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漆黒の夜明け  作者: 佐藤 育
8/43

   第8話  訓練の後に

子供編

4才のわし、動き出した2日目   ぱーと4

「あー、やっと終わったぜ」

 ザラヴェスクが肩をブンブン振り回して言った。

 そんな大層なことはしていないだろうと思うのだが、先に戦っていた護衛官が死なずに済んだのは、ザラヴェスクが頑張ったからだと気づいた。

「お兄様、さすがです」

「そうだろう? もっと褒めろ」

 ザラヴェスクが胸を張って言うので、わしは拍手を送ることにする。

 トドメを刺したのはマシエラになるのだろうか。


 ああ、そうだ。

「救護の方はいないの?」

 わしは、壁際に運ばれた、意識のない護衛官の傍らに膝をつく。他にも足の骨を折った者や、腕が変な方向に曲がっている者など、ほとんどが重傷を負っている。

 先ほどは、ノイラート3佐の変貌ぶりに意識がいって、気づかなかったが、彼らはギリギリだった。


「はっ、すぐに」

 ナルビエス1尉が、素早く踵を返して小広間を出て行った。


「ロナチェスカ、わたくしも」

「マルグリットお姉様」

 わしと同い年のマルグリットが、わしの隣にしゃがみ込んで、わしと同じ小さな手を、護衛官の体にかざした。

 マルグリットの眼は澄んだレモン色をしている。光の魔力、治癒の魔法を持つ眼だ。


「ごめんなさい、何も出来なくて」

 マルグリットは唇を噛みしめ、泣きそうな表情で、治癒の魔法を施していく。

「お姉様?」

「わたくしのことはマリーと呼んでちょうだい。わたくしもロカと呼ぶわ。ロカとは一ヶ月しか誕生日が変わらないのに。ロカのほうが、すごいのに」

「わたくしが? あの、わたくしもロカと呼ばれたいと思っていました」

 愛称で呼び合うと、微妙な距離だったのがぐっと近づく気がする。

 わしがしまりのない顔で笑うと、マルグリットも表情を緩めた。


「……わたくしの乳母がね、褒めるの。ロカよりも文字を覚えるのが早いって。魔法の訓練でも、魔力のないロカよりすごいって」

「間違っていないと思います」

「わたくしも、さっきまでそう思っていたの。ロカより、わたくしのほうがすごいって」

「はい。マリーお姉様のほうがすごいです。わたくしはこういう時、何も出来ません」

 マルグリットはどうしたのだろうか。

 分かりきったことを。

 わしは結局誰かを頼らなければ、自分では何も解決出来ないのだ。

 今もすら、倒れた護衛官を救っているのはマルグリットなのである。


「ロカはウィルを守ったわ」

「可愛かったからです」

「……」

 マルグリットは目をパチクリさせた。

 間違えただろうか。


「……わたくしは、お母様にしがみついたのに。ロディお姉様だって、ウィルとロカを守ったわ。ロカも、ロディお姉様も、魔力を持っていないのに」

「クロディーヌお姉様に頭を撫でてもらいました。嬉しかったです」

「え? そんなのいつでも……」

 マルグリットは日常的に頭を撫でられているのか。わしはマルグリットが、少し羨ましくなる。


「ロカは、ローランゼ様と一緒にいないのね?」

「内緒ですよ? わたくしはお母様の手駒にはなれないので、一緒にいないほうが楽なのです」

 わしはマルグリットの耳元に顔を寄せて、小声で教えた。

「楽、なの?」

「はい」

「そうなの……」

 マルグリットは返答に困って、視線を落とした。


 治癒を受けている護衛官の顔色がだいぶよくなってきた。

「救護班、急げっ」

 小広間の扉がバタンと開き、青の救護服を着た者が担架を持ってぞろぞろと入ってくる。

 わしとマルグリットは立ち上がった。


「ロナチェスカ」

「ザラヴェスクお兄様?」

 まだ褒められ足りないのか。

「あー、ちょっと聞きたいことがある」

「はい」

 ザラヴェスクはチラとマルグリットを見た。

 内緒話なのか。


「マリー。救護の方が来ましたから、後はお任せして、こちらにおいでなさい」

「お母様」

 ちょうどよく、マルグリットにもファティマ妃が迎えに来る。

「待って。ロカ、わたくしは分かったのです。文字を覚えるのが早くても、魔力を持っていても、ちっともすごくないってことが」

 マルグリットが叫ぶように言う。


「なぜ? マリーお姉様はすごいですよ。わたくしは知っています」

「そうだぜ。おまえは偉いよ」

 ザラヴェスクも、目を細めてマルグリットを褒めた。

「そ、そんなこと」

「だって、怖かったろう? 訓練はしていても、いざとなると動けなかったりするぜ。よく勇気を出したな」

「……はい」

 マルグリットは、はにかんで小さく頷く。

 そんなマルグリットを、ファティマ妃が優しく肩を抱いて連れて行く。

 わしとマルグリットは手を振り合って別れた。


「皇女」

 わしとザラヴェスクだけになると、ジオディーンとリヴァーノフが、困ったような複雑な表情で傍らに立った。

 何だろうか。

「……まさか、皇女を中心にまとまるとは思わなかった」

 従兄ジオディーンが、わしをじっと見下ろす。

「クス。そうだね。一所懸命で可愛らしかったよ。少しヒヤヒヤしたけれどね」

 同じく従兄のリヴァーノフが柔らかく微笑んで、わしのモチッとした頬を、細く綺麗な人差し指でスルリと撫でた。


「ジオディーン様と、リヴァーノフ様が助けて下さったおかげです」

 わしは礼を言う。

 4人もいればいけるかと思った、わしが甘かったのだ。あのまま彼らだけで戦っていたら、マシエラが助けてくれたと思うが、危険だっただろう。

 マシエラにも、早く礼が言いたいものだ。


「そうか。わたしのことはジーンと呼べ。敬称はいらん」

 つまり、様は付けるなと?

 わしは目を見開く。呼び捨てに出来るのは立場が完全に上の者だけだ。同等か微妙な場合でも、互いに敬称を付けるのが慣習である。しかも、いきなり愛称で呼ぶことを許すなど、有り得ないことだ。

「目が落ちそうだ」

 彼は冷たい表情で、わしの額を叩いた。

 これで、親しみを込めてジーンと呼ぶことなど、無理だと思うのだが。


「小さな女の子なんだから、もっと優しく言わなくちゃ。こんなだけど、ジーンは君のことがずっと気になっていたんだ」

 リヴァーノフがフォローするように言う。

「ずっと?」

 わしは首を傾げた。

「余計なことは言わなくていい」

「はいはい。僕のことも面倒だから、リヴァと呼んでいいよ。敬称もいらないからね。その代わり、僕も君のことをロカと、呼んでもいいかな?」

 なぜだ。

 このプライドのとびきり高そうな2人が、何の得があって、わしと親しくなろうとするのか。


「さて。これで、訓練は終了だ」

 皇帝の声が小広間に響き渡った。ざわめいていた周囲がシンと静まり返る。

「皆、これからも励むように」

 短い言葉と共に、太鼓の音と、天井から音楽が降ってくる。皆が条件反射のように一斉に正面を向いて、慌てて礼をとった。

 お言葉は、それだけなのか。


 皇帝が退室し、残された皇家の者はというと、置いてきぼり感が漂っている。

 むしろ何もしなかった護衛官達が、そういう予定だったかのように、キビキビと働き出した。

「イヤになるよなぁ。父上、自分の期待どおりにいかなかったからさ、きっと、むくれたんだぜ」

 ザラヴェスクがぽつりと言う。

「お父様は、何を期待されていたのですか?」

「グレゴリウスが活躍することだろ」

「お兄様」

「いいんだって。あいつを、俺は兄とは認めん。メルーソの自覚もない奴」

 ザラヴェスクは鼻をならす。


 3番目の兄グレゴリウス・キャンベル・メルーソは、12才、ルノシャイズの同母の弟である。

 グレゴリウスは光の魔力、治癒の魔法を持っている。第1皇子のルノシャイズも、第2皇子のクラディエスも、亡きオリビア・キャンベル妃の子だが、2人とも魔力を持っていなかった。グレゴリウスが魔力を持って生まれた最初の皇子である。

 彼は次の皇位に1番近いと言われていたが、成人するのを待って継承権を放棄すると自ら公言していた。なぜかは分からない。


「だが、父上は、グレゴリウスを次に据えたいんだ。グレゴリウスがダメなら、ウィナセイルか、この2人か。とにかく、俺じゃない奴を」

「なぜ?」

「あー、そうか、おまえは知らないな。小っさいくせして、独りでいたがるから、噂も聞かないか」

「噂?」

 これでも耳を澄ましているつもりだったが、父皇帝がザラヴェスクを疎んでいるような話しはなかったと思う。


「ルノシャイズ兄上と一緒にいて、何も感じなかったか?」

「えぇと、ルイズお兄様はチャラいと思います」

「はあああ? そんなこと聞いてねぇ」

 ザラヴェスクは怒鳴る。

「ルノシャイズ皇子がチャラい?」

「まさか、信じられないね」

 ジオディーンとリヴァーノフが小さく驚く。

 わしも驚いた。

 他の者に、ルノシャイズはどのように思われているのだろうか。


「兄上がチャラいかどうかは横に置いとけ。俺は、兄上がなぜおまえを可愛がるのか、分からんと、言っているんだ」

「なぜでしょう? わたくしも分かりません」

 魔力を持たない同士だからか、不出来と評価が低い小さな妹に同情したからか。


「そうじゃない」

「お兄様?」

「……俺達の母上が、オリビア妃を毒殺したという噂が流れている」

 苦しげな表情で眉を寄せたザラヴェスクが、身を屈めて、わしの耳元で囁いた。

 内緒話とは、このことだったのか。

 なんということだ。

 だが、わしは言う。

「本当に、お母様がそうしたのなら、噂すら立たないと思いますけれど」

 それこそ、ファティマ妃に濡れ衣を着せるぐらいはするだろう。


「おまえ……」

「皇女は毒舌か」

 ザラヴェスクもジオディーンも顔を引きつらせている。

「でも、陛下が噂を信じていれば、それは真実になる。僕達は余計なことをしたのではないでしょうか」

 リヴァーノフがうつむき気味に、考え込む。


 継承権を持つ者にとって、皇帝の意図を知ることは、勉強であり、己の身を守る為でもある。

 父皇帝は、最初の妃である亡きオリビア妃をとても愛していたと聞いた。皇家には珍しく恋愛結婚だったと。オリビア妃の産んだグレゴリウスを、次の皇帝にしたいと考えるのなら、分からないではない。

 だが、わしらはザラヴェスクの見せ場を作る為に動いたわけではない。結果として、そうなっただけだ。


「お父様は、御機嫌ナナメなのですね」

 わしが面倒くさそうに言うと、ジオディーンが笑った。

「皇女は、何というか、気楽でよいな」

「これでも怒っています」

「怒っている?」

「そんなことで、護衛官を無駄に傷つけたからです」

 グレゴリウスの活躍を期待した実戦訓練とか、護衛官にはよい迷惑だったろうに。


「わたしもそう思うよ」

「……ルイズお兄様」

「おいで」

「イヤです」

 両手を広げてやって来た1番上の兄ルノシャイズが、腹立たしかった。

 ぷいと横を向いて拒否するわしと、嘘くさい笑顔のルノシャイズに、3人がぎょっとするのは、可笑しかったが。


「うーん。今回のことは、わたしも知らなかったんだよ? 父上とアシュバレン殿が思いついたことでね」

「本当に?」

「知っていたら止めていたよ。こうなることが、分かっていたからね」

 溜め息を吐くルノシャイズが、嘘ではなく落ち込んでいるようだったので、わしは両手を上げて抱っこをせがむ。

「よっと。許してくれるかい?」

 ルノシャイズはわしを抱き上げて笑った。

「3人を褒めてくれたら」

「おや」

「お父様の代わりに褒めて?」

「クスクス。護衛官とぬいぐるみの魔力の差を見抜いて、真っ先に動いたザラヴェスクは偉かったね。ジオディーン殿も、リヴァーノフ殿も、手出ししにくい状況で、よく助けてくれた。感謝する」

 ルノシャイズは、わしの言うとおりに、3人を褒めた。

 父皇帝の思惑がどうあれ、今回の彼らの行動は満点と言ってよいぐらい正しかった。当然である。


「マジで?」

 ザラヴェスクは驚きながらも、嬉しそうにニンマリと笑った。

 2人の従兄は固まってしまっている。

 ルノシャイズはいったいどう思われているのだろう。


「ロカも褒めてあげよう。逃げずに護衛官をこき使うなんて、最高だよ」

「そうですか? 褒められている気がしませんけれど」

 わしはムッとする。

 ナルビエス1尉にはトイレかと聞かれたことだし。


「よしよし、いい子だね」

 ルノシャイズは片腕でわしを支え、空いた手でわしの頭をグシャグシャと撫でた。

 何をするか。

「いつもロカの頭を撫でてやりたいとは思っているんだよ。だけど、この大きなリボンが邪魔して、ほら、ほどけてしまうだろう?」

 そう言ってルノシャイズは、わしの頭からリボンを取ってしまった。

「もう。返して下さい」

 わしはルノシャイズの手からリボンを奪い返すと、結ぶのは諦めて、ポケットに入れる。


「クロディーヌに撫でられて、嬉しそうにしていたじゃないか」

「見ていたんですか?」

「うん」

 ルノシャイズはクスクス笑って、わしの頭をもう1度乱暴に撫でた。

 明日からリボンをするかどうか、悩みどころだ。


「父上の御機嫌は気にしなくていいよ。グレゴリウスがどうしようもないせいだから。あいつには困ったものだ」

「……お父様は、グレゴリウスお兄様に次の皇帝になって欲しいと、お考えなのですか?」

 わしは率直に聞いてみることにした。

「どうだろうね。考えても仕方がないことだし。わたし達の思惑など、そっちのけで決まるのが皇位継承だろう?」


 ああ、そのとおりだ。

 皇位継承は、7大貴族が継承権を与えた者の中から、7大貴族と、82の領家が投票して決まる。

「けれど、お兄様。結局は、皇位に貪欲な者が勝つのではありませんか? 勝てる者でなければ、玉座はとても務まらないと思います」


 わしは昔、玉座が欲しかった。

 皇帝だった父すらも蹴落として、皇位に即きたかった。

 弟達を殺しこそしなかったが、罠に掛けて貶め、毒にならないギリギリの薬を盛ったこともある。

 当然、努力も怠らなかった。

 わしはかつて灰眼で氷の魔力を持っていた。労働者の暴動が起きた時は、軍に協力して、それを鎮圧。領家による領地の圧政に、反発した民衆側に立ったこともある。

 誰からも認められるように、学生時代の全メルーソ学力テストでは10番以内をキープ、魔法工芸の品評会で金賞を取ったりもした。

 玉座の為に、人生のすべてを捧げたと言ってよいだろう。


「君はそんなふうに思っているのだね。結構厳しい見方をする」

 今はそんな感じではないのだろうか。

「だって、強くなければ、国を守れないでしょう?」

 わしはあの時、異国との戦争を、何としても避けたかった。勝ってもメリットのない戦争など、する意味がない。

 よその国が、さらによその国のクーデターに荷担して、その支援をメルーソに求めるなどわけが分からない。

 だが、皇帝だった父は、参戦するべきだと考えていた。大国が世界のバランスを調整するのだと、これもわけの分からない理由で。

 自国が、暴動だ改革だと騒がしく不穏だというのに、それを置いて世界にかまける余裕がどこにあるのか。

 皇位に即けば、皇帝の権限で、戦争は回避出来る。世界との繋がりなど、経済だけで充分、内政に心血を注ぐべきだと、わしは考えていたのだ。

 それが、正しかったのか否か。まだそれからの歴史を習っていないわしには何とも言えない。


「本人にその気がなければ、玉座は無理だと思います」

 昔と今と、事情は多分に違うだろう。

 だが、少し感傷的になったが、それだけは言える。

 自ら継承権を放棄すると公言しているグレゴリウスではダメだ。


「そうだね。小さなマルグリットでさえ、傷ついた護衛官の為に魔法を使ったのだから。グレゴリウスは、マルグリットと同じ魔力を持つというのに。皇位継承どころか、皇家としての自覚すら足りない」

 ルノシャイズは苦笑いを浮かべながら、冷めたように言った。


「それも見ていたのですか?」

「ちょうどいいと思ったからね」

「ちょうど、いい?」

「うん。おめでとう。君達は合格だよ」

 ルノシャイズは一転して朗らかな笑顔を向けた。

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