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漆黒の夜明け  作者: 佐藤 育
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   第2話  実は奇跡の出会い

子供編

4才のわし、始まりの1日   ぱーと2


「媛様、お気を確かに」

「ナタシア?」

「いったい、どうされたのですか? いきなり、独り言など……」

「見えない?」

「な、何がでございましょう?」

 ナタシアは取り繕ってはいるが、明らかに怯えていた。

 マシエラは、そんなナタシアをからかうように変な動きをする。


 本当に、幽霊なのか。

 こんなにリアルに見えているのに。

「わたくしより大きな女の子がいる。たぶん、エミリアーナお姉様か、グレゴリウスお兄様ぐらい?」

 背丈はそんなものだろう。


『絵から出てきたって言っちゃダメだからね。魔法が掛かっているから、燃えたり、壊れたりしないけど、気味悪がられてどっかに隠されるのはイヤなの』

 そういうものか。

 ならば、でっち上げるしかあるまい。


「昔、この廊下で殺されたって」

「こ、殺されたのですか? まさか、呪われたりとか、おっしゃいませんわよね?」

「……」

「どうしましょう、どうしましょう」

 ナタシアはパニックに陥る。

 幽霊は見えなくても、信じるタイプらしい。

 ナタシアは勤続30年以上のベテランである。ドロドロの愛憎劇も、たくさん見たり聞いたりしてきたに違いない。

 マシエラはケラケラ笑っている。


「うーん。お花を飾ってくれたら、呪ったりしないって」

 わしは有り得そうなことを言ってみた。

「……そうなのですか?」

『どうせなら、豪華な花がいいわ』

「豪華な花がいいって」

「わ、分かりましたわ。ここに大きな花瓶を置いて、豪華な花を生けますわ」

 ナタシアは意気込んだ。

 よほど怖いらしい。


『あんた、小さいのに賢いのね。えらい、えらい』

 マシエラは手を伸ばして、わしの頭をグリグリと撫でた。

 わしは驚いて飛び退く。


『どうしたの? イヤだった?』

 マシエラは目をぱちくりさせた。

 わしは慌てて首を横に振る。

「撫でられたことない」

『そっか。皇女様だもんね。じゃあ、もっと撫でてあげるよ』

 わしの小さな呟きは、しっかりマシエラの耳に届いたらしい。

 マシエラは笑って、もう1度手を伸ばしてくる。

 ひんやりと冷たい手が、わしの前髪を梳いて、そっと頭に乗せられた。

 ああ、なんて気持ちがよいのだろう。

 猫ならば、喉をゴロゴロ鳴らしていたに違いない。


「媛様? 何が……」

「褒められた」

 ナタシアには顔面の崩れたわししか見えていないのだから、不気味かもしれない。

 そこで、ハッと気づく。

 幽霊なのに人に触れるのか?

 冷たい手の感触はある。わしはマシエラの衣服を掴んでみた。

「触れる……」

 ちゃんとした布だった。

 どうりでマシエラが透き通ったりしておらず、リアルに見えるはずだ。

『そりゃそうよ。友達なのにハグ出来ないのは、寂しいもん』

 マシエラはさも当たり前のことのように言う。

 友達、ハグ、本気で本気だろうか。


「……すぐに花を飾りますわ。媛様、お部屋にお戻りを」

「ナタシア?」

「媛様、このことは誰にもおっしゃってはいけません。そして、すぐにお忘れ下さい。よろしいですね?」

 厳しい口調で言われ、マシエラのスカートを触っていたわしの手が、ナタシアに捕らえられる。

「……はい」

 許容の範囲を超えたのだと分かった。

 わしはそのまま引き摺られるように部屋に戻される。


「レノア、レノア」

「はい。何でしょう?」

「媛様に読書の続きを。わたくしは衛生課に連絡しなければなりません」

 告げるなり、慌ただしく部屋を出て行くナタシア。

 ついて来たマシエラは、さっそく部屋の中を物色している。


「廊下が汚れでもしていたのですか?」

 ナタシアを不思議そうに見送ったレノアが、笑いながら聞いてくる。

「うーん」

 わしは首を傾けて言葉を濁す。

 こういう時、4才という年齢は便利だ。

「ソファーでよろしいですか?」

 わしは無言で頷いて、レノアに座らせてもらう。

 すぐに先ほどの読みかけの本が、膝の上に置かれた。

「分からない文字があれば言って下さい」

「はい」

 わしは表紙を開いてページを捲る。


 レノアは、洗濯されて戻ってきたわしの衣服とシーツ類を持って、衣装部屋へと入っていった。

 洗濯物は1日分だ。アイロンを掛けたりシーツを畳んだり、10分ぐらいはあるだろうか。

 わしには聞きたいことがあった。

 マシエラに顔を向けると、彼女はベッドの枕元にごろっと転がっているクマのぬいぐるみを指で突いていた。

 大きくてちょっと汚れたクマは、母から贈られたものだ。乳を飲んでいた頃から一緒に寝ていたので、何度も洗われて、ごわごわになっている。

『このクマ、動かないね?』

 マシエラは大きな声で問うてくる。

 この部屋は、寝室と学習室と食事室が小さくまとまっているが、1つの部屋としては広い。

「普通のぬいぐるみだから」

 わしは大声を出すわけにはいかない。ぬいぐるみが動かないのは、わしも変だと思っていたが、今はそれが普通らしいのだ。

『え? あ、そっか』

 マシエラは衣装部屋のほうを気にしながら、わしのそばまで戻ってくる。


『皇女様だから、お世話する人がいつもいるんだね?』

「ナタシアは乳母。彼女はメイドのレノア」

 部屋の外と、衣装部屋に視線を送り、本人を交えない紹介をする。

『乳母? 乳母にしては年いってない? 母乳出たの?』

「……哺乳瓶で粉ミルク?」

『おお。皇家御用達の高級粉ミルクってわけね』

「それは分からない」

 赤子は与えられる乳首を吸うだけだ。


『この部屋も可愛いね。高級そうな家具ばっかり。でも、絨毯は歩いても音が鳴らないし、テーブルの花も歌わないし、クマも動かないよ。なんで?』

 マシエラは部屋を見回して首を傾げた。


「そういうのは見ない」

 今は、芸術の授業で習うぐらいだ。

 ヘンドリック時代は、魔法仕掛けのもので溢れていた。マシエラが言うように、美術工芸だけでなく、おもちゃや日常使いのものまで、勝手に動いたり、音を出したりした。きな臭い時代だったが、部屋の中身を比べるなら、今のほうが貧相で面白みがない。


『ふぅん。じゃあ、あんたが作ればいいんじゃない?』

「わたくしが?」

『乳母さんに、ベイジルの〝夜明け〟みたいな、魔法仕掛けの芸術を作るにはどうしたらいいのか、作り方の本があるのか聞いてみるの』

「でも」

『大丈夫。あたしが教えてあげるから。これでも得意なんだよ』

「でも、わたくしには魔力が」

 わしには魔力がない。


 魔法は武力であり、生活水準を高めるものであり、芸術に深みを出すものだ。世界中のどの国でも重用される。

 メルーソ大帝国の唯一の国民、メルーソ民族の髪は黒と決まっているが、眼の色は遺伝とは関係なく、魔力の有無、魔力の質によって異なる。

 例えばマシエラの紫眼は闇、眠りや、純粋な魔力を持つというふうに。

 わしのは黒眼だ。10色以上ある眼の中で、唯一魔力を持たない色である。


『魔力源礎石はもらわないの?』

「まりょくげんそせき?」

 それは何だ?

『皇女様なんだから、当然もらうでしょ?』

「聞いたことない」

『あれ? 魔力の素になる石のことだけど。知らない?』

 知らん。

 そんなものがあるのか?

 わしは戸惑う。


『そっか。魔力を持つ人間の心臓の中には小さな石が埋まっていて、死んだ後にそれを取り出して魔力を持たない人間の心臓に埋めると、魔力を持っていなかった人間も魔力持ちになるの』

「心臓に?」

『そうだよ。あたしが生きていた頃は普通にやっていたんだけど。死んだ後、ちゃんと取り出しておかないと、お墓が荒らされるんだもん』

 ……わしの墓は無事だろうか。

 いやいや。


『あんたの前に友達が4人いたけど、あ、幽霊になってからね。その間も普通に出し入れしていたし、こういうことは何年経っても忘れないと思うんだよね。変ねぇ』

「出し入れ……」

 なんてシュールな……。

『あたしの特技なの。幽霊だから、心臓を裂かなくても出来るわ。気に食わない奴の魔力源礎石を奪って、無能にしてやったこともあるのよ』

 マシエラは笑顔で恐ろしいことを言う。

 それをやられたら、人によっては再起不能だ。

 わしは心臓のあたりを手で押さえた。

「……禁止されたのかも」

『禁止?』


「心臓は大事」

 ヘンドリックの時代でも、眼球の移植が頻繁に行われていた。魔力は眼に宿ると信じられており、魔力を欲した者は、成果がないと分かっていても、眼を入れ替えることを選ぶからだ。

 故に、心臓に魔力の素があると、それが普通に知られている時代ならば、死んだ後にも取り出せて、使用可能だというのなら、狂気に走る人間がいても不思議ではない。

 魔力の有無は人生を変える。魔力を欲して逼迫している人間は、本当に何でもするだろう。


『うーん。でも、魔力がなくちゃ、奴隷よ? 奴隷になるぐらいなら、他人の心臓から奪ったほうがよくない? 魔力なしは生きる価値もなしって、お触れを出した皇帝もいることだし』

「奴隷……?」

 わしは口をポカンと開けた。

 メルーソ大帝国に奴隷がいた時代など、あっただろうか。


『ええ? 皇女様なのに魔力がなくて、魔力源礎石も知らないで生きているってことは、もしかして、魔力がなくても生きていける時代? ウソ、何それ?』

 わしの反応を見て、マシエラは声を張り上げた。

 わしが言いたい。

 何それ?


『いったい今は、いつなの?』

「今は、フォルカ聖暦1817年。今日は4月23日」

『……フォルカ聖暦って何?』

「何って……」

 わしは沈黙する。

 フォルカ聖暦は、その昔から続く大地をめぐる人間とエルフの戦いを、フォルカの神々が新たな大地を創造し、エルフに与えることで収束した年を元年とする、世界十数カ国で用いられている紀年法である。

『モルヴァル乱暦はどこへ行ったの?』

 マシエラが叫ぶ。

「……フォルカ聖暦の前の時代?」

 わしは小さく答えた。


『前の時代……前の……モルヴァル乱暦は何年で終わったの?』

「753年?」

『そうなの……あたし、絵の中で眠りについたのが、505年なのよ。つまり、2千年以上も友達が出来なかったのね』

 マシエラはがっくりと落ち込む。

 だが、気にするのはそこなのか。

 そこなのか?

「友達……大事?」

『当たり前でしょ。だって、友達と遊びたくて、幽霊になったんだよ? 絵を使って相性テストとかしているけど、友達見つけるのに2千年も……あたし、そんなにひどい性格しているのかな』

 マシエラはブツブツ言っているが、性格を言われても、わしには分からない。

 相性=好き嫌いとするならば、これはどうしようもないと思う。

 友達など、いたこともなかったわしが、あれこれ慰めるわけにもいかず、わしは頭を悩ませた。


『はぁ……もう、どうしよっか』

 マシエラは床に膝をついて、ソファーに突っ伏した。

 幽霊なのに、物に触れるのか。わしに触れるのだから、物も同じなのだろうと思い、わしはそのあたりは考えないことにした。

 そうだ。わしには聞きたいことがあったのだ。

「友達になって、何をするの?」

『遊ぶのよ?』

「何をして?」

『冒険とか探検とか、金儲けとか? 2千年も違ったら、冒険するところなんて、なくなってない?』

「うーん……」

 それが遊びなのか。

 しかし、皇女の身分で、その3つが出来るだろうか。

 冒険するところも探検出来るところも、今の世界地図を見ておらず、歴史も習っていないので、これも何とも答えられなかった。


「あ、ベイジルの〝夜明け〟も、2千年以上前のもの?」

 それに気づいたわしは、マシエラとは逆に、にわかにテンションが上がる。モルヴァル乱暦時代の美術品はたくさん残っているはずだが、本物を目にする機会はあまりない。ヘンドリックであった頃もそうだったのだから、今ではなおさらだろう。

 ナタシアが、ベイジルの〝夜明け〟の年代を、自分で調べろともったいぶって教えてくれなかったのがよく分かる。

 ならば。

「2千年も間が空いたのは、絵が人目に付かないところにあったから? 貴重な絵は隠される」

 わしがやっと言葉を見つけると、マシエラはガバッと顔を上げた。

『そっか。そういうことだよね』

「そう。フォルカ聖暦も、悪くない」

 この出会いは奇跡だろう。

 わしは先ほどの真似をしてマシエラの頭を撫でた。誰かの頭を撫でるのも初めてだ。思えば、我が子にもしてやったことがない。

 マシエラは嬉しそうに笑ってくれた。

 わしはホッとする。


『悪くないところって?』

 具体的に言えということか。

「うーん、飛行船という空を飛ぶ乗り物とか」

 魔力を使わずに動く鉄道と自動車にも驚いたが、飛行船の存在を知ったときの衝撃は忘れない。

 2度目の人生、心底面倒くさいと思っていたが、楽しいこともあるのだ。


幽霊な彼女は、わしより昔の人間でした。

次は「あーん」してみよう、です。

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