THE GREATEST FALL
FALL→動詞:落ちる 名詞:秋
その特別な日をはっきりと目に焼き付けたくて、僕は街外れの小高い丘を目指して歩いていた。
月日は十月十五日午後一時、少し冷たい秋の風が吹く、良く晴れた気持ちのいい日曜だった。
本当は車で目的地まで行くはずだったが、みんな考えることは同じ、たちまち渋滞に巻き込まれて動かなくなったので、仕方なく車を乗り捨て、徒歩で向かうことに決めたのだった。
「田中さん」
後ろから僕を呼ぶ声がした。声の方向に顔を向けると、お隣に住んでいる岡田さんが僕と同じように歩いていた。傍らには奥さんと子供一緒だった。
「田中さんも『グレイテスト・フォール』を見に?」
「ええ、そうです。この辺りではあそこが一番ひらけていて、空がよく見えますからね。ということは、そちらも?」
「はい。一度きりのお祭りみたいなものですからね。家族みんなで行くことにしました。ところで田中さん、奥さんは?」
「妻なら家で寝ていますよ。誘ったんですけれど「私は寝たいの」と言って断られました。今頃は睡眠薬を飲んでぐっすり寝ていると思います」
「そうですか。勿体ないとは思いますが、まあその辺りは個人の価値観ですからね」
「まったくその通りです」
僕と岡田さん達はそんな風に世間話をしながら一緒に丘を目指した。
やっとのことでたどり着くと既にそこには多くの人が陣取っていた。千人以上はいるようだった。まるで『お花見』みたいだと僕は思った。
「少し遅かったかな?しかし日本人はイベント好きだなあ」
「本当、本当」岡田さんがスマートフォンをいじりながら相づちを打った。
「今ニュースで確認したんですけれど、これだけ平和なのはどうやら日本だけみたいですよ。世界的には治安が悪化していてとてもそれどころではないようです。有事でも決して慌てない日本人は偉いですな」
「日本人の美徳ですね。ところで『グレイテスト・フォール』は何時なのか分かりますか」
「さあ、正確な時間は不明です。ですがもう間もなくのようですよ」
岡田さんはスマートフォンを閉じて空を見上げた。僕も空を見上げる。
空はいわし雲が浮かぶ綺麗な秋の青い空だった。ただ唯一、東北東の方角にポツンとある豆粒ほどの小さな赤い点みたいなものを除いては。
十年前、スティーブンという一人の天才科学者がとんでもない説を提唱した。
それは「三十八次元において我々の宇宙は自然落下している」というものだった。それはこれまでの宇宙空間の重力の総量が足りないというパラドクスやその他の様々な問題点を一気に解決する画期的な理論であったが、その最終結論があまりに突飛だったため、世の学者達から笑いものされた。
彼は自らの理論をニュートンのリンゴに例えてこう説明した。
「我々の住む宇宙とは落下しながら成長するリンゴのようなものだ。成長速度とは即ち光速だ。私の理論によれば宇宙は三十八次元に置いて自然落下している。近い将来、私の計算によれば十から二十年の間に地球は落下しつくた末、、三十八次元の「何か」に当たり、落ちたリンゴのように消滅するだろう。そ
して、その速度はもちろん光速より遥かに速い速度で行われるだろう」と。
その世界に一蹴された理論は現在、NASAの発表によって真実とされた。いまから三日前、NASAは光よりも速く進行する宇宙崩壊の前兆を観測したと発表した。そしてその次の日、空に赤い点が現れた。
難しいことは僕にはよく分からないが、あの空の赤い点は宇宙の崩壊がもたらす亀裂が出す、光に似て肉眼でも確認できる、光よりも遥かに速い何らかの物質が見せているものらしい。
NASAによれば今日のどこかの時間であの赤い点は空全体を包こみ、宇宙は崩壊するらしい。
その現象を彼らは『ザ・グレイテスト・フォール』と名付けた。秋に赤く色づく紅葉と、三十八次元で落ちる宇宙をかけた、なかなか洒落たネーミングだった。
僕は丘の適当な場所に腰掛けた。岡田さん家族も隣に座った。
穏やかな空を見ていると本当に世界が終わるのかにわかには信じられない気持ちになった。しかし今日宇宙は確かに終わるのだった。逃げ場はどこにもない。核シェルターもロケットも無意味なのだ。
「おい、あれを見ろ!」
その時誰かが叫んだ。丘の上の全員の視線が空に向かった。
先程まで豆粒のように小さかった赤い点はわずか一、二秒で空全体を真っ赤に染め上げた。それは昔みた皆既日食を連想させたが、それとは桁違いのスピードだった。その色はまるで血のように赤く、僕に世界の『死』を否応なく突きつけた。それは神秘的という言葉を通り越して、絶対的な恐怖を僕に与えた。
僕は目を大きく見開いた。心臓がバクバクと音をたてるのが聞こえた。
周りから一斉に怒号や嗚咽がこだました。岡田さんたちの悲鳴も聞こえた。だが僕は決して周りを見ず、空から視線を外さなかった。世界の終わりをこの目に焼き付けるのだ。
僕は雄叫びをあげた。恐怖で目をつぶらないそのために。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお・・・
ぺしゃん
宇宙のつぶれた音が三十八次元の世界に響き渡った。
了




