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漆黒の夜明け  作者: 佐藤 育
12/43

   第12話  白々しい嘘

子供編

4才のわし、動き出した2日目   ぱーと8

 ナタシアが持ってきてくれた暖かい紅茶を飲んで、イライアは少し気分がよくなったようだ。

 わしはクッキーを1枚、2枚と食べ進めながら、ホットミルクをコクコクと飲んでいた。

 すでにお茶の時間なので、これが今日のおやつということだろう。厨房も、ナタシアも、さすがに変な試練は課さなかったようで、とても美味しい。

「では、これに署名を」

 イライアは黙って書面を見つめ、万年筆を取った。


 襲撃があった真下の部屋ということで、今日の護衛警備の責任者であるハワード・フェザー2佐と、ジョナス・オーエン3佐が来ていた。

『チャンス。青い焔眼をゲットするんだっ』

 マシエラは、2人が部屋に来てから、ずっとうるさい。

 だが、ナタシアが時々わしの口元をハンカチで拭ってくれる以外、誰もわしに注意を払う者はいなかった。

 仕方がないので、オーエン3佐にせめて自分を覚えてもらえるように、彼の顔を凝視しながらクッキーをボリボリと食べ続けることにした。


「……ところで、皇女殿下にカウンセリングは必要ですか?」

 書類を封筒に入れて脇に抱えると、フェザー2佐がナタシアに問う。

「怖がっている御様子はなく、このとおり食欲もございますから、必要ありませんでしょう」

「分かりました。ムリージョ先生、本日は御苦労様でした。お帰りいただいて結構ですよ」

 フェザー2佐が許可を出すと、イライアはホッとしたように立ち上がった。

 わしはクッキーを置いて、イライアのところに行く。

「先生、また来て下さい。ちゃんとピアノの練習もします」

「……もちろんです。でも、ピアノに関しては、皇女殿下の口約束はアテになりませんからね。どうしましょうか」

 イライアはクスリと笑う。

 わしは目を逸らす。

「また10日後に来ますからね。しっかりと練習しておいて下さいませ」

「はい」

 よし、これで歌の授業がなくなることはない。イライアはよい先生だし、これきりというのは寂しい。懲りずにまた来てくれるのなら、ピアノの練習も頑張ろう。


「……次に、本題ですが」

 イライアが退室すると、テーブルに着いているのは、わしだけになった。

「エドゥアール皇子殿下は、ショックが大きく、ハリナムの離宮でしばらく静養することになりました」

 フェザー2佐は淡々と述べる。

 つまり、エドゥアールは見つかっていないのだ。

「それで、ロナチェスカ皇女殿下には、御身に危険が迫っていることを先ず認識していただきたい」

 何だ、それは。

 唐突過ぎるだろう。


「どういうことでしょう? 詳しい説明をお願いいたしますわ」

 ナタシアが険しい顔で問うた。

「オーエン3佐」

「はっ」

 オーエン3佐が椅子に座っているわしの横に来て、片膝をつく。

 似合わない、似合わなさ過ぎる。

 わしは頬がひくつきそうになるのを、澄まし顔で懸命に取り繕う。


「皇女殿下。襲撃犯の口述から、狙いは皇女殿下であったことが分かりました」

 涼しげな青の眼が、悲しそうに伏せられる。

 魔力が炎と知っていなければ、騙されるだろう。青い焔眼は、変人で、紙一重な性格であることを忘れてはいけない。


「媛様がでございますか? なんてことでしょう」

 ナタシアは動揺して、テーブルに手をついた。

『どういうこと? 痴情のもつれじゃないの? もしかして、ロカのせいにされているの?』

 マシエラはなかなか鋭い。

「襲撃犯は、間違えたのでございますね。では、また狙われる可能性も?」

 ナタシアは不安そうに言う。

「……なきにしもあらずでしょう。襲撃犯は、ヴァレンテの皇女を誘拐して、身代金を要求する予定でした」

 オーエン3佐が静かに答える。

 やはり、そう来るのか。

 ちょうどわしの部屋が真下で、設定しやすかったのだろう。母も、母の実家も大金持ちだ。

 わしはバカらしくなって、再びクッキーに手を伸ばす。

「レノア、ミルクのお代わりをちょうだい?」

「畏まりました」

 レノアは微笑んで、カップをトレイに載せて部屋を出て行く。


「媛様。それどころではございません。媛様が狙われたのでございますよ? それに、あまりたくさん召し上がりますと、お夕食が入らなくなります」

「警備をもっと強化すればいい」

 わしはそれでもクッキーを食べる。夕食は楽しみだが、美味しいとは限らないからだ。

「それは、もちろんそうでございますが」

 ナタシアは困った顔をする。


「お母様の実家のヴァレンテ家が狙われずに、わたくしが狙われたということは、宮廷の警備が、ヴァレンテ家より甘いからではないのですか? 身代金が目的なら、後々面倒になる皇女より、普通にヴァレンテ家の人間を誘拐するでしょう?」

 都合よく、わしのせいにするのは許さない。

 わしは片膝をつくオーエン3佐を見る。白々しい嘘は、不快なだけだ。


「……仰せのとおりです。皇女殿下の御身は、しばらくは自分が護衛にあたります。皇女殿下はいつもどおり健やかにお過ごし下さい」

「あなたが守って下るのですか?」

「はい」

「わたくしに、そこまでの警護が必要ですか?」

 でっちあげの危険にかまっている暇があるなら、エドゥアールを探せばよいのに。

 朝のことといい、今のことといい、どいつもこいつも。

 そんなに策謀するのが好きか。

『ロカ、ロカ。出てる、出てるから』

 何がだ?

 マシエラの慌てる声に、わしは首を傾げる。

「媛様。クッキーをもう1枚、いかがですか? それから、お夕食の献立は、ハンバーグと聞いております」

「ハンバーグ?」

 その瞬間、わしの頭はハンバーグのことでいっぱいになる。

 ナタシアが差し出した皿からクッキーを取って、ニンマリと笑った。


『おー、さすが、乳母さん』

 マシエラはパチパチと拍手する。

 何なのだ。

 わしはわけが分からなかったが、クッキーを頬張りながら、ふとフェザー2佐に目をやると、額に汗をかいていた。表情も苦しそうだ。

 オーエン3佐は片膝立ちのままだが、体が傾き、床に手をついている。

「なに?」

「……媛様の怒気にあてられたのでございましょう。わたくしも、少しばかり」

 ナタシアが苦笑して教えてくれる。

 ああ、わしは無意識のうちに彼らを圧迫していたのか。

 不機嫌な感情や、怒りの感情が、相手を畏怖させ、威圧する力になる。魔力と違い、皇家の人間だけに備わっているものだ。


 3族が世界を創造した時、たくさんの生き物が生まれた。生き物の中から、人間とエルフと地底人は、長い時を経て特別な進化を遂げ、魔族と神族から恩恵と加護を得るまでになった。

 メルーソ大帝国の祖であるアンソラータ・メルーソと、エンフェルト・メルーソは、さらに竜族の血という反則的な寵愛を受けたが為、子孫には5千年後の今でもその力の1部が残っているのだ。

 ヘンドリックであった頃は、それを支配者の力と呼んでいた。


「皇女殿下のお怒りは重々お察しいたします。護衛警備の不備、至らなさ、心よりお詫び申し上げます」

 オーエン3佐が体勢を立て直して、神妙に謝罪する。

 それは本当の言葉に思えた。

「そのお言葉は、わたくしにではなく、エドゥアールお兄様におっしゃって下さい。わたくしは無事だったのですから。わたくしにどうしても護衛を付けるのでしたら、あ、ナルビエス1尉がいいです」

 わしは思いついて言う。


「ナルビエス1尉? 皇女殿下はオーエン3佐では不服だとおっしゃる?」

 フェザー2佐だ。

「ナルビエス1尉は面白い方でした」

「面白い……?」

「オーエン3佐は護衛官の中でもトップクラスの実力をお持ちでしょうから、少しの間とはいえ、わたくしなどに引っ付いていては勿体ないと思うのです」

 実際、わしは狙われていないのだから、無駄遣いである。


「そのようなことは……」

 フェザー2佐は言い淀み、オーエン3佐に目配せするのが分かった。オーエン3佐をどうしてもわしの護衛に付けたい理由があるのか。

『ゲットするチャンスじゃん。ロカは青い焔眼が嫌いなの?』

 マシエラこそ、そんなに青い焔眼が欲しいのか。

 わしは欲しくない。


「媛様。わたくしは心配です。媛様のお好きな、お庭の散歩も、テラスでのお食事も、このままでは安心して続けられません」

「……」

 がーん。

 わしが打ちひしがれていると、レノアが戻って来て、わしの前にミルクの入ったカップを置いてくれた。

「媛様、お待たせいたしました」

「レノア」

「はい?」

「レノアもいるし、ナルビエス1尉もじゅうぶん強いと思う」

 わしは譲らない。


「レノアはメイドでございますよ」

「でも、わたくしより戦えるでしょう?」

「媛様は、メイドに戦わせるおつもりですか?」

 ナタシアは呆れたように首を横に振った。


「皇女殿下には分かりにくいことかもしれませんが、魔力を持つことと、戦うことは、別物なのです。魔力を持つからと、戦えるとは限りません」

 フェザー2佐は厳しい口調で答えた。

 わしはどうやら、叱られたようだ。

「レノア、ごめんなさい」

「いいえ、媛様。媛様がお謝りになることはありません。メイドのわたくしが戦えるかそうでないかというお話しでしたら、わたくしは戦えますわ。どんと頼って下さいませ」

 レノアは笑って言う。


「メイドに、我らと同じ働きが出来ると?」

「不届き者の侵入を許した方々と、同じ働きでございますか?」

 おっと。

 フェザー2佐とレノアが火花を散らす。

「……皇女殿下」

 呆気にとられていると、オーエン3佐がコソッとわしに呼び掛ける。

「皇女殿下はサンドラ・ヴァレンテを御存知ですか?」

「……ひいおばあ様?」

 わしは意外なことを聞かれ、驚く。

 母方の、ヴァレンテ家の家系図を頭に思い浮かべ、自分との関係を確かめる。


「実は、古式派占い師の第1人者であるサンドラ様とのコネクションが必要になり、所在など、皇女殿下に御助力いただけたらとお願いにあがりました」

 もの凄く小さな声で、フェザー2佐に意識が行っているレノアはもとより、ナタシアにも聞こえないように、オーエン3佐は言う。

「ひいおばあ様に近づく為の、わたくしの護衛ですか?」

「はい」

 なるほど。

 それなら、納得出来ないこともない。

 わしは、サンドラをまったく知らないが。

 古式派占い師の第1人者ということは、まさか、エドゥアールの行方を占ってもらう為なのか?


「……わたくし、行きたい所があるのです」

「媛様?」

「ルイズお兄様にいただいたフォトフレームで、ソフィアンナ博物館を見ました。オーエン3佐を護衛にすれば、そこに連れて行ってもらえますか?」

 わしはニッコリと笑う。

「部屋にいる分には、レノアがいれば大丈夫です。けれど、オーエン3佐ほどの方が護衛なら、宮殿の外にも行けるのではと思いました」

「まあ、媛様。狙われているのに、外になど、とんでもないことでございます」

 ナタシアが目を吊り上げる。

「それなら、レノアとナルビエス1尉でもいいでしょう?」

 ナタシアは1尉より3佐のほうが階級も上で、強いからという認識なのだろうが、ナルビエス1尉も、来年には3佐に上がっているのではないだろうか。


「では、こうしましょう。調査が済み、安全を確認した後になりますが、万全の警護態勢を敷き、皇女殿下の御希望どおりソフィアンナ博物館へお連れいたします」

 フェザー2佐が、物言いはしぶしぶといった感じだが、ここぞとばかりに、わしの我が儘に乗っかる。

「それでしたら、まあ……」

 ナタシアも頷く。

 わしはやれやれとミルクを飲む。

 これで双方が妥協したという形で、うまく収まったようだ。

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