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おおきなかぶ


 ある老人がカブを作ったところから、この物語は始まる。

 収穫期を迎えた巨大なカブを前に、老人は小躍りして喜ぶ。ほほえましい一場面である。だが、少し待っていただきたい。

 いったい、この異常なサイズはどうしたことか。カブの品種は一体何なのであろうか?

 日本最大の聖護院カブで最大五キロといったところらしいから、もしかすると世界的にはもっと巨大な品種があるのかも知れないが、それにしても少々大きすぎる。

 可食部分だけで成人男性並みの大きさを持つカブなど、さすがに聞いた事がない。

 目測でも、数十キロから百キロ近くの重量があるのではないだろうか。

 この物語がもともとロシア民話であることを考えると、恐ろしい想像も頭を過ぎる。放射性変異体、もしくは人為的に作り出された遺伝子変異個体である可能性である。

 そうであるとすれば、まさにこの巨大カブは怪獣の一種であり、物語は一転してSFチックな様相を呈してくる。

 しかし、民話である以上、この物語の成立時期から考えても、どちらもあり得ないだろう。おそらくは偶然に起きた突然変異か、もしくは老人が特殊な肥料を用いるなどして、極端に大型化させたものなのではないかと思われる。

 そんな事はあり得ない、と思われる向きもあるかも知れない。

 だが、植物の潜在力は相当なものである。事実、何の変哲もない大根の種子から、通常の数倍の太さの大根を収穫する農業者は存在する。

 それは、根と共生して栄養の吸収力を飛躍的に増大させるVA菌根菌や、通常の肥料よりも分解性の高いアミノ酸肥料、未利用有機物を吸収しやすい状態に変える酵素類、農地の土質構造を植物にとって根の張りやすい団粒構造に変化させる土壌動物などを駆使する事によって可能なのだ。

 もしかすると、彼が極端に小柄である可能性もあるが、これは、後に出てくるイヌやネコ、ネズミなどとのサイズ比較で否定できる。

 もちろん、上記の管理には非常な手間を必要とする。ゆえに、おそらく、ここまで育ったのは一個体だけなのであろうが、それにしても、これほど巨大なカブを育てる農業技術を持つ老人は、恐るべき達人と言わざるを得ない。


 さて、老人がカブを抜こうと引っ張るが、巨大すぎて抜けない。

 それもそのはずである。

 ご高齢者であれば、自分と同程度の大きさの物体を持ち上げるのも難しい。それがわずかでも地中に根を張っていたりすれば尚更である。

 不思議なのは、彼がこのカブの根回りを掘っておかない事だ。

 完全に掘り出さなくとも、周囲の細根を切っておくだけでもずっと収穫しやすくなるはずなのに、である。

 実際にカブを育ててみれば分かるが、あの白く丸い部分のうち、半分程度は地上に出ているし、作品上もそのように描かれている。

 根として地中にあるのは、全体の半分程度で、そこからヒゲ根のようなものが生えているのだ。これを根回しとして切っておけば、もっと楽に掘り出せたはずだ。

 もちろん、植物体の真下に長い直根もある。どうせ出荷時には切ってしまう部分。これも周囲から掘り進み、前もって切断しておけば、カブはもはや地面の上に乗っているだけの状態だ。

 これなら、妻や孫、イヌやネコ、ネズミに応援を頼まずとも、彼一人での収穫も可能だったはずだ。

 これほどの栽培技術を持ちながら、本当にその程度のことに気づかないものだろうか?

 栽培だけでなく、出荷へとつながる収穫作業もまた、重要な農業手順なのだから、あまりにも彼の知識や技術はアンバランスであると言わざるを得ない。

 ともあれ、老人は愚かにも力任せにカブを引っ張る作業を開始してしまう。

 根切りさえ行えば、その何分の一かの力でカブを抜く事が可能なのは、明白であるにもかかわらず、だ。

 当然、巨大なカブは微動だにせず、老人は妻に助けを求める。妻は、カブを引っ張る老人を更に引っ張って、手助けをするわけである。

 ウィキペディアには、老人を妻が引っ張っても、カブを引っ張る力は増さず、力学的に間違っている、とある。

 だが、まったく力学的に間違っているわけではない。老人の体のどこを持つかにもよるが、妻の力はある程度は加算される。

 老人は足を踏ん張り、カブを引っ張っている。

 この場合、背筋と脚力のみでカブを引っ張っている、と考えれば、たしかにその老人を妻が引っ張っても、何の力も加算されはしない。

 だが、老人はあきらかにのけぞっており、その体重を後方にかけてカブを引っ張っているのだ。つまり、カブを抜こうとしている力の大半は、老人の体重なのである。

 この場合、体重と同じベクトルで妻が老人の背中を掴み、自分の体重をかけてやれば、カブの葉には二人分の体重が掛かる。妻の体重分は、確実にカブを引く力は増すのである。

 もしウィキペディアの方を信ずる、といわれる方は、試しに、誰かに同じ姿勢になってもらい、その人一人の場合と、もう一人がその人に体重を掛けて引っ張った場合とを比べてみて欲しい。私の言っている事が正しい事が証明されるはずだ。

 妻を引っ張る孫もまた同様で、この場合力の方向が同じベクトルであれば、三人の体重による引っ張り力が、一定量加算されていることは間違いない。

 しかし、次のイヌとなると話は別だ。

 彼は孫の帯ひもを引っ張っているのだが、どう見てもひもはたるんでいる上に、イヌだけはまったく体重を掛けておらず、ベクトルが合致していない。

 つまり、イヌはいてもいなくても同じなのだ。

 その次のネコとなると更にひどい。なんとイヌの尾を前足でつかんで引っ張っているのだが、ネコの前足はそもそも物をつかむようには出来ていない。

 この時点で、イヌは多少やる気を出したのか、孫のスカートをくわえ、若干体重を掛けているように見えるが、中型犬と見えるこのイヌの体重は、多く見積もっても二十キロ以下だ。四つ足で踏ん張ってしまっているから、いくら体重を掛けてもその数分の一しか伝わらない。この程度では大した効果はないだろう。

 しかも、ネコに尻尾という敏感な器官を触られて、気が散る事によって、引く力は更に少なくなっているのではなかろうか。

 さらに、最後のネズミは、自分の尾をネコの尾に巻き付けて引っ張っている。これでは無論、何の力も加算されはしない。

 しかも、ネコはまたしても引っ張るふりをしているだけな上に、イヌは再びやる気を無くしたのか、くわえる場所を孫の帯ひもに変更してしまっているのである。

 これでは、カブに掛かっている力は人間三人の時と同じはずであり、抜けるはずがない。

 ところが、あにはからんや。ネズミが来た途端にカブは抜けるのである。では、いったい何故、抜けるはずのない状況でカブは抜けたのであろうか?

ここで皆さんに、老人の足元に注目していただきたい。

 老人一人の時、老人の足はなんと、カブそのものを踏みつけ、葉を引っ張っている。

 妻を呼んだときも、孫を呼んだときも、もちろん、イヌ、ネコを呼んだときも同様にカブ本体を踏みつけながら葉を引っ張っているのだ。

 カブを踏んだまま葉を引っ張っても、本体から葉が抜けるだけの事で、カブそのものが抜けようはずがない。最後にネズミまでも動員して、ようやく老人はそのことに気づき、本体を踏む事をやめて、地面を踏んで引っ張り、そして抜けたのではないだろうか。

 根回しで細根を切る事もせず、力任せに引っ張るだけでも愚かだが、家族やペット、果ては害獣のネズミにまで迷惑を掛けて、漸く自分のミスに気づくとは、老人の愚かさはここに極まる。

 たしかに老人の栽培技術は大したものだ。

 規格外であるから、カブは市場流通はしなかっただろうが、このサイズであればギネス申請も出来る。また、地方紙どころか全国紙にも取り上げられるだろうし、そうなれば彼の技術は高く評価され、その技術を売る事で、彼は成功を手にしていたかも知れない。

 しかしたとえ、どれほど技術が卓越していようとも、このような愚か者に成功は訪れまい。

 この情けない物語だけが残って、彼の農業技術が現在に伝えられていない事が、それを証明しているのではあるまいか。

 また、老人の孫が出てきたにも関わらず、息子夫婦が出てこないことを考えると、息子夫婦は彼の愚かさに愛想を尽かし、都会へ出て行ってしまったのではないかとの想像もふくらむ。

 この物語は、いかに他人より抜きんでた技術を持っていようとも、基本的な常識を学んでいなければ、成功への道は閉ざされたままだということを暗示しているのではないだろうか。

 つまりこの作品は、成功への道筋を暗に示してもいる。

 専門技術や知識の前に、一般的常識を持て、という、きわめて基本的で、またきわめて重要な成功への道しるべがここにはある。

 世に成功をうたった様々な経営書や自己啓発書は存在するが、これほど端的に具体例を示し、その問題を提起した書は少ない。民話でありながら、これほどの含蓄のある作品を有するとは、さすがはロシア、恐るべし。

 将来、事業で成功を夢見る若者にこそ、是非とも読んでいただきたい名作である。



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