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漆黒の夜明け  作者: 佐藤 育
40/43

   第40話  浮上した問題

子供編

4才のわし、少しずつ変化する日常   ぱーと22

 刻印の魔法陣で消費期限を保証された空き瓶の底に、トウオで作った魔法陣を沈め、擂り鉢の中身を流し込む。

 トウオで作った魔法陣の魔力は、ボリンの糞を削った粉だけで限界まで満ち、人工魔力源礎石を必要としなかったが、魔法陣の効果を持続させる為には、餌となる魔力がさらに必要になる為、わしは人工魔力源礎石をざらざらと投入した。

 薬に魔力が行き渡り、瓶全体がそこそこに光り始め、わしは成功の予感につかの間酔いしれる。


「魔力が尽きる前に、試してみたい。誰か水虫で困っていて、どうなるか分からない人体実験に付き合ってくれる人はいないかな? 足が溶けるかもしれないけれど」

 ハッカ油で薄まったが、糞は強力な酸らしいし、もの凄く切羽詰まった人しか実験に付き合ってくれないだろう。

『大丈夫だよぉ。たらいに水を張って、1滴か2滴、垂らすだけだもん。指がぬるぬるしてくるまで足をつけて、3日置きに5回もすれば完治』

 マシエラは明るく言う。

 それは皮膚が溶けるということではないのか。3日も空けるのは、皮膚の再生にそれだけ時間が掛かり、たらいの水に1滴でもそうなるということは、原液のこれは劇薬に違いない。


「こっそりということになりますと、難しゅうございますね。大っぴらですとさらに難しゅうございますが」

 ナタシアは困った顔をする。

 年齢と資格と信用か。

「アシュバレン叔父様のお母様の実家は、製薬会社を持っているとエルザが言っていた。評判はどう?」

「評判は分かりませんが、誰でも知っている大きな製薬会社でございますわ」

 ナタシアの受け答えに、レノアも頷く。


「じゃあ、アシュバレン叔父様にお願いして、そこを紹介してもらうというのは、出来そう?」

「アシュバレン殿下次第ではございませんか?」

 それはそうだ。

「では、手紙を……」

 また書くのか。カードは破ったとはいえ、同じ人物宛に1日に3度も書くことになるとは。

「実践的な、よいお勉強になりますね」

 ナタシアはホホホと笑った。



 片付けはナタシアとレノアがすべてしてくれた。

 薬品を使った器具は、別のところで洗わなくてはならないらしい。

 換気の為に窓を開け放ちながら、わしはテラスで優雅にお茶の時間を楽しむ。

「今日のカステラは美味いな。料理長が食材の使い込みをしたとかで、クビになったんだと。副料理長が繰り上がって、今日から張り切っているらしいぞ」

 向かいの席で、わしのカステラを半分奪って、調子よく喋るのは、兄ザラヴェスクである。


 楽しみにしていた分厚いカステラの1切れを、ナタシアとレノアの目を盗んで、マシエラと半分にして食べていれば、庭からひょっこり現れたザラヴェスクに、残りの1切れを皿ごと奪われたのだ。その行儀の悪さに、ナタシアとレノアは目を剥いたが、ザラヴェスクに冷たいミルクと、わしも食べられるように、テーブルの真ん中にクッキーを盛った皿を置いてくれた。


 昨日の今日で、ザラヴェスクは学校を休まなくてはならなかったらしく、暇なのだろう。部屋も出るなと言われてはいるが。

「クビになるほど、使い込んだのですか?」

「牛肉を300キロ、金額にすると900万セーロだってよ」

「お肉の誘惑に負けたのですか。300キロも……」

 宮廷で使われる食材はすべて一級品で管理も厳しいはずだ。食べたのか、横流ししたのか分からないが、なかなか大胆な料理人である。


「厨房統括官と厨房出納長もクビになったからなぁ。しばらくは食い物の試練もないんじゃないか?」

「それは、すごく嬉しいです」

「だよな」

 ザラヴェスクも真面目な顔で頷く。1日に1度は、変な味付けで食べさせられるわし達にとって、それは切実であった。

『ゼリーとか、オムライスとか、このカステラとか、美味しい物が続くってこと? ひゃっほう』

 マシエラも大喜びだ。


「わたくしはハンバーグが好きです。お兄様は?」

「俺もハンバーグは好きだ。1番はシュウマイだな。2番はアップルパイだ」

「わたくしも大好きです」

 食べ物の話しは平和で和む。

 そうして、わしとザラヴェスク、マシエラとブリジットも加わり、好物を4人がひたすら挙げていくだけの会話が一段落すると、ザラヴェスクは不意に真面目な顔を作った。


「あー、おまえが持っているドレスを1着、貸してくんねぇかな? もう着ないやつとかでいいんだ。急で悪ぃな。昨日言うつもりだったんだが、忘れててさ」

「バタバタしていましたから。ドレスを、どうなさるのですか?」

「同級生の妹が、パーティーに着ていく服がなくて困っているから、貸してやりたい」

「ナタシア、ある?」

 わしは自分の衣服を把握していないので分からない。


「ございますが、サイズは合いますか? それから、どういうパーティーなのかも教えて下さいませ。パーティーにもいろいろございます」

「そうだな。同級生の父親が再婚するんだが、その婚約パーティーらしい。父親のというより、相手の女の人のだろうな。同級生の父親は子供の服に無頓着で、ワンピースでも着せておけばいいだろうって、何にも用意してくれなかったそうだ。相手は金持ちで、パーティーは盛大に行われるっていうのに、普段着じゃあ可哀想だろう? 一応写真を預かってきた。サイズも裏に書いてある。身長がたぶんロナチェスカと同じぐらいだろうと思って」

 ザラヴェスクは言いながら、ズボンのポケットから写真を取り出してナタシアに渡した。


「これでしたら、大丈夫でございましょう」

「ロナチェスカと同い年だけど、4才だから、汚すと思うんだよな。アイスとか、ジュースこぼしたりして」

「差し上げるつもりで、お貸しするのでございますね?」

 ナタシアはクスクス笑って、部屋に戻った。


「学校に通うようになると、びっくりするぞ。同級生が幼稚過ぎて。俺の同級生でも、おまえよりバカっぽいしな」

 ザラヴェスクは鼻で笑いながら言う。

 まさか、それはさすがに、そんなことはないだろう。

「同級生の父親の再婚相手、誰だと思う? モリーヌ・ヴァレンテだぜ。ヴァレンテのパーティーに行くのに、ヴァレンテでメルーソの俺に、服を頼むかっての。格好悪くね?」

 ザラヴェスクは同級生をけなしながらも、口ぶりでは友情を感じているようだ。


「モリーヌ・ヴァレンテ?」

 しかし、わしには気にする余裕はなかった。

 ザラヴェスクが告げた名前に、悪寒が走る。

「ああ、知らないか? ヴァリエール・ホテルのオーナーで、じい様の従兄の娘だな」

 じい様とは、母方の祖父のことだろう。ダニエス・ヴァレンテ、ヴァレンテ家の当主だ。では、モリーヌは母の又従姉妹なのか。


『わたしは子供達にメルーソを与え、息子3人に継承権を持たせてやりたい』

 オルフォンス・クレオ・メルーソの声が頭に響く。降霊術で現れた、父皇帝の同母の兄は、32才で亡くなったが、家系図に残さない愛人と子供がいると爆弾発言をして、驚かせてくれた。

 そしてそれを、わしは聞かなかったことにしたのだ。


「年齢はお母様より上ですか? 再婚同士でしょうか」

 愛人の1人が、モリーヌ・ヴァレンテである。彼女との間には息子を2人もうけたと言っていた。

「さぁな。モリーヌは初めての結婚式だから盛大に祝うって聞いたぞ。学校は5日行って1日休みだから、婚約パーティーは学校が休みの日にしてくれたって言っていたな。明後日が婚約パーティーで、3ヶ月後に結婚式らしい。結婚式のドレスは3ヶ月あるから、自力で用意するってさ」

 ザラヴェスクはクッキーをボリボリ食べながら答えてくれる。

 ならば、子供は隠されたのだろう。


「お兄様、カメラはお持ちですか?」

「ああ、これで撮れるけど?」

 ザラヴェスクは薄っぺらい金属の板をポケットから取り出した。見た目は小さなフォトフレームのようである。これでロックを聞かせてもらったので覚えている。

「俺は携帯って言っているが、クレバーフォンとも言う。カメラはここを触って、こうすれば撮れるけど、宮殿じゃあ、ほら、反応がない」

 ザラヴェスクは椅子を寄せて、わしにそれを操作して見せてくれる。

 画面には庭が映り、ボタンを押せば写真として保存されるという。


『はぁ、よく分かんないけど、すごいねぇ。ロカは買ってもらわないの?』

 マシエラも覗き込んで感心する。

 わしはレノアに欲しいと目で訴えてみた。

「6才になってからと、決まっているようでございます」

 便利そうなのに残念だ。


「俺も学校に行くようになってからだったからな。しょうがないさ。ほら、見ることは出来る。これが同級生だろ。こっちは魚で、これは俺が粘土で作った自動車だな」

 次々と見せてくれたのは、ザラヴェスクの学校での日常風景だった。

 兄ルノシャイズが、外の世界が見られるようにフォトフレームをくれた時と、同じ感動が湧き上がる。

 わしが死んで800年、世界はちゃんと続いているのだ。守らなければならない。


「お兄様。婚約パーティーの様子をこれで写してきて下さい。わたくしと同い年のその子が、どんなふうなのか、見てみたいです」

「え? 俺は招待されていないぜ?」

「そこはお母様にお願いするとか、どうにかならないですか?」

「うーん……明後日だし、無理じゃねぇか? 同級生に頼んでパーティーの様子をたくさん撮ってきてもらうじゃダメか?」

「はい。それでもいいです」

 わしは頷く。

 焦ることはない。聞かなかったことにしたのだ。じっくり考えればよい。


「こちらでよろしゅうございますか?」

 ナタシアが戻り、明るいピンク色のリボンがたくさん付いた可愛らしいドレスを広げる。わしには似合わないが、ナタシアが好きで、厭くほど袖を通したドレスである。

「おう。可愛いし、いいんじゃないか。ロナチェスカはもう着ないのか?」

「わたくしはどれでも」

「ふぅん。ありがとな」

 ザラヴェスクはニカッと笑った。


「では、箱に入れてお渡しいたしますね」

 ナタシアはドレスを持って再び部屋に戻る。

「お兄様。今日は、ボリンが糞をしたのです」

「ボリン? 糞?」

 ザラヴェスクは不思議そうに首を傾げた。


「お兄様にお譲りいただいたラブリンナの雛のことです」

「ああ、ボリンという名にしたのか。俺の部屋にいた時は、糞はしなかったな。餌を2つ食べただけで、何の反応もないから、置物と変わらなかったが。糞は真珠のようなのだろう? 見せてみろ」

「もう、ありません。使ってしまいました」

「は?」

 ザラヴェスクは口をポカンと開けて驚く。使う前に見せたほうがよかったのだろうか。


「ラブリンナの糞は薬になるので、早速作ってみたのです」

「薬って、あれは協会を通して売るだけだろう? アクセサリーとかにするんじゃねぇの?」

「穴を空けて中を綺麗に洗浄すれば、アクセサリーにすることも出来るかもしれませんが、糞は糞ですから、知っていて身に付ける人はいないと思います。羊鳥協会もアクセサリーとしてではなく、薬品として取り扱っているのではありませんか?」

 どろりと出てきた糞を見れば、アクセサリーにしようとはとても思わないだろう。


「作ったと言ったな? それを見せろ」

「いいですよ。お部屋にどうぞ」

 わしはザラヴェスクを誘って、部屋に入った。

 ナタシアが手を止めてそばに来る。

「今日作った薬を、お兄様にお見せしたいの」

「畏まりました」

 ナタシアは薬品棚の鍵を開けると、薬瓶を取り出し、作業台に置いた。


「あー、ロナチェスカ。ここだけ実験室みたいになってねぇか?」

 ザラヴェスクが部屋を見回して言う。

「そのうち馴染むと思います。今日、アシュバレン叔父様のお部屋から運ばれてきたばかりなので」

 ナタシアは幾つかの調度品を替えると言っていた。

「叔父上から? 今日?」

 ザラヴェスクは目を丸くする。


「作りたい薬があるとお話ししたら、譲って下さったのです。メオルン領へは持っていかないからと」

「そうか……もう部屋を引き払う準備をしているのか。母上の敵意は、ファティマ妃とまだ2才のウィナセイルへ集中するのか」

「昨日産まれた弟は、赤いおめめですから、二分されるのではないでしょうか」

 母の競争心にげんなりと溜め息を吐くザラヴェスクに、わしは答えた。


 第7皇子を産んだばかりのイザベラ妃は、5番目に迎え入れられた皇妃で、姉アンシェリーと変わらないぐらい若い。赤子を抱く父皇帝の様子から、愛情はそちらに流れるだろうと思われる。

「なあ、母上はどこまですると思う?」

「何もさせないぐらい、お兄様が御期待に添えばよいと思います」

 母はザラヴェスクを皇位に即ける為なら、何でもするだろう。不穏なことも厭わないに違いない。ザラヴェスクがもしその気なら、ザラヴェスクが周囲に認められる実力とカリスマを身に付ければよいだけだ。


「……そういう方法もあるのか。賞を取るとか、1番になるとか、目に見える高い評価が必要だな」

「出来るのですか?」

「うーん」

 ザラヴェスクは面倒くさそうに唸る。

「とりあえず、わたくしはウィナセイルと、新しく弟になった子を可愛がりたいと思います」

「……出来るのか?」

「可愛がり方が分かれば」

 自信はない。


「まあ、いいけどな。それで、その薬は何だ?」

「水虫の薬です」

 一瞬の沈黙の後、ザラヴェスクの爆笑が部屋に響いた。

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