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竜胆の東屋  作者: いつき
本編
96/109

75話 解放

 慌てたように顔を歪めるのを見ると、どこか可笑しかった。あぁ、お前たちもレオンも知らない賭けをしているんだった、と思い出す。

 機会はたった一度だけ。


 解放 ―どちらから、どちらを?―


「そんなに欲しいならくれてやろう」

「何をっ」

 腕からマントを取り去れば、そこにはレオンの持ってきたただの布があった。

 本物のリゼットは今頃馬上でレオンに詳しい話でも聞いているだろう。あとはレオンがきちんと手紙を渡しておいてくれたら、この賭けは何の支障もなく開始される。

 それに安堵ともとれる複雑な気持ちが湧き上がってつい苦笑いしてしまった。

「お前たちが優秀で助かったよ。レオンの王子姿にまんまと騙されて、あっちに行かれていたらと思うとな」

 でも、そうだな。こいつらはこちらの性格をとてもよく知っているのだ。

 俺が自分の手で守りたいと思うこと、他人に全てを任せることができないこと。レオンに対する劣等感も何もかも。

「リゼット・ディズレーリの居場所を教えていただきます」

「お前らなぁ……もう少し頭使えよ?」

 教えるはずもないだろうにそんなことを律儀に聞いてくる。

 笑いを噛み殺して、もう王宮を出てしまったであろう彼女への手紙を思い出した。誰も知らない、唯一彼女に伝えるだけの賭け。

 自分から彼女を解放する、最初で最後の機会。そのことをこいつらは知らないだろう。レオンにも知らせてはいないのだから、これは二人だけの賭けだ。

「ご自分のしていることを、分かっておられるのか。あなたは第二王子だ。それはどんなことになろうと変わるわけがない」

「今さらだろ、そんなのは。俺だってそれくらい分かってるさ。それでも、反旗を翻す覚悟をしたんだ。あとは俺の問題だろ?」

 今まで従ってきたところには向かう準備はできた。だからもう迷う必要も立ち止まる必要もない。

 腰に掛けていた剣に手をやって、鞘のついたまま構えた。レオンは渋ったが、正直これが一番効率的なのだ。

 少なくともレオンよりは安全が保障されていることをありがたく思う。相手は精鋭で間違ってもひどい傷は受けないだろうという甘えもあった。

 自分の役割は足止めで、こいつらに勝つことじゃない。リゼットを遠くへ逃すための時間を稼ぐことが最優先なのだ。

 そう思うと少し安心する。

「あなたは小娘一人のために、全てを捨てるおつもりですか。王子である、あなたが」

「自分の地位を忘れているわけじゃない。リゼットのために捨て去るわけでもない。むしろ利用してるんだ」

 自分の地位を、生まれを、友人を、環境を。

 自分の持てるもの全てを利用して、彼女を手に入れようと思った。でも。

「彼女にも自分にも機会をやったんだ。お前たちはその答えが出るまで介入させられない。王や王妃であっても同様だ」

「機会、ですか。いったい何に対するものなのですか?」

「解放する、機会だよ」

 一度手に入れてしまったら、多分離せないだろう。自分から離れることも許さず、じっとここへ留めようとするだろう。

 そうなってしまう前に、逃げ出す機会を与えるのだ。彼女にも、自分にも。

 相手から逃げ出す機会を。向き合うことから逃げ出す道を、たった一度だけ、彼女と自分に与えてみたのだ。

 これが最後、自分と相手を見つめなおす機会を。

「今ならまだ、ぎりぎり間に合うだろう?」

 剣をくるりと手の中で大きく回しながら、笑ったつもりだった。

 しかし剣の装飾に一瞬だけ映った自分の瞳は、とてもそうには見えなくてただ機械的に口角を上げているだけだった。

『まだ、間に合う』

 ――本当に、そうだろうか。

 まだ彼女を逃してやれる、なかったことにできる。

 それは彼女がその選択肢を選び取らないと、どこかで分かっているからこそ言えるんじゃないだろうか。

 彼女にいくつかの道を示すふりをして、実は彼女に改めて選ばせているだけなのか。

 彼女自身に、アルバートを、選んでほしいと?

「随分と、ずるい賭けだったのかもな。結果が分かっている賭けなんだから」

 さて、足止めくらいにはなったかと剣を腰に佩けば、目の前の男は苦々しく口を開いた。

 案外安全に時間を稼げたな、と思っていたところに低く響く。それは今まで聞いたこの男の声で一番低く、暗い声だった。

「王子でさえなければ、無理やりにでも聞きだしたものを」

「王子でなければ、そもそも起こらない問題だけどな」

 相手の言葉に肩を竦めながら答え、頭に手をやった。

 まったくもって相手の言うとおりだ。多分王子でなければ、今頃ずたずたに引き裂かれていただろうし、大した時間稼ぎにもならなかっただろう。

 だからレオンには任せず、俺自身がここへいるのだ。今彼らがここにいて、自分が生きていられるのは、まぎれもなく自分が属する『王族』のおかげだった。

 だから自分は根本的なところで『王族』を辞めたりすることなどできるわけがないのだ。

 心の中で否定しようが嫌おうが、それだけは変わることなどない。そんなこと、とっくの昔に気づいていた。

「とりあえず、王妃のところへ行くか。お前も俺も言い訳が必要だろう? レオンを追いかけて行った奴らがどうなったのかも気になるし。無事逃げ切れたか確かめる必要もあるしな」

 レオンを追いかけていった人間は、撒かれて戻ってきているのか。それとも追いかけ続けているのか。はたまた……どこぞに転がされているのか。

 どのみち、二人がレオンに敵うとは思えないが。何せあいつは自信たっぷりに『任せておいて』と笑ったのだ。

 ああいう顔をするレオンは恐ろしいほど優秀なのだ。

「言って、どうするおつもりですか」

「ことの経緯を説明する。あと今後手を出さないように釘をさす」

 お願いしてもダメだった。取引してもダメなのだろう。だったらもう、息子はすでに言うことを大人しく聞く子供ではないのだとはっきり示す。

 聞き分けのよかったことなど一度もないのだから、今さらだろうけれど。

「それで、何か変わると? 残念ですが、それはありえません」

「ありえないだろうな。母の性格は知っている」

 それでも諦めてしまえばそれまでで、そして何も言わなければ母は間違っている自覚さえ持たなくなるのだ。

 息子が勝手に少女へ恋心を抱いているのだと。

 決して少女から迫った恋などではないと、気づきもしないだろう。

 息子が愚かにも、恋に溺れている事実を、母は知らない。

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