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後編

       3


 ひでぇっ! 何で俺まで!? だが抗議の声をあげる間もなく兵士達は一斉に弓を構えると、俺と姫様目がけて弓を引き絞った!


「きゃぁ! ガイ、何とかしなさいっ!」

 悲鳴を上げて姫様が俺の背後に隠れる。


 そ、そんな! あおれるだけあおってあんまりだぁぁぁ!!


 しかしここで姫様にもしもの事があったら、どうせ王様に草の根分けても探し出されて極刑にされるに決まっている……。俺は一瞬でそう判断すると、姫様を馬車の陰へと突き飛ばした!


「姫様、隠れて!」


 その瞬間、矢が一斉につるを離れる--刹那、俺は跳んだ!


「--!?」

 宙を貫く矢よりも速く、次の瞬間三人の兵士が血反吐を吐いて倒れていた。多分、何が起こったかもわからない内に、続けて二人が崩れ落ちる。


「ば、馬鹿な、この距離を一瞬で!?」

 続けて目を剥く兵士のみぞおちに、重い一発を叩き込む。突然至近距離に飛び込まれてパニックに陥る兵士達を、俺は次々と縦横無尽になぎ倒していった。


「いけーっ! ガイーッ! やれー! やっちゃえー!」

 まるでスポーツの試合を見ているような、お気楽な声援が後ろから飛ぶ。じ、自分で引き起こしといて、何て言う軽さ……


 さすがによろめきかけた俺に、兵士の一人が至近距離から矢を放とうとする。だが、残念ながら俺の蹴りの方がはるかに速い。回し蹴りをくらった兵士はつぶれた蛙のような悲鳴を上げて吹っ飛んだ。


 殺す気は無かった。こんな馬鹿な争いに巻き込まれて死んでしまったら、いくら何でも浮かばれまい。

 しかし、かと言って手抜きをする気もさらさら無い。ここんとこストレスもたまっていた所だ。ストレスの「原因」相手には何も出来ないんだから、たまにはこういう形で鬱憤晴らしをするのもいいだろう。こいつらには気の毒だが、俺の中の獣の血がひさびさに騒ぐ!


「こ、このおおっ!」

 パニックから立ち直った兵士達が、不利な弓を捨てて腰の剣を抜こうとする。


「--遅ぇっ!」

 だがそれよりはるかに速く、俺の拳がそいつらをぶっ倒した。一人、二人、いや四人、五人と敵の数が減っていき、そして数分後にはランソール兵はことごとく地面にのびてしまっていた。


「……あ……ああ……」

 まるで化け物でも見るかのような目で俺を見て、アレク公子がよろめく。そりゃそーだろう、三十人はいた部下がたった一人にこうもあっさり壊滅させられるなど、悪夢以外の何物でもあるまい。


「き、貴様……本当に人間か……?」

「さぁ……どうでしょうねぇ」

 手に付いたほこりをバンバン払って、俺は思わせぶりに笑うと、アレク公子と向かい合った。


「ヒッ……!」

 公子がビクッと後ずさる。


「やっちゃえ、やっちゃえ、そんな奴ー! ギッタギタのボッコボコにしてやんなさい!」

 明らかに楽しんでいる姫様のご命令にいささかげんなりしつつ、俺はやれやれと頭をかきながらアレク公子に言った。


「……で、どうするね? うちの姫様はああ言ってるけど、正直言って気も進まないし、あんたらがこの事を無かった事にして、このまま帰らせてくれるなら--」


 --!? 


 瞬間、驚異的なスピードで俺は反応した……が!


 かすかな硝煙の香、耳をつんざく轟音。そして胸に焼け付くような痛みを覚えて、俺は吹っ飛ばされた。


(……しまっ……た……)

 激痛と共に、のどに血が逆流してくる。俺は勢いよく地面に叩き付けられ、そのまま力無くのたうった。


「ガ、ガイ!?」

 悲鳴をあげて駆け寄ろうとする姫様を、後ろから丸太のような腕が羽交い締めにする。


「な、何するのよ、無礼者! 離しなさい!」

 姫様は滅茶苦茶に暴れたが、ビクともしない。相手は俺を撃った男、この部隊の隊長だ。


(……油断したぜ)

 俺は地面をかきむしるようにして、姫様に向かって重い身体を必死に這わせた。


 しかしそんな俺を嘲笑うかのように、隊長は軽々と姫様を持ち上げると、アレク公子に向かって叫んだ。


「捕まえましたぜ!」

「よーし、よくやったぞ。ドラン!」

 冷や汗をぬぐって、アレク公子が宙づりの姫様へと歩み寄る。


 アレク公子は姫様が身動き出来ないことをいい事に--動けるのならタダではすむまい--乱暴に姫様の形良いあごをつかむと、グイとその顔をのぞき込んだ。


「どうだアリシア姫。もはや逃げられんぞ?」

 ニヤリと優越感に満ちた笑みを浮かべて、アレク公子が姫様にささやきかける。

「さぁ観念して、私のものになると言いたまえ」


「--イヤよ!」

 だが、姫様は勝ち気な瞳でアレク公子をにらみつけると、きっぱりと言い放った。


「何だと~!?」

 瞬間、逆上したアレク公子が姫様に平手打ちを喰らわせた。


「きゃっ!」

 さしもの姫様も直接的な暴力に悲鳴を上げる。無理もない。いくら気が強いと言っても、そこは「か弱い」お姫様。こんな風に他人から頬をたたかれることなど、ほとんど経験のないことなのだ。


 ちなみにかく言う俺は過去一度だけ、あんまり姫様のすることが酷いので、反省を促すために軽く頬をたたいたことがあるのだけど、その時は激怒した姫様に椅子で殴り返されたっけな……。


「私は『紳士』だからな。もう一度だけチャンスをやろう……」

 女性に暴力をふるって『紳士』もなにもないものだが、プライドを幾度もズタズタにされたアレク公子は、もうすっかり理性を失っている。ほとんど狂気に近い瞳で、姫様の顔をにらみつけると、恫喝するように叫んだ。


「さぁ言うのだ! 私のものになると!!」


 だが、姫様は顔を蒼白にしながらも、それでも断固として言い放った。

「イヤったらイヤ! 誰があんたなんかと!」


 だが、次の瞬間、決して他人に屈せぬその誇り高い瞳が、不意に涙にうるんだかと思うと、姫様は顔を少しうつむけて、いまだ起きあがれぬ俺へと視線を移した。


 その桜色の唇がかすかに振るえる。そして姫様はほとんどささやきにしか聞こえぬような、小さな小さな声で、ポツリとつぶやいた。


「だって……だって……私は……」

 スッ……姫様の瞳から涙が一筋流れ落ちる。姫様はそこで口をつぐんでしまったが、その普段の暴虐振りからは想像もつかぬような哀しげな瞳は、俺の心を貫いた。


(仕方ねぇなぁ……)

 地に這ったままの俺の瞳が、不敵な光を帯びた。


(久々に……)

 重い身体にグッと力をこめる。そして俺は心の中、残る全ての力をこめて吠えた!


(獣の……力をっ……!)


 ドウッ! その瞬間、俺の身体を凄まじいパワーの奔流が駆け抜けた。圧倒的な力の律動に突き動かされて、俺の身体中の血が煮えたぎるように熱くなるのを感じる!

 身体中の筋肉が、骨が、いや細胞そのものが唸りをあげる。視界が赤く染まり、心臓の鼓動も割れるように速い--身体が……燃える!


「おおおおおおおっっ!!」

 身体中に満ちた力が、雄叫びとなって俺の口からあふれ出し、激しい苦痛と共に喜びが俺の心を満たしていった。身体中に力が満ちあふれることへの、耐えがたいまでの野生の歓喜!


 そして、もしもその時、誰かが俺の方に注目していたとしたら、そいつは恐怖と共に見ただろう--俺の身体が次第に、人ならざる物へと変貌をとげていくのを!


 しかしあいにくと言うか、不幸中の幸いと言うべきか、怒りに震えるアレク公子はその光景を見ていない。

「……いいだろう」

 最後の最後までコケにされて、アレク公子が狂気に満ちたつぶやきを漏らした。


「どうしてもイヤだと言うのなら……」

 アレク公子の瞳がギラリと光る。そして次の瞬間、公子は姫様のドレスの胸元に乱暴に手をかけると、そのまま荒々しく引き裂いた。


「力づくでものにしてやるわっっ!!」


「イヤぁぁぁぁぁぁ!!」

 露わになった白い胸元を恐怖に震わせて、姫様が悲鳴を上げる。


「--さぁ観念するが……!」

 目を血走らせた公子の手が再び姫様の胸元に伸びた--その刹那!


 アレク公子の端正な美貌が突然ぐしゃりと歪んだ。次の瞬間、公子の身体は軽々と吹っ飛び、木に叩き付けられて動かなくなる。


「こ、公子!?」

 それまで下卑な笑いを浮かべて姫様の胸元をのぞき込んでいたドランだったが、突然の出来事に慌てて姫様を放すと、屈強な戦士の動作で銃を構える。


 だがドランがアレク公子をぶっ飛ばした俺の姿を捉えた時、その瞳がギョッと驚愕に見開かれた。


「--お、狼!?」

 それはたまげただろう。二本足で立ってはいるものの、全身を覆う黒い体毛、ピンと立った耳、突き出した口からのぞく二つの牙。鋭く光る漆黒の瞳の黒き魔狼--何せそれこそが今のこの俺だ!


「てめぇら……」

 その人狼ワーウルフの姿のままで、俺はポツリとつぶやいた。


「……姫様を泣かせやがったな」

 そのまま野獣の顔に凄絶な笑みを浮かべて、ドランへとにじり寄る。


「ヒッ……!」

 俺は自分が狼化した時の相手に与える恐怖を良く知っている。ドランは目に見えて怯えると、俺の倍以上の歩幅で後ずさった。


 だが、脅しだけですませるつもりはなかった。俺は心底怒っていたのだ。確かに俺の姫様はわがままだ。乱暴だし、横暴だし、とにかく性格は目一杯悪い。だが、例えそれでも、俺は何にも増して、姫様が泣くのを見るのが大っキライなんだ! この事だけは絶対に許せない!


「……くっ、来るなぁっ!」

 恐慌に駆られてドランが銃をぶっ放す。その銃弾が俺の左肩を撃ち抜いた。しかしそれでも俺は前進を止めない。


「ヒイイィィィッ!」

 ドランは悲鳴を上げた。そして震える手で更にもう一発撃とうとする。


「--馬鹿野郎。俺を殺してぇのなら……!」

 刹那! 俺の鋭い爪の一撃が鎧を易々と引き裂いて、ドランの腹に炸裂した!


「銀の弾丸でも持ってきやがれっ!」


 バキイッ! そのままドランの身体が大きく宙を舞う。そしてその巨体が背中から地面に叩き付けられると、しばらく弱々しく痙攣した後に、動かなくなってしまった。まぁ殺してはいないが、アレク公子ともどもしばらくは再起不能だろう。


(やれやれだぜ……)

 それと同時にフッと身体から力が抜けて、俺はその場に崩れ落ちた。狼化がたちまちにして解け、俺は元にガイ・フレイヤーに戻り、草の上にぐったり仰向けに転がった。


 銃弾を受けた右胸と左肩が激しく痛む。俺達《人狼の一族》はちょっとやそっとじゃ死なないのだが、それでも痛い事に変わりはない。しかも久々の狼化でかなりの体力も消耗してしまったようだった。やっぱり月光の助け無しでの変身はキツイ……


「ふぅ……」

 傷付き、疲れ果てた身体を草の上に横たえたまま、俺は深く息を付いた。そしてそのままスッと目を閉じる。かなりの重傷だが、まぁ半日ぐらい寝てたらどうにか回復できるだろう……


「--バカッ!」

 ぐえっ!? 突然重い何かが勢いよく俺の腹にのしかかってきて、俺はいま吸い込んだ息を全部吐いてしまった。衝撃に思わず跳ね上がった俺の掌が、むにゅっ☆と何か暖かくて柔らかいものに触れる……って、ひ、姫様!?


「バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、バカッ!」

 だが、目を開けるヒマもなく、姫様の拳の連打が俺の胸を打ちまくった。うげっ、傷が……傷がっ……!


 たまらず姫様を押しのけようと、開けかけた俺のまぶたに、そのとき冷たい何かが落ちかかってきた。


(えっ……?)

 唖然として目を開く俺の頬に、また姫様の瞳からこぼれた滴が落ちかかる。


 姫様は、泣いていた。綺麗な顔を涙でくしゃくしゃにして、子どものように嗚咽しながら--


「こんなにボロボロになって……このバカ! バカッ!」

 目から涙をぽろぽろこぼしながら、一際強く姫様が俺の胸を打った。うげっ! 傷が開く! そう思いながらも、俺は吸い寄せられるようにそんな姫様から目を離せなかった。


「……許さないからね……」

 不意に俺を打つ手がフッと弱まった。俺の胸に手を置いたまま、じっと顔をのぞきこむと、姫様は目をギュッと押しつむって、俺を力一杯怒鳴りつけた。


「私に無断で……勝手に死んだりしたら……許さないんだからぁぁ!!」


 それが限界だった。姫様はワッと俺の胸にしがみつくと、こらえていたものを一気に爆発させるかのように、力の限り泣き続けた。


 そう言えば前にもこんな事あったよなぁ……俺はだんだん薄れていく意識の中でそう思った。そう、あれは三年前だ。仲間とはぐれた上に重傷を負って行き倒れていた俺を、たまたま通りがかりに見つけた姫様は、馬車から飛び降りて泣きながら抱きしめてくれたっけ。『狼さんが死にそうだよぉ』って。そし

て慣れない手つきで、一生懸命俺を介抱してくれたっけなぁ……


 三年前と少しも変わらぬ姫様の本当の姿がそこにあった。受難の日々の中でも、俺はちゃんと知っていた。姫様は本当はとても優しい女の子だということを。ただ幼くして母君を失い、父王は溺愛はしてくれるものの忙しく、そして宮廷という公の場では常に上品な姫君でいなければならない中で、思いっきり

子どもらしく、わがままに振る舞える相手が欲しいだけなのだ。


 姫様の嗚咽はまだ止まらない。姫様の涙は、不思議なくらい甘く、そして暖かだった。俺の……俺だけが知っている……本当の姫様……。


 姫様の泣き声がやけに遠くに聞こえる。そして俺の意識は、そのまま闇の中へと落ちていった。


       ※       ※


 ……とは言え、俺が馬車を御さねばどうしようもないので、何とか回復した俺がフラフラになりながらも姫様を連れ帰ると、当然のように待っていたのは王様からの大目玉だった。


 何せ今回の姫様の家出騒動に対する責任は、全部俺に押しつけられるのだから仕方がない。最後に王様から「国外追放ぐらいは覚悟しておけ」と宣告され、俺はそのまま懲罰房に放り込まれた。


 ……割にあわない話だが、まあいいか。姫様は助けたし、アレク公子達もまさか誘拐に失敗したあげくに、たった一人にボコボコにされたなど、こんな不祥事とても表には出せまい。つまり、多少荒っぽかったが、一件落着ってわけだ。


 それに『追放』ということは、逆に言えば自由の身になれるわけで。これでようやくこんな毎日から解放されるのかと思うと、むしろウキウキする俺だった。


 --だが二日後、傷もすっかり治って晴れやかな気分で懲罰房を出た俺を待っていたのは、国外追放どころかとんでもない知らせだった。


 どうやって頼んだのか、何とこの俺は姫様の正式なお付きの家来として、この国に召し抱えられる事になったというのだ!


 多分、姫様は俺が追放になると聞いて、意を決して王様にだけこの事件の顛末を話したのだろう。それは王様の前では良い子でいたい姫様にとっては、かなり勇気のいることだったとは思うが、でも、う、嬉しくない……。


 俺の秘かに夢見てきた自由な未来への希望が、ガタガタと崩れていく。あまりの事態に茫然とする俺の前で、姫様は「良かったわね、ガイ♪」と満足げな笑みを浮かべていた。


 そんな姫様はとっても可愛くて、そりゃあ確かに姫様と離れることを、少しぐらいは寂しく思っていたのも、まぁ事実ではあったのだけど。


 ……でも、俺にはわかる。その天使のように愛らしい微笑みの下に潜む、もう一枚の悪魔的な微笑み。女の子はみんなちっちゃな悪魔だと言うが、それはまさに姫様の為に用意された言葉なのではないか? ふとそんな気がして、俺は思わずよろめいた。


「ガイ、これからも私のお世話をよろしくね☆」


 めまいを感じながら謁見の間を退席した瞬間、姫様がギュッと俺の腕にしがみつく。その柔らかく暖かな感触を感じながら、俺はこれからも訪れるであろう受難の日々を思い浮かべて、重く、重く、ため息をついた。


《「王女様とお呼び☆」Fin》


《お・ま・け》


「……そう言えば、ガイ」

 腕にしがみついたままの姫様が、不意に上目遣いに俺を見る。


「あのとき、どさくさに紛れて私の胸触ったでしょ?」


「え”っ!?」

 思いがけない一言に固まる俺に、姫様はこれ以上ないってくらい楽しそうに微笑んだ。


「そーんないけない家来には、まずはたーっぷりお仕置きをしてあげなくっちゃね~♪」


 かんべんしてくれぇぇぇぇぇ!!


《今度こそおしまい!》

読んでくださってありがとうございました!(*^o^*)

もし気に入ってもらえたなら他の短編や

長編「シェルザード!」もお読みください☆m(_ _)m

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