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竜胆の東屋  作者: いつき
本編
55/109

40.5話 温かい体温に寄り添う

 ふわふわと暖かい感覚が私を包んだ。安心できて、とても優しくて、ずっと包まれていたくなった。

 秋めいてはいたが、日差しが緩やかな今日は気温もよくて、ついついうとうとしてしまう。ダメ、なのに。

 彼は王子で、私は庭師だから、絶対に寝ちゃダメなのに。それなのにゆるゆると意識は溶けていって、否定の言葉など出なかった。

「リゼット、リゼ」

 優しい声。とても優しい。

 寄りかかってもびくともしない彼の体を感じて、何とか起き上がろうとした。それでも眠気には勝てず、体は全く動かない。指一本動かせない眠気など、一体いつ振りだろう。

 まどろみはとても心地よくて、泣き疲れてつくいつもの眠りとは明らかに違っていた。

 隣に彼がいるというそれだけで、自分はここまで安心するのか。ここまで意識を持っていかれ、体が動かせないくらいの眠りにつくのか。

『アル』

 出したかった声は口から出ても形を成さなかった。だから安心して、口の中で何度も言葉を繰り返した。

『大好き』

 きっと聞こえなどしないから大丈夫だと、自分に言い聞かせて何度も呟いた。

 好き、好きです、大好きです。

 この時間が止まってしまえばいいのにと思えるくらい、もうこのとき以外はいらないと思えるほど。

 このまま、何もかもがいらなくなって、ぴったりと時が止まって、この世界から切り離されたここでずっと一緒にいられたらいい。

「寒くないか? って、もう寝てるな。リゼット。最近忙しいそうだからな」

 私に呼びかけて、私を心配して、ずれ落ちないようにと支えてくれる手がどれだけ愛しいか。

 どれだけ欲しいか。

 どれだけ……人に渡してしまいたくないか。

 近づくたびに湧き上がる欲にこの人は気付いていないだろうかと不安になる。身の程知らずにも色んなものを望んでしまう、自分の欲望の深さに嫌気がさすのに。

 目を開けて、早く離れてしまわなければいけない。大きくなる欲を抑えるのに、それ以外の方法を思いつかない。

 それなのに体は相変わらず重くて、そのわりにふわふわと気持ちよくて、離れたくないともう一人の自分が叫ぶ。

 頭に感じる温かさを失いたくないなんて。この体温が嬉しいなどと。そんなの、そんなの初めから。

「無理するなよ。絶対に、無理なんてするな。泣くまで頑張るな」

 優しい声で、そんなこと言っちゃダメだよ、アル。

 甘やかされたら、私は簡単に自分の中にある決意を反故にする。泣くまで頑張らないと、泣くまで無茶しないと、アルから離れることなんてできないんだ。

 自分をズタズタに引き裂いて、起き上がる気力さえ残さず、そうやって自分を傷付けないと、何度でも起き上がってその手を握ろうとするから。

「俺は何もできないから、何も分からないから、お前を助けてやることはできないんだ。お前が何を悩んで、どうして泣いているか、分かりもしないんだ」

 そんなの、アルは知らなくていい。

 アルは知らないままでいい。気付いて欲しくなんてない。

 こんなに好きで、泣いてしまうくらい好きで、これからの未来が全ていらないほど好きで――そんなの、知らないままでいい。

「もっと頼っていいぞ、リゼ。お前は一人で頑張りすぎるから。俺は心配だ」

 言い聞かせる声は少し寂しそうで、でもそれは自分に向けられているようでそうじゃないことが分かる。

 アルは私に言っているわけじゃないんだ。寝ている私に聞こえないことが前提で話してるんだ。だから私は、多分聞いちゃダメな言葉達なんだろう。聞こえないふりをするべきなんだろう。

 だけど嬉しくて、嬉しくて。本当にありがたくて。

 そっと頭に柔らかい手の感触がある。それはいつもよりずっとゆっくりで、慎重だった。

 私を起こさないように精一杯そっと撫でているのだろう。髪を梳く手つきも優しくて、小さなため息が漏れた。

 さらり、さらりと私の髪が彼の手から零れるのが分かる。撫でつけ、また掬い、そしてまた落とす。

 そうやって何度も繰り返される動作は一定のリズムによって構成されている。それは眠気を助長させるだけで、意識を覚醒させる助けにはならなかった。

「寒そうだな」

 アルが動いて私の頭が少しずれた。かくんと力なく下がった頭は重力に従って落ちそうになる。

 隣で『うわっ』と焦ったような声が聞こえて、すぐに頭を支えられた。そしてうとうととする意識の中で『アルが支えてくれたんだ』と理解するのと同時に、肩を温かいもので包まれた。

 彼のマントだろうか。肌寒くなりそうな夕方になれば必要なものだろう。

 瞬く間に温かくなったそれに安堵すれば、そっと彼が動くのが分かった。そっと、そっと私の頭を支える手はそのままに、彼の体は離れていく。

 温かかった右肩がひんやりとした空気に触れ、しかしすぐさま温かい布に包まれる。それでもアルの肩より心地良いなんてことはなく、何だか寂しくなってしまった。

 ふるり、と体が震える。

「ア……ル」

 離れないで、と言いたかったのに、曖昧な意識の中では名前を呼ぶことさえ難しい。

 目を覚まして、彼に手を伸ばしさえすればいいのに、どうしてか目は開いてくれず伸ばそうとする手も動かなかった。

 離れていって欲しくないのに。それならマントなんてかけてくれなくてもいいのに。ただ隣で肩を貸してくれていたら、何より嬉しいのに。

「寝てていいぞ。少しは休め」

「ん」

 休みたいわけじゃないんだよ、アル。ただ傍にいたいだけなんだよ。

 でも目覚めなきゃいけないなんてこと自分でもきちんと分かってる。

 もうすぐあなたには婚約者ができて、国中に祝福されながらお妃様をもらって、そして可愛らしい子供を作って、そうやって幸せになるんだから。

 国中が歓喜の声で満ちる中、私は一人祝うことも呪うこともできずにいなければいけないのだから。

 それは不幸なのだろうけど、でもそれまでは傍にいてもいいかな。


 温かい体温に寄り添う ―夢現の中で―


 そうでもしなければ、私は絶対あなたに寄り添うことなんてできない。自分の甘えた考えで、あなたの肩にそっと頬を擦り付けることなんてできない。

 夢を見てるの、きっと。私に都合のいい夢を。だからこんなにも温かいんだ。

 結ばれなくてもいい、と思う人は多いけど、結ばれない前提で話を進める子はうちの子の中でも珍しいです。

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