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漆黒の夜明け  作者: 佐藤 育
24/43

   第24話  内緒話と1億セーロ

子供編

4才のわし、少しずつ変化する日常   パート6

 ボビーと呼ばれた男の眼は青、年齢はいっているが、身のこなしに隙がない。


「ここの従業員は、わたしが雇っている。引退組と、学生のアルバイトだね。引退組は老後の暇つぶしだし、アルバイトは就職のコネ作りかな」

「叔父様が個人で?」

「維持費も入れると年間1億セーロぐらいかな。私がメオルンへ行った後、これだけ用意出来るなら、ロナチェスカにまるまる譲ってもいいよ」

「……わけが分かりません」

「そうだろうね」

 アシュバレンは笑う。


「ロールパン3個で百セーロぐらいだとレノアが教えてくれました」

「そこからか」

「百セーロ稼ぐには、えぇと、労働だとどれぐらい?」

 ちょうどよいと聞いてみる。

「そうだな……家のお手伝いを1回か2回すればもらえるんじゃないか?」

「家のお手伝い?」

「そうか。分からないよね。わたしもよくは知らないが、お使いとか、掃除洗濯かな」

 なるほど。

 子供のちょっとしたお小遣いになるらしい。


「どれをどのくらい売れば百セーロになりますか」

「これくらいのぬいぐるみが1万セーロだよ」

 アシュバレンは腕を広げそこそこの大きさを示す。

「クックッ、そんなのでは見当もつかんでしょう。生産者ならトマト5個、商店ならトマト1個が百セーロぐらいじゃないですかね」

 鞍を載せたロバを柵の外に引いてきたボビーが、欲しかった答えをくれる。


「ちなみに俺の月給は手取りで33万ですよ。夫婦2人、じゅうぶん暮らしていけます」

 つまり、給金としては平均かそれより上だが、1億セーロを稼ぐのは並大抵ではない。

 そしてアシュバレンはそれだけ稼いでいる。

「叔父様のぬいぐるみは、もしかして、売れているのですか?」

「もしかしてって……違うよ、魔法グッズの特許」

 アシュバレンは気に障ったのか唇を尖らせた。だが、わしはホッとしている。あの変なぬいぐるみが万人に受け入れられていたらどうしようかと。


「ここの管理維持費で全部なくなるけどね。ロナチェスカがここを引き受けてくれるなら、兄上に交渉してあっちの土地も庭として君のものにする。どうかな?」

「ジャングルの手前の野原ですか?」

 羊達を囲う柵の向こう側はそのまま雑草地で広く空いている。さらに遠くには雑木林どころではない、陰惨な雰囲気のジャングルがあった。

「ジャングルも欲しければもらえば?」

「……わたくしは自分の手で世話が出来る程度の、小さな畑を作りたいのです」

 維持費に1億セーロもかかるアヒルの池も、同じぐらい広い空き地も、まったく欲しくない。ジャングルなど、論外である。


「それはまた、地味だね」

「うるさいです。もう、早くロバに乗せて下さい」

「おっと。怒らない、怒らない」

 すでにロバは準備万端で、暇そうにわしの頭の匂いを嗅いでいた。ずいぶん人懐っこい。

「そんじゃあ、失礼します」

 ボビーがわしの体を持ち上げた。

 鞍上にまたがると、手綱を持たせてくれる。

「ありがとう」

「何もせんでも、池を1周すると帰ってくるんで、大丈夫ですよ」

「そう。賢いのね」

 ロバは小さいが、乗るとやはり視線は高くなる。

 わしを乗せたロバは、アシュバレンと並んで歩き始めた。


「いい子、いい子」

「初めてだよね? 乗り慣れているように見える。上手、上手」

「そうですか? ありがとうございます」

 別の体になっても、これぐらいは。

 落ちないように少し下半身に力が入るが、よい経験である。


「それじゃあ、聞こうか。ロナチェスカはどうしてオーエン3佐の秘密に気づいたのかな?」

 左隣にアシュバレン、右隣に幽霊の2人、少し下がってナルビエス1尉、さらに後ろにナタシアとレノアがいる。

「わたくしは魔力を持ちません。でも、魔力を見ることは出来るようです」

 やはりマシエラのことは話せない。

 ナタシアはわしが幽霊を見たと騒いだ日のことを忘れはしないだろう。アシュバレンにマシエラのことを話せば、回り回ってナタシアにも伝わり、ベイジルの〝夜明け〟のことがバレてしまう。


『初恋の話しじゃないの?』

『初恋の話しじゃありませんのね』

 なぜだ。

「魔力を見る……火になった魔力や、水になった魔力のことではなく、魔力そのものをかい?」

「火になったものは魔法ですから、誰でも見えると思います」

「そうだね……」

 アシュバレンはうーんと考え込む。


 魔力を持つ者にはピンと来ないのかもしれない。わしも驚くようなことではないと思っている。魔力を持つ者にとって、魔力は血が体を循環するのと同じぐらい常に感じ取れるものだからだ。


 だが、魔力を持たない者にとっては、魔力は魔法になって初めて分かるのである。わしも見えるようになったが、感じるまでは出来ない。


「飛び出しカードの、アヒルの嘴を潰したのは、魔力の糸で縫われていたからです。のりで貼られていればきっと気づきませんでした」

「ああ、そうか。ロナチェスカは凄いね。そうか、見えるってそういうことか」

 アシュバレンは納得したようだ。

「見えるだけですから。触れたらもっといいのに」

「クスクス。自分が出した魔力ならともかく、他人の魔力に触るなんて、魔力を持つ人間にも出来ないよ。魔力を消すことは出来るけどね」

『あたしは動いている魔力なら見えるし、見える魔力なら触れるわ』

 マシエラが得意そうに口を挟む。


「待てよ。他人の魔力が見えるということは、魔法グッズの仕掛けも見えるということか。それは仕掛けが分かれば、壊れているところも分かる……」

 分かるであろうな。

 魔法仕掛けの道具を作るのは、わしのヘンドリックの数少ない趣味の1つだった。見えても、魔力がなければあまり意味はない。

「ロナチェスカ。工作は好きかい?」

「美術よりは」

「うーん、魔法陣を書き写したりするのはもっと先でいいか。簡単な、歩く人形あたりからにしよう」

 アシュバレンはわしを見て、意味深な笑みを浮かべた。


「ところで、今日君を招待した理由は、結局のところ1つしかない」

 のんびりと池の周りを進みながら、アシュバレンが切り出した。

 わしはロバの背で、首を傾げる。

「七面鳥と仔ブタと仔ヤギ、いらないって受け取ってもらえなかったんだ」


「……そういう習わしではないのですか? 飼うのも、料理するのも大変そうだと思いますけど」


「菜食主義らしいよ。犬や猫ならともかく、七面鳥と仔ブタと子ヤギだしね。ペットにはしにくい」

 アシュバレンは笑った。

「じゃあ、ここで飼ってもらえるのですか?」

「そのつもりだよ。非常食にもなるし。牛も飼おうかな」

「非常食……」

「だけど、問題が1つ。わたしはメオルン領の領主になる。あちらに向かうのは3ヶ月後だ」

 それでわしに譲るとか言い出したのか。


 確かにここを潰すのは勿体ないとは思うが、わしには裁量も、1億セーロもない。

「庭園課は」

「年間30万セーロしかくれないし、相談したところ主計課も庭園課も引き取れないって言われたんだよね。ちなみに6才までの皇子皇女がもらえる予算は、一年で600万、月にすると50万だよ」

「ほとんど衣装代な気がします」

「ああ、謁見の儀で見るロナチェスカの衣服は、とっても気合いが入っているものね。今着ているのもカジュアルだけど、老舗ブランドのだから、そのまま7大貴族の本邸にお宅訪問出来るよ」

 さらっと言われて、わしは絶句する。


 このスキニーパンツはズボンであるが故にあまり着せてもらえないが、ブラウスもカーディガンも普段着である。皇女が身に付けるものだ。普段着であろうと、安価であるはずはないが、よそ行きとなると値段は跳ね上がる。

「あ、でもたぶん、これはセレスティアお姉様のお下がりです。謁見の儀に着ている衣装も半分はそうですから」

「へぇ。女の子はいいね、そういうの。微笑ましいというか」

「……そうですね」

 同母の姉セレスティアとは、母以上に会話がない。捕まれば、きつくあたられるだけなので、近寄らず、壁と同化するほうがましだ。

 だが、意識していなかっただけで、お下がりを着るという交流があったのだと思うと、感慨深いものがある。


「小さいうちから、高価なものに慣れるのはとても大事なことだ。そういう身分なのだから。皇家ほど権力と責任を持つ人間はいないし、他者に侮られるわけにはいかないからね。月に50万なんて、低予算にもほどがあると思う」

「そうですか?」

 わしは手許金の額を知らず、今知ったが、不満はない。やりくりはナタシアの領分である。


「難しいのは分かる。だけど、頼まれてくれないか?」

「出来ません」

 わしは文字と1桁の計算を習うのがやっとで、歴史の勉強を始めることになったばかりの子供である。生活の何もかもをナタシアとレノアに頼っているのに、アヒルの池の管理など無理である。


「君が7才になって正式に庭をもらうまで、わたしが維持費を出そう」

 これならどうだと、アシュバレンはあくどい顔をする。

 7才になっても状況は今と変わらないだろう。わしはニッコリ笑って、首を横に振った。


「その頃にはラブリンナのウンコで、そこそこ貯まっているんじゃないかな」

「……叔父様」

 せめて糞と。

「向こうの空き地も前倒しでもらってきてあげよう。そこでロナチェスカの希望通り畑を作ればいい。それからボビーを貸してあげよう。そうだ。生後2ヶ月の可愛い可愛い仔犬も進呈するよ」

「仔犬……」

「畑に掛かる費用も、7才まで、わたしが出そう。畑の儲けは全部ロナチェスカのものにしていい」

 好待遇、好条件である。年間1億セーロの出費を考えなければ。


『おおっ、太っ腹』

『そうまでして皇女様にここを押しつけ、いえ、期待しておられるのですね。さすが皇女様ですわ』

 ブリジット……。

 2人は賛成だということか。


「水虫の薬と、育毛剤は売れますか?」

 ラブリンナの糞は、水虫の薬になるとマシエラが言っていたからだ。

「あと化粧水も」

 マシエラ頼りだが、一から作るのでよいだろう。


「ブハッ。え、なに? ロナチェスカはそんなのを研究する気かい?」

 ワハハハと、アシュバレンは腹を抱えて笑い出す。

「平和的で切実なモノだと思います」

「ククッ、売るには免許と、免許を取る為の資格と、国の許可がいるよ」

「……」

「薬草を植えるのも許可がいったはず。モノによっては資格もいるかな」

 アシュバレンは遠慮無く笑いながら、わしを落ち込ませた。


 少し考えれば、そのとおりである。

 それらは18才、成人してからの話しであった。

「水虫と育毛剤と化粧水って、売れることは売れるね。皇女の将来の計画としてはアレだけど」

「お勉強してから作ります」

「うん、頑張れ。アヒルもよろしくな」

「……」

 アシュバレンが言ったとおり、わしがここに招待された理由は1つだけだった。


 古式派の占い師サンドラが受け取らなかったという七面鳥と仔ブタと仔ヤギも、ついででしかなかった。

「四阿で少し休憩してから帰るといいよ」

「はい。そうします」

 わしはぐったりと疲れていた。

 まだ4才なのに、なぜ1億セーロを稼ぐ算段をしなくてはならないのか。自分の好きに使えるならまだしも、わしには関係のないアヒルの池を維持する為である。ふつふつと疑問が湧いてくる。


 だが、池を1周して、ロバにニンジンをあげると、その可愛さにどうでもよくなるのだった。

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