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漆黒の夜明け  作者: 佐藤 育
42/43

   第42話  マシエラの過去

子供編

4才のわし、少しずつ変化する日常   ぱーと24

 天才ということにしても、土台となる知識がない説明には不足だろう。しかし、これ以上話しても仕方がない。

『よかった』

『はい。一安心です』

 空想上の友達にされた幽霊達は、揃って胸を撫で下ろした。謙虚なことである。


「では、媛様。お夕食の支度をしてまいります」

「媛様はごゆっくりなさって下さい。何か御本をお持ちいたしましょうか?」

 ナタシアは部屋を出て行き、レノアが優しく問いかけてくる。

「うーん……あ、そうだ、卵の変形型ナイフ、分解しようと思っていたんだった」

「危なくございませんか?」

「刃は付いていなかったから大丈夫」

 わしはテーブルに放置していた銀色の卵を取りに行く。

 そして作業台ではなく、勉強机に向かう。立ちっぱなしで足が疲れたのと、ソファーには座りたくないからである。


「こういうの好き」

 わしは卵を手の中で転がしてじっくりと眺める。6枚の羽と頭と尾が収納されているのだ。よく見ると細かい溝が入っている。だが、どんなに目を凝らしても、分解の取っ掛かりになるねじ穴がない。

「飛んでいるのを捕まえる?」

 駄目だ。まだマシエラが追加した魔力が残っているかもしれない。室内で飛ばすのは危険だ。

 ああ、そうだ。卵は温めるか割るものと決まっている。

 わしは卵を両手で包み込み、息を吐きかけた。


「媛様、あの、何を……?」

「温めている」

「さようでございますか」

 レノアはプッと吹き出しかけて、懸命に笑いを堪える顔になる。

『ロカはたまに変なことをするね』

『なんてお可愛らしい』

 いや、違うのだ。

 卵型の仕掛け物は、本当に温めるか割ることで解体出来るようになっているのだ。少なくともわしの、ヘンドリックの時代ではそうだった。


 わしは少しムッとしながら、ハアーと息を吐き続け、金属の卵を温める。

 すぐに忍び笑いが起き、見るとレノアが後ろを向いて肩を振るわせていた。

 まあ、いいが。

 人肌に温まった卵に変化はなく、わしは諦めて、割ってみることにする。

 普通の卵を割る時のように、始めにカツ、カツと机の角にぶつければ、カチッという小さな音がした。

 わしはニンマリと笑う。

 卵を持つ指に力を入れると、案の定銀色の卵は、一部分が繋がったまま、パカッと割れた。

「ほら」

 わしはそれを得意気に見せる。


『おおっ?』

『まあっ』

「え? 本当でございますか?」

 3人は驚き、割れた卵をまじまじと見つめ、首を傾げた。

『びっちりと詰まっているね』

『魔法陣はどこでしょうか?』

 卵の中には空洞がなかった。

 外に出ていた分だけでも、6枚の羽と、三角形の頭と、扇形の尾があったのだ。ぎゅうぎゅうにもなる。


「魔法陣は両方にあるみたい」

 よく分からないが、割れた卵の両方から、うっすらと光が漏れていた。

 わしはどこか動くところはないかと、指で触れる部分を片っ端から突いたり、摘んだりしていく。

 動くところを動かし、ずらせるところをずらし、押したり引っ張ったりすれば、卵は形を変え、ダンゴムシをひっくり返したような感じになった。


『何というか、想像していたのと違うね』

 マシエラが興味津々に身を乗り出す。

 もっと細かくばらそうと思えばばらせそうだが、時間が掛かりそうなのでそれは後だ。わしは先に魔法陣を探す。

「これか」

 足のように生えた部品の間に、仕掛けの要であるゼンマイのテンプがあり、かんぎ車と数枚の歯車が複雑に噛み合っていた。

 魔法陣はその大きめの歯車に彫られ、魔力が滴らんばかりに光っている。マシエラの魔力だろう。


「シーラ、ここにシーラの魔力が溜まっているの。分かる?」

『うん。自分の魔力は分かる』

「ちょっと吸い取ってくれない?」

『吸い取る……』

 マシエラは微妙な顔をしながら指を持ってきて、余っている魔力を吸収してくれる。

「ありがとう。見えるようになった」

 まだうっすら光っているが、これは魔法陣を動かすのに必要な魔力である。


 魔法陣は細やかな命令が、小さな字で刻まれていた。卵型の維持と、翼の開閉をスムーズに行うことが魔法陣の役割らしい。

「媛様、シーラさんは魔力をお持ちなのですか?」

 レノアが問う。

「魔力がなければ、幽霊になれないんじゃないかな」

 わしは答える。

 マシエラ達とのやり取りが堂々と出来るのは楽だ。

 わしはそれからナタシアが夕食を運んでくるまで、卵を分解して遊んだ。


 夕食の後は、ソファーに座って歴史の勉強である。

 ナタシアはワゴンを下げるついでに食事に行き、レノアは返ってきた洗濯物を畳んでいる。

『はぁん、美味しかったねぇ』

 マシエラがうっとりとした様子で頬に手を当てている。

 さすがに物を食べる幽霊を、そういうものだと理解しろとは言えず、いつものようにこっそりと口に運んだのだが、今日のメニューはマシエラの好みに合ったようだ。


 魚のパイ包みのタルタルソース添え、ローストビーフと緑の野菜サラダ、タマネギのコンソメスープ、パン、グレープフルーツのシャーベット、どれもが美味しく、兄ザラヴェスクが言っていたとおり、料理人の気合いを感じた。

「美味しい物を、お腹いっぱい食べられる幸せ。いつまで続くか分からないけれど」

『皇女様なのに、不憫な子ね』

 マシエラはよしよしとわしの頭を撫でくり回す。


『ロカ様に変な物を食べさせる料理人には、水虫になってもらいましょう。そうしましょう、シーラ様』

 いいことを思いついたと、ブリジットはマシエラを唆しに掛かった。

「不味く作るのも仕事のうちなら、水虫は可哀想だと思う……」

 が、どうだろう。

 教育方針とはいえ、相当不味い物を食べさせられてきた。恨むべきは、そんな教育方針を打ち出した者だが。

『料理中、痒さのあまり、手切っちゃうかもよ? 血まみれのキャベツとか食べたくないんだけど』

 マシエラはクスクス笑って、却下した。

『それはダメですねぇ』

 ブリジットは肩を落とす。

 わしも諦めて、膝の上の年表を開いた。


 5千年分の歴史を幼児用に編集した本は薄い。だからか、マシエラがいた時代、モルヴァル乱暦は753年と短いこともあり、始まりと終焉の年しか記されていなかった。

 フォルカ聖暦はやはり最近なので、びっちりと載っている。有名な政策や、社会現象、皇帝の代替わり等、わしが生きていた1000年の頃までは、記憶にあるとおりであった。


 わしはフォルカ聖暦1005年に産まれ、1035年に第142代皇帝に即位した。そして1095年に死去したらしい。何とも計算のしやすい経歴である。

 わしは90才まで生きたようだ。そこまで生きたなら、何も思い残していないのではなかろうか。

 そして同じ年月、ビルブラッド・ナヴァロ・メルーソが第143代皇帝に即位とある。

「ビルブラッド・ナヴァロ?」

 息子や孫にはいなかったように思う。


 わしの記憶は、よくよく思い出してみると、60才ぐらい先からあやふやだ。記憶の先で産まれた孫かもしれない。

 すでに昔のことと納得しているからか、年表にわしの名を見つけても、感慨も湧かなかった。

「シーラはどうしてそんなに若くして死んだの?」

『あ、やっぱり気になる?』

「ナタシア達には廊下で殺されたことにしたけど……言いたくないなら」

『大丈夫。よくある話しだから』

 マシエラは少し笑って、とつとつと語り始めた。


 マシエラは名もない小さな村で、幼い頃から、戦いに明け暮れる日々をおくっていた。父は治癒士、母は栽培士、兄は絵描きを志し、仲の良い家族だったそうだ。

 マシエラは魔力が強く村の人気者だった。エルフや〝間のモノ〟にしょっちゅう襲われていたので、立派な戦力として数えられていたという。

「〝間のモノ〟も出たの?」

『三族の力のバランスがよくないっていう話しだったかなぁ』

 マシエラは、栽培士である母に薬草の種の採り方や、育て方を習いながら、エルフを狩りに森に行く毎日だったらしい。

 そして、村にいた同じ年頃の子供とはどうやって遊べばよいか分からず、花冠を作ってキャアキャア言っている女の子達と、自分の傷ついた手を見比べて、羨ましく思っていたそうだ。


 そんなある時、1人の女の子が、編み物を一緒にしようと誘ってくれた。マシエラは喜んで、畑で採れた果物を手土産に、いそいそとその子の家に行く。お喋りしながら編み物をしたり、果物を食べたりして楽しく過ごしたが、帰り際に言われたのだ。魔力源礎石が欲しいのだと。

「魔力源礎石。シーラの?」

『死んだおばあちゃんの。さすがに、あたしからは奪えないよ。あたしのが断然強かったし』


 魔力を持たずに産まれた子供は奴隷として生きるか、三族への生け贄にされるかという時代だった。その為、家族が死ぬと心臓にある魔力源礎石を取り出して、大事に仕舞っておき、魔力を持たない子供が産まれた時にそれを心臓に埋めるのだそうだ。


『おばあちゃんのが無理なら、獣かエルフのでもいいからって言われてさ。人のは出回らないけど、獣やエルフのは、魔法の道具を作っている人に売れたり、税金の代わりになったりしたのよ』

 マシエラは祖母のは駄目だが、獣のなら狩れば何とかなるかもしれないと引き受けた。その子は、それから毎日夕方になると遊びに来て、ついでのように魔力源礎石は手に入ったかと聞いていく。


 マシエラは魔力源礎石を渡せば、彼女は遊んでくれなくなるだろうと気づき、獣を何匹も狩って見つけたそれを隠すことにした。もう少し、あと1日ぐらいよいだろうと。

 だが、彼女の妹が魔力を持たずに産まれてきたと知り、マシエラは後悔した。彼女はどんな思いで、遊びたくない相手と遊んでいたのだろうか。獣やエルフが持つ魔力源礎石は、人が持つには弱いのだ。運が良ければかろうじて、魔力を持つ者と認定されるかもしれないという程度なのである。


『だから、売ったり、税金の代わりにするんだもん。結局、その子の妹はあたしがあげた獣の魔力源礎石で、運良く魔力を持ったんだけど、やっぱりその子とはそれっきりになって、友達になれなかった』


 その後も、マシエラの魔力目当てに近づいてくる子供はいたが、一縷の望みを掛けて、エルフを生け捕りにしたり、獣の肉を持っていったりしても、誰1人、マシエラと友達になってくれる子供はいなかった。


 やがてエルフとの土地をめぐる戦いが激化、マシエラはエルフの首領と相打ちし、13才で死んだそうだ。

『戦うことは別にイヤじゃなかったの。あいつをやっつけられたから、まあ、死に方もしょうがないって思っているし。でも、最期の最期で、なんで友達出来なかったの、あたしだってもっとキャッキャウフフしたかったのにって、ものすごく悔しかったのよ。それで、たぶん幽霊になった』


「わたくしの前に4人の友達がいたと言っていたけれど、まだ満足出来ていないってこと?」

『だって、エルフが……どこにでもはびこっているんだもん。冒険に行っても、探検してても、あいつらが現れて、遊ぶのを邪魔するんだもん』

 マシエラはムッと唇を尖らせる。


『シーラ様。今はエルフなどいませんわ。思いっきり青春しましょう』

『うん。そうする』

 ブリジットに明るく励まされ、マシエラはニッコリ笑った。

「それじゃあ、寝る時間になったら、今日も地下室を探検ね。今日は行く所があるの」

『やった』

『楽しみですわぁ』

 2人が楽しめるかは分からないが、普通は入れない宮廷の奥深くを知るのも探検には違いないだろう。



「媛様。お友達を募集するとして、何か条件などございますか?」

 ナタシアが戻ってきて、年表を眺めていたわしに、迷うように切り出した。レノアは交代で食事に行く。


「友達の条件? 将来わたくしの護衛をしてくれる人。わたくしがシーラと話していても怖がらない人」

 わしは指を折って答えたが、2つしかなかった。

 友達はマシエラが初めてである。どういうものかも、まだよく分からない。


「将来のことまでは押しつけられませんわ。暗に仄めかすぐらいになさって下さいませ」

「そう……じゃあ、魔力を持っている人? 軍人の家系の人がいい?」

 わしは首を傾げる。

「媛様。お友達というのは、主従関係ではございませんよ。お名前を敬称を付けずに呼び合える方とお考え下さいませ。とは申しましても、身分がありますから難しゅうございますね」

 なるほど。

 わしを呼び捨てに出来る者はいるが、身内だけである。

 そう考えると、マシエラは特別で友達だからか。


「じゃあ、条件というのは?」

「年齢や性別でございましょうか。趣味が同じであれば、お友達になりやすいと思いますよ」

「年齢と性別と趣味……」

 わしはマシエラを見る。

『年齢はロカより大きい子がいいと思うよ。幼稚過ぎて意思の疎通が出来ないと困るでしょ? あんまり年上過ぎても子守にしか見えないから、3つぐらい上がいいんじゃないかな。性別はやっぱり女の子がいいなぁ。ああ、でも、女の子と男の子、2人っていう手も……趣味は、食べること?』

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