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漆黒の夜明け  作者: 佐藤 育
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   第5話  着飾った、わし

子供編

4才のわし、動き出した2日目   ぱーと1

 朝6時。

 翌朝、いつもの時間に目が覚めると、マシエラは上下逆さまになって寝ていた。

「……」

 わしはマシエラの足の裏をコチョコチョとくすぐってみる。

 昨日、彼女は靴を履いていた。靴はどこへいった。

 わしはマシエラの足を乗り越えて、ベッドの下を覗く。

「あった」

 古くさい布靴が転がっている。

 ということは、衣服も脱げる。

 わしはマシエラを見た。マシエラは布団の中にいて、わしには布団が盛り上がっているように見える。彼女は本当に幽霊なのだろうか。生身ではなくて。


「シーラ、起きて」

 わしはゆさゆさとマシエラの体を揺らす。

 ナタシアとレノアが部屋に来る前に起きないと、マシエラごとベッドメイクされてしまう。


「……朝食。いらない?」

 マシエラが逃したくない朝のイベントはやはりこれだろう。

『ごはん……』

 思った通り、むくっと起き上がるマシエラ。


「おはよう、シーラ」

『……おはよう、ロカ。なんか、よく寝た』

「何で逆さま? もうすぐナタシアとレノアが来るから、顔洗ってくる」

 よく寝られたのならよいが。

 わしはささっとトイレを済ませ、顔を洗い、髪に櫛を通して、簡単な身支度をする。

 パジャマはまだ着替えない。わしは靴下1つ選べないのだ。


『皇女様の朝ごはんは何かな? 何かな?』

 朝からきっと凄い御馳走に違いないと、マシエラは期待で顔を輝かせている。

「2千年前はどんな料理?」

『うーん。朝ごはんは、がっつりお肉でしょ。昼ごはんはその辺の川で魚を捕って焼いて食べたし、晩ごはんはシチューとかチーズフォンデュが多かったかな。もちろん、あたしは平民だから、平民のごはんしか知らないよ』

「平民ごはん……」

 何だか美味しそうな響きである。

 家出したら絶対に食べようと、野望を抱いてみる。


「おはようございます」

 軽いノックと共に扉が開いて、部屋にナタシアが入ってくる。ワゴンを押してレノアが続いた。

「おはよう」

「媛様、よくお休みになられましたか?」

 わしは頷きながら、マシエラが朝食を載せたワゴンの周りで飛び跳ねているのを見る。彼女はちゃんと靴を履いていた。


「今日の朝食は何?」

「おにぎりでございますよ」

「おにぎり」

『おにぎり?』

 わしはニンマリと口角を上げ、マシエラは首を傾げる。

 ああ、そうか。米が作られるようになったのは、フォルカ聖暦600年の頃。マシエラは知らないのだ。


 わしはレノアに椅子に座らせてもらい、ナタシアがテーブルに朝食を並べてくれるのを待つ。

『これが、おにぎり?』

 三角に握られたおにぎりは3色。ほぐした鮭の身と、刻んだ青菜の塩漬け、鶏そぼろであった。

『このスープは? 変わった匂いね』

 それは味噌汁というものである。

 メルーソ民族は新しい物好きである。交易が盛んで、有益な物はどんどん真似をして作り、改良を加えて、自国産にすることを得意としていた。元々は異国の物であっても、今はメルーソ大帝国が特産というのも多い。

 おにぎりと味噌汁、トマトのサラダ、ヨーグルトが出揃い、わしはスプーンを手に取った。本来なら、箸というものを使うのだが、わしの小さな手では、上手く扱えないのだ。


 ナタシアとレノアは、わしが機嫌よく食べ始めるのを見てから、それぞれ動き出した。ナタシアは昨日レノアが選んだ、今日わしが着る衣装を念入りにチェックし、レノアはベッドメイクに取りかかる。

「レノアのセンスはとてもよいですね。さすがです」

「おそれいります」

 二人の会話を聞きながら、わしはお預けをくらっているマシエラの為に、おにぎりをスプーンで割る。半分になったそれを、わしは手で掴むと、マシエラの口に素早く押し込んだ。


『マロイ?』

 鮭のおにぎりを、口いっぱいに頬張りながら、マシエラは首をひねる。

 マロイ?

『魚?』

 マシエラは幸せそうに口を動かしている。

 わしも一緒に食べながら、気に入ったのなら良かったと思う。鮭がなくなり、青菜のおにぎりにスプーンを入れると、マシエラは口を大きく開けた。

 わしはそれも半分にしてマシエラの口に放り込む。

『んー?……』 

 少し腑に落ちない顔をするマシエラ。

 ああ、これはと、わしは納得する。

 鮭は薄味だったが。青菜は凄く塩からい。

 そして、鶏そぼろは甘かった。


 味噌汁はどうだろう。

 わしはスプーンを替えて、具だくさんの味噌汁をすくう。

 味噌の味はあまりしなくて、ただの野菜スープになっていた。マシエラは一口食べて、

『もういい』

 と言った。


 トマトのサラダは普通に美味しく、ヨーグルトはイチゴのジャムが掛かっていてマシエラも喜んだのだった。

『何というか、味に統一感のない料理ね? 美味しかったり不味かったり、味がなかったり。なんで?』

「いろいろな味と、我慢を、覚える為?」

 わしはヒソヒソと答える。

『我慢? 我慢かぁ。癇癪持ちな皇女様を持つと、周りが大変そうだもんね。ごはんで躾されているわけか。やるわね』

 マシエラは感心したように何度も頷いた。


「怒るのは、ここぞって時に。そのほうが、効果的」

 昨日の夕食で出された、あのすっぱいシャーベットの時のように。

 我慢だけすればよいというものでもない。

『ロカは、ごはんで躾ける必要なんて、なさそうだけど』

 マシエラは笑顔を引きつらせ、わしは知らん顔を決め込んだ。

 今日の朝食は、71点である。


 父と母に会えるのは1日に1度、朝の謁見の儀の時だけである。

 皇子皇女は産まれてすぐ母親から離され乳母の手に渡される。その後は皇家所掌管理局育成統括の方針に従って教育される為、朝の謁見の儀を逃すと父母には会えないのだ。


 モルツィア宮殿は、政の中枢である朝廷と、皇家一族の住居である宮廷と、さらには領家の令息令嬢を預かる領家私邸と、敷地も建物も線を引いたようにきっちり分けられている。

 朝の謁見の儀は、皇家一族のみで行われる為、宮廷の7階にある小広間に向かわなければならない。


 わしは毎朝ナタシアとレノアに、フリルやレースやリボンがたくさん使われている仰々しく派手な衣装を着せられて、エレベーターが来るのを待つ。

『こうして見ると、ホント皇女様なんだねぇ』

 マシエラはわしの陳腐な格好にびっくりしていた。わしの顔は、幼子らしい可愛らしさでカバーされていなければ、普通で地味だ。ナタシアとレノアが見映えよく整えようと奮闘してくれているのは分かるが、無理している感が否めない。

『ここに入るの?』

 エレベーターが来て、怖々乗り込むマシエラ。

 静かで振動もないが、動いている感じはする。幽霊なのに、手摺りに縋りつくマシエラが可笑しかった。


「おはよう、ロカ。今日も可愛らしいね」

 3階からエレベーターに乗り込んできた1番上の兄、ルノシャイズ・キャンベル・メルーソが、言うなりわしを抱き上げた。

 レノアは部屋で留守番だが、ナタシアは一緒にエレベーターに乗っていたので、慌てて礼をとる。

「おはようございます、ルイズお兄様。今日も素敵ですね?」

 わしはルノシャイズに慣れた挨拶を返した。

 だが、ナタシアはもの凄く気になるようで、わしとルノシャイズをチラチラと見ている。

『お兄さん? ということは皇子様? へぇー』

 興味津々なマシエラの声が聞こえる。


「そうだろう? 髪型を少し変えてみたんだが」

「女の子にモテモテ?」

「まあね。今日もデートだよ」

 ルノシャイズは今年から大学に通っている。青春を謳歌しているらしく、女の子達と遊び回っているようだ。ルノシャイズがプレゼントしてくれたフォトフレームだが、メモリーカードに入っている写真は、彼女達と遊びに行った場所である。

「媛様にそのようなお話しは……」

 ナタシアは不適切だと判断したようだ。

 中身はじじぃなわしなので、兄がチャラくても何も思わないが、ナタシアは黙っていることが出来なかったようだ。


「父上と母上達を見ているんだ。今更だろう?」

 ルノシャイズにピリリと刺すような視線を送られて、ナタシアは、エレベーターの隅で萎縮してしまった。

 ルノシャイズは、わしと同じで魔力を持たない。第1皇子でありながら継承権はなく、あまり話題に上らない人だ。だが、皇子としての威厳は、誰よりも備わっていると思う。

「お兄様。めっ」

「アハハ、可愛い。ごめんよ?」

 ルノシャイズは笑う。

 マシエラがどん引きしていた。

 すまぬ。


 エレベーターが着いて、ドアが開くと、わしはルノシャイズに抱っこされたまま、ナタシアとマシエラはホッとしたようにロビーへ出る。

「では、媛様。わたくしはここで待っておりますからね」

 ロビーから廊下まで、黒スーツを着た人間と、柔らかな服装の乳母達と、揃いのワンピースを着たメイド達がビシッと並んでいる。

『黒い服は、魔力持ちね? 弱そうだけど、護衛なの?』

 マシエラはキョロキョロと辺りを見回した。


『ああ、あの男。あれはちょっと強いかも』

 マシエラが1人の男を指差す。

 わしはその黒スーツの男に目を向けた。今日はルノシャイズに抱き上げられているので、顔がよく見える。

 今年から見るようになった新顔だ。

 20代後半の、軍人らしい立ち姿ながら、軍人らしくない軽薄な雰囲気を持っていた。階級を示す襟章を付けていたが、昔とデザインが変わっているのでわしには分からない。眼は青、攻撃だけでなく、消防や農業にも重用され、使い勝手がよい水の魔力の持ち主である。

『男前じゃん』

 その男の顔を、間近に見上げて、マシエラはそんな感想を言う。


「男前?」

 男の顔を美醜で思ったことがないわしは、その男をまじまじと眺めた。

 ルノシャイズの足が止まり、爪先がその男に向けられるまで、わしは声に出していたことに気がつかなかった。

「今日の護衛警備はフェザー班だったな。貴官は3佐?」

「はっ。自分はジョナス・オーエン3佐であります」

 男はピシッと敬礼する。

 その年齢で3佐ならエリートだ。水の魔力だから、海軍あたりから引き抜かれてきたのだろう。


「ロカは、こんな顔がタイプなのかい?」

 ルノシャイズが当人を前に、明け透けに聞いてくる。

 周囲から忍び笑いが漏れた。

「……おめめが、綺麗だと思ったのです」

 わしはニッコリと愛想笑いを浮かべた。ナタシアに、はしたないと後で怒られるに違いない。

「光栄であります」

 オーエン3佐は、呆れたりせずに柔らかく笑ってくれた。

 ……男前かもしれない。

 だが、軽薄に思えた雰囲気が完璧に消えているのが気になる。


『あ、青い焔眼だ』

 マシエラが手を合わせて小さく叫んだ。

『ロカ、ロカ。この人、絶対ゲットしとくべきだよ』

 ゲット?

『青眼だけど、火の魔力を持つ人がいるんだよ。青い炎は、骨すら灰にしちゃうすっごい魔力で、味方にしておくと、冒険が楽になるの』

 マシエラは、はしゃいで言う。


 わしも青い焔眼のことは知っている。ヘンドリック時代、知り合いに何人かいたからだ。

 なるほど。

 オーエン3佐は青い焔眼なのか。ということは、味方につけても、敵に回しても、関わるだけで苦労させられるわけだ。

 青い焔眼の持ち主は、例外なく紙一重な性格である。

「ロカ? もういいのか?」

 ルノシャイズが聞いてくる。

 わしは頷いた。


『えぇー。もっとアピールして、仲よくなろうよ』

 無理だ。

 アピールしようがしまいが、仲よくするしないを決めるのは、ジョナス・オーエン3佐のほうである。わしに決定権はない。

 ああ、そういえば、オーエン3佐は海軍出身だと思ったが、使う魔法が火なら、陸軍だろうか。

 わしはルノシャイズに抱っこされたまま小広間に入った。


 ルノシャイズは、わしを抱き上げはするけれど、わしの頭を撫でたことはありません。それはなぜか。

 次は、名前がたくさん出てきます。


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