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漆黒の夜明け  作者: 佐藤 育
27/43

   第27話  可愛いミミちゃん

子供編

4才のわし、少しずつ変化する日常   ぱーと9

「……中見てみる」

 魔力を持たないわしへの嫌がらせに思えたのかもしれない。だが、わしはアシュバレンに魔力が見えるようになったことを話していた。

 箱の中には、さらに箱と、半透明のプラスチックケースが入っていた。箱のほうは猫のぬいぐるみの絵と〝可愛いミミちゃん〟という文字。取り出すと、レノアとブリジットが歓声を上げた。


 プラスチックのケースは、ずっしりと重い。蓋を開けると、ガラス棒やハサミ等、細々とした物が6つの仕切りに分けられて入っていた。

「これも魔力を持つ皇子皇女への教材でございますね。魔法グッズの製作に使う道具というふうに聞いております」

 ナタシアは魔力を持たない。だが、皇家の乳母である以上、知らないでは済まされないのかもしれない。


「アシュバレン叔父様は、魔力が見えるなら、魔法仕掛けの壊れたところも分かるのではないかとおっしゃっていたけれど」

 わしはケースの中に信じられないことに魔力源礎石を見つける。大きさは2ミリしかなく、魔力も僅かで、色のないガラスのようだが違う物には見えない。

 魔力源礎石は魔力である。魔力を持たなくても、魔力が見えれば、もしかして魔法グッズを作れたりするのか。


「媛様は、魔力が見えるのでございますか?」

「キラキラしたものが見える時がある」

 わしが言うと、ナタシアとレノアは顔を見合わせた。

「……これが何かお分かりになりますか?」

 レノアはケースから5センチ四方の、白のフェルト生地を取り出して、わしに見せる。フェルトの中心に薄い紫色の小さなビーズが1つ縫われていた。


「魔力が流れている魔法陣」

 ビーズを真ん中に2重の円がキラキラと淡く光っている。

「どんな魔法陣でございますか?」

「2重の円の内側に5の数字と、外側に重心移動とだけ書かれている」

 使われているのは魔族の文字ではなく、メルーソ民族が使う今風の文字だった。動力となる魔力も、指示を出す魔法陣も、本当にこれがと思うほど粗雑なものだった。


「5と、重心移動……確かにぬいぐるみを動かす魔法陣です。自分の魔力で作ったものではありませんから、わたくしには見えませんが。この紫のビーズは、人工魔力源礎石で出来ています。フェルトにこれが縫ってあれば、魔法陣が作動しているものとわたくし達は考えます」

「人工魔力源礎石?」

「水晶のさざれ石に魔力が入ったものです。魔力を持つ者は、成人したら水晶のさざれ石に魔力を込めて、売ることが出来ます」

 売る……。

 レノアの言ったことは、わしにもマシエラにも衝撃を与えた。


『なんて、お手軽なの。色が薄いから、魔力はちょっぴりしか入っていないんだろうけど、そんな方法があったなんて。獣の心臓から探さなくてもいいのね』

 マシエラは涙を拭うフリをする。

 マシエラの時代では、心臓からが普通だったようだ。

 わしがヘンドリックであった頃は、魔力源礎石という物も言葉もなく、魔法陣そのものが力であった。描くよりも、彫ることのほうが多く、魔力源礎石など縫わなくても、魔法陣に魔力が蓄えられ、血で動いた。


「魔力を持たなくても、魔力を見ることが出来るなんて……驚きましたわ」

「皇家のお生まれでございますから、そういうこともあるのでございましょう」

 他にも何か言いたげだったが、レノアとナタシアは理解と納得を示した。


「どうやって使うの? ぬいぐるみに縫い付けるの?」

 昔のように金や銀のプレートではないのだ。縫うのは簡単である。

「では、作ってみましょうか」

 レノアはクスッと笑って、色褪せた箱から、猫のぬいぐるみ〝可愛いミミちゃん〟を取り出した。


「ここでは何ですから、テーブルでなさいませ」

「はい」

 ナタシアが道具の入ったケースをテーブルに持っていく。ナタシアも興味津々である。

『これが、可愛いミミちゃん。か、可愛いかな?』

 テーブルに置かれたぬいぐるみを見て、マシエラが首を傾げた。

 色は黒、手足が長く、グニャングニャンしており、尻尾は細く短い。体は太くバランスが悪かった。布を合わせただけの耳、鼻はなく、ヒゲは垂れ下がった糸で、口は赤い糸でペケに縫われていた。目はシールを貼ったプラスチックである。


『わ、わたしは可愛いと思いますけど。あの、ちゃんと目も残っていますし』

 ブリジットは言う。

「お古のわりに状態がいいですわ。わたくしの可愛いミミちゃんは、妹と取り合いになったりして、目はどこかに飛んで、耳は破れて千切れてしまいましたから」

 レノアも言う。

 宮廷育ちにはまずないことだ。想像もつかなかった。

 だが、これだけは言える。アシュバレンにもらった猫のリュックよりは、断然可愛いと。


「綿を取り出さなくてはなりませんね。これは完成したもののようでございますから」

 アシュバレンが子供の頃作ったままなのだろう。ナタシアは説明書を広げ、可愛いミミちゃんの背中に、ケースから取り出した小さなハサミを入れて、縫い目を解いていく。

「ナタシア、わたくしは縫い物が出来ないのだけれど」

「わたくしがいたしますよ」

 そんなことは知っているとナタシアは笑って、ぬいぐるみの綿を箱に移した。


「これでございますね」

 綿の中から、ビーズが縫われた白いフェルトが出てくる。魔力は消費したのか、ビーズは透明で、魔法陣も浮かび上がらなかった。

「さざれ石は再利用が出来ますから、とっておくとよいですよ」

 レノアがビーズの糸を切って、ビーズはケースの中の針と糸のスペースに、フェルトはゴミ箱行きになった。

 ぺったんこになったぬいぐるみの生地が丁寧に裏返されて、ナタシアの手からレノアの手に渡る。


「ここの、貼り付けてあるこれは、トウオという捕食植物の花びらです。魔力を餌にする植物ですが、ここまで小さく切られてしまえば吸い取れる魔力も僅かですし、危険はありません」

 レノアは可愛いミミちゃんの裏返った手の先を指差して説明する。ピンク色の干からびた皮のような物がそれらしい。わしは初めて聞く。

『トウオ……ユリみたいな花よね。でっかくて、うっかり下を通ると花が落ちてきて閉じ込められる。魔力を吸われるだけだから、すぐに助けてもらえれば大丈夫なんだけど、誰にも気づかれないと、花の匂いに酔っぱらったまま餓死しちゃうという。ふぅん、面白い利用方法だね』

 マシエラは知っているようだ。

 こんな切れ端になっても、魔力を吸うとは、凄い生命力である。


「媛様。この上からで構いませんので、糊を塗って、トウオを重ねて貼って下さい。さすがに前のこれは枯れていますから。トウオはピンセットで挟んで下さいませ」

 わしはケースからピンク色の、しっとりした皮のような物をピンセットで挟んで、言われたとおりにする。

 手を2つと、足を2つ、頭に1つで、計5つだ。魔法陣の5の数字と一致するが、これと魔法陣をどうつなぐというのか。


「次は、このガラスの棒の先にある針金の輪に、こちらの人工魔力源礎石を嵌めて下さい」

 ケースの中に、30個は入っているだろうか。色のない人工魔力源礎石は、含む魔力も極少量のようだ。

「こっちは、石も人工?」

「よくお分かりになりましたね。魔法陣に使われる人工魔力源礎石は天然の水晶ですが、こちらは合成された物ということでございます」

 うすらぼんやり輝いて見える人工の魔力源礎石は、少ししか入っていないのに容量がもう限界という感じがする。

 わしは人工魔力源礎石を1つ摘むと、ガラス棒の先に嵌めた。ガラス棒は20センチほどで、太さは鉛筆よりも細い。それが10本、ケースに収まっていた。


「ガラスの棒に嵌めた人工魔力源礎石をトウオにくっつけて下さいませ」

 そのとおりにする。

「魔力がトウオに吸収されているのがお分かりになりますか?」

 わしは頷く。

 人工魔力源礎石から魔力がトロリと流れ、それをトウオの花弁が吸い取っている。


「では、ゆっくりとガラスの棒を動かして、魔力を糸のように伸ばしてみて下さい」

 ああ、なるほど。

 ガラス棒を引くと、感触はないが、魔力がネバッと伸びるのが目には見える。

「糸は魔力が尽きない限り切れませんが、伸ばし過ぎると魔力が足りなくて切れますから注意が必要です」

 マシエラはぶちっと手で引き千切っていたが。

 強者がすること、だからか。


「フェルトのビーズ部分に、糸を絡めるようにしてつなげて下さい。魔力を使い切るまでお願いします」

 わしはソロソロと糸を伸ばし、薄紫のビーズにグルグルと巻き付けた。少し経って魔力が尽きると、色のない人工魔力源礎石はただの人工水晶さざれ石に戻る。

 これを繰り返して、5カ所をビーズとつなげば、魔法陣がゆっくり回り始めた。


『おお……ホントに魔法陣だ。でも、お粗末だね』

 作動したことで、マシエラにも見えるようになったか。

 魔力の糸が伸び縮みをし始め、可愛いミミちゃんの手足に皺が寄る。

『動きましたわ、動きましたわっ』

 それだけだったが、ブリジットは我が事のように子供みたいに手を叩いて喜んだ。


「本当に、見えていらっしゃるのでございますねぇ」

 レノアは不思議そうに呟く。

「成功したようでございますね。では、綿を入れて仕上げてしまいましょう」

 ナタシアがフェルトの魔法陣を動かさないように気を遣いながら、生地を裏返し、出した綿を戻していく。

 こんな簡単に出来てしまってよいのだろうか。掛かった時間、たったの15分である。

 綿の出し入れと、縫い合わせる作業が、つまりナタシアが一番大変だった気がする。


「どうでしょうか」

 綿が入り、きっちりと縫われた黒猫の〝可愛いミミちゃん〟が、そっと目の前に置かれた。グニャグニャだった手足が頭と体を支え、立っている。

「立ちましたわ」

「立ちましたね」

 さすがに歩きはしなかったが、すり足のように少しだけ動いてもいた。


『しょぼいけど、これってすごいね』

『皇女様がすごいのですわ』

『そうなんだけど、そうじゃなくて。この作り方だと、魔力の定着がすごく楽じゃん。魔力を持たない人が、魔法グッズを作れないのは、魔力を出したり入れたり、ひっつけたり染めたり満たしたりが出来ないからでしょ? 魔力は獣の心臓を探せば、魔力源礎石が10個に1個ぐらいは見つかるわけだし。人の心臓にもあるし』

『あ、そうですよね。え、人の心臓にもあるんですか?』

『何言っているのよ。ブリジット、昨日食べたじゃん』

 わしの血が付いた魔力源礎石を。


『……わたし、わたしは、人を、人を』

『とっくの昔に死んだ人だし。ただの魔力の塊に過ぎないんだから、気にしない、気にしない』

『そ、そうでしょうか?』

 ブリジットがわしを見る。

 わしは頷くことで肯定する。

 確かに怖気がする話しだが、死ねば体の役目は終わる。


「トウオで魔法陣を作れば、これに頼らなくてもいい」

 わしはケースからフェルトの魔法陣を1枚手に取って眺める。アシュバレンが描いて用意してくれた物だろう。魔力で描いた物だから、魔力が尽きれば、魔法陣は消えてなくなり、ゴミ箱行きだ。ならば、トウオで作っても同じではないだろうか。


「切り絵みたいにするとか。わたくしは魔力を持たないから、素手で触っても平気?」

 トウオは大きな花なのだろう。魔法陣の形にトウオを切れば、人工魔力源礎石をパラパラと置くだけで出来てしまう。フェルトに魔力を注いで魔法陣を作るのは無理だが、それなら。


「アレルギーが出なければ、大丈夫かと思われますが……」

 レノアはナタシアをチラと見る。

「そうでございますね。トウオは、第3温室で栽培しておりますし、安価だとは聞きます。媛様が魔法グッズを作りたいのでしたら、魔法陣のお勉強にいいかもしれませんね。御用意出来るか調べます。わたくしは、媛様の御成長が楽しみでなりません」

「……好き勝手に生きるだけかも」

「大丈夫でございますよ」

 ナタシアはニッコリと笑った。


「アシュバレン叔父様に、可愛いミミちゃんを見せようと思うのだけれど」

「お届けいたしましょうか?」

「わたくしがアシュバレン叔父様のお部屋に行くのは?」

「そうでございますね、今日お伺いをたてて、明日というところでしょうか。アシュバレン殿下はお部屋にいらっしゃることがあまりないようなので」

 ナタシアは思案して答えた。


「分かった。じゃあ、カードだけ」

 わしはとりあえず簡単な礼をカードにしたためるべく、勉強机に向かう。

 レノアが用意してくれたのは、昨日と同じ赤いバケツを被ったアヒルのカードである。アシュバレンにはこれでじゅうぶんだが、映画のメモリーカードをくれたルノシャイズにはきちんと手紙を書こう。お返しも何か考えなくては。ザラヴェスクへの礼も、探さなくてはならない。ロックだったか。


『んー? 何か弾けている?』

 マシエラが窓の外を気にして首を傾げた。

「それって……」

 わしは窓に向かう。弾けるは、魔力が連続で放たれている時に使う表現だ。ボン、ボンと花火が上がった時のように振動が伝わってくるのだ。今のわしは感じないが。

「媛様?」

「レノア、ナルビエス1尉を呼んできて」

「畏まりました」

 レノアが窓を開けてテラスに出る。

 外は特に変わった様子もなく、風も凪いでいた。

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