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漆黒の夜明け  作者: 佐藤 育
13/43

   第13話  古式派の占い師

子供編

4才のわし、動き出した2日目   ぱーと9

 今日は昼寝をしていないので、そろそろ限界である。

 クッキーをたくさん食べて腹が満たされたわしは、目をしょぼつかせていた。

「お疲れになったでしょう。少しお休みになって下さいませ」

 わしは部屋に人の気配があるとよく眠れないので、ナタシアとレノアは退室する。

 レノアは扉の外で、オーエン3佐はテラスで見張りをするらしい。

『あたしは地下でちょっと捜し物してくる』

 マシエラは元気良く言って、床を通り抜けて行った。

 カーテンが引かれ、ほんのり暗くなった部屋で、わしは深い眠りに落ちた。


 目が覚めたのは、15分後。

 マシエラがベッドの上に座り込んで、何かをぶちまけていた。

「シーラ?」

『ウフフ。いいもの見つけてきた』

 マシエラは得意気に笑う。


 わしは起き上がって、同じように座ると、それを見下ろした。

 ふとんの上にあったのは、色取り取りの原石だった。

「これは?」

『古式の占いに必要なもの? 古式派を名乗る占い師は、がめつくて、やたら古いものにこだわってて、形式美とかにうるさくて、まあ、厄介な連中なわけ。その代わり、占いの的中率はすごくいいんだけど』

「すごくいいの?」

 ならばやはり、エドゥアールの行方を占いで捜す気なのか。


『エルフがどこに潜伏しているのか、次の戦いはいつになるのか、運命の相手とはいつどこで出会えるのか、お金持ちになるにはどうしたらいいのか、とかとか、何でも占ってくれるのよ。あたしは新年の始まりに、いつも占ってもらっていたわ』

「シーラが?」

『うん。古式の占いは、光の魔力で予見の魔法だから、信憑性があるの』

「古式ってそういうことなの?」

『そうよ』

「じゃあ、ひいおばあ様を頼るのは、もっとも手っ取り早い方法ってことか」

 手掛かりがないということでもある。

 侵入を許し、エドゥアールを攫われたのは、護衛警備のミスだが、そのきっかけを作ったのはカロリーヌ妃の浮気だ。

 あのやり取りを、2人の護衛官が聞いていたし、班長であるフェザー2佐も、上級護衛官であるオーエン3佐も、当然知らされているだろう。


 カロリーヌ妃と、仮面の男は、口を割らなかったのか。尋問と平行して、占いで捜すつもりなのか。

 そして、エドゥアールを攫って逃げた人間もいる。


「これで占ってもらえる?」

 わしは羽毛のふとんに沈む、親指大の原石の中から、赤色のものを手に取った。

『うん。あたしは水晶のペンダントで占ってもらっていたの。連中は、古いものに宿る力を借りて占うらしいわ。こうやって握り込んで、ウンウン唸っていたわよ』

 マシエラはごろっとした緑色の原石を、ぎゅうっと握りしめて、頭を激しく上下左右に振った。

「なんか、それっぽい」

 わしは思わず笑う。


『パフォーマンスなのか、本当に必要なのか分かんないんだけどね』

 マシエラも笑った。

『この原石、地下のコレクション部屋にあったんだけど、さすがに、いいもの集めているよね。これとか、王冠に使うようなものじゃん』

 そしてマシエラは青色の大きな原石を指で突いた。

「そうかな。それじゃあ、報酬はこれにする」

 曾祖母でもヴァレンテ家の人間なら、これぐらいは要求しそうである。


『え? それはさすがに勿体ないよ。報酬は金貨3枚ぐらいじゃない? それも多いと思うけど、皇女様だから足下見られてふっかけられるだろうし』

 マシエラはうーんと顎に手を当てた。

「金貨? 記念硬貨のこと?」

『記念硬貨?』

「金貨は記念硬貨だから、使われていないの。地下にはあるけれど、珍しいものだったりすると後でややこしくなりそうだから」

 出処を探られると困る。


『どういうこと?』

 ああ、そうか。

 マシエラはまだ知らなかった。

「特殊印刷した紙がおカネなの。単位はセーロ。金貨1枚で、20万セーロぐらい。ロールパン3個で百セーロぐらいだって、レノアが教えてくれた」

『……は?』

 マシエラは目を丸くする。

 気持ちは分かる。


「わたくしも見たことはないの。地下にもそれらしきものはなかったと思う。だから、説明するのは難しいのだけれど」

 数字で想像するしかない。

『うー、紙が、金貨の代わりとか……すごい時代だね』

 マシエラは嘆息する。

「だから、口止めも兼ねて、これにする」

 わしは青色の原石を除けておき、それ以外をマシエラの衣服のポケットに入れた。

『はいはい、戻しとけってことね』

 マシエラはクスクス笑ってポケットをポンと叩く。


「古いものと報酬はこれでいい。あとは、形式美? 形式美って?」

 占いで形式美というと、しきたりや手順を守るということだろうか。

『それは向こうが勝手にするから気にしなくていいよ。晴れの日はこの色とか、雨の日はこっちの飾りとか、そういうのだから』

「じゃあ、他に準備しておくものとかある?」

『うーん……えっと、ミンスラの実で黒く染めた羊皮紙に、ジャテの油を使った白インクで、まずは手紙を書くでしょ。手紙を仔ヤギと一緒に配達してもらったら、返事が来るのを待つ。10日ぐらい掛かるんだけど、急ぐ場合は仔ヤギの他に七面鳥を贈るといいよ。もっと急ぐ場合は仔ヤギと七面鳥と仔ブタを、配達じゃなくて自分で連れて行くのもアリね。ここまでいい?』

 いや、よくない。

 わしはベッドを降りると、勉強机の引き出しを開けて、鉛筆とメモ帳を取り出す。

「もう1度言って」

 またベッドの上に戻って、メモ帳を開く。

 マシエラが繰り返し言うのをまとめながら、これだけ用意するには結構な時間が掛かりそうだと心配になる。


「それから?」

『返事が来たら、指定された日時に、報酬とは別に、朝なら果物を、昼なら甘いお菓子を、夜ならお酒を持って行くこと。1番高い服を着ていくこと。聞かれたことには正直に答えること。偉そうな態度を取らないこと。御機嫌を損ねて追い返されたら、2度と会ってくれないから』

「分かった」

『古いものを渡して、占ってもらったら、報酬を渡して終わり。後日、上等な布を1疋、礼状を添えて贈らなくちゃいけないんだけど。帯を付け足すと、助言がもらえたりするから、余裕があるならお勧め』

 つまり、最初から最後まで貢ぎまくれということだ。

 がめつい。

 確かに、がめつい。


「はぁ……シーラは毎年、それをやっていたの?」

『まあね』

「何を占ってもらっていたの?」

『……ウフフ』

 そうか、秘密か。


「古式派の占い師のことは何となく分かった。問題は、わたくしがひいおばあ様の居所を知らないってこと」

『知らないの?』

「母方のひいおばあ様だもの」

 わしは、ヴァレンテ家の親戚の誰とも交流がない。

 母とも、たまにしか話さないのに。


『だけど、そこが1番肝心な所じゃない?』

「うん。そこが1番期待されていると思う。どうしよう」

 母に尋ねるのは、もの凄く嫌だ。

『地下を探して来る。魔法グッズもいっぱいあったし、なんかあるかも』

「分かった。わたくしはオーエン3佐と話してみる。さすがに動物は頼まないと」

『フフ、そうだね。1人で平気? ロカは青い焔眼を、妙に警戒しているみたいだけど』

「青い焔眼は紙一重。絶対に面倒事になる」

 断言出来る。


『あー。えー、でも、だからこそ味方にしておこうって思うけど』

「うーん」

『そうだ。本性暴いてみれば? イヤな奴なら、奪っちゃえばいいんだし』

 そう言ってマシエラは、指をポキポキと鳴らした。

 それは、魔力の素を心臓から取り出すということか。

『ひょっとしたら、気が合うかもよ?』

 マシエラは手をヒラヒラさせて床下に消えた。


 わしはメモ帳と青色の原石を持って、カーテンの隙間から窓の外を覗いた。テラスの囲いに、腕を組んでもたれていたオーエン3佐と目が合う。

 わしはそっと窓を開けた。

「オーエン3佐」

「皇女殿下」

 オーエン3佐はすぐにそばまで来て、片膝をついた。


「ひいおばあ様、サンドラの居所は、もう少し待って下さい。古式派については、どれぐらい分かっていますか?」

「今情報を集めているところです」

「では、これを参考にして下さい。古式派というのは、形式美にこだわるようです。これは大昔のやり方ですから、今とは違うかもしれません。サンドラが異を唱えるようでしたら、皇家には2千年前からこのように伝わっていると、堂々と脅してみて下さい」

 わしはメモ帳を千切って、オーエン3佐に渡す。

 いびつだが、ちゃんと現代文字で書いてある。


「……これは、よくここまで」

 オーエン3佐は受け取ったメモを見て、目を瞠った。

「ローランゼ妃様から、お聞きになられたのですか?」

「お母様からだったか、お兄様からだったか。お姉様からかもしれません」

 わしは首を傾げる。覚えていないことにすれば問題ない。


「それから、これも」

 わしは青色の原石を見せる。

「サンドラへ渡す、古いものと、報酬に使って下さい」

 わしはメモの一文を指差して言う。

「古いものというのは分かりますが、これを報酬にというのは……」

 オーエン3佐は、さらに目を見開く。

 マシエラが王冠に使うぐらいだと言ったとおり、この原石の価値は途方もないだろう。


「予算はついたのですか?」

 皇家所掌管理局が出すのか、護衛警備課のある宮殿近衛師団が出すのだろうか。公に出来ない事件が名目では、調査費すら工面するのは難しいだろうに。

「……皇女殿下はどこまで御存知なのですか?」

「占い師に頼むということは、エドゥアールお兄様は、もしかすると攫われたのではないかと思いました」

「なるほど。アシュバレン殿下が、皇女殿下に協力をお願いするようおっしゃった意味が分かりました」

 オーエン3佐は納得したように頷く。


「アシュバレン叔父様が?」

「はい。フェザー班のうち8名が、アシュバレン殿下の指揮下に入って事に当たっております。所掌管理局も、近衛師団も、そして皇帝陛下も、ロナチェスカ皇女殿下が狙われたと思っております」

「え……?」

 今度はわしが驚く番のようだ。

「ですから、費用はアシュバレン殿下の私費から支払われます」

「私費……」

 それはお小遣いとも言う。


 アシュバレンは叔父といえど16才で、手元金はまだ乳母が管理しているはずだ。

 前年の余剰金がお小遣いになるらしいが、わしの場合、ナタシアが今日は3千セーロまで買ってもよいと言って、時折カタログから選ばせてもらえるぐらいなので、よくは分からない。

 アシュバレンはさすがに現金を手にしているだろうが、エドゥアールの捜索費が賄えるほどなのだろうか。

 いや、そんなことよりも。

「そこまで内緒にするのですか?」

「理由は申し上げられません」

 オーエン3佐は目を伏せる。

 カロリーヌ妃の醜聞を漏らさない為か。皇帝にも言わないのは、皇帝を悲しませない為か、それとも皇帝の怒りから、カロリーヌ妃と3人の皇子皇女を守る為なのか。


「では、おあいこということで、これを受け取って下さい」

 わしは青色の原石をオーエン3佐に押しつけた。

 原石の出処は言えないのでちょうどいい。

「しかし」

「どんなにがめつく来られても、これなら大丈夫だと思います」

「がめつく……分かりました。お預かりいたします」

 オーエン3佐は、原石をスーツの内ポケットに仕舞った。


「媛様? お目覚めでございますか?」

 昼寝の時間は終わりのようだ。ナタシアとレノアが部屋に入ってくる。

 わしは窓から離れた。

「媛様。御本をお持ちいたしました。お夕食まで、お読み下さいませ」

「はい」

 昨日読み終わらなかった本と、新しい本がサイドテーブルに置かれた。

 わしはレノアにソファーに座らせてもらう。

「新しい御本は、勇者の冒険物語でございますから、楽しめるかと思いますよ」

 とレノアに励まされ、わしは本を広げた。


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