕刻に決めた光太夫さんは、交代で陸に上がることを許しました。そして自分自身も夕刻までの短い時間を家族とすごしたのです。
その供として、乙松さんも陸に上がりました。
乙松さんはお梗さんのもとへ走りました。そして、また会えなくなる十日ほどのために、産み月が迫ってきたお梗さんと何度も肌を合わせました。
ほんのひと時、待っててくれろ
口にせずとも見交わすだけで、言いたいことがすぐわかる
勤め果たせばすぐ正月と、暦繰る手がいじらしい
腹の赤子を佐吉に託しゃ、お梗乙松夫婦酒
その間に、光太夫さんも長七さんを訪ねていました。
「土師屋さん、この勤めから戻ったら当分は沖へ出られんようになります。どないですやろ、土師屋さんさえ不満がないようなら、一升提げて来うと思うとりますが」
もうすっかり気心が通い合った二人、なんの用向きかはおおよその見当がつくというもの。
他愛ない世間話を切り上げて、光太夫さんは本題にかかりました。
「ありがたいお言葉ですけど、まだ産まれてまへんのでなぁ。身軽になってからで、あきまへんやろか」
やはり父親でございます。初めて所帯をもたせる娘の腹にいるのが乙松さんの子なら、一も二にもなく承諾したことでございましょう。ですが、誰の子なのやらわかるはずもないのです。ましてや、娘は佐吉を父親に指名しました。ならば、身軽になってから縁談をまとめよう。それが長七さんの親心でございました。
光太夫さん、深く頷いて湯呑みに手をのばしました。一口ふくんで、でもやはり話を落ち着けたいようです。
「話を決めるだけやったらいつでもえぇように思ぅたんですが、それやったら、そうさせてもらいますか。なんなら、今すぐにでも一升提げて来ること、忘れんといとくんなはれや」
「そらもう、他所へなどやったりしまへんさかい、安心しとくんなはれ」
光太夫さんの言う一升とは、縁談をまとめる証でございます。その盃事に使う酒、と申せばおわかりいただけるでしょう。が、盃事こそしておりませんが、ここにめでたく縁談が調ったということでございます。
思う存分離れに引きこもっていた二人は、光太夫さんと長七さんの相談などまったく知りません。それどころか、光太夫さんが土師屋さんを訪れていることすら知らないことでした。ですから、二人してふらつく足元を庇い合い……、ご無礼を。
仲良く連れ立って、湊へやってまいりました。
道すがら、夕焼けに染まる辻を多くの旅人とすれ違いました。朱に染まる旅人を避けながら、お梗さんはせり出した腹を庇うように手を当てています。もう片方は、乙松さんのどてらと袖が繋がってみえます。そう、二人は人目を憚らずに手をつなぐようになっていたのです。
今回の江戸行きを勤めたら、しばらくは海に出られる天候ではありません。白子の前の入海でさえ、無数の白兎が跳びはねる日が続くのです。
兎の跳ぶ日は帆をたたむ。
内航も外航もそれは同じで、何日も続くのが当たり前でした。
もしその間に子供が産まれたら、すぐにでも祝言をあげよう。乙松さんはそう言ってくれています。
すぐにでもそうしたい。許されるのなら、いっしょに船に乗ってもかまわないとさえ、お梗さんは思っていました。でも、女が船に乗ることはできないそうです。
もどかしい想いを堪えてお梗さんは、風除けをしてくれている乙松さんの顔を見上げました。
じっと自分を見つめる横顔に西日があたり、それはきれいな色に染まっておりました。
不意に乙松さんがお梗さんの眉を指で隠しました。
「また……、もう、なんでそんなことばっかり……」
「せやかて、じきにこうなるんやないか。眉引いたらどないな顔んなるか見てんにゃないか」
無邪気な笑顔をみせています。
「阿呆。……ほな、鉄漿……さしてもえぇか?」
「なっ、なに言うてんにゃ。あかんで、祝言あげるまでは絶対あかん、えぇな」
急に真顔になって、強くお梗さんに念をおしました。
そういえば、お梗さんが悪戯をして乙松さんを仰天させたことがありました。
神昌丸が帰ってきた夜のことでした。
いつものように、皆が喜びそうな手土産を提げた乙松さんがやってきました。でも、その日のお梗さんは台所仕事に忙しいのか、時折姿をみせるだけ。ほどなくして夕餉になりました。
ガツガツガツと最初の一膳を食べた乙松さんに、顔を真っ赤にしたお梗さんがおかわりをよそいました。
「おおきに」
首をすくめて受け取った乙松さんに、お梗さんが一声かけました。
「たんと、おあがり」
そして黒い歯を見せてにっこり微笑んだのです。
「おきょ、おきょ……歯ぁ、歯ぁ、くろ、くろ……黒いがな。なんや、知らん間に祝言挙げたんか? なあ、しょ所帯持ったんか? そうならそうと先に言えや、みずくさいやないか!」
受けた椀が膝に落ち、中身をぶちまけながら床を転げました。
とたんに大爆笑でございます。
「乙、かんにん、かんにんやで。芝居や、み、みな芝居。よう見てみ、鉄漿やのうて、の、の、海苔貼っただけや。あぁ、おかし。こんな笑うたん、ひさしぶりや。あーっはっはっはっは」
長七さんが顔を真っ赤にして笑い転げました。
騙されたことを知った乙松さん、むすっとして自棄食いをしたのでした。
引き眉も鉄漿さしも人妻である証なのです。二人は、そうやって所帯をもつ日を待っている。互いにそれを確かめ合っているのでした。
肌を合わせることをきっかけに、心の襞をしっかり絡めている二人でございます。
あまり待つまでなく光太夫さんが現れまして、伝馬にどっかり腰を落ち着けました。
このときの光太夫さん、藍染の分厚いどてらを着ておりました。
同じようにどてらを着た乙松さんが腰を入れます。
最初は緩やかに、そして、徐々に力強く櫓を操る乙松さんは、驚くほど速くに遠のいてしまったのです。
倉を風除けにしていたお梗さん、一歩二歩と岸に近づき、ついに常夜灯を風除けに。
時折強い北風が吹きぬけます。落ち葉が土埃とともに浜のほうへ飛ばされていきました。
冷たい夜風は体に毒。まして身重の体ならなおのことでございます。
「乙はん……」
乙松さんが船に乗り込んだのを見届けたお梗さんは、思いを断ち切るように背を向けたのでございます。
師走二日、紀州藩御用米を運ぶ沖廻船『神昌丸』
白子の湊から最後の船出でございました。
無事に伊良湖の瀬戸を抜けた神昌丸は、遠州灘で大波をくらって難破してしまいました。
流れ着いたのは遥か北のアムチトカ。
世に名高い大黒屋光太夫の、ロシア漂流の幕開けでございます。
乙松という船乗りが無事に帰国できたかは、残念なことに記録に留めてございません。
白子の湊に毎日通うお梗さんの姿に、町の人々はもらい泣きをしたとか。
神昌丸に秘められた悲恋噺、『嗚呼、神昌丸』の一席、これにて終わりとさせていただきます。
了
注
三重県、鈴鹿近辺の方言を取り入れるようにしましたが、京言葉や、いわゆる大阪弁が混在していると思います。悪しからずご了承ください。
敬称について。
作中、『さん』と『はん』を区別して用いました。
『さん』は、自分と同格か、目上に対して用いるもの。
『はん』は、自分と同格か、目下に対して用いるものです。
旦さん、御寮さん、とうさん、こいさん
八百屋はん、魚屋はん、駕籠屋はん、芸子はん、舞妓はん
というように用います。
時代とともに言葉が変化していますが、これはまだ用いられている言葉です。