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箱庭

作者: ライス

目の前が真っ赤だった。


失神するとき、白く視界が染まったり、黒くなって暗転する人がいるけど、あれって病気のサインだったりする。


例にもれず漏れず、私もソレだった。


それが安田美代子(やすだみよこ)の死の始まり……




箱庭というには広く、どこか禍々しい茶色と黒の球体。


子供は手のひらで、一人遊びをしている。


頭ほどのボールを浮かせて、手首のスナップで打ち返して、どこか乱暴に落とす。この球体をもっと黒く染めるようにと、何度も地面に打ち付けるけど、弾力があって丈夫なボールは跳ね返ってくるのだ。


無邪気で、悪意のカケラもなく、球体が壊れるまで彼は遊びを辞めないだろう。気まぐれに止めても手遅れ、もしくは既に壊れている。


仕方ない、これは彼の遊び道具。やがて、壊れる箱庭。






あれ?


真っ赤に染まった視界の奥に、人の影を見た。


段々と風景が変わる。


赤から光沢のあるシルバーへ、黒い影は人のようなモノにーーーー


「だれ?」


仄かに光り、うごめく物体X。未確認生物、別名UMA、私の得意分野だ。今のところ、妖精も野人もそれに分類されている。


無駄な家具が一切ない流線形の丸い部屋の中、幽霊に似たものがユラユラ揺れていた。その他には何もない。


新種のUMA発見か、胸が高い音を立てる。


「▲●◎★△■□▲□■★◎▲□◎□△◎△■」


言葉なのか、鳴き声なのか、わからない。


ただ、手のような部分が私を指差す。


「◎□△▲△□▲◎◎●■▲△△■★」


先端が光だし、有名な映画のワンシーンを見たときのことを思い出した。主人公の男の子が宇宙人と心を通わす素晴らしい物語。彼らの友情は、宇宙人が星に帰る場面で終わる。


私は、手の人差し指を取り出した。


危険を呼ぶ可能性など、頭から抜けていたのだ。幼い日に見た映画のままに、その場面を再現しようとしたのかもしれない。そこには、少しの期待があった。自分が選ばれた人間のように感じたのだ。


「△▲◎★▲▲□◎□△」

「なっ……」


期待は一瞬で飛んだ。


指先に流れたのは、激しい光りと鋭い痛み。体が強く跳ねる。視界は赤く点滅を繰り返した。


正常に考えられた時なら、急いでその場から離れただろう。


体から煙が上がる。


いたい、いたい、いたい、いた………………。






少年が手で玉をつく。


バスケットボールのように、ひたすら地面にドリブルを繰り返す。


少しボールが黒く染まった。


「後、少し……」


少年が楽しそうに笑う。






近未来的な円形の部屋の中では、影がユラユラ揺れていた。


一つはヒトガタ、もう一つは女の子。


「これで、私は帰れる」


側にあった炭が消え、新しく表れたのは先ほどの女の子だった。


「今日から私が安田美代子、あなたは新しく探すの。身代わりの贄を」


彼女は、嬉しそうに笑って消えた。狂ったような笑い声だけが辺りに響く。


「◎▲★◎▲★◎▲★◎▲★◎▲★……」


そこに残った幽霊の声が同じ言葉を繰り返す。


いたい、いたい、いたい、いたい、いたい………………。






球体に亀裂が走る。


「あははははっ、これで21639571365人目! もっともっと黒くなれ! もっと!」


狂った魂は、強烈な悪意を放ちながら贄を求める。世界が黒に染まるまで、無邪気な少年は遊びを辞めない。


新作のゲームを買うように、次々とボールを代えていくのだ。作って、壊して、作って、壊して、作って……。


悪意に染まったボールが黒く染まるとき、世界は壊れて。また新しい世界が生まれる。魂も、リサイクルされて戻される。


「次は魔法が使える世界がいいな」


クスクス笑う彼に同意するものはいない。


球体は、神の箱庭。


強い想いは呪いのように、世界も魂も汚してしまう。黒は感染してボールを染める。


「完全に壊れたかな」


彼の瞳には、揺れる影が写る。


監視し始めて数ヶ月、彼女は動かずに同じ言葉を繰り返す。


淡々として変化もなく、少年としては面白くない。


「消えちゃえ」


彼女の前に移動し、手をかざす……。女は代わらずに言葉を繰り返している。


「◎▲★◎▲★◎▲★」いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、変わって……。


女の動きは彼より早く、同時に二人の手が触れあう。




後には灰が二つ残り、一つが魂に、一つがヒトガタになった。


「この体は私のもの、贄を探してね」


少年は、嬉しそうに笑う。


それを、肉体を失った神が呆然と見ていた。


そうして少年は消え、女は体を手にいれた。






「あれ? この部屋は変だわ。それに、この汚いボールは何?」


白く何もない空間が広がる。そこは、人が踏みいることない領域。


彼女は神に成り代わったことを知らない。少年が戻ることはなく、この空間に永遠に捕らわれる。


やがて、狂気に精神を病んでいる女は、世界を壊してしまうだろう。

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