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漆黒の夜明け  作者: 佐藤 育
17/43

   第17話  2人目

子供編

4才のわし、動き出した2日目   ぱーと13

 焦るわしらをよそに、魔法陣がまたルーレットのようにクルクルと回り出した。

 わしは足に力を入れて立ち上がる。

 ……面倒くさい人でなければよいが。


『ああ、目が回る。わたしはとうとう死者の郷に来てしまったのかしら』

 現れたのは、女だった。

 オルフォンスよりさらに色が薄く、存在感がない。


『死者の郷じゃないわよ。降霊術で呼んだの』

『降霊術……? そうなんですか。あのぅ、わたしに何か御用でしょうか』

 女は恐れるようにマシエラとわしを見比べる。

 用はないのだが、どうしたものか。


「わたくしはロナチェスカ」

『あたしはマシエラね。よろしく』

「えぇと、あなたは? どうして幽霊になったの?」

 ヴァレンテも省いて、わしは直球で問う。


『わたしはブリジット・カゼルと申します。女優をやっていました。あのぅ、宝くじを買ったんです。でも、当選番号発表の前日に事故で死んでしまって、そのぅ、当たったのか外れたのか気になって、気になって……』

 消え入るような声で、彼女はおずおずと答えた。

「宝くじ?」

 千差万別というが、宝くじが未練でこの世に留まっているとは変わっている。


『女優って?』

「シーラの時代にはなかった? 演劇に出る女の人のこと」

『ああ、巫女のことね』

「巫女?」

『神族に感謝を捧げる踊り子のことじゃないの?』

「うーん、シナリオがあって、演じる人がいて、音楽とか照明とか舞台美術とかも合わせて1つの芸術というか、娯楽というか」

 わしの知る演劇と、マシエラの知る演劇はどうやら違うようだ。


『あのぅ、わたしはテレビドラマの脇役女優で……普段はアルバイトしています。すみません、すみません』

 ブリジットが小さく手を挙げたかと思うと、薄い体を縮こまらせて言う。

『テレビドラマ?』

「テレビドラマ?」

 マシエラとわしは揃って首を傾げた。


『あ、あの、本当に脇役で、被害者とか目撃者とか何ですけど。そのぅ、〝戦ってみせる〟シリーズとか、映画〝駆け上がろう〟にも出ていたんですけど。あの、携帯電話のコマーシャルにも少しだけ……』

 ブリジットが一所懸命アピールしているのは分かる。

 だが、その前にテレビドラマの説明が欲しい。


『あたし、女優が何かも分からないから、さっぱりよ』

『すみません、すみません』

 マシエラが軽く手を振って遮ると、ブリジットはショックを受けた顔をして、ひたすら謝り始めた。

 わしとマシエラは顔を見合わせる。

 1人目がアレだったので、ずいぶん変わった幽霊のように思える。


 それからブリジットは女優のことテレビドラマのこと、ついでに携帯電話のことを、たどたどしく説明してくれた。

『テレビだって。すごいねぇ。ロカの部屋にある?』

「ないわ。わたくしも初めて知った」

『どうしてないんだろうね。普通に普及しているものなんでしょ?』

 マシエラは、見たい、見たいと全身で言っていた。


『あのぅ、教育上よくないとかで、小さなお子さんには見せないようにしているおうちもあるって、き、聞きました。携帯電話も10才までは禁止にする都市もあるとか。そ、そのせいかもしれません』

 では、大きくなれば分かるのだろう。育成統括の方針でそうなっているのかもしれない。


「女優というだけあって、ブリジットは綺麗な容姿をしている。この世に留まる未練が女優ではなく、宝くじというのはおかしな気がする」

 半透明よりも薄いブリジットは、目を凝らしてよく見ると美人だった。襟元の大きくあいたワンピースを着ていて、胸の谷間がちらと見える。宮廷では有り得ない恰好である。


「宝くじが当たれば、何か欲しい物とかあったの?」

『そ、それは、そのぅ……プール付きの大きな家に住んでみたいっていう野望が……すみません、すみません』

 ブリジットは恥ずかしそうに両手で顔を隠した。

『うん、普通の夢だね』

「今はどこに住んでいるの?」

 聞いてみる。


『い、今も、住んでいたアパートに……もう、取り壊される寸前の古いアパートだから、両親も家具とか持って行かなくて、宝くじも机の引き出しに入ったままで……』

「そうなの。でも、幽霊なのだから、他人の家でも、好きな家に、好きに住めばいいのでは? 宝くじは外れたと思って」

 見えなければ騒がれることもない。

『……気がつきませんでした。そうですね。そうすればよかったんですね』

 ブリジットは情けないような表情を浮かべて、少し笑った。


『じゃあさ、今からここに住んじゃえば?』

『え?』

「え?」

 さすがに2人分の食事をわしの食事から賄うのは無理だ。大食いを演出するか、しかし大食いの皇女というのは外聞がよくない。

『え? ダメ?』

『ここ、物置のようですけれど。アパートよりは広いかしら?』

 ブリジットは部屋を見回し、ズレたことを言う。


『あたしはロカのそばをあんまり離れたくないから、ブリジットをスパイにすればいいと思うの』

 スパイ?

 何の為に?

 マシエラが思い掛けないことを言い出し、わけが分からない。

『スパイですか? なんかカッコイイですね。そのぅ、わたし、幽霊ですから見つかりませんし』

 ブリジットが意外と食いついてくる。

 いやいや、待て待て。


『ロカは皇女様だから、情報網はいっぱいあったほうがいいと思う。ブリジットは大きな家に住みたかったっていうのが未練なぐらい、単純な幽霊だから、害になりそうにないというか』

『皇女様? え? ええっ? 皇女様っ?』

 ブリジットは驚きのあまり、椅子から転がるように落ちて床にうずくまった。

『そうよ。ロカは、実は皇女様なの。だから、ここは宮廷だったりして』

『な、なんてことでしょう。も、申し訳ございませんでした』

 ブリジットはそして、床にうずくまったまま、平伏したのだった。


「あの、ブリジット? 幽霊なのだから、身分とか気にしなくていい……」

 平伏なんて、誰もしない。

『と、とんでもありません。幽霊になったからと言って、今までの御恩がなくなるわけではありませんから。わたしは、わたしの家は貧しくて、アンソラータ子供支援制度のおかげで、初等学校の時から教科書や給食費の心配をしなくてよかったんです。飢えることなく演劇学校にまで行けて、本当に感謝しているんです。それなのに、事故なんかで死んでしまって、申し訳ございませんでした』


「ブリジット……けれど、1番悔しい思いをしているのは、あなたなのだから、謝ることはない。それに、わたくしは国の為にまだ何の役にも立っていない子供で、わたくしのほうこそ養われている立場なの。だから、どうか顔を上げて?」

 わしは魔法陣の中に入ると、ブリジットのそばにしゃがみ込む。

 将来、家出することまで考えているわしは、皇女としての最低限の責務すら果たせないかもしれないのだ。


『皇女様、なんて謙虚でいらっしゃるのでしょう。わたし、皇女様の為ならば、スパイでも何でもいたしますっ』

 ブリジットはガバッと顔を上げたかと思うと、胸の前で指を組んで、キラキラと期待する目をわしに向けた。

 なんてことだ。


『決まりね。じゃあ、契約しちゃおう』

「契約?」

『魔力源礎石にロカの血を付けて、ブリジットにあげるだけ。血だけでもいいけど、ブリジットはだいぶ薄くなっているから、魔力もあげたほうがいいと思う』

 血か。

 指でいいか。

 わしは諦めて、指に出来たかさぶたを爪ではがした。

 パジャマのポケットから3個の魔力源礎石を取り出して、全部に血をこすり付けた。


「これでいい?」

 わしは手のひらに魔力源礎石を載せたまま、マシエラに見せる。

『……なんて、美味しそうなんでしょう』

 ブリジットの、文字通り透き通った手が伸びてきて、指先が、魔力源礎石に触れるか触れないかのところで止まった。

 赤と紫と茶色の魔力源礎石は、氷菓子のように溶けて、すうっと、ブリジットの指先と混じり合っていく。

 同時に、ブリジットの体が色みを帯びて、顔や衣服がはっきりと輪郭をとった。


『おお、美人じゃん。おっぱい、おっきぃし』

「灰眼、氷の魔力……」

 わしはブリジットの目鼻立ちの整った小顔を見て、正確には眼を見て、懐かしさがこみ上げてくる。わしがかつて持っていた眼だ。

『ホントだ。夏に重宝するのよね。かき氷とか、お肉の保存とかに』

 マシエラにとっては、そんな重宝の仕方なのか。


『えぇ、何でも申しつけて下さい。わたしのすべてが、皇女様への愛でいっぱいになりました』

「ブリジット?」

 ブリジットが何だか変だ。

『力尽き掛けていたわたしに、新たな力を注ぎ込んで下さった、わたしの皇女様。わたしは皇女様の忠実な奴隷です……ほぅ』

 ブリジットは胸元を押さえて、熱い吐息を漏らす。


「え? 待って、待って。わたくしは奴隷なんていらない。そこはせめて友人にしよう。友人がいい」

 わしは慌てて止めた。冷たい汗が流れる。

 マシエラはケラケラ笑って面白がっている。

『普通に従属の契約なんだけど、隷属の契約になっちゃったみたいね。メルーソの血だからかな』

「情報を集めてくれるなら、宮殿に住んでもいいよっていう契約ではなかったの?」

 わしとしては、利が一致したので雇うぐらいの感覚だったのだ。


『宮殿、なんて素敵な響きなのでしょう。あ、あの、わたしが宮殿に住んでもいいんでしょうか?』

 だが、ブリジットはわしの困惑をよそに、激しく浮かれていた。

「もちろん、いいけど。いいの?」

『あ、ありがとうございますっ。ああっ、わたしは、わたしは、幸せ者ですね。宮殿の隅々まで知り尽くして、皇女様のお役に立ってみせますわ』

 そして、わしを拝むようにして、感涙にむせぶブリジット。


『本人がこれだけ喜んでいるんだから、いいことしたじゃん?』

「そうかなぁ……?」

 マシエラは気楽に構えているが、わしは不安だ。

 ブリジットは契約の闇部分を自覚しているのだろうか。従属の契約も、隷属の契約も、世界の澱から発生すると言われている〝間のモノ〟を屈服させる為のものだということを。

 わしが死んだら、ブリジットも消えるのだ。


「ブリジットにあげた魔力源礎石で、どれだけ保つの?」

『魔力を使わなければ、30年は大丈夫じゃないかな。薄くなればあげればいいよ。ここにたくさんストックされているんだし』

「分かった」

 余分を取るのは、今日じゃなくてもよさそうだ。


『あ、時間だね』

 オルフォンスが消えた時と同じ、魔法陣が弱く光る。

 ブリジットは消えず、魔法陣もそれきり沈黙した。

「次がなくてよかった」

 わしはホッと肩の力を抜く。


『じゃあ、戻ろうか。ロカ、目の下に隈が出来ているよ? 今日は疲れたね。よしよし』

『も、申し訳ありません。き、気がつかなくて。わ、わたしがグズグズしていたせいですね。皇女様を、こ、こんな夜更けまで付き合わせてしまうなんてっ……』

 労ってくれるマシエラと、ヨヨヨと落ち込むブリジット。

 確かに、大変な1日であった。


 部屋に戻ると、ブリジットはテンションがだだ上がりで、ラブリンナの雛、ボリンと対面した後、さっそくスパイしてくると言って、壁を通り抜けて行った。

 わしは眠い目をこすりながら、窓を開ける。

「オーエン3佐」

 いるのかいないのか分からないが、とりあえず小声で呼んでみる。


「……皇女殿下?」

 足音がして、テラスに上がってきた人影は、眉間に皺を寄せたオーエン3佐だった。

「遅くまで、ありがとうございます」

 部屋からは出ずに、窓を開けただけだが、パジャマ姿のわしをはしたないと思ったのかもしれない。

「勿体ないお言葉、痛み入ります。寝付かれませんか?」

 だが、オーエン3佐は片膝をついて、心配してくれる。案外、いい奴なのか。


「サンドラは、ヴィンスの東、43丁目のケイトリーゼ通りにある、グランスイートという高層マンションの最上階に住んでいたそうです。えぇと、お父様とお母様の縁談が持ち上がった頃ですから、11年ぐらい前になります」

 オルフォンス情報だが、考えると情報としては古い。


「11年前? しかし、こちらにはその情報もありませんから、助かります」

 オーエン3佐は早口に答えると、すぐに立ち上がった。

 わしは急いで付け加える。

「もし会うことが出来て、もし無茶を言われたり、ごねられたりしたら、秘密の子供と言って下さい」

「秘密の子供?」

「エドゥアールお兄様をよろしくお願いします」

「必ず」

 オーエン3佐は踵を返した。

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