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漆黒の夜明け  作者: 佐藤 育
34/43

   第34話  とりあえずの収束(ジョナス・オーエン視点)

子供編

4才のわし、少しずつ変化する日常   ぱーと16

 死体が10ある。

 今日もまた夜が明けようとしている。

 バカなのか、遣り手なのか、いまいち分からない連中だった。

 わたしはジョナス・オーエン3佐である。あと何日かで降格か懲戒免職になる。


 カロリーヌ妃のお相手はトゥリオ・アスコーネという。年齢は36。宮廷に忍び込み、アシュバレン殿下に片腕を落とされた。


 同じく宮廷に忍び込んだが、まんまとエドゥアール皇子を連れ去ったジェイル・アスコーネは、カロリーヌ妃と同い年の34才。トゥリオの弟である。


 ジェイルと一緒に捕まった女は、娼婦と思われたが、1ヶ月前までカロリーヌ妃付きのメイドをしていたと分かった。小遣い欲しさにカロリーヌ妃とトゥリオの密会を手伝っていたようだ。それが切っ掛けでジェイルとも知り合い、愛人になったらしい。


 ヘカテリーナ皇女の手引きで、魔法陣を使って宮廷に侵入した4人の男は、最初に侵入して骨粉になった誘拐犯の仲間で、元軍人くずれ、8人組の犯罪者集団だった。


 アスコーネ兄弟に協力した彼らの従弟ラスカー・オレアリーは、フェザー班の護衛官で階級は2尉。口数の少ない真面目な後輩だと思っていた。


 そしてアスコーネ夫妻。トゥリオとジェイルの両親である。


「オーエン3佐。ヘカテリーナ皇女殿下はおられませんね」

「ルッチネ特別捜査官。他に協力者がいたということでしょうか」

「生存者はジェシカ・アスコーネだけですが、尋問しますか?」


 首都ヴィンスの郊外、ジョウハン湖のほとりにネイト家所有の別荘がある。何年も使われておらず、連中のアジトとなっていたようだ。

 モルツィア宮殿特務捜査課が、たった3時間で突き止めた。最新機器の詰まったコンピュータルームでである。宮殿では電話を始め、外と繋がるインターネット回線も使えないが、特務捜査課だけは別だ。


「7才の少女が知っているでしょうか」

「さあ、どうでしょうね」

 ルッチネ特別捜査官はのほほんと首を傾げた。


 捜索に加わった護衛官はわたしと、チャールズ・ノイラート3佐の2人だが、これはほぼ体面に過ぎない。特別捜査官の4人は、魔法と銃をスマートに使いこなし、別荘にいた連中を容赦なく殺しまくってくれた。わたしとノイラート3佐は、援護に回るぐらいしかすることがなかった。


「ルッチネ特別捜査官。ジェシカちゃんがお話しあるって言っていますけど、どうしますか?」

 リンクス特別捜査官が死体を跨ぎながらこちらに来ると、髪の毛を指に巻き付けて報告する。

「ああ、ちょうどいいですね。連れてきて下さい」

「はい」

 ここは死体が並ぶ、血まみれのエントランスホールである。7才の少女相手でも、特別捜査官達は配慮しないらしい。少女の目の前で養父のトゥリオ、実父のジェイル、祖父母を次々と殺したので今更ではあるが。


 リンクス特別捜査官が連れてきたジェシカ・アスコーネは、子供用の手錠を嵌められ、泣きじゃくっていた。

「良心が痛みますか?」

 ルッチネ特別捜査官が、わたしの顔色を見て聞いてくる。

「悩むところです」

 皇帝陛下の名前で、ヘカテリーナ皇女を含む殲滅命令が出ていた。心情も事情も目的も知る必要はないと仰せだった。ジェシカは生かされただけマシともいえる。


「一応は法治国家ですからね。あるのかないのか分からない罪で殺すのは、自分達でもためらいます。しかし、子供だからというのは理由にしません」

 ルッチネ特別捜査官は銃をジェシカに向けた。

「もう、そんなことをしたら余計に泣いちゃいますよ。ジェシカちゃん、役立つ情報があれば、殺さないし、養子先を探してあげるわ。あんなふうに死にたくないでしょう?」

 リンクス特別捜査官が、死体を指差しながらジェシカの頭を撫でる。

 特別捜査官というのは皆のんきそうな顔をして、ぶっ飛んでいる。


「……おカネが欲しかったの。ネイト家だけが幸せで、不公平だって。ジェイル・パパはわたしを人質にされて、仕方なく協力したけど、おじいちゃんとおばあちゃんは借金を返す為だって言っていた。トゥリオ・パパは怖い人達にわたしを売ったの。皇子様の身代金がダメになったから。本当の家族を取り戻すんだって。トゥリオ・パパは、ステファニー・ママが死んでからおかしくなった。皇妃様はただの愛人だったのに、自分のものだと思い込んで……皇女様はケスレイ信仰団にいるわ」

 ジェシカは嗚咽を堪えて一気に言うと、最後に大きく息を吐いた。

 子供ながらしっかりしている。これだけ脅されれば、当然かもしれない。


「ジェシカ、よく頑張りましたね。怖かったでしょう。皇子と皇女の略取誘拐罪、国家反逆罪で、あなたの親しい人は処刑されることになりました。皇女と皇妃も裁かれます。ネイト家にも捜査が入るでしょう。あなたが話してくれたことは、国家への貢献にあたります。感謝を」

 ルッチネ特別捜査官は銃を下げると、ジェシカの手を取って、無理遣り握手をする。


「偉かったわね。いらっしゃい。もう何も心配はいらないのよ」

「ジェイル・パパは悪くないの。ジェイル・パパは……」

 ジェシカは泣きながら訴え続け、リンクス特別捜査官に連れて行かれた。

 緩急極端な2人に、わたしはすぐに言葉が出ない。


「ケスレイ信仰団は、少々厄介ですね。オーエン3佐はコネをお持ちで?」

「……アシュバレン殿下は、陛下のお叱りを」

 わたしは溜め息を吐く。フェザー班の失態続きで、殿下には多大な御迷惑を掛けてしまった。そのアシュバレン殿下以外の人脈となると、軍人か元軍人か武器職人しかない。


「ああ、そうでした。しかし、アシュバレン殿下は魔力を持つ者ですから、どのみちコネにはなりませんね。ルノシャイズ皇子殿下なら最適なのですが、あの方は皇帝陛下寄りですから。7大貴族は必ずしも皇帝に忠実ではありません。特に、7大貴族に生まれながら、魔力を持たない者は」


「魔力を持たないのは、神族の加護か、竜族の守護が強いからだとおっしゃる方々ですか」

 ケスレイ信仰団のケスレイは竜族の名である。かつては魔力を持たない人々の地位向上を訴える労働者団体だった。今は魔力を持たない富豪による森林保護団体で、7大貴族が代表である。その実態は竜族至上主義の秘密結社と囁かれ、宮殿の護衛警備課や特務捜査課を束ねる宮殿近衛師団では、おいそれと手が出せない。

「わたしは、3族の恵みが平等であるなら、その理屈は通ると思いますが、兄弟が平等であった例はありません。地位と権力と財力を持つ、魔力を持たない者の虚勢は厄介ですよ。彼らは、メルーソであり、魔力を持たないヘカテリーナ皇女殿下を渡してはくれないでしょう。陛下の御命令でも、完遂は難しいかもしれませんね」

 ルッチネ特別捜査官は顎に手を当てて思案する。

 ヘカテリーナ皇女は自らケスレイ信仰団へ行ったわけではないはずだ。父のように慕うトゥリオと一緒にいたいが為だった。

 そして、トゥリオは皇家から支払われる身代金を犯罪者集団に渡すつもりだったようだ。だが、エドゥアール皇子は我々に奪い返された。犯罪者集団は、協力者でもあったヘカテリーナ皇女をターゲットに変える。トゥリオを騙し、ケスレイ信仰団へ売ったのだろう。


「あまりよくないものが、ありました」

「カネと、モグラ爆弾です」

 ハウプト特別捜査官とノイラート3佐が、大きなキャリーケースと、スポーツバッグを提げてくる。

「やはりモグラ爆弾でしたか」

 わたしはスポーツバッグのファスナーを開けた。金属板で覆われた20センチぐらいの卵形爆弾が5つ。スイッチを入れると土に潜って爆発する。機械と魔法仕掛けの爆弾で、1つ百万セーロと安いが、松林を消滅させ、フェザー班の詰め所を破壊するだけの威力がある。


「爆発物を持って門を通るのは不可能です。だからこそ魔法陣なのでしょうが……これは大金ですよ」

 ハウプト特別捜査官が、キャリーケースを開ける。

「安いですね……」

「安い?」

「皇女の値段にしてはです」

 ぎっちり詰まった札束は、ざっと3億2千セーロだ。大金は大金だが、その10倍は要求出来る。


「ヘカテリーナ皇女殿下の値段ですか?」

 ハウプト特別捜査官が問う。

「ケスレイ信仰団へ売られたようです」

 わたしが答えると、ハウプト特別捜査官とノイラート3佐は納得の声を上げた。

「つまり、保護されたということですか」

「我々は悪役か」

 ケスレイ信仰団は竜族を信仰することから、竜族を祖先に持つとされる皇家の血にこだわっている。皇家の血族を増やすよう方々に働き掛けていることは有名だった。

 皇女が野に出ることも、そのうえ抹殺されるなど、見過ごせなかったといったところか。


「しかし、この10倍として、キャリーケース10個は持ち運ぶのが大変でしょう」

「今時の犯罪者は口座振り込みなどしませんからねぇ。足がつきやすいから」

「残りはダイヤモンドですか? 富豪の集まりですから、数分で連中の満足いくものを用意出来たでしょうし」

 口々に話す皆の表情はどことなく明るい。

 さすがに皇女殺しは気が重かったのだろう。ヘカテリーナ皇女はケスレイ信仰団で大切に扱われ、こちらは命令が撤回されるまで手を拱くしかないのだ。


「どうやってケスレイ信仰団と接触したのかも気になります。皇女殿下が本当にケスレイ信仰団にいるのか、確認もしなければなりません。カネかダイヤか分かりませんが、どこかに隠されているならそれも見つけ出さなければ。オーエン3佐と、ノイラート3佐はここまでですかね?」

 ルッチネ特別捜査官が残念そうに右手を差し出す。

「そうですね。後はよろしくお願いします」

 わたしは苦笑して彼と握手を交わした。


 わたしとノイラート3佐は、始発の電車に乗り込んで、都内まで帰ってくる。

「チャールズ、女子が好きそうな今人気のクッキーを売っている店、知っているか?」

 駅から宮殿まで歩いて30分。

 パン屋が花のリースをドアや窓に飾り始めていた。開店の合図である。


「クッキーか。妻は今、フランソワーズのチーズタルトに夢中になっているが、クッキーも売っていたはずだ」

 チャールズ・ノイラート3佐は戦闘になると荒っぽく言葉遣いも変わるが、普段はクールな愛妻家である。

「場所は?」

「今送る」

 ノイラート3佐は携帯電話を取り出した。すぐに送られてきたアドレスにアクセスすると、住所は近い。


「誰にあげるんだ?」

「……ロナチェスカ皇女殿下だ」

「なんだと?」

「すっかり頭が上がらなくなってしまって、お菓子で御機嫌伺いをな」

「は……」

 ノイラート3佐はポカンとする。彼のこんな表情は見たことがない。


「ロナチェスカ皇女殿下は寛容でいらっしゃるが、怒るべきところは、きちんとお怒りになる方だ。それはもう恐ろしく」

「まさか。ロナチェスカ皇女殿下が寛容でいらっしゃることは賛同するが。わたしのような者にまで労いのカードを下さったし」

 ノイラート3佐はそう言って自慢気にカードを見せる。黒スーツの内ポケットにずっと入れていたらしい。感謝をと、言葉は短いが見事な文字である。


「芸術的な文字だろう? わたし達に子供はいないから分からないが、子供の間で流行っているのか?」

「いや。昔の、古い文字に見える。ただアレンジしているんじゃない。法則があるんだ」

 わたしも子供はいないし、独身である。

 軍事演習中に山の岩肌で碑文を見つけ、調査に来た専門家から少し教わったことがあるだけだが、興味を持って5百年以上前の古書を見れば分かる。知識のない子供が可愛いや格好よいからと簡単に書ける文字ではない。

「しかし、ロナチェスカ皇女殿下は、まだ文字を習っておられる途中だろう?」


「ロナチェスカ皇女殿下は愚鈍で勉強嫌いと言われているが、そんなことはないと知ったはずだ」

「それは、もちろんだ。皇女殿下は、人を使うということをよく御存知でいらっしゃる。だが、それと勉強の出来不出来は違うだろう」

 ノイラート3佐は首を横に振った。

「そうだな。わたしは宮殿仕えになって日が浅い。兄の子供がちょうど4才で、塗り絵や、おもちゃのミニカーで遊んでいるよ。思考は支離滅裂だし、会話も長文は無理だ。まだ自分の名前も書けない。勉強が出来ないと言われている皇女は、わたしから見たらじゅうぶん秀才だ」

 比べるべくもないと思う。直接言葉を交わせばよく分かる。

 ノイラート3佐はわたしと同期だが、宮殿に仕えて長い。比較対象が同じ皇子や皇女ではそう見えても仕方がない。


「確かにな。同い年のマルグリット皇女殿下は、もう掛け算の勉強に入られたと聞いていたから、ついそのように思ったのだろう。4才か……皇家に生まれた方は、我々の物差しでは語れないとよく言われるが……それで、ジョナスは、ロナチェスカ皇女殿下にぞっこんなのか?」

「そういうことでは」

「おまえはアシュバレン殿下の推薦で護衛官になったな。メオルン領へついて行かないのか?」


「護衛官になって半年も経っていない。辞令が出れば従うが、任意なら残るつもりだよ」

 わたしは苦笑して答える。

 アシュバレン殿下のことは面白い人だと思っている。わたしは中等学校を卒業後、15才で軍予備校に入った。18才で士官学校へ進み、21才で陸軍に配属。亡き祖父の願いで国に忠誠を誓ったが、皇家といえど個人に尽くすというのは違和感がある。


「……懲戒免職になったらどうする? アシュバレン殿下の私兵として、メオルン領へ行くほうがよくないか?」

「懲戒免職なら、わたしでは役不足だったのだと諦めて、祖母のインテリアショップを手伝うさ」

「インテリアショップ……似合わねぇな」

「チャールズはどうするんだ?」

 わたしは軍人としてしか生きられないわけではない。


「考えたこともなかったからな。さて、どうするか。マーケットの警備員でもするか」

 ノイラート3佐は深い溜め息を吐いた。

「それこそ似合わないな。おまえのほうこそ、メオルン領へ行かないのか? 誘われているんだろう?」

「ああ。だが、メオルン領は遠いからな。誰か1人に忠誠を尽くすというのも悪くはないが、まあ、降格で済んで欲しいものだ」

「そうだな」

 わたしは頷いた。

何とか3日目終わりです。

ここまで読んで下さって、ありがとうございます。

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