大切なのは
深い森の中、一匹のクマが住んでいた。
大きくて、チカラもちの雄のクマ。
黒と茶色のまだら模様の体。
森に住む他の動物達は、もちろんクマを恐れていた……。
まず、クマと言う動物だから。
チカラが強いから。
体が大きいから……。
恐れる理由は様々。
でも動物達は誰一人、そのクマと話した事は
ない。
近づくのが怖い。
理由を付けては、避けていた。
クマはそれを知っていた。
見た目で判断される事。
クマだから。
皆が自分を避ける理由……。
「誰も襲うつもりはないのに……。 友達になりたいだけ」
川に映る自分の姿。
クマはため息をついた。
寂しい気持ち。いつも心にある。
皆と仲良くなりたい。
叶わない願い……。
森の中には、沢山の動物が住んでいる。
その中で、一匹のウサギだけは、クマの事を怖いと思っていなかった。
何故なら、ウサギが森を歩いていた時……。
人間の仕掛けた罠につかまってしまい、後ろ足の自由がきかなくなってしまった。
叫んで助けを求めた。
……でも、誰も助けてくれない。
人間がもし来たりしたら?
自分が捕まってしまう。皆が思った。
その時ーー。
クマが助けに来てくれた。
人間が来るかも知れないのに。
クマの大きな手。
鋭い爪で人間の罠を壊し、ウサギを助けた。
「ありがとう」
ウサギのお礼を背中で聴き、クマは去って行った。
誤解されてしまう。
人間の罠に捕まったウサギ。
クマが襲うだろう。罠に捕まったウサギを。
そう思われたくない。
ウサギはそれから、クマは怖くはない。
そう思った。
でも……。皆には言わない。
信じてなどくれないから。
ある晩クマは空に浮かぶ月を眺め、一人呟いた。
「孤独な心。 何を注いだら、孤独ではない物で満たされる?」
川の水に目を移し、ゴクっと飲んだ。
「水では孤独は消えない。 心は満たされない……」
月の明かりを浴びた。
手を大きく広げ、空を見上げ。
でも……。
この心は満たされない。
「どうすればいいのかな。 分からないよ」
寂しくて、悔しくて。
クマの目から涙が溢れる。
そこへ、ウサギがやって来た。
クマの様子を見ていたら、我慢できらなくなったから。
寂しい気持ちが伝わった。
ウサギはクマの前へと近づいた。
突然、自分の前に現れたウサギに、クマは少し驚きながら、こう言った。
「僕はクマだよ? 君は怖くないの?」
「この前助けてくれた時、 怖くないって思った。 ずっとお礼が言いたかったけど、中々言えなくて……」
「気にしないで。 同じ森に住むもの同士じゃないか。 困っていたら、助けなきゃ」
ウサギはそっと、クマに近づく。
「誰か見たら誤解されるよ。 近づくのはやめた方がいい」
「どうして? 同じ森に住むもの。 仲良くしてもいいじゃないか」
そうウサギが言った時、クマは不思議な気持ちに襲われた。
心が何だか温かい。
それに、くすぐったい……。
「孤独でない物。 心が満たされたよ」
クマに芽生えた新しい気持ち。
今まで知らなかった気持ち……。
「友達になってくれる?」
「もう友達だよ」
月の明かりの下、クマの心に注がれたのは。
見えなくて、形もないもの。
だけど、大切なもの。