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竜胆の東屋  作者: いつき
本編
9/109

08話 落ちる瞼も格闘中

 一人で東屋で過ごして、初めての発見だった。……話し相手がいないと、ここは随分昼寝に適している。いや、適しすぎて不都合なくらいだ。


 落ちる瞼も格闘中 ―待ちくたびれた。だけど退屈じゃない―


 今日ここに、彼女はいない。

 今日の朝、何気なく手に取った書類で初めて、東屋の管理人たち対象の会議があると知った。

 詳しく聞けば、王族や貴族への対応に不備はないか、などということを話しているらしい。

 彼女のことだから、きっと何も発言しないんだろうが。

 彼女は目立つのを著しく嫌うのだ。あんな王宮から離れた、しかもおどろおどろしい噂の絶えないところに行くのは、本物の物好きだろう。

 そう思われている方が何かと便利なので、こちらからも口止めしている。

 この王宮にその手の噂はごまんとあるので、誰もその真偽を問おうとしないのだ。問うだけ無駄だと思っているらしい。

「ここがばれると厄介だしな」

 頬杖をつきつつ、そう呟く。

 唯一と言ってよいこの隠れ家がばれれば、その日から毎度のように見つかってしまうだろうし、何より壁を直されては困る。

 大体彼女が若くして管理人としていられるのも、誰も来ないと皆が知っているからだ。

 王子が来ていると知れば、ここの管理人はもっと慣れた人間に変わってしまうだろうことは簡単に思い至った。

 適度に手を加えられ、季節の花が咲くこの風景も、ごてごてした王宮仕様になるのかもしれない。

 王宮の中心近くの管理人がしっかりと手入れをした、格式高い風景も嫌いではなかったが、どこか人の温かみを残すこちらの方が自分は好きだ。

 季節によって印象を変えるこの東屋からの風景は、表情豊かな彼女そのものだろう。

 暇を持て余し、欠伸を一つかみ殺す。

 こんなことなら帰ればよいのだろうが、今日はせっかくの休日サボったわけではないなのだ。一目くらい会う機会があってもいいと思う。

 他にも会う理由はあったが、それは別に後日でも構わないものであるし。イスへ腰かけ、読みかけの本を出していよいよ本格的に待つ態勢に入る。

 早ければいいんだがな、と呟きつつ、ページをめくり始めた。

 あの会議が無駄に長いことで有名なのを、すっかり忘れて。後半刻もしないうちに帰ってくると思っていた。

 彼女は書置きを残して行かなかった。

 それは俺がここへ来ないと思っていたからだろう。もちろん、いつもなら絶対に来ない時間だし。それについてとやかく言うつもりはない。言うつもりはない、が。

「ここはどうやら読書に適していないらしいな。どうやら」

 本を読み始めてすぐ、そのことに気が付いた。

 やたら暖かいし、落ち着くし、最適だろうと思っていたのに、蓋を開けてみればそれは睡魔との闘いだった。

 剣を振るい、汗を流すことも好きだが、読書をすることも好きなので、まさか睡魔に襲われるとは思ってもみなかった。

 読んでいる本の内容も面白いはずなのに、どうも瞼が下がる。

 話し相手がいると別なのだろうが、自分以外がいない今、ここはとても静かで風のざわめきしか聞こえない。

 リゼットが偶に舟を漕ぐのも頷けた。うとうととしてくる意識をしっかり持とうと努力するも、やることがないのでどこかぼんやりとしたままだ。

 もう文字を追う気力もなくなって、本をしまった。

「リゼット、遅いぞ」

 独り言を口に出しても、その眠気は一向に治まる気配を見せず、うつらうつらと首が揺れていることが分かった。

 逆らえないそれに目を閉じれば、ふわりと花の香りが強くなり、風の音がより身近に感じた。

 王子が外でうたた寝なんて、前代未聞だろうと己を笑うが、もう意識を手放しかけていた。

「アル、バート、さま?」

 確かめるようなその声に、意識は一瞬で引き上げられた。

 それに従って目を開けば、目の前に驚いた彼女がいる。

「遅かったな」

「いらっしゃると分かっていれば、あの会議にも出なかったですよ」

 いてもいなくても変わりませんからね、とイタズラするような顔でこちらを見つめ、次いで少し真剣な顔で首を傾げた。

「寝てらっしゃいましたか?」

「いいや。かろうじで起きてた。……すごく眠いが」

 髪をかきあげて笑えば、安心したように息を吐かれる。

 それから困ったように眉を寄せ、彼女はこちらへ近寄ってきた。まだ頭が働いていないらしく、ぼんやりとそれを見つめる。

「外で、うたた寝しないでください。王宮から少し離れていますから、警備も万全とは言えません。

私がいれば盾になるくらいしますが、今日はいませんでしたし」

「リゼットを盾にするくらいなら、大人しくやられる。うたた寝しないのが一番得策だとは思うが」

 思ってもみないことを言われ、少々面を食らった。

 今まで一度も思いつかなかったが、本来それはごく普通の考え方なのだと気付き、面を伏せる。絶対、させたくはないことだが、彼女ならやりかねないと思うと心の底から冷えた。

 そんなことになるくらいなら、自分が傷つけばいい。

「……やられてはいけません。アルバート様はこの国の王子ですから」

「リゼットはこの東屋の管理人で、俺の友人兼妹役だろう? そこに護衛の役は含まれていないんだ。

盾になるなんて、言うもんじゃない。もう、二度と言うな」

 半分冗談交じりに軽い調子で笑うが、それはこちらが真剣になればなるだけ、彼女が意固地になるからだ。

 それを見越してか、彼女は頷かなかった。

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