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漆黒の夜明け  作者: 佐藤 育
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   第6話  可愛い弟

子供編

4才のわし、動き出した2日目   ぱーと2

 小広間にはすでに大勢が集まっている。

「ロカは誰にも興味がないと思っていたんだが、乳母を庇ったり、護衛官に目を留めたりするんだね」

 ルノシャイズが意外そうに言う。

 わしは首を傾げた。


「これだけの人数の中、君がおはようの挨拶をしに行くのは何人だ?」

「……」

「ローランゼ妃にも近寄らないだろう?」

 朝の謁見の儀は、いわゆる家族団らんの場なので、乳母もメイドも護衛も小広間には入れない。皇帝である父には無理でも、母には甘えてもよい場なのである。

 だが……。

 そういえば、ルノシャイズとは、どうして親しくなったのだったか。


「ああ、あそこにおられる。さあ、行っておいで」

 わしは床に下ろされ、背を押された。

 母のところへ行けと?

 わしはルノシャイズを振り返る。

「フ……いいから」

 ルノシャイズは笑いをこらえる顔をして手を振った。

 わしは仕方なく母を目指して足を動かす。


 母を慕う気持ちはある。2度目の人生など面倒で仕方がないが、それと母への愛情と感謝は別だ。

『どうしたの? すっごいイヤそうだね』

「……生々しい感情が出るから苦手」

『生々しい感情?』

「ここに集まっているのは、皇帝の妃が4人と、子供が13人、皇帝の亡くなった兄の子供が2人、皇帝の異母妹と異母弟、先代皇帝の孫が7人?」

 わしは指折り数える。


「継承権を持っているのは10人で、母を同じくするわたくしの兄もその1人なの。母は、兄を皇帝にしたいといろいろ画策しているから、わたくしをベルマディ家に縁付かせようと躍起になっている」

 ベルマディ家は、皇帝を選出し決定する7家の貴族その一つカミネーロ家の、財政を支える銀行家だと母は言っていた。


『あんた、まだそんなに小さいのに』

「母はヴァレンテだから、気質が猪突猛進なの」

 わしの名前、ロナチェスカ・ヴァレンテ・メルーソの、ヴァレンテは母の家名である。ヴァレンテ家はそこそこ長い歴史を持つ世界有数の財閥で、権力と金儲けが何よりも好きという一族だった。皇家は妻にするも夫にするも、名家を避ける傾向にある。名家の出の者ほど、皇家の生活に馴染めないことが多いからだ。

 なので、母は妃達の中でもっとも権勢を振るっている。世界中のセレブリティと親交があり、実家からの献上品も桁違いで、母自身の財産も莫大にある為、我が儘で贅沢だ。


 聞こえてくる話しでは、そんな母を妃に迎えたのは、朝廷が皇家所掌管理局を通じて何か取引をしたからとか。

 皇家所掌管理局は、その名のとおり、皇家のすべてを管理する所である。時代によっては、産まれる命の数まで調整したとか。


『ふぅん。でも、結婚は恋して愛し合ってこそだと思うけど』

「恋?」

『恋の為に戦うっていうぐらいの気概がなくちゃ』

「気概……」

 わしが男に恋をして、ライバルを蹴落とし、愛を囁き、皇家所掌管理局と戦うが、結局駆け落ちするしかなく、その後は想像も出来ないが、そんな人生を歩むのか。

 皇女としての責任感や義務感からではなく、性格的に無理な気がする。

『きっと、あんたにも現れるよ。運命の相手』

 マシエラは気楽に言う。

 そんなふうに言われると、そうあればよいなと思ってしまうから不思議だ。


「おはよう、ロナチェスカ」

 立ちはだかったのは母ではなかった。

「おはようございます、クロディーヌお姉様。ファティマ様、マルグリットお姉様、それからウィナセイルも」

 わしはニッコリと笑って、少し膝を曲げて腰を落とした。


 ファティマ・ベレット妃と、彼女の子供達である。クロディーヌは9才、マルグリットは1ヶ月違いの同い年、ウィナセイルは2才になったばかりである。

「おはようございます、ロナチェスカ様」

「おはよう、ロナチェスカ」

「おはようございます、姉上」

 ファティマ妃と、姉皇女クロディーヌはおっとりと、同い年のマルグリットは少し勝ち気に、弟皇子のウィナセイルは舌足らずに可愛らしく、挨拶を交わした。


 ファティマ妃は、わしの母ローランゼ妃と同じ日に宮廷入りをし、ローランゼ妃にいびられ続けている気の毒な人だ。

 だが、本人はしごく穏やかな性格ながら、神経は図太いようで、所掌管理局の思惑どおりローランゼ妃を牽制し、3人の子供を産んだ。しかも、クロディーヌは、ローランゼ妃が産んだ兄ザラヴェスクと同じ年齢である。


「そのリボン、とても似合っていてよ」

「わたくしも気に入っています」

 わしは照れて笑う。

 姉クロディーヌが褒めてくれたのは、わしの頭のてっぺんで揺れる大きなレースのリボンである。

 普段はヘアピンで前髪を留めるぐらいなのだが、謁見の儀の時だけ、下手すると顔よりも大きなリボンで飾られたりする。


「お姉様のそのピンバッジも可愛いです」

 わしはお返しとばかり、クロディーヌのブラウスの襟を飾る、鳩とリスのピンバッジを褒めた。

「あら、そう? お母様、リスのほうをロナチェスカに差し上げてもよろしいかしら?」

「ええ、もちろんですよ」

 ファティマ妃はクロディーヌの襟元からリスの形をしたピンバッジを外した。

「ずるいです。わたくしもリスが欲しかったのに」

 マルグリットがクロディーヌの袖を引っ張る。

「マリーにはたくさん差し上げたでしょう? あなたもお姉様なのですから、弟妹には優しくしなければなりません」

「……はぁい」

「いい子」

 クロディーヌはマルグリットの頭を撫でた。

 わしは驚く。

 わしは昨日マシエラに頭を撫でてもらって衝撃を受けたのだが、マルグリットは日常的に頭を撫でられているのだろうか。


「ロナチェスカ様は、この飾りポケットに付けましょうね」

 ファティマ妃が屈んで、わしの衣装にリスのピンバッジを付けてくれる。

「わたくし達とお揃いね」

 クロディーヌが微笑を浮かべ、マルグリットもニカッと笑った。

 よく見ると、マルグリットも腰にハートのピンバッジを、ウィナセイルも自動車のピンバッジをズボンの裾に付けていた。

「ありがとうございます。すごく嬉しい」

 わしは笑顔全開で応えた。

 普段たまにしか挨拶を交わさない彼女達だが、母や同母の兄姉と話すより緊張しなくてよい。


 ドン、ドン。

 太鼓の叩く音と共に、天井からキラキラした音楽が降ってくる。

 皇帝の入室である。

「おはよう」

 玉座から放たれた、穏やかな、たった一言が重々しい。

 がっしりした体格、薄茶色の眼、柔和な顔つき、足を組んでゆったりと座っているだけなのに、威風で圧倒される。

 兄ルノシャイズは、父皇帝にとてもよく似ていると思う。


『あれが、皇帝……さすが』

 意外なことにマシエラも少しビビっていた。

 皆が口々に挨拶を返す中、わしも膝を曲げる。

「今朝は皆に報告がある」

 そう前置きして、皇帝が立ち上がった。

 皇帝の傍らには兄ルノシャイズと、2番目の姉で13才のエミリアーナ・ネイト・メルーソがいる。皇帝が好んでそばに置くいつもの2人である。

 そこへ、だらしないぐらいにゆるゆるなファッションの、父の異母弟、アシュバレン・エマーテ・メルーソが加わった。2番目の兄と同じ16才で、彼の母親は、父が皇位に即いた時、宮廷を辞したのでこの場にはいない。


 空気がピンと張り詰める。

「皆も知ってのとおり、かねてより、メオルン領主ライネ・メオルンから、我が弟アシュバレンを養子にという願い出があった。2年後、アシュバレンは18になるのを待って、次期メオルン領主となる」

 そうか。

 父や所掌管理局や7大貴族は、アシュバレンから継承権を取り上げることを決めたのか。

 玉座が幸せとは限らず、領主となることが不幸なわけもなく、たとえ名誉だけの閑職に就いてもそれはそれでと、わしは思っている。

「皆さん、どうかわたしを祝福して下さい」

 アシュバレンが何の憂いも見せず、朗らかに言ったことで、緊張が一気に解ける。

 拍手が小広間を満たし、皆がアシュバレンに祝辞を述べに行く。


「叔父上は、戦線離脱か」

「お兄様」

 同母の兄第4皇子ザラヴェスクが、いつの間にかわしの横に並んで、反対側にいるファティマ妃達を威圧する。

 ザラヴェスクは9才、同じ年齢のクロディーヌが怯えて、母ファティマ妃の背後に隠れた。魔力を持たないクロディーヌでは、ザラヴェスクのわざとらしい見せつけるような威圧はつらいだろう。

 わしと同じ年齢だが、魔力を持つマルグリットは、負けじと足を踏ん張って堪えていた。

 ファティマ妃は母ローランゼ妃で慣れているのだろう、にこやかに礼をとっている。

 そして、わしは、なぜか2才のウィナセイルに庇われていた。


「姉上は、わたしが守ります」

 ザラヴェスクを前に、舌っ足らずに宣言する。

 わしより下の子供はウィナセイルだけで、わしは密かにこの弟を可愛く思っていた。その弟に庇われて、わしは胸がキュンとする。

『か、可愛い』

 マシエラも胸を押さえて悶えている。

「ウィル。ザラヴェスクお兄様は、ロナチェスカのお兄様なのですから、大丈夫なのですよ?」

 いや、その言い方はどうだろう。

 クロディーヌがファティマ妃の後ろから出てきて、ウィナセイルの腕を引っ張って抱え込んだ。


「姉上は、わたしの姉上ですよね?」

 ウィナセイルは朱色の眼に涙をためて、わしを見上げてくる。

 まだよく分かっていないのだろう。

 マルグリットも首を傾げている。

 異母ではあるが、兄弟姉妹であること。兄弟姉妹ではあるが、母親が違うととても面倒な関係になること。

「フン。ロナチェスカは俺の妹だ」

「……俺って、何ですか?」

「俺は俺だっ」

 女子はわたくし、男子はわたしと言うように、言葉を覚え始めた頃から躾けられる。兄ザラヴェスクはどこでそんな言い方を覚えてきたのか。


「わたくしはウィナセイルの姉上です」

 わしはきっぱりと言い切って、ウィナセイルの柔らかな髪を撫でた。

「ロナチェスカっ?」

「うるさいですよ」

「おまえはっ」

 ザラヴェスクは床を踏み鳴らす。

『ロカ、ロカ。あれ、なに?』

 わしが呆れてザラヴェスクを見上げた時、マシエラが慌てた様子で腕を振って、北側の窓を指差した。


「え……?」

 そちらに目を向けると、窓の外で何かがプラプラと動いている。

「……お人形?」

 丸っこいシルエットの、ぬいぐるみにしては大きなものが、近づいたり遠くなったりしていた。

 窓を破ろうとしているのか。

 それに気づいた瞬間、わしの体はクロディーヌに抱きつく形で、ウィナセイルに覆い被さっていた。


 まさか、襲撃か。

 窓が派手に割れる音、ガラスが飛び散る音、怒号と悲鳴、廊下で待機していた護衛官達がなだれ込んでくるのが分かって、わしは顔を上げた。

 そこで初めて気づく。クロディーヌの手がわしの頭をきつく抱きしめていた。

 クロディーヌとわしにサンドされたウィナセイルは、音に驚いたようで、エグエグと泣いていた。

 大丈夫だと声を掛けたかったが、その暇はない。

 避難しなければ。


「静まりなさい。皇家の者はこの場に留まり、皇家の者として相応しい対応をとるように。護衛官は職務をまっとうすること。これは、まあ、実戦訓練である」

 なんだと。

 玉座から放たれたそれは、サプライズにもほどがあった。

 まあよい。

 わしはウィナセルを離して、ニッコリと笑う。

「ウィナセイル、大丈夫ですよ」

「うぇ……」

「泣いてはダメです」

 訓練だが実戦でもある。避難が許されないということは、戦わなければならない。


「ロナチェスカ様」

「ファティマ様?」

 袖口でウィナセイルの涙を拭っていると、ファティマ妃がわしの肩に手を置いた。

「ウィナセイルを守っていただき、ありがとうございます」

「ありがとう」

 ファティマ妃と、ファティマ妃にしがみついてマルグリットが言う。

「わたくしからもお礼を。ウィルはロナチェスカを守るのではなかったの? 守られてしまったわね」

 クロディーヌはクスクスと笑って、ウィナセイルとわしの頭を撫でた。どうして他の誰も、マシエラ以外、わしの頭を撫でたことはないのに、この姉はこうも簡単に撫でてくれるのか。


「ああ、ごめんなさい。リボンが」

 頭を抱きしめられたり、撫でられたりして、リボンがほどけてしまったようだ。

「あらあら」

 ファティマ妃がすぐに結び直してくれる。

「ありがとうございます。毎朝、乳母が気合いを入れて結んでくれるのです。でも、お部屋に帰ったらヘアピンにしてもらうの」

 わしが笑うと、皆もクスクス笑う。

 そして、わしは思い出す。

 兄ザラヴェスクはどこに行った。


「皇子っ」

「おめぇら、しっかり戦いやがれっ」

 その乱暴な物言いは、探していた人物に違いない。

 わしはそちらに顔を動かした。

 マシエラが、わしに背を向けて立っているのが見える。

 その向こうで、巨大な猫のぬいぐるみが暴れていた。人より大きく、2足歩行で、短い手が護衛官をはじき飛ばしていた。


「あれが、敵」

 わしは巨大猫に足を向ける。

「ロナチェスカ様? そちらは危のうございますから、わたくし達と一緒にいましょう」

 ファティマ妃が慌ててわしを引き止めた。

「わたくしは大丈夫です」

 それを振り切って、わしはマシエラの隣に立った。

「シーラ」

『あれ、ただの操り人形みたいなのよね』

「中に人が入っているのではなく?」

『うん。あれ自体、大っきなぬいぐるみだねえ』

 マシエラはカラカラと笑った。


「誰かが操っているの?」

『ロカなら見えるかも。魔力の糸が、ぬいぐるみから出ているんだけど、分かる?』

「……蜘蛛の糸みたいなのが」

 なぜ見えるんだ。

『やっぱり。ロカは視力がいいんだと思う』

「視力?」

『実はね、変だなぁって思ってた。言わなかったけど。魔力がないのにあたしが見えるわけないんだ』

「え?」

『いくら波長が合っても、あたしは魔力の固まりで、魔法で出来ているんだから』

 マシエラはニッコリ笑う。

 相性テストで合格したから、見えたり触れたり出来る魔法が、わしに掛かったのではないか。そう思っていたが。


「今まで魔力が見えたことはないけれど」

 わしは首を傾げる。

 前のわしでも、魔力そのものを視覚で捕らえたことはない。

『うーん。〝夜明け〟がロカの力を覚醒させたのかもね。あんたもメルーソだから、不思議じゃないもん。わ、痛そう』

 護衛官のひとりが壁まで飛ばされて床に落ちた。兄ザラヴェスクは、赤眼を笑ませて、火の玉を作っては巨大猫の表面を焦がしているだけだ。


「メルーソだからとは?」

『皇家一族、メルーソを名前の1部にしている人には、竜族の寵愛がたまにあるんでしょ?』

「……どうしてそれを」

『常識じゃないの? 絵本でも読んだよ』

 わしはがっくりと肩を落とした。

小さい子は可愛いと、素直に思うわし。

次は、幽霊な彼女が爆笑します。

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