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漆黒の夜明け  作者: 佐藤 育
33/43

   第33話  1日の終わり

子供編

4才のわし、少しずつ変化する日常   ぱーと15

『うーん。あたしはいっぱい遊べればいいし。そうだなぁ。もっと美味しい物が食べられるようにかな。ロカは?』

「今は家内安全を願う」

『ぶふっ。ゴメン、笑い事じゃないね』

 マシエラは吹き出した後、謝りながらも、笑いがこみ上げてくるのか手で口を塞いだ。


「……わたくしにどうこう出来ることではないから、儀式しておこうかな」

 気休めにはなる。

 わしは壺に手を入れて小麦粉を掴むと、床一面を使って、先ほどの奉納という意味の月花文字に、家内安全という意味になる月と草花の絵を加えて描いていく。


「リミア・フンオブ・オイ・テフーセ、トイケリデ」

 そして竜族の言語で唱えれば、小麦粉は一瞬で消え去るのだった。

『おおっ。リミア・フンオブ……』

「オイ・テフーセ。低く高く、ゆっくり言うの。文字以上に秘匿されているから、これは気をつけないと。でも、面白いでしょう?」

『ロカの秘密、皇家の秘密、メルーソの秘密は、この大陸を隅々まで暴くヒントになるんじゃないかしら』

 マシエラは興奮して言うが、そこまでではないとわしは思う。


「エルフや地底人の謎は分からない」

『むぅ』

「とりあえず宮殿の探検から始めよう。堂々と行けるところは昼間に、隠されているところへはこうして夜に」

 毎日の夜更かしは健康によくないが、たまにならよいだろう。

 ヘンドリックであった頃、わしが当たり前のように知っていた隠し通路や隠し部屋のことを、しっかりと思い出す必要があるようだ。


 わしとマシエラは小部屋を出て、書斎机のある部屋に戻る。

 手も足もパジャマも粉で真っ白だが、仕方がない。

「あ、そうだ」

 カーペットの上に置きっぱなしになっている金塊と宝石を見て、わしはマシエラのスペースが必要なことを思い出す。

「シーラ。この部屋をシーラの部屋にしようか。わたくしが宮廷を出るまでだけど」

『え?』

 わしは書棚に飾られていた30センチほどの、いかにもな宝箱を手に取った。分厚い紙で出来ており、中は空である。

 それをカーペットのところまで持っていくと、宝箱の蓋を開けた。

「シーラの私物入れね」

 わしはマシエラが持ってきた金塊と、ネックレスなどの宝石を宝箱に入れていく。


『あたしの?』

「うん。シーラにあげた月花文字を書いた紙も人前では出せないでしょう?」

『いいの? いいの?』

 マシエラは嬉しそうに宝箱を抱えた。

 わしはハンガーラックも近くに転がしてきて、女の子の部屋っぽくならないか考える。

『服も?』

「ここなら誰も来ないし、自由に着替えればいい。わたくしにはシーラは生身に見えるのだから。オシャレしたシーラも見たい」

『そう? じゃあ、そうしようかな』

 マシエラはドレスに触りながら、うっとりと頬を緩ませた。


「アンティークの家具が置いてある部屋から、ソファーとかテーブルとか持ってこられるといいんだけど。カーペットももう少し可愛らしいのがあれば」

『家具? あれはすっごい呪いが掛かっているよ?』

「シーラとどっちが強いの?」

『うーん……笑いが止まらない呪いとか、爪が早く伸びる呪いとか、甘い物が苦く感じる呪いには何もしたくないなぁ。面白いから』

 そんな呪いだったのか。

 なぜ家具に。

「害がない呪いならいいか。そのうち家具選びをしよう」

『ロカがいいなら、いいけど。面白い部屋になりそうだね』

 マシエラは楽しそうに笑った。


 夜はそれで終わらなかった。

「夜遊びは感心しないな」

 魔法陣を通り抜ければ、ルノシャイズがわしのベッドに腰掛けていた。

「お兄様」

 言い訳のしようがなく、わしは冷や汗をかく。


『どうするの? どうするの? あたし、どっかに行ったほうがいい?』

 マシエラも慌てふためいて、床から若干浮きながら、右往左往し始める。マシエラは見えていないから、大丈夫だ。怒られない。

「ほら、おいで」

「はい」

 わしは戦々恐々、ルノシャイズのそばに行く。


「昨日の今日で、不安になっているんじゃないかと思って様子を見にきてみれば」

「ごめんなさい」

「神経が図太いのは悪いことじゃないけど。もしかして、狙われたのは自分じゃないって知っていたのかい?」

 怒っているのかそうでないのか分からず、ただルノシャイズに静かに問われ、わしは震え上がった。皆がルノシャイズを苦手とするのが今は凄くよく分かる。


「オーエン3佐に教えていただきました」

「オーエン3佐? 君が興味を持った護衛官だね。君の護衛をしていた。彼はアシュバレンと親しい付き合いがあるようだ。ロカもアシュバレンと仲良しさんだとはね」

 アレンと愛称で呼んでいたのに、ルノシャイズはそんなに怒っているのだろうか。わしのことはまだロカと呼んでくれるが。


「いいえ。今朝、猫の変なぬいぐるみリュックをいただいたのが、ほとんど初めての会話だと思います。アシュバレン叔父様は、ヴァレンテのわたくしに用がおありでした」

 一応は持ちつ持たれつの提案だったかもしれない。

「サンドラ・ヴァレンテと、ニドリアの密約か。ローランゼ妃とセレスティアは論外、案外ザラヴェスクは知っていそうだが、協力を頼むと見返りが大変なことになりそうだ。だからといって、ロカに話しを持っていくとはね」

 ルノシャイズはすぐさま言い当て、わしは冷や汗が止まらない。やはりルノシャイズに内緒というのは無謀だったようだ。


『皇子様は微笑みながら吹雪を起こせるんだね。あたしまで寒いよ』

 マシエラはガタブルと震えながら腕をさすった。

「わたくしはサンドラの居所を調べるので精一杯でした。密約をどうにかなど、期待されても……」

 ヴァレンテをこちらの都合で動かすのなら、相当の旨味を用意しなければ。わしにはそんな力はない。


「アシュバレンは、バカだな。ロカにそんな野心はないのに。エドゥアールの為だったのだろう?」

「はい……」

「そんなに真っ白になって。何していたの? とにかく手足を洗って、綺麗にしておいで」

 ルノシャイズは笑ってわしの頬を突いた。

 よかった。もう怒っていないようだ。

 わしは浴室に行き、お湯を抜いた浴槽でパジャマをはたくと、小麦粉まみれの手と足をシャワーで洗い流す。


『あの皇子様は魔法を持たないし、将来皇帝にはなれないけど、庶民に人気があって、女子の憧れ。朝廷に入って朝廷を牛耳るぐらいの権力は持ちそう。だから、頼んでみたらどうかな?』

「何を?」

『ホントはお姉さん達を、助けたいんじゃないの?』

 マシエラは言う。

 なるべく死んで欲しくないと思っているし、正直多少の目こぼしはあってもよいと思う。皇家の人間ではあるが、エミリアーナは13才、ヘカテリーナは12才、エドゥアールはまだ5才でしかないのだ。

「お兄様に……」

 頼むことが出来るだろうか。物をねだるのとはわけが違う。

 わしはタオルで手と足を拭きながら思案する。


『んー、それじゃあ、どうしたら助けられるか聞いてみたらどう? それならただの相談だし』

「おー、いい考えね」

 そうしよう。

 わしは浴室を出て、ルノシャイズのところへ行く。


「綺麗にしてきたね。これは、ロカの宝物かい?」

 ルノシャイズは、わしのクッキー缶をベッドに置いてガサゴソとあさっていた。あまり見ないで欲しい。ルノシャイズからもらった物も入っているのだ。気恥ずかしいではないか。

「それは」

「落ちていたよ。こんな物で指を傷つけているの?」

 ルノシャイズはブローチをわしの手のひらに転がす。地下室へ行くのに使ったままだった。


「ちょうどいいので。お兄様も隠し部屋のことを御存知だったのですね」

 少しの血の為にナイフで切るのも大げさで勇気がいる。

「そりゃあね。ここは君が生まれるまで、アシュバレンの部屋だったんだよ。夜中によく2人で遊んだ」

「コレクション部屋で?」

「そうだよ。最高に気持ち悪い部屋で、ゲラゲラ笑いながら」

 ルノシャイズは懐かしそうに目を細めた。


「お人形の部屋ですか?」

「いや、髪の毛の部屋だ。人形の部屋は、あれは恐怖だろう」

「はい。死ぬほど怖かったです」

『イヤーッ、そこだけは絶対に行かない』

 マシエラは悲鳴を上げる。人形の部屋はまだ見つけていないようだが、髪の毛の部屋が相当気持ち悪かったのだろう。


「これはどうしたの?」

 クッキー缶をあさっていたルノシャイズが、アヒルの飛び出しカードを持ち上げた。

「ここにメモが入っていたのです」

「へぇ」

 白いアヒルの、潰れた黄色い嘴。アシュバレンからアヒルの池への呼び出し状である。


「アヒルの池は楽しかったです。オーエン3佐に聞きました。アヒルの池はどうなるのですか?」


「あのアヒルの池はアシュバレンの趣味で作られたが、宮殿の憩いの場としてそれなりに需要があるんだ。罰として取り上げることにはなったが、潰してしまうのは勿体ない。わたしが引き受けることになるだろうね。どうせ、アシュバレンは3ヶ月もすればメオルン領へ旅立つんだし」


「それはよかったです。アヒルの池に、また、わたくしも遊びに行っていいですか?」

「ああ、いいよ」

「そういえば、お兄様のお庭は?」

「わたしの? わたしのは……菜園にしようと耕してそのままだな」

「そのまま?」

 わしが驚くと、ルノシャイズは気まずそうにする。


「暇がなくてね。場所は覚えているよ。石垣の近くだった」

「わたくしは早く畑が欲しいぐらいですのに」

「そうなの? 土いじりがしたいなんて意外だね。勉強よりいいとか思っていないよね?」

「……」

 わしは目を反らし、ルノシャイズからクッキー缶を取り返すと、ブローチを入れて、キャビネットに仕舞った。

 それで思い出す。おねだりした映画のお礼を言わなければ。


「……お兄様、これを」

 わしはルノシャイズ宛に書いた手紙を勉強机まで取りに行く。


「今度は星のぷっくりシールかい? 金粉が舞って豪華だね」

 ルノシャイズは手紙を軽く振って、感心したように言う。星形で中に水が入っていて、本物の金粉がキラキラと泳ぐ特別限定品である。


「お兄様。映画、ありがとうございました」

「どういたしまして。テレビもないんじゃ退屈でしょうがないだろう。外を知る前に、皇家としての品位と自覚を養うという育成方針らしいが、外を知らずに皇家としての自覚が生まれるんだろうか。そもそも、皇家としての自覚とは何だろうね」

 ルノシャイズはわしの頭に手を置く。

「皇家とは、国と民の安寧秩序の為にあります。メルーソの人々が、お腹いっぱい食べられる国にすることです」

 それが皇家に生まれた者の義務である。疑問に思うことだろうか。


「……ハッ、そうだね。それしかない。オーエン3佐に聞いたのなら知っているかな。カロリーヌ妃とヘカテリーナは斟酌の余地もないが、エミリアーナとエドゥアールはどうしたものかと、父上と皇家所掌管理局が相談している。ロカは、どう思う?」

 いきなりルノシャイズのほうから本題を振られてわしは緊張する。


「エミリアーナお姉様とはシェルターでお会いしました。カロリーヌ様のことを話しておられましたが、今回のことは知らない御様子でした。わたくしはエミリアーナお姉様とエドゥアールお兄様に死んで欲しくありません。出来れば、カロリーヌ様もヘカテリーナお姉様も。けれど、妹として思うことと、皇女として判断することは別物でしょう? どうすればいいのか、わたくしには分かりません」


「そうだね。エミリアーナは皇女として努力していた。母親の行いを正そうともしていた。エドゥアールはただの気弱な5才の子供でしかない。わたしは2人のことは擁護しようと思う」

「わたくしに出来ることは?」

「地下室から刻印のない金塊をちょろまかしてくることかな」

 ルノシャイズは笑ってわしの額を小突いた。

 本気だろうか。

「あまり使いたくない手だが、もしもの時はお願いするよ」

 わしは頷く。

 カネで何とかするつもりだろうか。


「ほら、もうベッドに入って」

 わしは言われたとおりベッドに入ると、クッションを背に体を起こす。マシエラはわしの横にゴロンと寝転んだ。

「お兄様。アシュバレン叔父様とケンカしたのですか?」


「あいつが変に隠したせいで、わたし達はヘカテリーナを失った。今回のことがなくても、ヘカテリーナは行動に移したかもしれないが、それはそれ。護衛官も死んだ。乳母もメイドもだ」

 眉を寄せ、厳しい顔をするルノシャイズ。


「けれど、お兄様は、アシュバレン叔父様と友達なのでしょう? 友達というのは、よく分かりませんが、好きということではないのですか?」

『そうそう。好きなら、失敗も大目に見なくちゃ』

 ということらしい。

「失敗も大目に見ろって言っています」

 わしは手を伸ばして、ルノシャイズの腕に触れた。

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