第18話 救出と皇女のこと(ジョナス・オーエン視点)
子供編
4才のわし、動き出した2日目 ぱーと14
侵入者を取り逃がしたのは、この日、護衛警備を任されていた第1護衛警備課フェザー班の明らかな失態である。
朝の謁見の儀で、アシュバレン殿下首謀による、ぬいぐるみ襲撃事件が起きなければ、事態はもっと深刻になっていたかもしれない。護衛官から多数の負傷者が出たことを憂慮した皇帝陛下が、アシュバレン殿下を補佐に出してくれなければ、フェザー班も上司もそのまた上司も懲戒免職だった。
それも、面白いかもしれないが。
「ジョナス・オーエン。御機嫌だな?」
「そう見えますか? 反省していたんですが」
「嘘を吐け」
「心外ですね。本当ですよ」
班長であるハワード・フェザー2佐は、わたしジョナス・オーエンのよき上司である。
「御機嫌といえば、チャールズでしょう」
「ああ、そういえばいつになく鬱陶しいな。何があった?」
「ロナチェスカ皇女から、カードが届いたようです。今朝のことで、労いのお言葉をいただいたと。あの場で皇女の指示に従った4人全員にですが」
見せてもらったが、今流行りの可愛らしいシールが貼られ、個性的な文字で綴られた、微笑ましいものだった。
「ほぉう。ノイラートはそう単純な男ではなかったはずだが、まあ、褒美には違いないからな」
「動いたのは、お2人だけでした」
戦闘時に変貌するチャールズ・ノイラート3佐は、ロナチェスカ皇女の命令にホッとしたと言っていた。
暴れるぬいぐるみを最初に取り囲んだ数名しか戦闘が許されず、残りは、その場にいる皇家の方々の指示に従えという命令だったのだ。だが、護衛官を使ったのはたった1人だけ。
ルノシャイズ皇子か、グレゴリウス皇子が動くだろうという予想は崩れ、前者は観察する気満々で、後者は無関心だった。
「分からぬものだ……長く宮殿に仕えてきたがな」
フェザーは苦く言葉を濁す。
「班長でもそう思うのなら、わたしが驚くのは当然ですね」
「おまえが驚く?」
「そりゃあ、驚きますよ」
皇家の方々の中でも、その他大勢に分類されていたはずの皇女が垣間見せた行動力と威厳は、わたしの人生観を揺るがすほどの衝撃だった。
「準備整いました」
リベルト・ナルビエス1尉が敬礼して報告する。
彼もロナチェスカ皇女からカードをもらった1人だ。そして、わたしよりも皇女の覚えがよい。
「よし、突入」
フェザー2佐の号令で、玄関扉が爆破され、わたしは正面から乗り込んだ。
ありふれた繁華街の、古くも新しくもない雑居ビルの3階に、目的のエドゥアール皇子が捕らわれていると情報を得たのは、2時間も前である。
犯人は魔力を持っている為、やけを起こして、辺り構わずになる可能性があるので、他に被害を出さないよう避難や封鎖やら、事前準備に時間が掛かったのである。
「妃が浮気して出来た子じゃないか。皇帝の血を引いてもいない子供だろう? そんなムキになるなよ」
男が飲んだくれて、グラスを壁に投げつける。女は悲鳴を上げて、ソファーの後ろに隠れた。
「何を言っているんでしょう? 手足、切り落としてもいいですかね?」
ナルビエス1尉がそよ風をまとわせて言う。
皇女のお気に入りは、結構過激だ。
「掃除が大変だろうが。それより、こっちの口を縫い付けてやれ。うるさくてかなわん」
ノイラート3佐はソファーの後ろから女の髪を掴んで引きずり出した。
「そうします」
ナルビエス1尉は本当に針と糸を取り出して、ノイラート3佐に羽交い締めされた女の口を縫い始める。
普通に当て身すれば大人しくなるだろうに。
余計にひどくなった金切り声を振り切るように、わたしは飲んだくれの男に銃を向ける。
「あんたのお兄さん、トゥリオ・アスコーネというそうだね。彼はまだ生きているよ。他は早々に焼却炉に入れられたが」
主犯以外は、莫大な身代金と、捕まっても皇子誘拐犯として大々的に報道されると唆されただけの小悪党だった。
「……裁判もなしかい」
「職場見学に来て、トイレを借りようと迷い込んだ高官の子供すら、徹底的に調べ上げ、少しでも不審があれば……というところだ。侵入者は拷問して、処刑して、焼却炉で焼かれて、骨は植林の飼料として業者に下げ渡されるから、何も残らない。ああ、家族や友人が行方不明にならなければいいほうか。ジェシカだったかな?」
「きさまぁっ」
男は女がむごたらしく口を縫われても平然としていたのに、その名前を出した途端、顔色を変えて飛びかかってきた。男は赤眼で火の魔力を持っているのに、肉弾戦で来るとは、外で待機させている消防は無駄だったか。
こんなのを取り逃がしたとは、恥以外の何ものでもない。わたしは気を引き締めて、銃を発砲した。
「ぐああああっ」
銃口から飛び出た球体が男の腹に命中して、シュウウと煙が上がる。男は床でのたうち回り、薬品と衣類の燃える匂いが部屋に充満した。
「はっ、凶悪なペイント弾だな」
ノイラート3佐が顔をしかめて、窓を開けた。女の口を針と糸で縫わせた奴に言われたくはない。
「作ってやろうか?」
「アホ」
ペイント銃は市販の物だが、ペイントボールはわたしの自作である。
普通の銃より飛距離は短いが、肉を焼くだけで血も出ず、壮絶な痛みを伴うらしいので、逃げたり刃向かったりする気力も削ぎ落とせて、大変使い勝手がよい。
「遊びは終わりだ。捕らえろ」
腕を組んで黙って立っていたフェザー2佐が、こめかみに青筋を浮かび上がらせていた。戦闘? に参加したかったのだろうか。
「了解」
捕縛チェーンをベルトから外して、わたしは男を、ナルビエス1尉は白目をむいて気絶している女を、グルグル巻きにする。
「娼婦か。運がなかったな」
むっちりしているようで、痩せた女だ。
たまたまここにいたのかもしれない。だが、生かして返されることはないだろう。
「皇子、保護」
「無事か?」
「無傷です。薬で眠らされているようですが」
裏の非常階段を上って突入した護衛官達が、奥から、ぐったりした皇子を抱きかかえて姿を見せた。
「よし、予定どおりだな」
皇子はこのままヴィンス郊外のハリナムの離宮に、自動車で向かうことになっている。
フェザー2佐はアシュバレン殿下に報告、ノイラート3佐他3名は皇子と共に離宮へ、わたしとナルビエス1尉ともう1人で、この男女を宮殿に連れて行かなければならないようだ。
取調室に入れたら、ナルビエス1尉に任せてしまおう。いたぶり足りない顔をしているから、上手くやるだろう。
わたしは溜め息を吐いた。
「アシュバレン殿下」
「お疲れぇ」
紺のパジャマを着崩して、ソファーで寛ぐアシュバレン殿下は御機嫌だった。
すっかり夜が明け、もうすぐ朝食の時間ではないだろうか。
「だいたいは、フェザーに聞いたけどね。ジョナスからも聞こうか。サンドラ・ヴァレンテはどうだった?」
「手強かったですね。仔ヤギと七面鳥と仔ブタを見て、もの凄く慌てていたのは可笑しかったですが」
悠長に10日も掛けていられないと、居所が判明すればすぐ動けるように手分けして集めた動物達は、サンドラのお気に召さなかった。
古式派占い師サンドラ・ヴァレンテは、90に近い年齢ながら矍鑠としており、60才前後の美貌を保っていた。光の癒しの魔力が内に作用しているからだろう。自信に溢れ、尊大に、色目さえ使ってきたので、恐ろしく感じたほどだ。
「クックックッ。七面鳥と仔ブタは食べればいいけど、ヤギはどうするんだろうね?」
「持って帰れと言われました。菜食主義だそうで」
「え? 持って帰ってきちゃったの?」
「はい。とりあえず、フェザー班長の室に放り込んでありますが」
生き物なので返品は出来ない。
しかし、誰も引き取りたがらないのだ。
「あらら。じゃあ、わたしからロナチェスカに贈るとするよ。メオルン領に行く前に、アヒルの池を誰かに譲ろうと思っていたし。七面鳥と仔ブタと仔ヤギは、アヒルの池に小屋を新しく作ればいいだろう。今日中に作らせるから、夕方にでも1羽と2匹を連れておいでよ。アヒルの池ごとロナチェスカに贈れば、断れないよね?」
「よろしいのですか?」
宮廷の庭の一角に、アシュバレン殿下が所有するアヒルの池がある。皇子皇女は7才になると、皇帝から一区画の庭を下賜され、花園にしたり、牧場にしたりするのが習わしだ。殿下は父上である先代皇帝が亡くなられていたので、兄である現皇帝から野草園だったところを下賜されたらしい。今では、池を掘り、アヒルを放し、魚釣りも楽しめる憩いの場となっている。
「7才になるまでは、アヒルの池は現状維持、ロナチェスカはわたしに頼まれて管理するだけということにすれば問題はないよ」
「幼い皇女殿下が、小動物に囲まれているお姿は、想像するだけで微笑ましいですね」
「クスクス、そうだねぇ」
アシュバレン殿下も和やかに笑う。
「それで、小切手の額は足りたの?」
笑みを浮かべたまま問われ、わたしは背筋が凍り付く。
「怒らないから言いなよ。足りたか、不服だったかでしょ?」
「……鼻で笑われました」
1千万セーロではドレス1着も買えないそうだ。わたしは預かっていた小切手をテーブルに置いた。
「わたしの半年分の稼ぎを……これだから金持ちは」
アシュバレン殿下は、ヴィンス都内にぬいぐるみの店を出しているので、そこからの売り上げだろう。殿下はソファーにうつぶせになって唸り声を上げる。ピリピリと肌を刺す殺気がじわりと部屋に充満していく。
しかし、ロナチェスカ皇女から感じた圧迫よりは、まだましかもしれない。我々の白々しい嘘に、凄まじい怒りを見せた皇女。すぐに乳母が差し出したクッキーで機嫌を直していただけたが、生きた心地がしなかった。
皇家が皇家たるのは、絶対的支配者だからだと、身にしみて納得した瞬間である。
「サンドラは、黒く染めた羊皮紙に白インクで書いた依頼書には関心を示していました。2千年前の仕来りに倣ってと言えば、黙ってしまいましたから」
ミンスラの実で黒く染めた羊皮紙も、ジャテの油を使った白インクもデパートで売っていた。イベントや、パーティーの招待状に使うそうだ。
「ふぅん。サンドラも知らなかったことを、ロナチェスカはどうして知ったんだろうね。詰めの甘い誤魔化しをする」
皇女は、母か兄か姉に聞いたようなと言っていたが、サンドラが知らないものをローランゼ妃達が知っているわけがないのだ。
アシュバレン殿下は、ロナチェスカ皇女を面白がるようで不審にも思っているらしい。
「あの石の出処が気になります。それに秘密の子供という脅し文句も。サンドラは顔には出しませんでしたが、震え上がっていました」
ロナチェスカ皇女から渡されたサファイアの原石は驚くほど青く、大きかった。献上品だとしても高価で希少だ。
「石はたぶん、あそこからだろうな。印のない延べ棒でもよかったんだけど、重くて持てなかったっていうオチがありそうだし。ああ、情報も、もしかしてあそこにあったのかもね」
アシュバレン殿下は座り直すと、クスクスと笑い声を上げた。殿下には心当たりがあるようだ。それならわたしが気にすることはない。
「秘密の子供については、調べますか?」
「いや、いいよ。ロナチェスカはいろいろ手中を明かしてくれたし。思いの外、兄弟思いだってことも分かったし。秘密の子供は、ロナチェスカにとっても弱みな気がするな。エドゥアールを攫われたのは我々の失態なのに、損をしたのは何の落ち度もないロナチェスカだけってのは、あまりにも、理不尽じゃないか」
確かに。
宮殿への侵入を許し、エドゥアール皇子を攫われ、あげく手掛かりがまったくなく占い頼みになってしまった。朝廷に問い合わせればすぐに分かっただろう占い師の居所も、妙な勘ぐられ方をされないように、ロナチェスカ皇女にそっと聞いてみるしかなかったのである。ロナチェスカ皇女だったのは、アシュバレン殿下がもっとも皇家らしい性質を持つと褒めるルノシャイズ皇子の、特別に可愛がっている妹で、他のヴァレンテに聞くよりは安全で確実だろうと、アシュバレン殿下が言った為である。
皇女はこちらの意図を察して、事細かに調べてくれたばかりか、サファイアの原石と、占い師への切り札までくれたのだ。
「殿下が陛下のお怒りを買わずに済んで良かったです」
「まったくだね。兄上は温厚で真面目だけど、気まぐれにお気に入りを作って周囲の関係をこじらせたり、計画が計画どおりにいかないと癇癪を起こして周囲が被害甚大だし。今は特に最高に機嫌が悪いから、お気に入りのカロリーヌ妃が浮気していたって知ったら、3人の子供は病死じゃなくて変死だからね。カロリーヌ妃の実家のネイト家も、浮気相手のアスコーネ家も大変なことになる。浮気相手に侵入されて、エドゥアールが攫われたなんて知られたら、わたしも護衛警備にあたっていたフェザー班もただじゃ済まないよ。エドゥアールの部屋の真下がロナチェスカの部屋でよかったよ。エドゥアールよりロナチェスカが狙われるほうが自然だし。しばらくは、ジョナスにロナチェスカの護衛を頼むことになるけど、いいよね?」
「はい。しかし、皇女はナルビエス1尉がよいそうなのですが」
わたしはきっぱりと断られている。
「え? ロナチェスカは趣味が悪いね。うーん、じゃあ、ナルビエスは交代要員ということにする? でもなぁ」
「……大丈夫でしょう。ナルビエス1尉も分はわきまえております」
「そうだね。だけど、ロナチェスカは、ジョナスのおめめが綺麗だって褒めていたそうじゃないか」
昨日の朝のことだ。
護衛警備に目を留める皇家の方々はほとんどいない。いるのが当たり前で、いちいち意識しないからだ。
「おそらくですが、自分の、この眼の色と魔力が違うことにお気づきになったのでは。青い焔眼は例外なく……とよく言われますから」
自ら紙一重とは言いたくない。
「へぇ。例外なくは、当たっていると思うけどね」
「自分は至って普通だと」
「だって、魔力を持つのに、魔法を使うのを嫌って武器開発に勤しむって、すっごく変だよ」
プッと笑うアシュバレン殿下。不敬かもしれないが、ぬいぐるみ製作が趣味で、ぬいぐるみの店まで出した殿下は、他人のことは言えないと思う。
「そうですか? 魔力を魔法に変えるより、武器を使うほうが簡単で楽だと思うのですが」
「そこはプライドの問題かな」
なるほど。
魔力の有無で人生が変わるとされてきた。魔力の有無は、魔族の恩恵の有無でもある。竜族の守護や神族の加護は目に見えて分かるものではない為か、分かりやすい魔族の恩恵は特別視しやすいのだろう。
だが、わたしは思うのだ。魔族の恩恵は特別だろうかと。竜族の守護は世界の為、広く平等だが、神族の加護は依怙贔屓がある。目に見えて分からないだけで、神族の加護を特別に濃く得ている者もいるかもしれない。そしてその者は、きっと魔力を持たない。
人にとって、三族は平等に崇めるものである。魔族の恩恵の有無で、国の元首を決めてよいのかと疑問に思うのだ。
反逆と取られかねないので、口に出しはしないが。
「わたしはロナチェスカのことをよく知らないんだ。1番印象に残っているのはロナチェスカが赤子の時かな。朝の謁見の儀で、乳母からローランゼ妃に手渡されたロナチェスカは、それはもう激しく泣いてねぇ。ローランゼ妃も子供は3人目なのだから、抱き方ぐらいは分かっているはずだし、そもそも皇家の子供は母親と乳母の違いを本能で察知するから、母親の手に戻って安心こそすれ、泣き喚くことなんてないんだよ。兄上が好奇心からロナチェスカを抱いてみたんだけど、うっかり落としそうになるほど小さな体をばたつかせて、ホント、全身で拒絶しているみたいだった。でも、アンシェリーが将来の練習だと言って抱き上げると、嘘みたいにピタと泣き止んで。実はアンシェリーが産んだんじゃないかって、笑い話しになったほどだ。アンシェリーが可愛がり、ルイズがつられて可愛がるようになって、わたしの顔と名前を覚えてはくれるようになったけど、ロナチェスカから近寄ってきたことはなかったと思うな。ロナチェスカは勉強嫌いで口数が少なく、愛想がない、愚鈍な皇女だと言われているが、2才で別れたアンシェリーを覚えていて、心から慕うのは、バカじゃあ出来ない。行儀作法もよく出来ているし、こっちで難しい話しをしていても内容を理解しているようだった。でも、ちょっと変わった普通の子供だと思っていたんだよ。昨日の謁見の儀で、ロナチェスカが行動を起こすまでは」
「はい。あれは驚きました」
「まあ、大したことをしたわけじゃないけど。でも、あれを見て、ロナチェスカは自分で考えて迷いなく動けるんだと分かった。ロナチェスカが皇子で、魔力を持っていたら……ルイズにも同じことを思ったよ。戦争に明け暮れていた大昔ならいざ知らず、魔法がなくても作物は育ち、病気も治り、高層ビルは建ち、教育と武器の発達で治安も保たれている平和な現代だから。魔力など持たなくても、皇帝は務まるんじゃないかとかね。継承権を持つ者が意気地なしだと余計にそう思うのかな。ほんとに、どいつもこいつも。だけど実際に、魔力を持ち魔法を使って周囲に誇示することは大事なんだ。魔族への隷属と奉仕を示すことにつながるからね。これを怠ると、魔力を持つ者の出生率が下がるんだよ。魔族の恩恵が減れば、それにつけ込んで他国が調子づく。ジョナス、魔力を持つ者は魔法を使わなければならない。これは義務だよ」
わたしとアシュバレン殿下の付き合いはもう4年になる。
12才の殿下が、陸軍に体験入隊をした時、教師役を仰せつかったのがわたしだった。模擬演習だというのに、殿下に戦車を何台も大破され、わたしは頭を抱えたものだ。
容赦を知らない方だと思っていたが、根底にそれがあるからなのか。
「魔力の放出が必要なら、もう少し武器を改造してみます」
魔法で戦えと言われているのは分かった。分かるが、手のひらから炎を出すのはあまり気分のよいものではない。命令ならば従うが、訓告ならどうしてもの時までは武器を使用するつもりだ。
「……うん、まあ、いいか。ああ、それでね、今回のことでロナチェスカには迷惑を掛けた上に、サンドラにはロナチェスカの非公式な依頼ということにして、勝手に名前を使っちゃったじゃない? 怒ると思うんだよね」
心臓をわしづかみにされたような震えが走る。
そうだった。
怒りを買ったばかりである。またあの恐怖を味わうことになるのか。
「わたしは不敬罪で処罰されますか?」
「え? ジョナス、声が震えているけど? ロナチェスカはそんなに?」
「クッキーを大量に用意しようと思っています」
何とか事前に乳母に取りなしを頼めないかと必死に考える。
「あー、わたしがそう言えって言ったんだから、怒られるなら、わたしが怒られてくるよ。そうだ。これで、何とか懐柔出来ないかな?」
アシュバレン殿下が両手で持ち上げたのは、手足がくっついた猫のぬいぐるみだった。
「あれ? 新作ですか?」
「そうだよぅ。お腹に物が入れられる、猫型リュックだ」
「へぇ。可愛いですね。それなら、お腹に菓子を詰めておくことをお勧めします」
アシュバレン殿下が防波堤になって下さるなら、ロナチェスカ皇女の怒りも少しは和らぐかもしれない。
わたしは淡い期待を抱いた。
これで2日目は終わりです。
ここまで読んで下さって、ありがとうございます。