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漆黒の夜明け  作者: 佐藤 育
16/43

   第16話  1人目

子供編

4才のわし、動き出した2日目   ぱーと12

 褒められると、疲れも吹き飛び、やる気になるものだ。

 わしは錐を右手に持って、左手の人差し指に思い切り突き刺した。

『ええっ?』

「魔法陣には、血が定番だから」


 3族の文字を使う魔法陣を動かすにはどれも血が必要である。自室と地下室をつなぐ魔法陣も、竜族の文字が使われている為、血が鍵となっているのだ。

「でも、わたくしは魔力を持たないので、たくさんいると思う」

 椅子の座面に彫ってある魔法陣に、血をポタポタと落としながら、わしは答えた。


 魔族の文字を使った魔法陣は、当たり前だが魔力を素にしている。血に含まれる魔力を吸収すればエネルギーの補給になるので、動くのも早い。血だけでも動くので問題はないが、魔力のないわしの血ではその分、量がいる。

『痛そうなんだけど……』

「少し」

 そりゃあ、痛い。


 わしは錐を置いて、指を絞るようにして、血を出していく。だが、傷がもう固まってきたようで、じんわりとしか出なくなった。

 わしは中指にも錐を刺して、血を流す。それでも足りず、薬指と小指にも同じようにして、やっと魔法陣が反応し始めた。


『わっ』

 蜘蛛の巣のような外側の魔法陣が淡く光りながら、ゆっくりと降りてくる。それはマシエラにも見えたようだ。

 わしとマシエラは急いで魔法陣の外に出る。


『あ、呼び鈴がない』

「呼び鈴?」

『呼び出す幽霊を条件付けたり、指名したりする道具よ。それがないと、古式派の占い師に恨みを持つ幽霊を呼び出せないの』

「つまり?」

 外側の魔法陣は椅子の高さまで降りてくると、中側の魔法陣と合体する。1つの大きな魔法陣が完成した。

 そして、8重の円が、バラバラにグルグルと回り始める。


「ルーレット?」

『うん。ランダムに出てくるよ』

「え? どんな幽霊が来るか、分からないの?」

 それは危険ではなかろうか。


『魔法陣の外には出られないから、大丈夫。たぶん』

 たぶん……。

 額に汗をかく思いで待っていると、魔法陣が強く光って、動きを止める。

『来た』

 マシエラが少し緊張した声を出す。


『はて? 何が起きたのであろうか』

 半透明の人物が、中央に置かれた椅子にフッと現れる。

 30代前半の、にやけた顔の何となく好かない男だった。

「……情報が欲しくて、降霊術を行いました。わたくしはロナチェスカ・ヴァレンテ」

 メルーソまで言わなくてよいだろう。


『あたしは、マシエラ。よろしくね』

 マシエラは手を振ってニッコリと笑った。

『ほう。降霊術とな。それで、こんなところに来たわけか。なるほど、なるほど。わたしはオルフォンス・クレオ・メルーソという』

「……まさか」

『まさか、とは? わたしが嘘を吐いていると言うのかな? そなたは生きている人間であろう? そちらの女子はわたしと同類であろうが、幼子故か、そなたは幽霊が見えるのだな?』

 幽霊の男オルフォンスは、ずいぶん気取った物言いをする。万事大げさで、お調子者の匂いがして、父皇帝とは正反対な性格のようだ。


『メルーソって言っているけど、知っているの?』

 マシエラがコソッと聞いてくる。

 わしは頷いた。

 そう、わしはこの男の名前を知っていた。


「シーラ以外の幽霊が見えるかどうかは分からないけれど、少なくともあなたは見えています」

『ふむ。わたしが見えておるならば、問題はない。千載一遇というものであろう。そなたに、頼みたいことがある』

「わたくしの聞きたいことが先です」

 流されてはいけない。


『欲しい情報をくれたら、そっちのお願いも聞くだけは聞いてあげる』

 マシエラも言う。

『なるほど。物事には順序というものがある。よいだろう。何が知りたいのかな?』

 オルフォンスは面白がるように了承した。


「古式派占い師のサンドラ・ヴァレンテの居所です」

『ほう……』

 マシエラはサンドラに恨みを持つ幽霊を呼ぶとか言っていたが、わしにはよく分からない。


『古式派は、自分の占いの的中率を上げる為に、相当裏で悪いことをしているからね。魔力を餌に、幽霊を使役する者もいるっていう噂だから、何か知らない?』

 それで降霊術なのか。

 だが、幽霊を使役だと?

 自分の常識がどこかに行きそうだ。


『そういうのは聞かんが、サンドラ・ヴァレンテのことは少し知っておるよ。新たに見つかった鉱脈を地底人と交渉したいが、成功させるにはどうすればよいかという相談をしに行って、わしの弟にサンドラの孫が嫁に来る羽目になったのだ。ヴァレンテの娘など、とんでもないと危惧したわたしは、サンドラのところへ嫌がらせをしに出向いたので、住んでいるところは知っておる。今もそこにおるのならば、ヴィンスの東、43丁目のケイトリーゼ通りにあるグランスイートという高層マンションの最上階が、そうであるな。しかし……サンドラはよい女であった』

 懐かしむように言ったオルフォンスに、わしは言葉が出ない。


『ロカのひいおばあさんでしょ? いい女って、年齢は幾つなの?』

『さて。あれは1806年の夏の終わり頃であったから、10年、11年ぐらい前のことになるのか。サンドラは実に若々しい姿であった』

『ふぅん。まあ、相手は古式派の占い師だもんね。それで嫌がらせって何したの?』

『それは、フフフ。子供には言わぬ』

『スケベなことしたのね。これだからオヤジは』

 いやいやいや。

 おかしいだろう。

 祖母が60代だったはずだ。曾祖母であるサンドラは80を超えているはずである。10年以上前のこととしても、30才過ぎの男が言うのを聞くと、微妙な気分だ。


『コホン。では、こちらの話しも聞いてもらおうか』

「……はい」

 何というか、凄く嫌だ。

『実は、わたしには隠し子がおったのだ』

「隠し子?」


『子供にはモラル的によろしくない話しだが、許せよ。生きている頃、わたしには妻の他に、6人の愛人がおった。わたしは次期皇帝と目される皇子で、周囲の者がいろいろ紹介してくれてな。皇帝になれば、妃を何人でも増やせるし、魔力を持った子供を作らねば、肩身の狭い思いをするのだ。わたしの父がそうであった。妻は皇子と皇女を産んでくれたが、2人とも魔力を持っていなかったから、妻もわたしが愛人を作ることには見て見ぬふりをしておったのだ。だが、愛人達に子供が次々と産まれて、妻はおかしくなってしまった』

 オルフォンスはいったん言葉を切って、深い溜め息を吐いた。


『まあ、それはそうよね。妻からすれば、やっぱり面白くないもん』

 マシエラはうんうんと頷く。

 ヘンドリックであった頃の妃達は皆、気が強くて、我が我がという者ばかりだった。魔力を持つ皇子を産むまではと、媚薬を盛られて迫られたこともある。男も大変だが、女も必死なのだ。


「愛人達に子供? 家系図には載っていなかったと思いますが」

 子供が出来れば、愛人の名前も皇家の家系図に記載される。

 朝の謁見の儀で困らないように、字を習う前から、現代の家系図を見せられて、覚えさせられるのだ。顔は知らなくても、名前と自分との関係性だけは分かる。


『そうか。そなたは、もしや、我が弟の子か?』

「はい」

 そうなのだ。

 オルフォンスは、父皇帝の亡き兄の名前である。

『え、そうなの? じゃあ、この人はロカの伯父さん?』

「うん」

 父とは同母の兄弟で、亡くならなければ父でなくオルフォンスが皇帝だったと聞いている。


『ヴァレンテの子に呼び出されたのは、偶然ではなかったのだな。ならば、話しは早い。わたしの息子達を頼みたい』

「それは、所掌管理局も知らない子供がいるということですか?」

『うむ』

 父は、オルフォンスの子供2人を養子にして、後見人になっている。愛人に子供がいれば、同じように引き取ったはずだ。そうすれば、愛人達は他の男と結ばれることが出来る。


「なぜ? 隠すようなことではないでしょう?」

 血と魔力の有無が重要視されるのは皇家だけではない。7大貴族も、領家も、配偶者との間に後継の子供が出来なければ、愛人を作るのは当たり前のことである。


『隠してはいなかったのだ。妻が、愛人と子供を次々に殺しに掛かるまでは』

「殺す……?」

『妻は、愛人達と子供達を次々に殺していったのだ。妻の怒りと悲しみの深さを知った時には、もう取り返しがつかなかった』

 オルフォンスは項垂れ、ただ後悔しているようだった。

 わしもマシエラも何も言わなかった。


『……そして、その時は、妻を閉じ込め、カネをばらまき、弱みを押さえ、望むものを与え、ありとあらゆる手を使い、事件を隠蔽して終わったのだが』

『お、終わったって、なかったことにしたってこと? え、ホントに?』

 マシエラは目を丸くする。

 よくもまあ、そんなことが出来たものだ。わしは呆れる。


 カロリーヌ妃は浮気して処刑されるかもしれないのに、皇子の妻が、その皇子の愛人と子供を殺して、罪に問われないとは。オルフォンスの妻には同情するが、殺された女や子供のことを考えると、隠蔽したオルフォンスに腹が立つ。


『残った愛人は2人だった。子供も2人。所掌管理局に頼んで、女にはカネを、子供は女子で魔力も持たなかったから、養女に出した。メルーソの名を持つ者の実子として、戸籍が作られたから、家系図には載っておる』

「勝手な……家系図にも載らず、誰にも覚えてもらえずに死んだ子は?」

『責めるでない。死んでしまったものは、仕方がなかろう。上手く後始末は出来たのだから、良と考えるべきだ』

 苦々しく答えるオルフォンスは、何を苦々しく思って答えたのだろうか。

 ああ、消してしまいたい。こんなのが、幽霊になっているのが許せなかった。


「それで?」

『うむ。2年、妻は少しずつ正気を取り戻し、わたしと離婚することを受け入れた。妻は実家に戻り、わたしはまた複数の女性と付き合い始めたのだ』

『はあぁぁぁっ?』

『仕方がなかろう。わたしは魔力を持つ息子が欲しかったのだ』

『……魔力がなきゃ始まらないもんね』

 憤ったマシエラが、その一言で、悔しそうに納得する。


「それで?」

『一応用心はして、所掌管理局にも知られないように、逢瀬を重ねてな。魔力を持つ息子が3人、魔力を持つ娘が1人、魔力を持たない息子が2人、魔力を持たない娘が1人と、新たに7人の子供を授かることが出来た。妻と別れて5年、父も高齢に差し掛かり、そろそろ皆に紹介しようと思っていた矢先であった』

 家系図の名前の横に、没32と括弧で閉じられていたのが頭に浮かぶ。


『どうなったの?』

『別れた妻が、突然現れてな。わたしを刺して、自分も毒を飲んで自害したのだ。わたしは何のために妻と別れたのか。妻は、わたしを忘れて、幸せになっていなければならなかったのに』

 オルフォンスはさめざめと泣き始めた。

 わしはげんなりする。


「……それで?」

『そなた、冷たいのではないか? ここは慰めの言葉を掛けるべきであろう。我が弟ハヴァエストの子とは思えぬぞ。やはり、強欲なヴァレンテの血など、皇家に入れるべきではなかったのだ』

「今更でしょう」

『そうなのだ。入れるべきではないと分かっていたが、ヴァレンテの女は実に魅力的で、男を虜にするすべを心得ておる。わたしはローランゼを可愛がるハヴァエストの気持ちがよく分かるぞ』

 いやいや、待て待て。


『え、それって?』

『ローランゼも実によい女だ』

『違うし。幽霊のくせに、人妻にハァハァ言ってんじゃないわよ』

 その人妻は、わしの母だ。


「……愛人にヴァレンテがいるということですか?」

『名前はモリーヌ・ヴァレンテ。ヴァリエール・ホテルのオーナーをしておる。彼女を紹介してくれたのは、ダニエス・ヴァレンテだ』

 モリーヌは知らないが、ダニエスは知っている。

 ヴァレンテ家当主、ヴァレンテ財閥の総帥で、わしの祖父にあたる人物である。


 それからオルフォンスはたくさんの名前を挙げた。

 愛人、紹介者、子供……それだけ派手なことをしておいて、皇家所掌管理局にバレていないのが信じられない。

 わしは開いた口が塞がらなかった。


『わたしは子供達にメルーソを与え、息子3人に継承権を持たせてやりたい』

 オルフォンスの望みは、当然の権利のように思う。

 だが。

「わたくしでは何とも言えません」

『……メルーソの血を野放しにしておくわけにはいかん。血は薄まっても、力は消えぬ故な。分かるであろう?』

「……」

『そなたしかおらんのだ。頼む』

 と言われても、わしにはどうすることも出来ない。


 祖父ダニエス・ヴァレンテが沈黙しているなら、そのとおりにしておくべきだ。皇家の一員としてメルーソを名乗れるようになるならよいが、そうでない場合は血みどろの惨劇が待っている。


「皇家所掌管理局のことは、いざとなれば抑えることは出来ます。彼らは従う者でしかないのだから。82の領家は、活気づくところもあるかもしれない。子孫にメルーソの血を入れることで取り潰しがなくなるのは魅力的ですし。けれど、7大貴族は、初代皇帝エンフェルト・メルーソの子供が祖になっています。メルーソの血を欲したりはしないし、皇家の風紀が乱れることを嫌うと思います。そして、皇帝であるお父様がまず認めないでしょう。お父様はお気に入りと、そうでない者が、はっきりしているようだから。あなたは幽霊となって、スタンシード様とチェチーリア様の暮らしぶりを見ているはず。お父様は、兄であるあなたが残した2人の子を養子にし、後見人になりましたが、愛情を与えたことはなかったはずです」


『ハヴァエストは兄思いの弟であったぞ。スタンシードとチェチーリアは、妻の子でもある故、憎しみのほうが上回ったのかもしれぬ。そうか、そなたは、わたしの子供達は、消されると考えるのだな?』

「はい」

 そうならないように口を噤むべきだ。わしは聞かなかったことにしたい。

『そうか……そうであるな。だが、国を傾けかねない芽は、摘んでおかねばならん。メルーソが、見失ったメルーソに倒されることになっては意味がない。消すことになってもかまわぬから、頼みたい』

 オルフォンスは頭を下げた。

 わしは息を呑む。


 血は薄まっても、竜族の恩恵は出現する。他者を圧迫する力、わしが得た魔力が見える力もそうだが、心を読む力や、透明人間になれる力、動物と話せる力等、魔力とは違う変わった力をたまに授かることがある。変わった力というだけならまだよい。初代皇帝エンフェルトが持っていたという天候を操る力と、人々を魅惑し、時代を変革するカリスマ性が民衆から出るのは、何としても避けるべきだ。


 メルーソ大帝国は、メルーソ皇家一族が未来永劫を掲げ、167代に渡って築き上げてきた宝物である。取りこぼした種を、育てるわけにはいかなかった。


「幽霊になってまで、そんなことを頼むのですか?」

 だが、妻を不幸にし、愛人を不幸にし、子供達を不幸にし、自身も不幸になって、残ったわずかな幸せも壊すようなことを、よく望めるものだ。

 わしは嫌だ。

 とても引き受けられない。


『子供達にメルーソの名を。無理なら殺せ。そなたは幼くともメルーソだ。聞いた以上は放置出来ぬよ。誰ぞに話して丸投げするのもよし、大きくなってから自分で始末するのもよし。わたしは……おや、時間切れのようだな』

 魔法陣が弱く光って、オルフォンスはあっさりと消える。

 わしはその場にへたり込んだ。


「……シーラ。忘れよう」

『え? 忘れるの?』

「うん。忘れる。わたくしは何も聞かなかった。ひいおばあ様の居所しか聞かなかった」

 そうしよう。


『じゃあ、戻る?』

 マシエラがわしの顔を覗き込んで言う。

「もど、る……シ、シーラ、また光っているようだけど?」

『あ』

「ま、また、誰か来るとか?」


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