第37話 小包が届けば
子供編
4才のわし、少しずつ変化する日常 ぱーと19
「わたしが最後ですね」
何事もなくデイトンも上がって、やっと双六が終了する。
「お茶の御用意をいたします」
一歩下がって控えていたナタシアと、レノアがキビキビと動き出した。
それに合わせるように、双六も片付けられる。
発言の1つ1つ、一挙手一投足を心理分析されるのは腹立たしいが、双六という手段は悪くない。
それに昼食前のおやつはワクワクする。
『双六って楽しそうね。作ってみようかな。うん、そうしよう。どうせ、これだけ人がいたら、おやつも食べられないしね。地下室をあさってもいい?』
マシエラはやる気に満ちた顔で言い、わしは頷く。
わしも作ってみようか。
『ブリジットはロカのそばに。何かあったら呼びにきて』
『はい』
マシエラは手を振って床下に消えた。
「媛様は昼食前ですから、小さいものにしておきました」
わしの前に、一口サイズのカップケーキとミルクが置かれ、デイトンとハイソルド特別捜査官の前には、分厚く切られたカステラとホットコーヒーが並ぶ。カステラが黄色くて凄く美味しそうだ。
「午後のお茶には、カステラをお出しいたしますから」
ナタシアがわしの視線に気づき、コソッと言ってくる。
「じっと見るのは、はしたない?」
「さようでございますね」
「気をつける」
わしはミルクの入ったグラスに手を伸ばした。
セラピストのデイトンと、ハイソルド捜査官が去ると、昼食まで書き取りの練習である。
書き取りのテーマは昆虫だ。チョウチョ、トンボ、アリ、セミ、カタツムリ……と書いていく。昆虫には昆虫らしい触角や羽を文字に付け足したいが、それはせず、真面目に鉛筆を走らせる。
「媛様。ボリンの糞でございますが、洗浄が終わりました」
ナタシアが小さな瓶を勉強机に置く。綿が詰められ、乳白色の粒が1つ入っている。
「わ。ありがとう。触ってもいい?」
「よろしゅうございますよ」
わしは小瓶の蓋を開けて、それを手のひらに転がす。
「真珠にしか見えない」
「はい。ですが、重さを量ったところ、5グラムもありました」
「と、いうと?」
「真珠の5倍です」
1グラムも5グラムも手のひらの上では差が分からないが、真珠よりは石に近いのかもしれない。
「これをペンダントにしてお母様にプレゼントすれば、確執というのを少しは誤魔化せる?」
「まあ、媛様。悪知恵がお働きになること。しかし、媛様。これは糞でございますわ」
ナタシアは呆れたように苦笑を浮かべた。
「お母様が糞を身に付けたりするはずは……」
「有り得ないことかと」
「そうよね。じゃあ、やっぱり水虫の薬の研究に使おう」
わしは乳白色の粒を小瓶に戻し、机の引き出しに大切に仕舞う。
「媛様。小包が届きましたわ」
レノアが言いに来る。
「小包?」
わしは首を傾げる。
「2日前、カタログで注文した物でございます」
ああ、あれか。
アシュバレンへの餞別と、姉クロディーヌへのピンバッジの礼だ。テーブルに箱が2つ置かれ、レノアが包み紙を剥がす。
「アシュバレン殿下への贈り物は、ナイフでございましたね」
「そう。コレクション的なデザインナイフだけど、武器は武器だから、渡すのは止めたほうがいい?」
こんな騒動の最中、何となく勘ぐられそうである。
「媛様らしい、奇抜ながら実用的な贈り物でございますが、ぬいぐるみや置物などがよろしかったかもしれませんね」
ナタシアは少し思案して答えた。
わしが注文した物は、透明なケースの中で鎮座している。ワイヤーでグルグル巻きに固定された鈍い銀色の卵は、投げると、すべての線が刃になる物騒な鳥に変形するらしい。
わしはケースの蓋を取って、卵を掴む。
「あの、媛様?」
「試してみたい」
「は? お止め下さい。危のうございます」
「庭でするから」
わしはケースの底に入っていた取り扱い説明書も持って、テラスへと出た。
「媛様。お怪我でもしたら、どうなさるのですか」
ナタシアとレノアが慌てて付いてくる。
「叔父様に差し上げるにしろ、差し上げないにしろ、ちゃんと鳥になるのか確かめないと」
今も昔も、武器にはさほど興味が湧かないが、こういう遊び心のある物はそそられる。
わしはテラスのテーブルで、取り扱い説明書を広げた。
『面白そうですわね。シーラ様を呼んでこなくては』
ブリジットがいそいそと床下に潜っていく。
「卵は思いっきり投げて下さい。速度が遅いと卵のまま落ちる可能性があります。砦から押し寄せる敵目掛けて投げると効果的です……?」
護身用のつもりだったが、これはまさか殺戮用なのか。
イラスト付きの分かりやすい説明書を読めば、刃は特殊合金で、手入れがいらず、鳥になった後地面に落ちれば卵に戻るとある。危険性はともかく、なかなか便利そうだ。
「媛様。こちらに小さく、軍用モデルと書かれてありますが……」
「ホントだ。模造品ってこと?」
「実際には切れませんと書いてありますわ」
「……なぁんだ。まあ、いい。危なくないし」
「そうでございますね」
ナタシアは小さく笑った。
「切れないけど、花壇を傷つけたくないから、そっちの煉瓦の道で投げる」
わしは銀色の卵に巻かれたワイヤーを外した。卵は軽いが、安物感はない。偽物だと分かって少しがっかりだが、おもちゃなら安心して遊べる。
『なになに? 何が始まるの?』
マシエラとブリジットがテラスに出てきた。わしはニンマリと笑う。
「投げるわ」
わしは庭へ下りて、花壇横の煉瓦道に行く。
『投げるって、何を投げるの?』
マシエラが隣に来て問うた。わしは銀色の卵を見せる。
「媛様、思いっきりでございますよ」
レノアが応援の声をくれる。
わしは銀色の卵を思いっきり投げた。わしの手を離れた銀色の卵は、空中で翼を生やし、ゆっくりと前に進む。
『うほぅ』
マシエラは奇声を発し、すぐにそれを追い掛けた。
金属の鳥は美しかった。6枚の直線的な羽根がパタパタと動くさまも、二等辺三角形を横倒しにしたような頭も、扇形のような尾も。
「あのスピードと、あの小ささで、殺戮用?」
1メートルほどの高さを、マシエラがスキップしながらグルグル回れるスピードで飛ぶそれは、スズメの大きさしかない。
「まあ、モデルでございますから。カタログから、そんな物騒な物が買えることのほうが問題でございますよ」
ナタシアは言う。
それもそうだ。
『あ、落ちた。ロカ、落ちたよ。卵になった』
マシエラが飛び跳ねて叫ぶ。
わしは駆け寄って、落ちた卵を拾った。そして、もう1度投げる。
「おー」
銀色の卵は6枚羽根のスズメに変形すると、再びパタパタと飛んでいった。
今度はわしも追い掛ける。
なかなか楽しいものだ。
「飛距離は10メートルぐらいか」
スズメは徐々に高度を下げ、銀色の卵に戻ってコロンと煉瓦道を転がる。
『もっと飛距離を延ばそう』
マシエラは指先を光らせて、銀色の卵を突いた。
「何しているの?」
『魔力源礎石もどきに魔力を補充したの。流れる魔力の量を調節する金具を壊さないギリギリまで』
「おー」
金属に覆われて魔力は見えないが、魔法陣か、人工魔力源礎石付きのゼンマイ仕掛けであることは、わしにも分かる。
『投げて、投げて』
マシエラが仔犬のようだ。
わしは銀色の卵を持ってまた投げる。
「おっと」
「ひ、媛様っ」
「ば、薔薇が……」
パワーアップしたスズメはヒュンと飛んでいき、薔薇の生け垣に突っ込んで、薔薇の花びらを散らした。
ナタシアとレノアは呆然と立ち尽くし、
『ありゃ』
『大暴走ですわねぇ』
マシエラとブリジットはのんきに笑っている。
追い掛ける間もなかった。
わしは薔薇の生け垣を覗き込むが、スズメは銀色の卵へ戻り、奥のほうに嵌り込んでいる。
「取れるかな」
「お止め下さい。トゲで怪我をいたしますよ。レノア、何か道具はありませんか?」
「そうですね。探してまいります」
ナタシアに言われ、レノアは庭の横にある道具入れまで探しにいく。
「それにしても、いきなりこんなにスピードが出るなんて、これは不良品でございますね」
「うーん。投げ方が悪かったのかも」
原因は決まっているが、魔力を持たないわしには言えない。
『長く飛べるようにしただけなのに。きっと魔法陣が手抜きなのよ』
ああ、それはあるかもしれない。
「仕組みを見たいから、後で分解する。それから、この薔薇の花びら、もらってもいいと思う?」
「分解は危ないような気がいたしますが。薔薇の花びらは、どうなさるのですか?」
「香水を作る」
終わりかけで散った薔薇の花びらは、色は薄くなっていたがまだ綺麗だった。リコラインという種類で色は赤とピンクのまだらである。レモンの葉のような爽やかともクセのある匂いがするのだ。
「この薔薇は香水には向かないのでは」
「うん。単一では。フューレとペラントを混ぜるといいと思う」
この季節、花壇に定番の花である。
「その2つはナメクジ除けに植える花でございますよ?」
ナタシアは顔をしかめる。フューレもペラントも匂いはくさいほうだ。だが、3つを混ぜるとよい匂いが出来る。
「大丈夫」
わしはポケットからハンカチを取り出し、地面に落ちた花びらをすべて拾った。
『ロカが香水ねぇ。実はタラシだったの?』
違う。
『ロカ様が作られる香水、楽しみですわ』
ブリジットにも振り掛けてあげよう。匂いが移るかどうか分からないが、幽霊仲間に羨ましがられるだろう。
「これでどうでしょうか」
レノアが手袋と火バサミを持ってくる。
「いけそうですね」
レノアはそのまま手袋を嵌めて火バサミで生け垣の中をかき回した。
「はい、取れましたわ」
レノアが銀色の卵を渡してくれる。
「ありがとう」
もう卵は投げないほうがよさそうだ。わしは片手に卵を、片手に花びらを包んだハンカチを持って部屋に戻ることにする。
「フューレとペラントはよろしいのでございますか?」
花壇を素通りしたわしに、ナタシアが問うた。
「薔薇の後で加えるといいと思うの。明日か、明後日に。何となく」
「畏まりました。レノア、わたくしは瓶とエタノールを用意してきますから、媛様にもう1つの小包を確認していただくように。小さなガラスの動物でございましたね。今度は危険はありませんでしょう」
スズメに変形する銀色の卵も、危険な物ではなかったが。
薔薇の花びらを包んだハンカチを広げた横で、もう1つの小包を開ける。
マシエラは地下室だ。裁縫室を見つけたので、布と刺繍糸を使って魔法仕掛けの双六を作るのだと張り切っていた。
「まあ、可愛らしゅうございますね」
箱から出てきたのは綿に包まれた、3センチほどのガラスで出来た動物達である。1つ1つテーブルに並べて12個を整列させると、何ともほっこりして、レノアが感嘆するのも頷けた。
「動物園シリーズの第3弾らしいですわ」
箱には小冊子も入っていて、この工房が発売しているガラス製品が図鑑のように記されていた。
「レア品はないみたい」
手元にきた動物達を確認して、わしは呟く。レア品があれば、それを姉クロディーヌへ贈れたのに。
「お姉様はどれがいいかな」
もらったピンバッジはリスだった。12個の中には、縞々尻尾のリスもいたが、これは同い年の姉マルグリットにあげたいと思う。クロディーヌからリスをもらった時、マルグリットも欲しがっていたからだ。
「お姉様にはこれがいい」
少し考えて、わしは優美な白猫を選ぶ。
「マリーお姉様には、リスを。ウィナセイルは男の子だから、この黒犬にする。あ、ついでにアヒルはアシュバレン叔父様に」
「まあ、媛様。ついでにとは失礼でございますよ」
レノアは諫めるが、アシュバレンにはついででよいのである。
「アンシェリー皇女殿下や、ルノシャイズ皇子殿下、ザラヴェスク皇子殿下にはお贈りしなくてよろしいのでございますか?」
「アンお姉様とルイズお兄様にはもっといい物を贈りたいし、ザラヴェスクお兄様はロックな物がいいの」
ザラヴェスクが欲しいと言っていた、レム・ソレックとやらのレコードをどうにかして探さなければ。わしにボリンをくれた気持ちには応えたい。
「では、こちらはお包みいたしますから、媛様はカードをお書き下さいませ」
「はい」
わしは勉強机に向かい、途中だった書き取りの勉強道具を片付けるところから始めた。




