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中編

       2


「止まれ! 止まらぬと撃つぞ!」

 隊長格と思しき屈強な鎧武者の野太い叫び。それと同時にランソール兵達のクロスボウが一斉に馬車……もとい俺に向く。


 俺は仰せに従って素直に馬を止めた。安全に強行突破など出来そうもないし、大体矢ぶすまにされるのはこの俺だ。


「ガイ! ガイ! ガイ!」

 いきなり止まった馬車の中から、姫の慌てたような叫び声がした。


「……人を犬っころみたいに呼ばないでくださいよ……」

 やれやれと振り返る俺の黒い瞳に、さすがに不安げな姫様の愛らしいかんばせが映った。


「……どうしたの、これは!? どういう事よ!?」

「……どうしたもこうしたも、見りゃわかるでしょ。囲まれたんですよ」

 俺は奇妙に落ち着いていた。いや、どっちかって言うと開き直っていたという方が正しい。いくら何でもこれ以上不幸になんかなれるもんか。矢でも鉄砲でも持ってきやがれってんだ!


 パーン! 鋭い音と共に馬車のすぐ脇の地面が吹っ飛び、さすがに俺は馬から転がり落ちそうになった。

 じょ、冗談じゃねぇ! 鉄砲まで持ってやがるのかよ!?


「大人しく馬車から降りてもらおう」

 立ちこめる硝煙の奥で、敵の隊長格が傲然とうそぶく。


 仕方なく俺は御台から降りた。別に鉄砲程度が怖いわけではないのだが、姫様にもしもの事があったらそれこそ命が無い。


 そんな俺の姿を見て、姫様も渋々車から降りた。その外出用の白いドレスに包まれた麗しいお姿に、囲む兵士たちからも感嘆の声がもれる。無理もない。姫様はとびっきり可愛いし、十五歳とは思えないほどスタイルもいい。文句無しの美少女だもんなぁ……口さえ開かなきゃ。


(ちょっと、これどういう事なのよ!?)

 そそっと俺の影に隠れた姫様が小声でぶーたれる。


(何で私がこんな目に会わなきゃいけないのよ!?)

「……さぁ、何ででしょーねぇ」

 珍しい反撃のチャンス。俺がここぞとばかりに小さく皮肉ると、さすがにそこはわかっているらしく、姫様は少し顔を赤らめた。


「と、とにかく、何とかしなさい! いいわねっ!」

 俺は状況にも関わらず苦笑してしまった。全く、素直じゃないんだから。いきがってはいても、声がかすかに震えているのがわかる。


 俺の苦笑に姫様はますます頬を染めると、プイと横を向いてしまう。

 何のかんの言っても可愛い所もあるもんだ。思わずつねってやりたくなるような可愛いほっぺ。……でも、そんな事をしたら間違いなく半殺しだろう。


 やれやれどうしたものか、と頭をかく俺の足下で、再び銃弾が跳ねた。

「わああっ!?」

 俺達主従はまるで縄跳びのように、並んで仲良く飛び上がった。


「アリシア姫をこちらに渡していただこう」

 敵の隊長が不敵に笑う。

「こちらとしても手荒なマネはしたくないのでね」


 じゅ……充分手荒じゃねぇか--俺は抗議しようとしたが、隊長の銃口が俺の心臓を向いているのを見て、口を閉じた。やっぱあんまり鉛玉はくらってみたいと思わない。


 ……が、肝心な姫様を止めるのを忘れていた!


「何よっ! いきなり出てきたと思ったら鉄砲なんかぶっ放して! 私を誰だと思ってるのっ!? それが仮にも一国の王女に対する態度っ!? ううん、それ以前にレディに対する態度なの!? あんた達それでも騎士の端くれ!? ほんの一っかけらでも『騎士道』ってものを持ってるんだったら、恥っても

のを知りなさい! 恥ってものを!!」


 ああああああ、やめてくれぇぇ~! これ以上、火に油を注がないでくれ~! どうせとばっちりは全部俺に来るんだぁぁぁぁ!!


 頭を抱える俺だったが、意外と効果があったみたいで、襲撃者達は目に見えてたじろいだ。多分、姫様の事を可愛いお人形ぐらいにしか思ってなかったのだろう。その人形からまさかここまでボロクソにけなされるなんて、思ってもみなかったに違いない。どう反応したらいいのかオロオロしている。その気持

ち、俺には痛いほどよくわかる……


 少し敵に親近感を抱きかけた俺の前で、そのときランソール兵の一角を割って、涼やかな声があたりに響いた。


「--これはご無礼いたしました」


 隊長格の男の後ろから、派手な赤いマントを翻して、一人の長身の若者が姿を現した。

「確かにレディに弓を向けるなど、礼に反すること。お前達、武器を収めろ」


 若者が一声命じると、兵達は慌てて弓を下ろした。隊長もしぶしぶ銃を収める。

 それを満足げに見届けると、若者はマントを払って、姫様に向かって恭しく一礼してみせた。


「お久しぶりです。アリシア・ド・フィルデナンド姫」

 キラッ☆ 白い歯がこぼれる。煌めく金髪に透き通るような青い瞳。端正な美貌の、まぁ多少、いやかなりキザではあるが、颯爽たる貴公子だ。

「こうして再び麗しのアリシア姫のお顔を拝謁できるなど、このアレクセス、歓喜に耐えません」


 げっ、じゃあこいつが姫様のフったランソールの公子か!? まさか本人じきじきのお出ましとは、こりゃあ根が深いな……。


「……なーんだ。やっぱりあなたの仕業なのね、アレク」

 くすぐったくなるくらい丁重なアレク公子に対して、姫様の返事は気の毒なくらい無愛想だ。

「あなたもしつこいわねー! あなたとの婚約ははっきりきっぱりお断りしたはずでしょ!?」


 ああ、また始まった……。うちの姫様はふだんは誰に対しても上品に振る舞っているが、素を出してもいいと見切った相手に対しては滅法強い。特に相手が自分に逆らえないと悟るやいなや、まさに下等動物ぐらいにしか見ないのだ。例えば--俺とか……


 そしてアレク公子を見る姫様の目も、まさにその目だった。


「ほんっと、うんざりだわ。いつまでもうじうじうじうじ……諦めの悪い男なんて最低! しかもレディに対してこんな暴力に訴えるなんて、最低を通り越してクズだわ!」


「……ク、クズ……」

 さすがに蒼白になってアレク公子はよろめいた。無理もない。姫様に鍛えられてイヤでも免疫ができた俺とは違って、仮にも一国の公子がこんな事を面と向かって言われたことなど、絶対に初めてのハズだ。


 屈辱に震える手が剣の柄をつかんだ。それを見た姫様が、「きゃ!?」と可愛い悲鳴をあげて俺にしがみつく。


 自分で危なくしといてすぐ俺を頼る! だがそんな、姫様の毎度おなじみのわがままな行動が、ここで思わぬ反応を引き起こした。


「……なぜだ!?」

 引っ付いた俺達を見る公子の顔にカッと血が上る。ほとんどうめくように、公子は叫んだ。

「私のどこが気に入らないというのだ!?」


 ……実は俺も少々不思議だった。多少は短慮で気も短いようだが、アレク公子は身分も高いし、もちろん金持ちだ。俺だってそう捨てたもんではないと思っているが、それでも素直に負けを認めざるを得ない程の美形でもある。姫様はどこが気に入らないというんだろう?


「大体、何だ、その男は!? 見たところ異国人のようだが、そんなワケのわからん下郎の方がこの私よりもいいとでもいうのか!?」


「お、おいおい! 何でそこで俺に来るんだ!?」

 しかし嫉妬に狂った公子には何を言っても無駄だった。しかもそんな俺と公子を面白がって、調子に乗った姫様がぐいぐい身体を押しつけてくるから始末が悪い!


 こ、この姫様は一体状況がわかってんのか!? ……いやわかっててやってるに違いない。なにせ揉め事がこじれ、拡大するのを見るのがとっても好きなのだ、この姫様は……。どうせ俺が何とかすると思ってるんだろうけど、俺は姫様の悪趣味に付き合う気などさらさら無い!


「や、やめて下さいよ!」

 振りほどこうとした俺の肘が、何か柔らかいものに触れた。うっ、思っていたよりも大きい。初めて会った時--要するに俺は拾われた時だが--にはまだほんのお子様だったのに。女ってのはたった三年そこらでえらく変わるものだ。いいなぁ……この感触……ふにふにして……って、しまった!? いつの

間にか姫様の術中にはまっている!


「くそっ! いちゃつくのもいい加減にしろおっ!」

 ついにアレク公子は剣を抜いた。ヤバい! 目がマジだ。同時に無数の弓と銃口が俺を狙うっ!


「やめなさい!」

 そのとき、不意に姫様が威厳をこめて一喝した。その言葉に、一同の動きがビクッと止まる。


「何を誤解しているの? ガイは私の恋人なんかじゃないわ!」

 ……自分で誤解を招くようにわざとし向けておいて、やめろもなにもないもんだが、ここは思わぬ助け船。ホッとする俺の耳に、姫様の次の一声が飛び込んできた。


「--ペットよ!」


 するうっ! た、確かに色々あってそれは半分ほど否定できないのだが、ここまでキッパリ言い切られてはあまりに哀しい……


「うん、そうだろう、そうだろう。そうだと思った」

 一斉にうなずくアレク公子達に、俺はとどめとばかりにひっくり返った。


「あっさり納得しないでくれ!」

 だが俺の抗議には耳も貸さず、アレク公子は姫様に向かって訴えかけた。


「しかし、それなら教えてくれ。一体君はどんな男が好みだと言うのだ?」

 なるほど。それは俺も少し興味がある。俺はペット呼ばわりされたことに多少いじけながらも、チラリと姫様の方に視線を走らせた。


「--いいわ」

 その言葉にツッと姫様は前に出ると、アレク公子と真っ向から向かい合った。

「どうにも諦めがつかないみたいだから教えてあげる。良い事? 私の理想は……」


 そして姫様が語った理想の男性像とは--


 話し始めて一〇秒しない内に、アレク公子のあごがカクンと外れた。二〇秒後には腕からポトリと剣が落ち、三〇秒後には力無くへたりこんでしまう。


「……という人よ。わかったかしら?」

 きっかり二分後、姫様がやっと唇を閉じた時、すでに俺も含めた男全員がその場で石になっていた。アレク公子などはほとんど燃えつきた老人と化している。


「そ、そんな男いるわけない……」

 よろめきながらアレク公子がぐったりとうめく。


 確かに……姫様の言った理想を全部満たすような『完璧超人』などが、もし仮にいたとしたら、多分間違いなく他の男達によってたかって殺されてると思う。


 姫様がこの美貌で未だ婚約者がいない理由が初めてわかった。そんな理想と比べられてはたまらない。何だかアレク公子に同情したくなってきた。


「もちろんそれぐらい私にだってわかってるわ。理想はあくまで理想。私だってそこまで世間知らずじゃないし、わがままでもないつもりだもの」

 軽くため息をつきながら、実に寛大なお言葉を口にする姫様。正直、反論は山のようにあるが、命が惜しい……


「でもね、私だって幸せな結婚を夢見るごく普通の女の子だもの。選ぶ権利ぐらいはあるはずでしょ?」

 こ、こんなのが普通だったらたまらない……心の中でつぶやきかけた俺に、姫様はいきなり同意を求めるように小首をかしげてきた。とりあえず命が惜しいので、俺はカクカクとぎこちなくうなづいてみせる。


 それを見て満足げに微笑むと、姫様は再びアレク公子に向き直った。


 やばい! 俺にはわかる……あれは何かとんでもない事をしでかす前の--悪魔の笑みだっ!


「じゃあ……」

 何か言いかけたアレク公子を小悪魔的な微笑みでさえぎると、姫様はいかにも気の毒といった態度で首を振ってみせた。わ、わざとらしい……


「でもごめんなさい。あなたじゃダメ。だって、あなたはやっぱり私の好みじゃないもの」

 誠意を装ってはいるが、容赦なく冷たい姫様の言葉に、アレク公子が絶叫した。


「な、何故だっ! 私のどこが足りない!? 私には地位もあるし、財もあるし、顔だってこんなに美しいではないか!?」

 じ、自分で言うかぁ? ……全く姫様と言い、王家の人間って奴はどーもわからん。だがそんな一般人の思惑をよそに、アレク公子のナルシステックな自己主張は続いていた。


「私ほど君の理想に近い人間はいない。何故なら私は限りなく完璧なはずだからだ! なのに、私のどこが君は気にくわんのだー!?」


 その瞬間、姫様の攻城砲にも匹敵する一撃が、情け容赦無くアレク公子に炸裂した。


「--足が短い」


「あっ……」

 アレク公子は崩壊した。なるほど、確かに言われてみたらこの公子、背は俺よりも一回りは高いが、なのに腰の高さはあまりかわらない。が……ここまでキッパリ言われたら気の毒以外の何物でもない。普段苦労させられているのか、お付きの兵達は思わず笑いをかみ殺している。


 たが、衝撃から覚めたアレク公子の瞳が、次第に物騒な色を帯びていくのに気づいて、俺は思わず息を飲んだ。


「あのー姫様、もうここらで……」

 俺は軽く姫様のドレスの裾を引っ張ったが、聞いちゃあいない。何せ、傷付いた相手を更に精神的にいたぶるのは姫様の至福の娯楽だ。ちなみに場合によっては肉体的に、でもある。


 そして、俺の制止もむなしく、ついにその悪魔的な本性をむき出しにして、姫様の『お楽しみ』が始まってしまった!


「これでわかったでしょ? とにかく、私はあなたなんかキ・ラ・イなの! だーいっキライ! 好きでもない人のトコにお嫁に行くなんて、絶対、絶対、ぜーったいイヤですからねっっ、だっ!」


 姫様が一言発する度に、アレク公子の胸に見えない刃が突き刺さるのは、俺にはありありと見えた。同時に、その剣を持つ手がぶるぶると震えを増していくのも--!


 や、やばい、やばい、頼むからやめてくれ~っ! だが勢いに乗った姫様は止まらない。円らな瞳をキラキラとサディスティックに輝かせて、姫様はとどめとばかりに言い立てた。


「まーったく笑っちゃうわよ。なーにが『君の理想に一番近いのは私だ』よ。バッッカじゃないの? あんたみたいなナルシス馬鹿、むしろ一番遠いんだから。うぬぼれるのもいい加減にしなさいよね! はっきり言ってあげる。あんたなんかね、もともと眼中にな・い・のっ! わかった!?」


 ぷっつん。その瞬間……ついにアレク公子は--切れたっ!


「うがぁぁぁぁ!!」

 アレク公子は突然、吠えるように叫ぶと、部下達に向かって絶叫した!


「ええい、殺せっ! こいつらまとめて殺してしまえっっ!」

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