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漆黒の夜明け  作者: 佐藤 育
31/43

   第31話  夕食と、初めまして

子供編

4才のわし、少しずつ変化する日常   ぱーと13

「駄々をこねる子供は、お菓子で御機嫌を取ってもらうの」

『なるほど、いい考えね』

 マシエラはケラケラ笑って言う。

「ヘカテリーナお姉様はどうしてトゥリオ・アスコーネと一緒に行ったのだと思う?」

『うーん、羽目を外したかったから?』

「大騒ぎを起こして?」

 単なる家出や駆け落ちなら、密かに監視がついても見逃してもらえる。皇家の長い歴史の中、よくあることだからだ。羽目を外したいなら、よく準備をして普通に家出すればよい。自分の乳母やメイドまで殺してすることではない。


『本当は脅されていたからとか? よくあるでしょ? 人質を取られていたから仕方なくって。あとは、単純に一緒に行きたかったから?』

 マシエラはテーブルに座ったまま可愛らしく首を傾げた。

「脅迫されていたのなら納得出来る。単純に一緒に行きたかったというのは分からないけど」


『そう? お姉さんはお妃の恋人が好きだったのよ。これもよく言うでしょ? 血の繋がりだけが親子じゃないって』


「会う機会はそんなになかったはず。お母様とは朝の謁見の儀でしか会えないし……そういえば、エドゥアールお兄様の部屋をこっそり覗いていた時、アシュバレン叔父様に片腕を落とされた侵入者が、エドゥアールお兄様達は自分の子供だと叫んでいた。カロリーヌ様が実家に帰る度に愛し合ったとも。カロリーヌ様は実家に帰ることは出来る。でも、お姉様達やお兄様が一緒について行くことは出来ないはず。どうやって会う?」


『そっか。でも、お妃の恋人は皇女や皇子を自分の子供だと言ったのだから、皇女や皇子がお妃の恋人を父親だと思っていてもおかしくないわ。脅されていたより、真実味はあると思わない?』

 そうかもしれない。

 だが、やはり思う。本能で父親ではないと分かっている男を、父親のように慕えるだろうか。


『ロカ、考え過ぎはバカになるよ。本当のことが知りたいなら、あたしとブリジットで探ってあげるから』

「出来るの?」

『うふふ。幽霊はあたし達だけじゃないのよ』

「……そうだった」

 背筋がひやっとする。宮殿に幽霊がうじゃうじゃいるかと思うとやはり少し怖い。


『ブリジット、戻ってこないね』

「ブリジットは……あっちの遠いところにいる。どうしてだろう」

 わしはブリジットを思い浮かべて、ブリジットがいると感じる方角に目を向けた。領家の私邸区域ではなく、宮殿の外ではないかと思うほど遠いところにいる。


『スパイ活動しているのかもね。早く聞きたいけど、我慢する』

「幽霊って、どこにでも行けるの?」

『行けるよ。幽霊だもん。でも、知らないところでは迷子になっちゃうこともあるんだよ。迷っても人に聞けないし。まあ、危険もないからいいけど』

「ブリジットは大丈夫かな」

『大丈夫、大丈夫。迷子になっても、ロカのいるところは分かるから、まっすぐ戻ってこられるよ』

 マシエラが言うなら、そうなのだろう。


「お待ちかねの、お夕食でございますよ」

 ナタシアとレノアが、ワゴンを押して部屋に入ってくる。

『ごはん、ごはん』

 マシエラはテーブルから飛び降りた。

 テーブルに並べられた料理は、テリーヌとスープと魚のムニエル、犬の顔パンである。デザートはプリンだ。

『美味しいといいねぇ』

 まったくだ。

「レノア、お夕食の後に、お手紙とカードを書くから、机の上はそのままにしておいてくれる?」


「畏まりました。お届けはこの騒ぎですから明日の朝になりますが、よろしゅうございますか?」

「はい。宮廷はだいぶ混乱しているの?」

 わしはテリーヌにナイフを入れる。色とりどりの野菜と鶏肉が段になっておりとても美しい。味も、コンソメのゼリーがちょうどよく美味しかった。


「5の建物は大穴が空いており、4の建物はその流れ弾が当たったように見えました。松林のクレーターといい、何と申しますか、魔法だけで出来ることではないような気がいたします。通いで働いている者も、帰宅が許されないようですから、取り調べがあるのではないかと皆心配しておりましたわ」

 レノアは緑眼だ。魔力を持つ。

『魔法だけじゃない? 今は、威力を増幅する武器とかあるの?』

 マシエラは不思議そうに尋ねる。

「魔法の威力を増幅する武器? 魔法に火薬を放り込むとか? 武器じゃないけど」


「いいえ……魔力は魔族の恩恵ですから、武器に魔力を込めることはありましても、反対は有り得ません」

「同じことじゃ?」

「……」

 レノアは固まって無言になった。

『あるのか、ないのかよく分かんないけど、戦闘は魔法だったと思う、よ?』

 マシエラは自信満々のまま、大きな疑問符をつける。


「特務捜査課が調べるようでございます。ハワード・フェザー2佐が拘束されたそうですが」

 ナタシアが、考え込むレノアに代わって話しを続けた。

「フェザー2佐、フェザー班、オーエン3佐の上司。いろいろ聞かれるだけだと思うけれど。アシュバレン叔父様と連帯責任でよくて降格。悪くて、辞職勧告」

 ヘカテリーナを連れ戻すことが出来れば不問といったところか。アシュバレンとフェザー班はカロリーヌ妃の浮気を隠し、子供を死なせまいとした。離婚すれば済むと思うわしは甘く、明らかに父皇帝の血を引く子供でも生存は許されないらしかった。だが、守りたかった子供の1人に裏切られ、大勢が死んで傷つき、アシュバレンもフェザー班も罰を受ける。ヘカテリーナは連れ戻されて殺される。エミリアーナもエドゥアールも殺される。

 このままではあまりに救いがない。


「媛様? テリーヌは美味しくなかったですか?」

「美味しい」

 せっかくの食事だ。わしは集中して食べることにする。

『ねぇねぇ、野菜と魚はいらないけど、その黄色いのは食べてみたい。ゼリーでしょ?』

 マシエラがガラスの器に盛られたプリンを指で突いた。確かにプルプル具合はゼリーとよく似ている。


「そういえば、媛様。おめでとうございます」

「おめでとうございます」

 ナタシアと、立ち直ったレノアが、ニコニコと笑顔で言ってくる。

「なに?」

「媛様の弟君が御誕生されたのでございますよ」

「わ、産まれたの? 赤ちゃんとイザベラ様はお元気なの?」

 弟ならウィナセイルがいるが、彼が産まれた時、わしは2才でどんな感じだったか覚えていない。今はすごく可愛いと思っているが、その時はふぅんで終わったのではないか。


「お健やかでいらっしゃいます。皇子殿下は赤眼とお聞きいたしました」

「赤眼? ザラヴェスクお兄様のように、やんちゃになるのか」

「まあ、媛様」

 わしが何気なく答えると、ナタシアとレノアは笑い出す。

『赤ちゃんかぁ。見に行く?』

 わざわざ見に行かなくてもそのうちお披露目されるが、こんなことがあった後だ。弟が増えたことを喜ぶのもよいだろう。

「会いに行ってもいい?」

「媛様ならば、大丈夫でしょう。お夕食の後に面会出来るかどうか、伺ってまいります」

 ナタシアはテーブルを離れて、部屋を出る。


 わしはテリーヌを食べ終え、ジャガイモとニンジンとタマネギがゴロゴロ入った塩胡椒味のスープに取り掛かった。

「レノア。弟が産まれた時は、何をすればいいの?」

「兄弟が増える時は、自分が身に付けているアクセサリーを贈るのが伝統ですが、皇家ではどうなのでしょうか」

「アクセサリー?」

 わしが持っているのは女の子用のばかりだ。

「すぐにではなく、後日、御用意するのでもよろしいかと思いますよ」

「そうする」

 皇家でも子供が産まれれば喜ぶし、お祝いもする。ヘンドリックであった頃は、どうしていたのだったか。


 わしはスープを食べ、魚のムニエルにレモンを搾る。

「ホルカル?」

「はい」

 ホルカルはよく出される赤身の魚だ。テリーヌとスープは普通だった。これも普通なら、プリンが危険だ。かといって、不味いムニエルもいただけない。わしはムニエルにナイフを入れ、フォークを刺して口に運ぶ。

 ムニエルなのに素材とレモン汁の味しかしなかった。

「こんな時でも、料理人は遊び心がある」

 ホルカルは味付けがしていなくても美味しい魚だ。香草や、塩けがなくても、レモン汁だけでじゅうぶん食べられる。


「そうですわ。お着替えを御用意いたしませんと。弟君と初めてお会いになるのですもの。オシャレに決めませんと」

 レノアは思いついたように言うと、いそいそと衣装部屋に消えた。

 オシャレに決める?

 わしは急いでムニエルを食べ終えると、楽しみに取っておいた犬の顔をしたパンを半分にする。夕食に出されるパンが不味かったことはない。

「シーラ、あーん」

 わしはパンの半分をマシエラの口に入れる。マシエラは大口を空けてそれを咥えるとモグモグと食べた。


『柔らかくて、甘いねぇ。犬の顔にするとか、わけ分かんないけど』

「子供向けに可愛らしくしているの。パン職人の愛情?」

『そっかぁ。ロカは容赦なく真っ二つに引き裂いたけどね』

「え? それはだって」

 パンはパンだ。

 わしもパンを千切って食べる。目は干し葡萄だった。

 さて、プリンはどうだろう。


「ゼリーじゃなくて、プリンという」

 わしはワクワクと期待するマシエラの為に、プリンをスプーンにすくう。

『プリン?』

「プリン」

 プリンがマシエラの口に入ると、マシエラは目を見開いた。

「美味しい?」

『なにこれ。なめらかで、甘くって、とろけるぅ』

 うっとりと幸せそうな顔をするマシエラ。プリンはおやつに出たイチゴゼリーのように甘過ぎるということはなかったようだ。

 こんな顔が見られるなら、スプーンごとマシエラに渡してもよい。だが、そうするとレノアに見られた時に、スプーンだけが宙に浮いているので言い訳が難しい。

 わしはゆっくりと味わうマシエラのペースに合わせてプリンを運んだ。

 今日の夕食は九十点である。


「媛様。こちらのワンピースはどうでしょう?」

 プリンを食べ終わった頃、レノアが水色の衣服を持ってくる。光沢のある長袖のワンピースは、レースの襟に薔薇のコサージュがついて、謁見の儀で着るようなドレスとどこが違うという感じの物だった。

『おお、豪華』

「もう少し、普段着的なのは?」

「普段着的ですか? そうでございますねぇ……」

 レノアは首を傾げながら、衣装部屋に戻って行く。


『ロカは、ああいう服は嫌いなの? 皇女様らしくて可愛いと思うけど』

「服は可愛いけど、わたくしに似合うかどうかは別だと思うの」

 わしは自分の顔を過大評価しない。華美な衣服はマシエラのほうがよく似合う。


『うーん、血色のいい健康そうな肌、眼は黒いけどクリクリしているし、鼻の形は完璧。唇はちょっと薄めで賢そうに見える。表情があんまり動かないのは大人受けしないけど、笑うと可愛いんだから、もっと笑うといいよ。子供なんだから、着る服に似合う似合わないはないと思うの。ほら、不細工な子でも可愛い服を着れば、可愛く見える気がするでしょ? あれ?』

 不細工……いやいや、わしの顔は地味だが、不細工まではいっていないはず。


『違うのよ。ちょっと言い間違っただけだから』

「いいの」

『ホントに違うからね。ロカは可愛いよ』

「分かっている」

 いいのだ、別に。

「では、これなどどうでしょう?」

 レノアは今度は薄緑の、生地の柔らかなふんわりしたワンピースを持ってくる。それは前に何度か着ていた。

「それでいい」

 わしはもう何でもよいと頷いた。


 診療所は3の建物の近く、別棟にある。

「お父様?」

「ロナチェスカ。そなたが来ると聞いたときは驚いたよ」

 3メートル毎に警備官が詰める廊下を進んで、特別室に入ると、父皇帝がソファーに腰掛けていた。

 父はシャツにスラックスという寛いだ服装で、腕にはブランケットに包まれた赤子を抱いている。


「わたくしもお父様がいらっしゃるとは思いませんでした」

 口をあんぐり開けそうになったのを慌てて取り繕い、わしは礼をとった。

「我が子が産まれたのだ。わたしがここにいて不思議はあるまい?」

 父は苦笑を浮かべて言う。

『皇帝が赤ちゃんを抱っこしているよ。うわぁ、すごいねぇ』

 マシエラが物珍しそうに父に近づいて行った。

 ナタシアは壁際に下がって控える。レノアは部屋で留守番をしているのでここにはいない。


「ロナチェスカもこちらに来なさい」

「はい、お父様」

 父と言葉を交わすのはこれが初めてではなかろうか。

 わしはソファーの、父が腰掛ける隣へどうにか座った。父の腕と、わしの肩が触れ合う距離で、わしは少し緊張する。

「そなたの弟だよ。名前はまだ決まっていないが」

「……小さい」

 赤子は想像よりずっと小さかった。目蓋は固く閉じ、口元がふにゃふにゃと動いている。


「少し早く産まれたからな。だが、メルーソは頑丈だから、すくすくと育つだろう」

「初めまして、赤ちゃん。わたくしはロナチェスカ。あなたの姉上です。これからよろしくね」

「フフ、よかったな。おまえは皇家の一員として認められたぞ」

 父は面白そうに笑って赤子をわしのほうに寄せる。

「可愛い……」

 本当にそう思った。

「そなたが産まれた時もこうして抱いてやればよかったと思う。ヘカテリーナの時も……」

 父は何の感情も乗せない目で、赤子とわしを見つめた。

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